MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)
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5.104訓練分隊Ⅰ
前書き
もう少しハートマン軍曹的な感じを出したかったけど、軍隊的に人をののしる言葉が思いつかない・・・。
5.104訓練分隊Ⅰ
巧が所属する帝国軍厚木基地付属訓練学校。在日米国戦術機部隊が常駐し、帝国陸軍戦術機部隊が多く配属されている厚木基地は帝国でも有数の規模の基地であり、戦術機の数でいえば帝国一番だった。巧はそこに特別待遇で配属された。
本来訓練兵が訓練校を選ぶことはできない。軍に志願する際に希望する基地、これまでの経験などを書かされたあと能力試験を受けるのだが、巧はその成績が異常に良かったのである。筋力はまだ発展途上ということもありB評価だったが持久力、格闘、座学は軒並みA+。特に衛士適正に関しては歴代最高記録を優に超えていた。経験の欄に実弾ではないが銃撃の訓練も、サバイバルの経験もありということで急遽、巧個人に対して実際訓練兵が受けている訓練をこなしてもらったところ、すでに正規兵として通用するレベルだった。そんな巧を一般の訓練兵に混ぜても混乱を招くということで、今後について検討するべく人事担当者との面接が行われた。
「帝国軍参謀本部人事課の三田です。神奈川県で志願した訓練兵の人事を担当しています。」
三田は軍人らしくない男だった。商社マンと言った方がしっくりくる見た目で、軍服よりもスーツが似合う。
「正直言って君の成績には驚かされたよ。軍に志願する者は大抵下準備として自己鍛錬を積んでくるし、軍関係者が身内にいる場合は訓練校に入る前からすでにかなりの錬度を持つ者もいる。しかし君はけた違いだ。すでに正規兵としてやっていける実力がある。才能だけじゃない、相当な訓練を積んでいるね?しかもあの格闘能力は一朝一夕で鍛えたものではない。どんな訓練をしてきたんだ?」
SES計画は別に秘密でも何でもなかったが、中には射撃訓練や柳田から教えてもらった守秘義務に抵触する内容など法律的まずい部分もあったのに加え、会社のために訓練したというのはあまり言うべきではないと考え、巧はいくつかの部分をぼかして語った。
「はい。自分は子供のころから戦術機に乗って戦うのが夢でした。BETAに対する人類の切り札、剣であり盾であると聞かされており、衛士は憧れでした。なので父に衛士になれるように訓練したいと申し出ました。ご存知の通り遠田家は遠田技研の創業一族で、資産もあったものですから父はそれを使って最高の環境を整えてくれました。また父の友人である斯衛軍の衛士の方に剣術の指南を受けました。具体的には~~~~」
巧は自分がこなしてきた訓練の数々やその成果についてなるべく伝えた。話を聞いているうちに三田は唖然とし、顔を引き攣らせ、頭を抱えた。
遠田家の嫡子で優秀なものなら徴兵免除を受けられるだろうし、志願するにしても技術士官を目指すのが普通だ。それが衛士を目指し、その訓練に費やされたであろう費用については恐らく戦術機を買うことができるレベルだろう。そんな訓練兵の想定などしていない。
しばらく遠田と言葉を交わし、三田はこう決断した。
「分かった。ではこうしよう。前回の総戦技演習に落ちた班に編入して、次の総戦技演習に参加してもらう。訓練兵と言ってももう一通りの技術は身に付いているし、訓練兵よりは実力差はないだろう。君はすでに優れた戦士かもしれないが、軍で必要なのは優れた軍人だ。軍という組織になじんでもらうためにはいくら優秀とは言って軍人としての訓練を積んでもらう必要がある。」
「父や師匠からもそう言われました。軍という組織は特殊だから慣れる必要があると。」
「そうか。分っているなら良いだろう。それと君の志望している訓練校は厚木ということだが、何か理由があるのかい?」
「厚木基地には米軍戦術機部隊がいますから、技術面で学ぶところが大きいのではないかと思いました。父の仕事の影響で、戦術機の開発にも携わりたいと考えていまして。」
「なるほど、備考欄に書いておくよ。じゃあこの書類にサインしてください。ああ、あと訓練校は君が希望した通りになるだろうからそのつもりで。」
「はい。これからお世話になります。」
「うむ。帝国軍は貴様を歓迎する!訓練に励み、国に尽くせ!」
サインを書き終えた巧に軍人としての口調で激励を送る三田。この日から巧は軍人としての道を歩き始めることになる。
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巧が所属した部隊は帝国軍厚木訓練学校、104訓練分隊という隊だった。巧が教官に紹介された時のメンバーの表情からは『遠田の坊ちゃんかよ。面倒事押し付けられた。』という気持ちがありありと出ていたが、訓練が始まるとその気持ちは吹っ飛んだ。
「おらぁ!!田上ぃぃ!貴様何回中学生上がりに抜かされるつもりだ!!!それでも分隊長か!?あぁ!!?」
教官の怒声が響く。田上は104分隊の分隊長である。隊の中でも座学、実技ともに優秀であった。そして今日体調は悪くなく、いつもの厳しい訓練も乗り越えられる自信があった。
しかし昨日編入してきた遠田のボンボンは田上など問題にならないほど逸材だったらしい。田上は侮っていた自分を殴り飛ばしたい気分だった。抜き去っていった巧は完全装備の上、小銃を抱えて走っている。それに対して自分はBDUだけ。20kgは重さが違う。それなのに顔色一つ変えずに走り去っていく巧。信じられないものを見るような気持だった。
(冗談だろ!何なんだあいつは!?)
そんなことを考えているとまた教官から檄が飛ぶ。
「田上ぃぃ!!!へばったか!?中学生からやり直すか!?どうなんだ!!」
「いいえ!教官殿!」
「よぉし!良く言ったぞオカマ野郎!言ったからには走れよ?おらおら走れ!死ぬまで走れぇ!!!ペース上げんだよ!ケツばっかり振ってんじゃねぇ!」
「はい!教官殿!」
「何て言ったか聞こえねぇんだよブタ野郎!鳴くならもっとでかい声で鳴け!」
「はい!!!教官殿!!!」
踏んだり蹴ったりである。その後死ぬ気でペースを上げたが田上が巧に追いつくことはなかった。罰として腕立て伏せ200回。教官の返事にぼんやりと答えた巧も強制されることになったが、巧はそんなに堪えていないようだった。
「遠田…お前本当に16歳なのか?」
その後、さまざまな訓練が行われたが、やはり巧は誰よりも上手くこなした。ただ机上演習では田上の方が上だったが。
「年齢詐称してどうするんだよ。正真正銘16歳だ。」
「いやだってよ、お前みたいな16歳いるわけないだろ。あの訓練を涼しい顔でこなしやがって。」
「俺だってキツイよ。ただ前から厳しい訓練やってきたから厳しさに慣れてるだけ。それに教官もいつも怒鳴ってるけど訓練自体は限界ぎりぎりの所を見極めてるから、自分でそこまでやれば怒鳴られないよ。弱み見せたら教官が怒鳴ってくるだろ。目つけられたら追加があるだろうし。ま、ポーカーフェイスってやつだ。」
「ポーカーフェイスねぇ。それができりゃ苦労はないんだが…。まあいい。ひとつ相談なんだが、」
「うん?」
「お前分隊長代わらないか?どう考えてもお前の方が適任だろう。」
「いや無理だろ。何か勘違いしてるみたいだけどリーダーとしての力量は田上の方が上だよ。俺は一人で訓練してきたからさ、仲間ってのは初めてなんだ。それに分隊のみんなのこともまだよく知らないし。」
「でも実力で負けてるのに分隊長を名乗るってのもなぁ。」
「分隊長の仕事ってのは隊の力を最大限に発揮することだろ。力は関係ないよ。田上は俺って新参者を如何に使うかを考えてくれればいい。」
巧に足りないものは意外と多い。軍人として過ごした期間が少ないためにまだ特殊な上下関係に慣れていないこと、連携の取り方がまだ分かっていないこと、戦略的な視点から隊を運用したことがないこと。要するにチームワークや軍隊で足並みを揃えることが出来ないのである。こればかりは才能ではなく経験や隊員に対する理解度がものを言うのだ。
「そうか?でもお手柔らかにな。正直言ってお前といると色々自信をなくしそうだ。」
「それとこれは別。俺は手を抜かないよ。何て言うか気持ちの問題で手を抜くと不完全燃焼で気持ち悪いんだよね。」
子供のころからの経験からいつの間にか訓練マニアになっていた巧であった。
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巧は最初こそ隊で浮いていたが、総戦技演習が近づくにつれ分隊の隊員から歩み寄ってくれるようになった。それには田上の尽力もあった。田上は色々な意味で他の分隊員とはスペックの違う巧をどうにか馴染ませるために食事中でも積極的に話を振ったり、考えを聞いたりしたし、寝る前などはしつこく恋愛経験などを聞き出し、夕呼に振られた話などで大いに盛り上げた。巧はそのことでトラウマが再発し、それを発散するために格闘訓練で隊員たちを扱き倒したが…(その時は教官すら引いていた。)。
そして半年後、104分隊は二度目の総合戦技演習に挑戦していた。
総戦技演習は基本的に隊員たちが正規兵として通用するだけの最低限の力があるかどうか、信頼関係を築いて連携をとれるかどうかを判断するための試験である。104分隊の場合は田上が良くまとめているだけあってチームワークは良かったが、軍人としての力量が未熟だった。そもそも104分隊には志願した訓練兵はおらず、最初の適性検査で衛士適正ありと判断されたからいるという受け身な態度の者たちが大半で、不真面目というわけではないが、どこか向上心に欠けるメンバーだった。そのため隊員の力量が上がりづらかったのだ。
しかし巧が編入したことで風向きが変わった。いかに受け身な態度とは言え、自分たちよりもずっと若い巧が自分たちを遙かに凌駕する力を持っていたのを見て対抗心が湧かないわけがない。先輩としての意地が隊員の向上心に火をつけたのである。それによって分隊の総合力は前回よりもかなり高くなっていた。
今回総戦技演習の内容は模擬的なゲリラ戦であった。仮想敵として帝国陸軍歩大隊の隊員を置き、山林の中でペイント弾を使った模擬戦を行うのだ。本職の陸軍歩兵と訓練兵では錬度に差があり過ぎるのでハンディキャップとして陸軍歩兵の武装は基本的に模擬刀のみ。何人かにはライフルを持たせてある。
一方訓練兵組は完全装備である。小銃に手榴弾、ライフル、ナイフ、模擬刀などから作戦開始前に装備を選び弾薬も携行し、連携するための通信機も持っていくことができる。
こうして装備の差を見ると、如何に錬度の差があっても訓練兵の方が有利になると思えるが、人数差があるのだ。分隊が10人に対して相手は500人である。勝利条件は敵の殲滅か、演習終了まで一人でも生き残ること。
この形式は今回の演習で初めて導入されたもので、対BETA戦を想定していた。圧倒的な数で襲ってくる歩兵を要撃級に見立て、ライフルを持っている兵士は光線級を想定している。本来のBETA戦では一人当たり50匹というのはそう多くないのだが、今回の相手は帝国陸軍の歩兵であり、戦術機とBETAの間にあるような機動力の差はない。そして相手はBETAと違って戦略を練って戦ってくる。通常の総戦技演習よりもかなり難易度が高い内容である。これは総戦技演習が巧一人の力で乗り越えてしまうことを防ぐための措置である。今までの内容だと、難しい場面で巧に頼り切りになってしまう可能性があったのだ。
演習期間は一週間。104分隊の戦いが始まった。
後書き
次の次ぐらいに巧みが戦術機に乗る予定です。
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