Unoffici@l Glory
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2nd season
14th night
前書き
今回の話も、ビスマス様(Twitter ID:f01bismuth)よりご提供いただきました。氏に、感謝。
「……もはや、ここでさえ懐かしいと感じるとはな」
連日走り込みを続けるグレーラビット。Z32の頃より確実に早いスピードで広まっていく彼の噂。しかしそんな彼の脳裏を過るのは、先日雷光の疾風から告げられた言葉だった。
(ソイツを乗りこなすか、Zに乗ってから出直して来い)
事実として今のままでは、恐らくあのRX-8には届かない。それは彼自身が一番よくわかっている。そんなとある日の昼下がり。彼は千葉県にある、とあるサーキットへやって来ていた。そこは、かつて疾風と共に暴れまわっていたサーキットの一つ。
「……Zで戦ってた時も負けはしなかった……が、こんなに余裕で勝てはしなかったのにな」
既に彼が目当てとする無差別級のレースは終わり、表彰台の頂上で賞金を手にした彼だが、その表情はどこか暗いものだった。彼が以前戦っていたクラスの数段上であるドライバー達を相手に、寄せ付けることなく大差で勝利したのにも関わらずだ。
「……これはTrainingさ……あのZで、[本物]に上がるための」
乗れば乗るほど速さと凄さがわかる。どこまでもきちんと作られた、戦うためのマシン。だからこそ、どこか拭いきれない違和感が彼について回る。どこまでも自分の入力に答えてくれる車なのに、最後まで振り絞りきれない底の深さが、得体の知れない不気味さとなって彼をじわじわとなぶる。
「間違いなくコイツは速い。でも、どこまでも俺に限界を見せやがらねぇ……」
喫煙ブースで紫煙を吐き出す彼の表情は、少し晴れたようにも、むしろ危うそうにも見えた。
「……あのZだからこそ、俺は命を乗せて走れる。ここに来て、ようやくアイツの言葉の意味がわかった気がするのさ……」
同日同時間、「Garage Carcass」。エリーゼに乗り、少しずつ話題になり始めた青年が、いつものようにやってきていた。
「兄ちゃん、少しはやるようになってきたらしいじゃん。噂は聞いてるぞ?」
「本当ですか?そんなに騒がれてる感じはないんですけどねぇ」
「謙遜するならもっとうまくやれや、顔に出とるぞ」
「ハハハ、隠せませんな」
作業ブースで煙草を加えるオーナー「ゴシップハンター」に褒められる青年。見た目は年の離れた兄弟のように見えなくもない。
「だけど、そろそろ限界感じてきたろ?」
「そうですねぇ。やっぱり首都高はどこであろうとパワーがいるなぁとしみじみ感じてます」
「特に最近となれば、天使があの場所から降りちまったせいで、より一層気合の入った連中しか残ってねぇからな。サーキット上がりのガチンコ組が続々と来てやがる」
「それでですか。このところ当たる車みんな速いんですよねぇ」
「うちの常連さん達もますます気合入れて楽しんでるみたいだけどな。新規が来ない分整備だメンテだで金を入れてくれるのはいいが、無茶だけはしてほしくないねぇ」
店のオーナーとしても、あの場所に関わってきたドライバーだった身としても、いろいろと複雑な気分なのか、すっきりとした表情には見えない。
「そうだ、お前さん、そろそろあのじゃじゃ馬にも慣れてきた頃だろうと思ってな?」
「ええ、まぁ」
「もっとクセの強ぇじゃじゃ馬を仕入れたんだ。乗り換えるかい?『D』を拝むために」
「いいんですか?」
「ああ。うちの看板にさせてもらってるし、もうすぐ日本から出なきゃいけないんだろ?最後にコイツを乗り回してもらいてぇと思ってな」
そういって彼が青年に見せたのは、艶かしさすら感じさせる流線型のボディに、小さく丸い6つ目のヘッドライト。一度見たら忘れようのない、まさに英国面な一台であった。
「……本当にコイツに乗せてもらえるんですか?」
「ああ。きっちり踏んでこい。乗りこなせれば、今走り回ってる連中は食い散らかせるだろう」
「柴崎さーん!」
「どうしたー!?」
同日夜、都内某所にあるチューニングショップR4A。表の営業時間も終わろうかと言う頃、柴崎はいつもの仕事を片付けていると、若いメカスタッフが彼を呼んだ。
「柴崎さんにお客さんですー!」
「了解ー、少し待ってもらってくれー!」
ピットの水道で手の汚れを洗い流し、バインダーを閉じる。こんな時間に彼を尋ねてくる客はあまり多くない。彼の中で適当な予想を立てながら柴崎は販売室に向かう。そして客の顔を見て、全てに納得がいった。
「こんばんは柴崎さん。突然お邪魔してすみません」
「いらっしゃいませ御二方。何かお求めですか?」
柴崎は一礼ついでにチラりと駐車場を見る。見知ったインプレッサ22BとランサーエボリューションⅤ。以前アメ車集団のバトルの時に挨拶に来た、あの2人である。
「あの……」
「分かってるよ、買い物に来た訳じゃないんだろう。何か込み入った話があって来た、そうだな?」
「はい、そうです」
「了解。ちょっと応接室を使おうか。それともガレージの方が落ち着くか?」
「あ、ガレージで大丈夫です」
「それならそっちで。さすがにこの格好で応接室のソファに座ったら社長にド突かれるからな」
汚れたツナギをつまみ、柴崎は皮肉に笑ってみせた。それでも2人は笑わず、少し不安な目が揺れる。柴崎は踵を返し、ついてくるようにジェスチャーした。
R4Aガレージ。入口のシャッター横で座り込み、三人はどうでもいい話から入る。
相変わらず2人で走り回っていること。
RX-8がC1で猛威を奮っていること。
NSX-Rが全エリアで暴れ回っていること。
アメ車集団は引き上げていったこと。
F40も最近見なくなったこと。
などなど、楽しくもどうでもいい話で時間は過ぎていく。柴崎が三本目の煙草に火を点け、切り出した。
「それで?こんな時間にウチまでやってきて、わざわざ世間話だけしに来た訳じゃないよな?」
「はい…………」
「実は、うちのリーダーが…………」
「聞いてるよ。ブローさせて降りたんだってな」
「…………」
2人は無言で俯く。その仕草が、どんな言葉よりも雄弁に事実を語る。
「[Fine Racing]はバラバラ、残ってたメンバーも散り散りになってるらしいな。事実上の解散だ」
柴崎は2人に悟られないようにゴミ箱を眺めた。その中には、つい先日[Fine Racing]から流れてきた走り屋──とは言ってもほぼ雰囲気組だが───が捨てて行ったステッカーが入っている。
「はい…………」
「まぁ無理もない。あのリーダーがいてこそのチームだったからな……それで?君達はこれからどうするんだ?」
「…………」
「君達も降りると言うなら、その車達は引き取ろう。結構丁寧に扱ってたみたいだしまだ値が付くさ」
「……俺達は────」
「ここが潮時だ。これ以上は無理だと悟ったからこそ、リーダーも降りたんだろう」
2人が何かを言いかけたのを、敢えて制して柴崎は続けた。どこか冷たく、どこか諭すように。
「殆どのランナーは、ここで降りていく。走ることに意味を感じなくなってね。それでも無理して走るやつは、いつか死ぬ」
そんな柴崎の言葉をかみしめながら、インプレッサの青年がゆっくりと切り出した。
「…………柴崎さんは」
「ん?」
「柴崎さんは、何故走り続けているんですか?」
「俺か?俺は────」
柴崎は目を閉じた。これまであった事、出会った人々、走ってきた経験が走馬灯のように駆け抜ける。期間は長くなくても充実した日々。そしてこれからの未来を考えながら口を開いた。
「――――俺は幸運なだけさ。降りようと思わなかったし、死ぬ事も無かった。大した理由じゃないよ」
「……なのに、何であんなに速いんですか?」
「そうだな……速くなる事が楽しい、と思う。サーキットやってた時にウチの社長に拾ってもらってからはこれが仕事になったし、ショップのプライドとか色々有るけどね」
「…………」
2人はまた俯く。風がゆっくりと温度を落とし、埃を立てて通り過ぎる。煙草をもみ消しながら、柴崎は二人に再度問う。
「……まぁ、俺のことはこんなもんでいいだろう。改めて聞くが、君達はどうしたいんだ?」
「俺達は、まだ───」
「リーダーは降りて、仲間も居なくなった。まだ走る理由があるのか?」
「…………」
「もう一度言うが、ここが潮時だ。同じような事を続けても、何も得るものは無い」
同じ言葉を、今度はさらに強い口調で放つ。二人に何か燻っているものがあるのは彼もわかっていたが、それだけではただの時間の無駄だと、彼も幾多の客を相手にして知っているからだ。
「…………それでも、聞いてくれますか?」
「OK、聞こう」
しかしそれでもなお、燻るものを抑えきれない二人は柴崎に告げる。彼はその本音を蹴り飛ばすことはしないと、短い時間でもわかったからだろう。柴崎も先を促す。
「俺達は楽しかったです。仲間と一緒に走れて。リーダーも良くしてくれて、だんだんと速くなれて」
「でも今回の件で思い知りました。楽しいだけじゃダメなんだって。速くなきゃ───いえ、強くなきゃ生き残っていけないんだって」
「……強くなって、生き残って、それからどうするんだ?」
「分かりません……でも、このままじゃ終われないんです」
「このままじゃきっと俺達、一生引きずってしまう気がするんです。先は見えないし何を目指せば良いか分からないけど、それでもどうにかケリを付けないと先に進めないんです」
弱々しく、それでも芯のある言葉。柴崎は2人の目を見る。その目はもはや燻った若者の目ではなく、闘志を持った2人のランナーとして光っていた。彼らも若いなりに様々なバトルをこなし、本人たちも気付かないうちに成長していたことを、柴崎は悟った。それでもなお、二人を詰める。
「明日にでも死ぬかもしれないぞ?」
「……それも1つの決着です。俺達がそこまでの走り屋だったってだけです」
「でも俺達は降りません。降りようと思いません」
「答えを、見つけるまでは」
柴崎は僅かに、ゆっくりと微笑んだ。若者だと思っていた2人の覚悟を聞き、久々に楽しくなりそうだと。
「……いいだろう、合格だ」
「……!」
「ただし、こっちとしても思惑がある。ウチが関わる以上は死んでもらっては困るし簡単に負ける事も許さん」
「はい……!」
「それと、そのマシンは置いていけ。君達が[この先]に行きたいならそのマシンでは無理だ」
「分かりました……でも、何に乗れば?」
「心当たりがあるから心配するな。三日後、また店に来るといい」
「はい、ありがとうございます!」
二人が柴崎に頭を下げて店を出てから数刻後。柴崎は事務所の電話を手に取り、ナンバーを打ち込む。4コール後に繋がったそれは、軽く酔ったような調子で言葉を交わす。
「もしもし、どうかしたかー?」
「お疲れ様です、柴崎です。社長、例の計画の人材見つかりましたよ」
「おぉ、流石だな柴崎。どんな奴だ?」
「C1で走り回ってたエボとインプの2人です。あの[天使]の下にいた人間では一番伸びてますし、二人なら丁度いいかと」
「ふむ…………デキるのか?」
電話口の相手が酔った雰囲気から一瞬で張りつめた口調に切り替わる。しかし柴崎は慣れたものか、引かずに押し出していく。
「少なくとも、俺の知る若手の中では1番真っ直ぐな2人ですよ。経験は浅いですがこれからどうとでもなるでしょう」
「お前が言うならそうなんだろうな。よし、関係各所に連絡しておく」
「お願いします。それでは」
柴崎は受話器を置き、軽く伸びをする。これから忙しくなる。だが、柴崎は笑っていた。
「自らの意思で、その先へ────」
電気の消された事務所は静寂で満たされ、月明かりだけがデスクを照らしていた。そこには2枚の計画書。流線型の美しい、クーペタイプのスポーツカー。躍るFLAT6の文字。そして「ジェミニプロジェクト」のタイトル。
「─────久し振りだ。あんなに熱い若者と会ったのは」
自分もあんまり年齢は変わらないのにという、苦笑も添えながら。
後書き
あちこちの勢力が動き出す。
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