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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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本当にそれでいい?

朝食を終えてから間もなくして、アリアに引き留められた。何やら深刻そうな面持ちをして「話したいことがあるの。出かける準備して」と告げられた刹那に、あぁ、これが事実の告白なのだろう──と、そう直感した。アリアが武偵殺しを追う理由、それを明々白々にさせるための、その手立てとして、彼女はこうして外出を要請してきたわけなのだ。

そんなわけで、アリアと自分とはその1件のために。キンジにはまた別の──鑑識科の1件を相手してもらうために、それぞれ動いている。向かった先は、新宿だった。大東京のビル群に混じって聳え立つ、往来の喧騒と雑踏に塗れたその建物は、『警視庁新宿警察署』と冠していた。


「着いたわ。ここね」


先導してくれるように数歩前で歩いていたアリアは、その足を止めると、薄桃色のワンピースの裾を靡かせるようにして振り向いた。さながら西洋人形のような風貌をしていて、道行く人々が彼女に視線を固定させられてしまうほどには、アリアは可愛らしい容貌をもしている。
そういえば……といっても、当然のことではあるのだけれど、自分はアリアの私服姿をここで初めて見ている。いつもは制服か部屋着姿しか見ていないから、逆に新鮮に思えていた。


「アタシが武偵殺しを追いかけてる理由が、ここにあるの。入るわよ」


厳粛な面持ちで、アリアはそう告げた。こちらも小さく返してから先を促す。
自動ドアを通り抜けると、付近に立っている1人の警官がこちらを一瞥した。彼は特に業務に入っているわけでも、或いは手持ち無沙汰にしているわけでも全くない。ただアリアと自分とを交互に見遣ると、穏和な顔付きを浮かばせながら接近してきた。


「神崎・H・アリアさんですね。そちらの方は関係者でしょうか?」
「えぇ、そうよ」
「分かりました。それでは、案内します」


警官はそうして、アリアと自分とを警察署の奥へ奥へと誘導していった。果たして、面会室を目前に控えることになる。こうして行おうとしている面会の相手は、拘留されていると見ても差し支えないだろう。ともすれば、アリアはその者と面識があるはずだ。身内か、親族か、知人か……その詳細は不明だけれど、何らかの罪状で捕えられている。そうしてそれが、武偵殺しに関連しているのだろうことは、単純な推論だろうとも予測がついた。

警官は内ポケットから取り出した鍵を鍵穴に挿し込むと、慣れた手つきで施錠する。扉の取っ手に手を掛けると、右回しにして奥へと押し遣った。「私はここで待機しておりますので」
今しがた彼が開けた扉の向こうには、更に扉が控えていた。金属製の、分厚い、とても容易なことでは破壊も出来ないだろう扉が、面会室とこの場所とを境にする役割を果たしている。

アリアはそれを、逡巡すらせずに通り抜けた。軽快な金属音が一帯に響くと、面会室の全貌が視界に飛び込んでくる。一部屋をアクリル板で分割したような、普通の面会室だった。アクリル板の向こうには、1人の女性がパイプ椅子に腰掛けている。2人の監視官を控えながら。
それにしても、彼女の顔には見覚えがある。アリアの愛銃──コルト・ガバメントのグリップに埋め込んであるカメオには、この女性に酷似している人物が彫られていた。


「アリア、その方は? 彼氏さん?」
「別に、そういうのじゃ……ないっ。誤解しないで、ママ」
「そうかぁー……。アリアも遂に彼氏さんが出来たかぁ」
「コイツは……武偵校のクラスメイトだし、彼氏なんかじゃないわっ」


穏和で奔放な性格らしいこの女性は、どうやら彼女の母親らしかった。一言二言の遣り取りをしながら、アリアは椅子に腰掛ける。自分も横に控えるようにして立っていた。
アクリル板の向こうに居る母親は、アリアの弁明を適当に聞き流しているようにも思える。『思春期の子供の考えることなんてお見通しよ』とでも言う風に、嫣然としていた。母親ならではの余裕らしきものをここに垣間見てしまった気がして、どうにも仕様がない。


「でも──アタシのパートナー、って形容した方がいいかな」


その一言で母親は、アクリル板越しにも分かる慰安の気を振り撒き始めた。微笑していた顔色は、微笑ではなくて笑顔に変貌している。彼女たちにとってパートナーを得ることが、どれだけ重要なのか──ここに居るだけで、感じすぎるほどに感じていた。
そうしてアリアは、こちらに目配せしてくる。「ママに自己紹介してあげて。あのことも全部」と呟いた。「……それじゃあ、この機会に」そう切り出して、アクリル板越しに告ぐ。


「東京武偵校2年の如月彩斗と申します。専攻は強襲科で、現在はSランク。母方の系譜が安倍晴明公──土御門家の嫡流で、38代目安倍晴明の肩書きを先代から賜りました」


「どうぞお見知り置きを」そう言って、終いにする。アリアが「挨拶が堅苦しすぎるわよ……」などと苦笑していたけれど、君がこちらの親を相手にした時の挨拶が気になるね。
「武偵としての実績も、系譜も、パートナーにするには文句無しでしょ?」アリアはそう母親に問い掛けた。その問い掛けには、確かに得意の響きがあったように思う。母親も頷いていた。彼女はそうして、如月彩斗という名を何度か、口の中で転がしていた。


「如月彩斗さん、お初にお目にかかります。アリアの母親の神崎かなえと申します。娘が大変なお家柄の方にご厄介になっているようでして……ご迷惑はお掛けしていませんでしょうか」
「いえいえ、そんな……。至って良い子にしてますよ」
「それなら良いのですが……。この子は子供っぽい節がありますから……」


苦笑しつつ、改めてこの面会室の全貌を把握しようと試みる。面会室としての機構に問題は見られない。見られない、のだが──何故、1人で事足りるはずの監視官が、2人体制にして彼女を監視するまでに至っているのか。アリアの母親──かなえさんが凶悪な犯罪者、という風貌には直感からしては思えないが、はて、そこは外見では分からないものだねぇ。仮に犯罪者ではないとするならば、こうして彼女が拘留されている原因として考えられるのは、恐らく──、


「被害者、か……」


自分がそう洩らしたことを自覚したのは、その刹那に空気が一変したからだった。神崎母娘は僅かに瞠目し、監視官はこちらを一瞥してくる。穏和から剣呑に変貌したこの空気の只中に置かれながら、これがアリアの伝えるべくしたことだろう──と納得もしていた。


「アリアは『自分が武偵殺しを追っている理由』を説明するために、母親と面会を試みたわけだろう。この時点で武偵殺しと神崎かなえさんとに、何らかの関連性が生まれたことになる。アリアを動かすだけの動機なら、『自分の母親が武偵殺しの被害に遭った』と仮定するのが自然でしょうね。けれども、彼の者の行う奇襲的犯行という点での被害者に、神崎かなえさんが居るという情報は聞いたことがない。ならば、それ以外の被害といえば──冤罪くらいかな。そうすれば、警察署を介しているこの現状とも辻褄が合う。武偵殺しの共犯者という線も考えたけれども、どうにもそんな、犯罪者のような風貌には思えなかったからね。……どうだい?」


答え合わせの意味も込めて、アリアに問い掛ける。謹厳、厳粛な態度でもって彼女は頷くと、そのまま母親の方に顔を向け直した。核心を直に触れられたことに、めいめいが動揺したように。


「面会時間が短いから手短に話すけど、彩斗は武偵殺しの3人目の被害者のうちの1人なのよ。先日、登校時に自転車に爆弾を仕掛けられたの。更にもう1件、先日にバスジャックが起きてる。武偵殺しの行動は、アタシが来てから急激に活発になり始めてるの。ってことは、もうすぐシッポも出すはずだから。……この件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が、一気に742年まで減刑される。最高裁までの間に、他も絶対、全部なんとかするから」


アリアはその言葉の裡面に、武偵殺しを逮捕することを示唆させていた。それも、冤罪を掛けられた自分の母親の刑期を少しでも短縮させようと、その一心で。
とはいっても、やはり──この結果は海外で裁判をしたからではあろうが──懲役864年という数字は、異質そのものだった。死刑制度の無い国家では併科主義を採用しているため、刑罰を合算していけば数百年や数千年の懲役は有り得る。タイの約14万年が最高記録だ。

では、武偵殺しは単独でそこまでの犯罪を犯したのか──否。知る限り武偵殺しは、殺人すらも犯していない。表層的には、単なる愉快犯めいた、罪科愛好家の犯行にしか思えないのだ。
武偵殺しの存在を峰理子と仮定してしまった今、或いは武偵殺しがアリアを何らかの理由で誘き出しているとも仮定してしまった今では、そんなような犯行も、ただの茶番なのだが。
アリアも言った通り、122年ぶんが武偵殺しに科せられるべく刑期だ。残る742年ぶんは、武偵殺し以外の冤罪ということになる。アリアが追っているのは、武偵殺し単独ではない。

「ねぇ、横槍を出すみたいで申し訳ないんだけどさ……」と切り出して、その旨を告げる。そうしてアリアは、何度か頷きながら聞いてくれていた。「その推理で間違いないわね」とも。
「彩斗、このことは周りには言っちゃ駄目だからね。文字通り消される(・・・・)から。……武偵殺しが所属しているのは、《イ・ウー》っていう組織。アタシの最終目標」


消される──たった4文字だけで、この《イ・ウー》とかいう組織の表層を理解するのには、それでも充分だった。武偵殺しを逮捕すれば、自ずと《イ・ウー》にも近付ける。それは同時にアリアの母親、神崎かなえさんの冤罪を解く資料にもなり得るのだ。十二分の収穫だった。
厳粛を極めている少女に、そっと苦笑してみせる。「大丈夫、絶対に言わないよ」

娘とそのパートナーとの遣り取りを、母親は憂慮と同時に安堵を滲ませながら、傍観していたように思う。そうして徐に、自分に呼び掛けた。面会の時間は、もうそれほど残ってはいない。


「……《イ・ウー》に触れたら、もう後戻りは出来ません。その覚悟がお有りですか?」
「ふふっ、愚問も愚問です。そもそもアリアがパートナー契約をせがんできた時から、生半可な調子じゃどうにもならないとは──察していましたから。やるべきことは、決まってるので」
「……そうですか。それなら、娘のことはパートナーの貴方にお任せします」


《教授》と名乗った例の男──彼は自分に、アリアを守らせようとしている。それは勿論、何があろうと敢行するつもりだ。同時に、《イ・ウー》に手を伸ばす手立てとして、武偵殺しを利用しようともしている。自分の成すべきことは、今や明々白々になっていた。そうして勘づいていたとおり、やはり、生半可な調子ではどうにもならない、容易ならぬことであることも。

そんな時に監視官は、そろそろ時間だと告げた。彼女は小さく頷くと、アリアを見詰める。


「……《イ・ウー》とは、無理はしない程度に闘いなさい。その身が朽ち果ててしまったら、元も子もないでしょう。そのためのパートナーなのだから、お互いに信頼関係を築くこと──それが出来ないような2人なら、最初から、その仲ではなかったということなのだから」  
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