| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

人理を守れ、エミヤさん!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

絶対■■戦線フィランソロピー





 お前がいつの日か出会う禍は、
 お前が疎かにした或る時間の報いだ。

   -ナポレオン・ボナパルト-1769年~1821年






 北東より敵襲の報が入った。
 推定敵兵力《《百万》》。しかし敵兵力は絶え間なく増大し続け、事実上底無しであるかと思われた。
 敵首魁は『人類愛』の存在を認知したものと思われる。間断なく、休みなく、雲霞の如く無尽蔵に押し寄せるケルト軍の波状攻撃が止む気配はない。
 単純に授かりの英雄、理想王の伴侶による砲撃で消し飛ばせる範囲を越えていた。破損聖杯があるとはいえ、何度も大規模宝具を連発すれば、暫し魔力が回復するまでのインターバルを要する。要所で上手く使わねば、不慮の事態に対応し切れない可能性がある。

 これを受けて『人類愛』の領袖、大総統と呼ばれるジャック・フィランソロピーは、戦役の勃発を全軍に発令。血戦の幕が切って落とされた。



「――情報が古い。ジョナサン、これはいつの物だ。……二日前だと? ――戯け、戦況報告は随時上げろと命じただろうが! 一分の弛みも赦さん、情報の更新を怠るなと各前線基地に通告しろ。伝達班の報告頻度を刷新、密な情報共有が迅速な指示系統の背骨になると弁えろ!」
「は! 伝達班の書類作成ペースを上げさせます! 最低でも日に二度、報告を上げさせましょう」



 マザーベースの本営に詰める兵士に囲まれているのは、言わずと知れた総大将J・フィランソロピー。その彼の補佐として付くジョナサン・ホークウィッツ。
 ジョナサンとは、ジャック――エミヤシロウがスカサハと出会った頃に、彼が留守にしていたマザーベースの避難してきた難民達の指導者である。中佐の階級についていた大陸軍の軍人であり、綱紀粛正の徹底されていなかった『人類愛』にリンチされた過去があった。
 しかし彼は優秀な軍人であると同時に、非常に人間の出来た人格者でもあった。さもなくば多くの難民を纏め、マザーベースに辿り着く事すら叶わなかっただろう。骨折などの重傷を負い、医療施設に詰めていたジョナサンは、そこを訪れ頭を下げて陳謝したシロウの謝罪を受け入れ、彼の要請を受けて『人類愛』の幹部に加わったのだ。
 元が中佐であった事もある。軍人としての能力は、アルトリウス・カーターよりも遥かに優れていた。流石にスカサハから課される訓練には彼も閉口していたが、それがあったから確執のある兵士の面々とも、今は和解できている。

 ジョナサンを通じてシロウへ情報が渡り、下された裁決を部下に浸透させるのがジョナサンの任務だ。
 激務である。しかし不満はない。誰よりも働き、過酷な状況に置かれているのはJ・フィランソロピーなのだから。

「次だ! 剣弾の運搬状況の一覧はこれだな? ……マザーベースから南部前線基地への運搬に遅延が見られるか。彼処には魔獣の狩り場があったはずだ。大方、獅子やら熊やらの魔獣が溜まってきたのだろう。南門の兵舎から一個小隊を出せ。貴重なタンパク質だ、死体はその小隊に南部基地に運ばせろ。指揮はアーノルドだ」
「了解。伝令! 聞いていたな? ただちに向かえ! その際にアーノルドにこの書類を渡せ。返信は要らんと伝えよ!」

 シロウの命令を待たずジョナサンは書面を認め、それを丸めて紐で括り、伝令に持たせて早馬を出す。
 飛び出していく兵と入れ替わりに馬蹄が響いた。

「伝令! 伝令! 大総統閣下に伝令!」
「騒々しい! 何処からだ!?」

 壮年の大男、ジョナサンは元貴族である。その威厳は軍人として務めて来た事で磨かれ、本営に転がり込んできた若い兵士を落ち着かせた。
 彼の一喝に兵士は背筋を伸ばして早口に応答する。しかしその最中にも馬蹄の音が聞こえてきていた。

「北部基地部隊長アルトリウス・カーター大尉より報告! 『我、敵軍にサーヴァント・タイプの個体を確認した。その数二十。全てが男性型。直ちに援軍を請う』との事!」
「二十ッ?!」

「伝令です! 東部基地より伝令! 敵軍にサーヴァント・タイプを確認! 数は十! 対城宝具は持っていない模様! されど設備への被害は甚大、死傷者三名! 現在アルジュナ殿が応戦しておりますが、基地を守る結界に破損が見られます! アルジュナ殿の宝具が防がれました、この儘では半日と保ちません!」

「――北部にはシータがいたな? 対軍規模の宝具使用を五回まで赦すと伝えろ。それで敵サーヴァントの足を止める。投石機『剣砲(シェル・キャノン)』も使え。可能なら斃しても構わん。ジョナサン――」

 眼を見開くジョナサンがシロウに振り向くのに、シロウは冷静に応じた。東部基地からの伝令から渡されたリストに目を通す。
 それにはアルジュナの対国宝具を凌いだ敵サーヴァントの宝具の真名が記載されていた。

 敵は『アルスターの赤枝騎士団』である。アルスター十八楯の内の幾らかが確認されている。
 アルスター王コンホヴォル・マク・ネサの『海洋に唸る戦楯(オーハン・マグ・ドルーク)』による防禦力。
 勝利の狼の異名を持つコナル・ケルナッハの『手に迅き群狼の牙楯(ラーヴ・タバト)』による迅速な護り。
 ケルトハル・マク・ウセハルの所有する、波打った形状の楯『戦門開く力(コヴラ・カサ)』による担い手の強化。
 赤枝の騎士であると同時に、宮廷詩人にして裁判官であるシェンハ・マク・アレラの『共鳴し、清めの詩を歌い上げよう(スギー・アスアル・グラン)』による、同胞の宝具を一つの力に纏め上げる力。

 虹霓剣を三度に亘り凌ぐ楯、防禦の巧みさと迅さを上げる五枚一対の楯、担い手と宝具を強化する楯、それらを担い手ごと共鳴させる楯。それらが揃えば、さしものアルジュナの奥義も防ぎ切られてしまうか。そう考えるシロウの判断は一瞬の逡巡も経ない。ジョナサンを一瞥した。

「――東部基地部隊長のエドワルドに早馬を出せ。東部基地のアルジュナを北部への援軍に回す。アルジュナの抜けた穴を埋めるのに、マザーベースからスカサハを回して対応しよう。結界の修復もスカサハにやらせるが、あくまで東部は防戦に徹するように。南部基地部隊長のヘルマンにも伝令だ。東部基地へ二百ほど剣弾の蓄えを吐き出せ。補填はするが、明日まではない」
「サー・イエス・サーッ!」
「春」
「はい」

 ジョナサンがシロウの指示に応えて指令を出す。本営内の兵士達が忙しなく動き出していた。
 それを尻目に、今まで自身の三歩後ろに控えていた少女へ、シロウは鋭く単眼を向ける。
 爛々と輝く強靭な意思の煌めきに、沖田は臆する事なく冷静に、平静そのままに応じた。

「ネロと共に東部戦線に迂回しながら向かえ。ネロは皇帝特権で気配を消せる。お前も気配を遮断して敵軍の背後にネロと回り込み、旗を使って襲撃しろ。それに合わせてスカサハも打って出るように因果は含めておく。出来うる限り迅速にやれ、東部が保つかはお前達の働き次第だ」
「承知しました。吉報をお待ちくださいねっ」

 沖田はうきうきしながら本営から飛び出していく。活躍してマスターを喜ばせてあげますから、なんて。場にそぐわぬ足取りだ。
 それに一瞬だけ微笑を溢したシロウだが、すぐに領袖としての顔に戻る。沖田と入れ替わりで本営に入ってきたスカサハに彼は命じる。

「――以上だ。赤枝騎士団を撃破し次第お前も春を連れて北部へ向かえ。東部にはネロを残せばいい。アルジュナ、シータと協力してサーヴァントへ対処しろ」
「うむ、拝承した。中々の戦だ、存分に槍働きを魅せてやるとしよう。――しかしよいのか、マスター? 南部と西部の敵は薄いが、この城の予備戦力を回せばマザーベースの守りが薄くなろう。サーヴァントを一騎も残さずにおれば、アサシンの暗躍を潰せぬぞ」
「アサシンがいたとして、出来る事は少ない。気づかれもせずに、城を護る結界の要石を破壊出来ない仕掛けがあるんだ、なら狙うとすれば《《これ》》しかない」

 スカサハの懸念に、シロウは鼻を鳴らして手刀で己の首を叩いた。

「簡単に殺られるタマに見えるか、俺が?」
「……ふ、令呪を使うだけの間を保たせられるなら、確かに要らぬ心配であったか。では私も往く、出来る限り早く戻ろう」
「そうしてくれ」

 不敵に嘯くマスターにスカサハも笑い、二本の朱槍を手に出撃していった。それを見送る視線を切り、シロウは考える。
 メイヴは本気で『人類愛』を潰そうとはしているだろう。しかし全力ではない。これぐらいでやれると、まだこちらを侮ってくれている。この間に対策を練らねばならない。――しかし敵のサーヴァントが多すぎる。どうなっている? 動員可能なサーヴァントは何騎なのか。どんな条件、制約があるのか。なんの制限もないまま、こんな馬鹿げた数の英霊召喚など出来る訳がない。何か弱点があるはず……。
 情報が足りない。このまま耐えているだけでは、いつか必ず戦線が破綻する。何か切っ掛けを作らねばならない。しかしその切っ掛けは……どう作る?

 チッ、と舌打ちして。シロウは眼帯を撫でる。判断の材料、行動に移るためのファクターが足りない。
 つまるところ、情報不足。この一言に尽きた。送り出した二百名の兵士連中が、なんらかの情報を持ち帰ってくれるのを期待するしかない。
 彼らなら、これだけの大軍がマザーベースに迫っているのを発見出来ているだろう。秘匿されている地下通路を通ってマザーベースに帰還し、この状況を打破出来る重要な手掛かりを寄越してくれるのを祈る。
 シロウは手詰まりな戦況に頭を痛めながらも、戦線の維持に知恵を振り絞るしかなかった。





 ――この時、戦端を開いてより早くも一週間が過ぎようとしていた。
 『人類愛』を擂り潰さんと送り込まれ続ける、無限に等しい軍団の侵攻を――しかし『人類愛』は頑強に跳ね返し続けている。

 防ぎ切れている要因は無数にある。マザーベースの北部の前線基地を預かるアルトリウス・カーター、東部を預かるエドワルド・シュピッツ、南部を預かるヘルマン・アーディスド、西部を預かるカール・ウィリアムズ。彼らの緻密な連携。
 大軍を相手取れるアルジュナ、シータ、スカサハの力。対サーヴァントに決戦戦力として運用出来るネロと沖田。
 一年をかけて構築した防衛ライン。着弾するのと同時に、自動的に起爆するように改造した投影宝具を打ち出す『剣砲(シェル・キャノン)』の開発。食料や医薬品、剣弾の開発と備蓄。

 人智の限りを尽くした防衛システムによって、彼らは辛うじて戦えていたが――状況が悪化する前に、手を打たねばならない。しかし、それはシロウらには不可能に近かった。

 だが、運はまだ、彼らを見捨てていない。――遠く南東の地にて、義賊が。理想王が。湖の騎士と駿足の英雄を追跡している。

 マザーベースの苦境を察している二百の兵士達が、走る。彼らの邂逅が、終尾に立とうとしている同胞を救う機会を運ぶのだ。













 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧