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ある晴れた日に

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451部分:辺りは沈黙に閉ざされその十八


辺りは沈黙に閉ざされその十八

「何だ?」
「何かいい曲見つけたら教えてくれよ」
 音楽が好きな彼女らしい言葉である。
「あったらでいいからな」
「わかった」
 春華のその言葉に頷いてみせた。
「あったらな」
「すぐにスタープラチナで歌うからよ」
「配信されていたらね」
 そのスタープラチナの娘からの言葉だった。
「歌えるわよ」
「なかったら歌えないってことかよ」
「当たり前じゃない。カラオケよ」 
 だからだというのであった。明日夢の今の言葉は。
「曲が配信されてないと歌えないのよ」
「ちょっとそのタイムラグがな」
「残念だけれど」
 皆このことにはいささか不満そうだった。そしてここでふと奈々瀬が言った。
「あとさ。スタープラチナって巨人関係の曲入れてないのね」
「不吉な曲は入れないのよ」 
 一言で終わらせてしまった明日夢だった。
「お店のカウンターにも書いてるじゃない。巨人グッズ持込禁止だって」
「まあ確かに」
「それ見たらわかるけれど」
 最早明日夢のアンチ巨人も宗教であった。
「けれどまあ。何ていうか」
「巨人嫌いのはいいことだし」
「誰も歌わない曲は消してもいいのよ」 
 何気にかなり乱暴な主張であった。
「そういうことでね」
「スタープラチナでは巨人は駄目、と」
「何があっても」
「そういうことよ。とにかく新曲はね」 
 明日夢は新曲に話を戻した。
「もう少しだけ待ってね。九月の配信までね」
「わかったぜ。じゃあな」
 春華は明日夢のその言葉に頷いた。そしてそのうえで最後に正道に告げた。
「音無、また明日な」
「ああ」
 こうして今は皆と別れる正道だった。しかし話はこれで終わりではなかった。むしろはじまりであった。暗転をはじまりと呼ぶのならそうなるものだった。
「さて」
 一人になった正道はまずはその道を進んだ。しかしそれはほんの僅かだった。
 皆の姿が見えなくなるとすぐに引き返し未晴の家に向かった。物陰に隠れてそこから玄関を覗いていた。
 暫くして出て来たのは未晴の母だった。そしてもう一人いた。
「それでお婆ちゃん」
「未晴のところよね」
「そうよ」
 白い髪の老婆だった。彼女もまた未晴と同じ顔だった。白髪で顔に皺が目立つ以外はまさに未晴と全く同じ姿形であった。彼女もまた、だった。
「そこに行くのよ」
「もう。行っても未晴は」
 ここでその老婆は俯いて言った。
「私達のことさえ」
「私達のことさえ!?」
 物陰から話を聞く正道はここでぴくりと眉を動かした。
「どういうことなんだ、一体」
「わからないんだろうね」
 老婆は絶望した声で言うのだった。
「もう」
「そんなことないわよ」
 だが未晴の母親はこう言って彼女を安心させるのだった。
「あの娘だってわかっていているわよ」
「そうだったらいいけれど」
「確かにね、反応はしないわよ」
 今の言葉にも眉を動かした正道だった。
「反応はない」
「それでもよ」
 彼女達は正道が密かに見ていることに気付かず玄関を出ながら話をしていた。
「それでも未晴はわかってくれているわ」
「本当に!?」
 老婆は彼女に顔を向けて真顔で問うていた。
「私達のことがわかっているのかい?本当に」
「ええ」  
 しかしであった。ここで彼女は俯いてしまった。
「きっとね。だから今日も」
「行くんだね」
「病院はわかっているわね」
 ここで彼女は言ってしまった。全てを変えてしまう言葉を。
「今から行く病院は」
「ずっとお世話になっている病院だからね」
 老婆は言うのだった。
「あそこはね」
「じゃあ行きましょう。タクシーは呼んだから」 
 また言う母親だった。
「あそこにね」
「タクシーで行ける場所か」
 正道はまずそれを察したのだった。
「そしてだ」 
 そのうえだった。ここでさらに推理を働かせるのだった。その脳裏で。
「ずっとお世話になっているか」
 物陰からとりわけ老婆を見て考えた。
 見れば歳は七十近い。そうした年齢でずっと世話になっている病院とすればだ。
「それで人が入院できる」
 このことも考えに入れた。
「となると」
 答えが出た。あくまで憶測だが。その病院は。
「そうか。あそこか」
 そこに向かうことにしたのだった。タクシーは既に二人の前にやって来て彼女達はもう中に入っている。そうしてそのタクシーが出発するのを見ながら。彼もまた進むのだった。


辺りは沈黙に閉ざされ   完


                2009・9・5
 
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