『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み
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リッツバーグ伯爵邸にて
前書き
ぶっ飛ばせ常識を~♪
「君がキイチ=ホーゲンか。なるほど、たしかにこの辺りでは見かけない服装と容貌をしているな」
頭の先からつま先まで、値踏みするように鬼一法眼の全身に視線を走らせたラッセル=フォン=リッツバーグは訝しげな表情を浮かべてそう口にした。
「ご子息様のご恩情を賜り、こうしてリッツバーグ伯にお目見えできたこと。ありがたき幸せでございます」
「仰々しい挨拶も言葉づかいも不要だ、楽にしなさい。私たちは帝国貴族とは違うのだからね」
ここはリッツバーグ伯爵邸。法眼はカートによって当主であるラッセルに引き合わせてもらった。
「まずは息子の危機を救ってくれた礼を言おう」
この危機とは研究所での一件ではない。自分以外に異世界人の存在を知られたくなかったカートは鬼一のことを研究所の職員には伝えず、身を潜めているうちに徘徊する魔獣たちは魔方陣に戻り、暴走も自然におさまったと説明した。
ずいぶんと都合のいい話だが避難所に隠れていた職員たちは表の様子を知らないため、カートの言葉を信じるしかなかった。
研究所からの帰路、街道で魔獣化した狼の群れに襲われたところを法眼に助けられたということにした。
ブルースフィア帝国領にあった東方からの移民の集落に住んでいたが、圧政と差別で住処を追われ、自由を求めて。アールスハイド王国へ逃れてきたところ、魔獣に襲われるカートと遭遇。これを助けたという設定だ。
この時代、帝国の圧政を逃れて王国に来る外国人の姿は多く見かける、けして珍しくない。
「聞けば魔法の腕に長けているとか」
「そうです父上! この者をぜひ我がリッツバーグ家の食客として置いてください」
「おまえがそのような頼みごとをするとは珍しいな。よほどこの男を買っているらしい」
「はい、まさに奇貨居くべし。優れた人材を確保することは伯爵家のためになります」
(奇貨居くべし、てのは中国の故事成語だから欧風ファンタジーで使うのはおかしいって? いやいやこれは一種の翻訳というもの。洋画の字幕や吹き替えで時速五〇マイルを八〇キロと表記するのと一緒。現代のアニメやコミック、ライトノベルの欧風ファンタジー世界の中でメートルという単位が普通に出てくるように、この世界の言い回しを日本人向けに訳しているようなもの。みんな気にしない気にしない! ちなみに「晴天の霹靂」という言葉は南宋の時代に作られた詩が語源だから、ファンタジーでない時代物で使う場合は注意。平安時代より前の時代で使うのはNGな)
法眼がどこかのだれかにむかってなにかの言い訳&衒学をしている間にもカートの説得が進む。
「わかった、わかった。おまえの好きにしなさい、だが試すわけではないが今の話にあったこの者の技量を見て見たいのだが、よいかホーゲン?」
「かしこまりました。しかし単純に魔法を使うのも芸が無いというもの、まず我が一族に伝わる不思議の術をお見せします」
「ほう、それはどのようなものだ」
「それを使ってもよろしいですか?」
法眼はテーブルの上にあった布巾で頭を覆い、ヴェールのように目隠しをする。
「これで視界が妨げられました。目の前になにかかざしてみてください」
ラッセルが言われるままに手近にあったポットをかざしてみる。
「ポットです」
「ほう! では……」
続いて無言で燭台を差し出すと、法眼はこれも言い当てた。
花瓶、フォーク、ワインボトル、皿、人形――。
なんども繰り返し、そのすべてを言い当てる。
「……視覚に頼らずとも魔力による周囲の感知は可能だ。しかしそれは魔力を持った生物に限られる。無生物には反応しない。という事はそれ以外の魔法を使っていることになるが、おぬしが魔法を使った気配はない」
「この術は魔法ではなく私の一族に伝わる陰陽術という不思議の術のひとつで射覆と言います」
射覆とは箱や袋の中に入れてある物を言い当てる陰陽術で、賀茂忠行という平安時代の陰陽師はこの術の名人だったという。
安倍晴明と蘆屋道満が箱の中身を当てる、射覆勝負をした逸話は有名だ。
「ただし『今使っている』この射覆。種も仕掛けもある手品です」
「そうか、ならば見破ってみせよう!」
トリックを暴こうと悪戦苦闘しているうちに、ラッセルはあることに気づいた。
「そうか、影だな!」
目を覆う布巾は強く縛っているわけではない。
視線を下げれば床が見え、床には顔の前にかざした物の影が映る。法眼はそれを見て言い当てていたのだ。
「ははは、種が割れてしまえばどうということはない詐術だな。だが一杯食わされたぞ。たまにはこういう魔法以外の手品に興じるのも悪くない」
「ところで伯爵は最近医者から肝臓が悪いと言われていませんか」
「なぜそう思う?」
「財務局事務次官として日々会議が続くとどうしてもパンや干し肉などの簡単なもので済ましがちになります。このような乾燥食品ではビタミンやミネラルが不足して肝臓に負担がかかる」
「うむ」
「今の時期はカーナン地方の羊肉とチーズが晩餐会で多く饗されますが、これはどちらもコレステロールが高く肝臓に負担をかけます。しかし晩餐会も公務のひとつで外すわけにはいきません。普段の食事と酒の席の両方で肝臓に良くないものを口にしている」
「ふむ」
「そして肌に日焼けとは異なる黒ずみが見えます。白目の部分と爪も黄色がかっていて、これは肝臓に異常がある人の症状です。そして今あなたはお茶でも酒でもない生姜水を飲んでいる。肝臓を痛めているという自覚があるのでアルコールやカフェインの摂取を控えている」
「医者からおなじようなことを言われたよ。一目で症状を言い当てるとはな、オンミョウジュツとやらには医術もふくまれるのかな」
「さて、そこです。私の生まれた国には鍼灸という独特の医療法がありまして、お体に触れもよろしいですか?」
手のひらにある老宮、手の甲にある陽池、足の甲にある太衝、足の親指と人指し指のつけ根にある行間、膝の内側にある曲泉、背中にある肝兪。
これらはすべて肝臓の働きを良くする経穴だ。
好奇心に駆られたラッセルはそれらを点穴してもらった。
「あいたたた!? ……しかし、この痛みは妙に心地好い。身体が温まってくるようだ」
「事務仕事で目も酷使していることでしょう。この太陽穴は眼精疲労に効果があります」
「おお、目のかすみが消えて鮮明に」
「座りっぱなしで腰も痛めているでしょう。腰痛には帯脈と命門を……」
「重りが取れたように身体が軽くなった!」
もともとリベラル派で他文化を尊重しているラッセルは異邦の知恵と技術に歓心を得た。
「――なかなか面白い余興だが、そろそろ本題に入ろうか。まさか今のようなシンキュウとやらや先ほどの詐術で狼の魔物を退けたわけではあるまい? そろそろ魔法の腕を見せてくれないか」
「わかりました。とはいえ炎の球だの雷の矢だのを飛ばす破壊魔法では芸がない。伯爵家の静謐を乱してしまうことでしょうし、このような芸はいかがでしょう――銀嶺より吹きし冷風よ氷原を駆け凍土に満ちよ」
法眼が呪文を唱えた瞬間、室内は氷室の中にいるような冷気に満ちた。
「お確かめください」
「む、これは!」
水差しの中に満たされた水が凍結している。
法眼は炎の球や雷の矢を飛ばす魔法は芸がないと言ったが、たしかに単純な破壊魔法よりもピンポイントで対象を変化させる魔法は難度が高い。
また加熱よりも冷却のほうが高度な技術と魔力を必要とする。水を温めてお湯を沸かすよりも凍らせるほうがむずかしいのだ。
これは高レベルの魔力制御ができている証左である。
これを目の当たりにしたラッセルは即座に相手の技量が非凡なものであると確信した。
「見事だ。キイチ=ホーゲンよ、我が邸に滞在することを許す」
こうして法眼はラッセルに認められ、リッツバーグ邸に滞在することとなった。
後書き
未知の世界へ行こう~♪
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