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魔法使い×あさき☆彡

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プロローグ

 ネガフィルムのように色調の反転した、そして見える物すべてがぐにゃぐにゃと歪んだ、そんな薄気味悪い景色の中に、五つの影が色鮮やかに浮かび上がり舞っている。
 よく見るとその周囲には、十ほどの真っ白な影がうねうねと不気味に動いている。
 どんより暗い中でむしろ白い方が目立つはずなのに反対なのは、それが完全にこの渦巻く瘴気に溶け込んでいるからであろうか。人のような人でないような、不気味な全身から吹き出す生気や温度が異様だからであろうか。

 戦っている。
 現在、色鮮やかな五体の人影と、この真っ白な者(物?)とが。

 ふうんっ

 という音とともに、ぬめぬめ真っ白な身体からなんの予備動作もなく腕が突然突き出された。

「と、あぶねっ!」

 狙われた青い衣装の少女が、びっくりした顔で叫びながら紙一重でかわしていた。

(かず)()ちゃん! 大丈夫じゃった?」
「ったりめえだろ。こんくらい」

 和美と呼ばれた少女は、心配する仲間の声にちょっと乱暴な言葉で強がってみせた。
 色鮮やかな五つの影は、みな、十代前半と思われる顔立ちの少女たちであった。
 それぞれ赤、紫、青、緑、黄、の服を着て、さらに脛と二の腕と胸には白金の防具。その防具のいたるところには、それぞれのカラーに合わせた細やかな装飾が施されている。
 下半身は黒いスパッツ状で、靴はそれぞれの色に合わせた軽そうなスニーカーのような物。一目で機動性や格闘性を重視した戦闘服であることが分かる出で立ちである。
 手にはそれぞれ、剣、槍、短刀、鎖鎌、広刃の刀。
 彼女たちと対峙する白い影であるが、これはどこをどう見ても人外どころか一般的な生物ですらなかった。
 四肢や首など全体のシルエットとしては、ひょろりとした人型ではある。しかしそのバランスは著しくいびつで、全身は真っ白で粘液に包まれて光っており、ゼリーのように細かくぷるぷる震えている。
 それだけでも神とは別の何者かが作り上げた造形としか思えないというのに、顔を見れば目も口も鼻も耳もなんにもないのっぺらぼう。
 そんな奇怪な、化物のような生物と、五人の少女たちは戦っていたのである。

「うわ!」

 赤い戦闘服の少女は、小さく悲鳴を上げながら、白い生物からぶんと突き出される腕を、ぎりぎりでかわしていた。
 伸びた腕の先端、人間でいう拳のある部分には、すっと線が入り裂けており、そこには無数の小さな歯が生えておりガチガチガチガチと凶暴に打ち鳴らされている。
 もしも紙一重で避けていなければ、身体の一部を噛みちぎられていたかも知れない。

「このお!」

 赤い戦闘服の少女が、両手に持っている剣を斜め下からすくい上げるように力一杯に振るうと、ぶちゅりと気持ちの悪い音がして、白い怪物の首が跳ね飛んでいた。
 いや、ぎりぎり皮一枚で繋がっている状態だ。首から上がぬるりと背中側に垂れ下がって、そのまま動きが止まっていた。

「いまです、()(さき)さん!」

 緑の戦闘服を着た少女が叫ぶ。緑という服の色よりも、第一印象として長い黒髪の方が目に入る、上品そうな雰囲気を全身から発している少女である。手にした武器は雰囲気裏腹に鎖鎌であるが、そこを差し引いても。

「分かった(せい)()ちゃん。……っとなんだっけ、そうだ……イヒベルデベシュテレン、ゲーナックヘッレ!」

 和咲と呼ばれた赤い戦闘服の少女が呪文のようなものを唱えると、ぼおっと自身の右手が薄青く光り輝いた。

「生まれてきた世界へ、帰れえ!」

 薄青く輝くその手のひらを、ゆっくりと近づけ、首のもげかけた白い怪物の腹部へと軽く押し当てた。

 ちっ、ちち、ちっ

 一体どこから発声しているのか、白い怪物からそんな音が漏れる。舌打ちのような、皮膚が急激に乾燥して縮んでいるような。
 と、次の瞬間である。
 白い粘液質の怪物が、急に動き出したのは。
 だがそれは、なんとも異様な光景であった。
 自分の意思で四肢を動かしたというようなものではなく、ビデオの逆再生をコマ送りで見ているかのように、はねてもげかけた首が戻っていくのである。
 剣による一撃を受ける前の状態へと完全に戻っていた。
 異様なのは、それだけではない。
 顔に当たる部分、先ほどまでは完全なのっぺらぼうだったのが、幼児のような、または魚のようなというべきか、小さな口が出来ていたのである。
 その口が、ニイーッと微笑んだのである。
 ゼリーのようにぬるぬるぷるぷるしていた全身は、いつしか完全に乾燥して、頭頂から下へ下へ、さらさらと光る粉になって風に溶けた。
 和咲は、剣を地に突き立てて、はあはあと息を切らせ肩を上下させている。
 長槍を構えた、紫の戦闘服を着た少女が、しかめっ面をしながら、

「この、おちょぼ口でニヤリ笑うの、いつまでも慣れんなあ」
(はる)()はビビリだからな。……しかし和咲、お前よく一人で、ヴァイスタを仕留めたじゃねえか。合宿でかなり実力をつけやがったな」

 両手にナイフを持った青い戦闘服の少女、和美の乱暴な言葉使いに褒められた和咲は、

「えー、そうかなあ?」

 後ろ頭をかきながら、顔の筋肉をすっかり緩めて恥ずかしそうにえへへと笑った。
 だが次の瞬間、その笑みが凍りついていた。
 目が驚きに見開かれていた。
 眼前数センチのところで、別のヴァイスタから伸びる腕の先端に生える無数の鋭い歯が、ガチガチと獰猛に打ち鳴らされていたのである。
 青い戦闘服の少女、和美が、両手のナイフをクロスさせて、
 紫の戦闘服の少女、治奈が、槍で、
 さらに、緑の戦闘服の少女、正香が、鎖鎌の鎌で、
 それぞれに、和咲を襲おうとする触手のようなヴァイスタの腕を受け止めていた。
 ヴァイスタのもう一方の肩からも腕が打ち出されて、ぐんと伸びる先端にある裂け目が開いて和美の頭へと食らいつこうとする。
 和美は軽くしゃがみながら、右腕を払って攻撃を跳ね上げた。

「この和美様をなめんじゃねえええ!」

 青い戦闘服の少女、和美は両手に構えたナイフをそれぞれぎゅっと握ると軽く膝を曲げて、地を蹴った。足先から頭までを軸にくるくる回転しながら、ヴァイスタの懐へと自らを突っ込ませる。
 ぶちゅぶちゅぶちゅと、ゼリーを手で握り潰すような音がしたかと思うと、和美はヴァイスタの背中側へと抜けていた。

「さっすが対ヴァイスタ用にバージョンアップされただけあんな、これ。楽々じゃん」

 和美は着地すると、両手のナイフを見つめながら笑みを浮かべたが、それも一瞬、腰の両側にナイフを収めると前を向いて、

「さあて、昇天だ。……イヒベルデベシュテレンッ、ゲーナックヘッレ!」

 二本のナイフに千切りのようにズタズタに切り裂かれ動きを止めているヴァイスタの背中に、和美の薄青く輝く右手がそっと触れる。

「くたばりやがれえ!」

 ちち、ち、

 魚の焼けるような音を立てながら、無数に切り刻まれたヴァイスタの肉体が元に戻っていく。映像をコマ飛ばしで逆再生しているかのように。
 先ほどと同様、顔にあたる部分に小さな口が出来ていた。
 その口の両端が釣り上がって、笑みと思われるような形状を作ると、続いて頭頂からキラキラ光る砂になって一瞬にして全身が消滅、空気に溶けて消えた。

「守ってくれてありがとう、みんな、和美ちゃん。助かった」

 赤い戦闘服の少女、和咲が胸に手を当てて安堵のため息を吐いた。

「おう。全員にハナキヤのケーキ一個ずつな」

 和美がにひひと悪戯っぽく笑った。

「ええーーっ! ……ハナキヤかあ。残り少ないお小遣いがあ」

 天使の羽が生えて逃げていくう……
 和咲はパタパタ飛んでいく財布を追うように、天へと手を差し出した。

「よし、それは後だ。和咲奢りの祝勝会の話は。残りをぱぱっと片付けちまおうぜ。あたしと治奈はあっち、正香と(なる)()はそっち任せた!」

 青い戦闘服である和美と、紫の戦闘服である治奈、
 緑の戦闘服である正香と、黄の戦闘服である成葉、
 頷き合うと素早く二手に散開、ヴァイスタの集団へと飛び込んでいく。

「あ、あの、和美ちゃん、わたしは?」

 一人残った赤い戦闘服の和咲が、きまり悪そうな笑みを浮かべて自分の顔を指さしている。

「お前はやっぱりまだ未熟だから、そこで応援しつつ先輩たちの戦いを勉強してろ!」
「はい……」

 はあ、と和咲はまたため息を吐くと、がっくり項垂れた。

「まあ確かに、油断をしていたわたしが悪いか。……よおし、落ち込んじゃいられない。世界を守るためえ、しっかり治奈ちゃんたちの戦いを勉強するぞお! みんなあ、頑張れえ! 和美ちゃん、治奈ちゃん、成葉ちゃん、正香ちゃあん、気合いだああ! 気合いだあああ!」
「うっせえなあ、あいつはもう」

 和美は苦笑しながらもヴァイスタの集団の中へ単身を踊らせて、ぶうんぶうんと伸びしなり襲ってくる無数の凶悪な腕を見切りかいくぐり、まるで舞いのように全身を使いつつ両手のナイフを走らせた。

「ほうじゃけど、そがいなとこが和咲ちゃんのええとこじゃからなあ。……イヒベルデベシュテレン!」

 治奈は薄青く輝く自らの右手を、和美のナイフで切り刻まれて動きの止まっているヴァイスタたちに一体二体と当てていく。
 右手を高く上げ、指をパチンと鳴らすと、またもやコマ送り逆再生のようにヴァイスタたちの切り刻まれた肉体がもとに戻って、
 それぞれの顔に現れた魚のような小さい口が、それぞれニーッと笑うと、次々と頭から溶けて消滅していった。
 和美と治奈は微笑み向き合うとハイタッチをかわした。

「ナルハにお任せえ!」

 もう一方の側から、なんとも甲高い叫び声。
 黄色い戦闘服を着ている成葉が、小柄な身体に似合わない巨大な刀をぶうんぶうんと振っている。
 ただ刀の重みに振り回されているだけにも見えるが、意外にも攻撃は的確で、ヴァイスタの胴体が次々とザクザクと切り裂かれていく。
 しかし……

「はにゃあ。もうフラフラだあ……」

 五体のヴィアスタに一通りのダメージを与えると、目をぐるぐる回して酔っぱらいのようによろけ出した。

「では、わたくしが昇天させましょう」

 長い黒髪に上品な声、緑の戦闘服姿の正香は、手にしている鎖鎌を腰にひっかけ吊るすと、

「イヒベルデベシュテレン ゲーナックヘッレ」

 呪文を唱え、薄青く光る右手で次々とヴァイスタの胴体に触れていった。

 ちち、ちち、
 ちち、

 成葉の大刀でズタボロにされたヴァイスタたちの胴体が、すーっと元に戻っていく。
 そして、ヴァイスタたちそれぞれの顔に小さな口が出現し、両端を釣り上げて不気味な笑みを浮かべると、頭から光る粒になって空気に溶け消えた。
 静寂。
 この歪んだ空間にいるのは、少女たち五人だけになった。

「任務完了っと」

 成葉は自分の胸の高さほどもある大刀を振り回し背中に引っ掛けると、満足げな笑みを浮かべた。

「やっぱり凄いなあ、みんな……」

 和咲は、先輩たちの戦闘力の高さに口を半開きの間抜けな表情になってしまっていたが、すぐに首を横に振って、

「でっ、でもっ、わたしだって一体倒したんだからあ!」

 と強がってみた。
 初めて一人でヴァイスタを倒し消滅させたのだ。少しくらい威張ってもいいだろう。
 というか、みんなはもともと強いんだ。こっちの一体をこそ、褒めてくれてもいいじゃないかあ。

「うん、お前も偉い偉い。よくやったよ」和咲の胸の声が聞こえたのか、和美がぽんぽんと頭を優しく叩いた、「でもハナキヤのケーキは忘れるなよ」

 和咲ががくーっと大げさに項垂れると、周りから笑いが漏れた。
 五人は集まり、輪になると、お互いの顔を確認し合った。

「みなさん、怪我はないですか?」

 正香の問いに、全員こくりと頷いた。

「わたしは少しも戦ってないようなもんですからあ」

 ぼそっと自虐に走る和咲。

「まあまあ。和咲ちゃんかなりよくなった。自信持ってええよ」

 治奈が、背中を軽く叩いた。

「んじゃあ、こんな気持ち悪いところ、とっとと出ちまおうぜ!」

 五人は輪を解き横に並ぶと、歩き出す。

 淀んだ空気の、
 色調の反転した、
 見る物すべてがねじくれた空間の中を、
 どろどろとした瘴気の渦巻く中を、
 明るく、
 きれいな空気、
 きれいな町並みの、
 きれいな青空の下を。
 人々のざわめきの中を。
 五人は、歩いていた。

 みなの身体を原色鮮やかな布地の衣装や白金の防具が覆っていたはずであるが、それがいつの間にか学校の制服姿へと変わっていた。
「異空」から出たのである。
 ここは自動車の行き交う大きな道路で、後ろを振り返ればきらきら輝く手賀沼が広がっている。

「たくさん動いたから腹減ったなあ。それじゃみなの衆、さっそく柏に食いにいくかあ!」
「柏にいくんなら、まず先に駅前に出来た雑貨店がいいなあ。決定!」

 成葉が飛び跳ねるように右腕を振り上げた。

「キミたち切り替え早あっ!」

 治奈がいまにも戻しそうな血色悪い顔で、元気満々といった和美と成葉を見ている。
 でも、気持ち悪くも、なるよな。
 和咲は思う。
 あんな腐臭瘴気のまみれた中で、あんなのと戦っていたのだから。
 その腐臭瘴気とは打って変わった綺麗な空気を吸いながら、和咲は思わず両腕を上げて、ううーんと大きく伸びをした。

「同じ空間の裏と表だというのに、こちらはこーんなにも爽やかだとはあ」
「うん。もうすぐ財布の中身も爽やかになるねえ」

 和美が意地悪そうに唇を釣り上げた。

「そ、そうだったあ」

 がくっ、とよろける滑稽な仕草に、四人は笑った。
 ま、いいか。ケーキくらい。
 と胸に呟きながら和咲も頭をかいて笑った。
 なんだか、楽しい気持ちだ。
 ようやく戦い終わって異空から出られたという開放感、生きているという安堵、この世界を守ったのだという充足感、それに加えて今日は、ついに一人でヴァイスタを倒したということもあって、普段以上に楽しい気持ちになっていたのである。

 広い歩道を、五人は横並びで歩いている。
 令堂(りようどう)和咲(あさき)
 明木(あきらぎ)(はる)()
 (あき)()(かず)()
 (おお)(とり)(せい)()
 (へい)()(なる)()

「和咲は、どっちがいい? 駅前の雑貨屋とドンキ」

 和美が尋ねる。

「わたしは別に、どこでもいいよ」

 にこり微笑んだ。
 適当に答えたわけじゃない。
 みんながいるのなら、どこでもいいんだ。
 と、仲間がいるというこの心地よさに、和咲は微笑んでいたのである。
 こうして並んで歩きながら他愛のない話をするような友達のいることに。
 ほんの少し前までは、この四人の誰とも知り合いじゃなかった。
 でもいまは知り合いどころか友達。
 いや、違う。
 かけがえのない、親友なんだ。 
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