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ある晴れた日に

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468部分:夕星の歌その八


夕星の歌その八

「だから今夜でも見てみろ」
「秋の夜空か」
「星でも見ることだな」
 密かに彼にそこで思いなおすようにと勧めているのだった。
「いいな。星でも見ていろ」
「天文学者を目指すつもりはないがな」
「詩人になれ」
 佐々が薦めるのはそちらだった。天文学なぞ彼の目指すものではないのはわかっているのだ。それ以上にわかっているものがあることもあった。
「御前作詞もしているな」
「ああ」
 そのことにも答えるのだった。
「自分で作曲して自分で作詞する」
「そうか。ならいいな」
「頑張れ」
 また言う彼だった。
「星を見ることをな」
「星を見て頑張れか」
「おかしいか?」
「普通は言わないな」
 カップを右手に佐々を見上げての言葉だった。既に顔だけでなく目にも酔いが回っていた。しかしそれは幾分か普段よりもましな酔い方だった。
「星を見るのは自然に見るものだからな」
「じゃあ普通じゃなくてもいい」
 佐々は訂正しなかった。それどころか開き直ってさえみせたのである。
 その開き直りと共にだった。さらに言うのだった。
「今は意識して星見ろ。いいな」
「賛成できないがわかった」
 佐々のその言葉を素直に受ける今の彼だった。
「それでな」
「今夜にでも見るんだな」
「それで何か見えるのか」
「少なくとも星は見えるだろ」
 何も見えないというわけではないというのだった。星は見える、このことだけでも非常に大きいというのである。こう正道に言うのであった。
「いいな。じゃあな」
「わかった。それじゃあな」
「酒だけじゃ気は晴れないんだよ」
 今度の正道の言葉はこうだった。
「それ以外のことをしてそれで晴れるんだ」
「そういうものか」
「そうさ。わかったら星を見ろ」
 また言う彼であった。
「いいな」
「わかった」
 ここで酒を全部飲んでしまったのだった。酒を飲み終えた彼はここで席を立った。金だけおいて店の扉を開いて出たその時に佐々の方に顔を向けて言うのだった。
「またな」
「ああ、またな」
 二人でこう言葉を交えさせて別れた。佐々と別れ店を出た彼は家に帰る道を歩いていた。空はまだ暗くなっておらず赤が次第に青から、そして黒になろうとしていた。
 その赤と青の中間の紫のアスファルトの上を歩いている。そこを歩きながら彼は空を見上げていた。そうしてその中で一人呟くのだった。
「まだ見えていないんだな」
 星はまだなかった。夕陽は見えないが夜空だけが見えている。
 その中を進む彼の横に一組のカップルが後ろから来た。彼等はこんな話をしていた。
「まだ見えないのね」
「ああ、そうだな」
 男が女の言葉にいささか残念そうに応えていた。見れば若いカップルだった。同年代同士らしく二人共若くハリのある声を出していた。
「まだ見えないな」
「折角もう見られるかなって思ったのに」
 俯いて言ったのは女だった。
「全く。まだなんて」
「まだでもそのうち出て来るさ」
 しかし男はこう彼女に返すのだった。さっきまで残念そうな言葉だったが気を取り直したようにしてその言葉にまでそれを出していたのだった。
「そのうちな」
「そのうちなの」
「宵の明星だからな」
 彼はここでこの星の名前を出したのだった。
「だからそのうち出て来るさ」
「そうね。宵の明星だからね」
「夕方に出て来るからな」
 また言う彼だった。
 
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