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人理を守れ、エミヤさん!

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幕間「女王の狂乱」






 極東の剣豪集団『新撰組一番隊隊長』沖田総司。対魔力の低さ、無辜の怪物に等しい呪いじみた病弱さを抜きにすれば、その剣腕と戦術思想、サーヴァントのクラス別技能である『気配遮断』と、固有技能の『縮地』の組み合わせは申し分ない。特に魔法の域にある対人魔剣の威力は特筆すべきものがある。こと白兵戦であればアルトリア以上。クー・フーリンやアルジュナなどの、一神話の頂点にも食らいつける異様な技量がある。短期決戦で決着を狙う時に真価を発揮し、そうでない時も凄まじい勝負強さを見せてくれる筈だ。可愛らしい容姿……っていうより、東洋版アルトリアって感じの容姿だから、なんとなく僕も親近感が湧く。

 インド二大叙事詩『ラーマーヤナ』の理想王ラーマの伴侶、シータ。彼女の霊基はラーマと同等。肝心要の戦闘能力という意味なら、それこそマスターである彼にも劣るだろう。しかしその宝具が織り成す大火力はインド出身に相応しい規模を誇る。雑魚散らしには持ってこい、彼なら極めて効果的に運用してくれる。彼の戦術指揮の腕前は、軍略に長けた英霊にも引けを取らないからね。それに何より、彼は運がいい……いや悪運かな? なんやかんやで良い方向に事態を持っていく事に関しては世界に愛されているんじゃないかってレベルだ。まあそんな事を口にしたら、本気のグーで殴られそうだから言えないけど。……うーん。彼、僕の技能で英雄化しようかな。世界有数のキング・メーカーの名は伊達じゃない。王の器なんか皆無だけど、彼は王とは違う方面に伸びそうだ。いずれ彼の夢の中にお邪魔しよう。

 同じくインド二大叙事詩『マハーバーラタ』の授かりの英雄アルジュナ。遠距離は勿論、中距離や近接にもそつなく対応する神域の弓使い。彼に並ぶ弓兵は、彼の宿敵か彼のギリシャ最強ぐらいなものだろう。円卓随一の弓騎士も、彼と比べたら一枚格が落ちる。卓越した戦闘技能は雑魚から格上まで幅広く対処可能、戦力は論じるまでもないだろう。多分だけど、彼との組み合わせでは施しの英雄よりも相性がいい。僕は最初、カルナの方を彼の所に誘導しようも思ってたんだけどね。施しの英雄と彼の組み合わせでは切り開けない未来が此処には在る。一か八か、伸るか反るか、最高の結果か、最悪の結末を掴むアルジュナに賭けた。まあそれに――こっちの方が面白そうっていう理由が一番なんだけど。

 ……この三騎が、彼――僕にとっての大スター、衛宮士郎の指揮下にある。人類愛なんて特大の厄ネタじみた名前の集団を組織しちゃった彼は、サーヴァントを有機的に運用してあっという間に第五の特異点をクリアしてしまうだろう。……敵がアレでさえなかったら。
 これは確信だ。彼はこのままだと《絶対に敗北する》。何せ光の御子は最強だ。単純な強さだけならアルジュナが匹敵するぐらいで、勝とうと思えば今の『人類愛』なら勝てなくもない。でもそれは相手が単騎だったら。もしも光の御子に、あの女王の願いで聖杯による強化が入れば――そしてあのとんでもない変身宝具も併用されれば、この特異点に集う全てのサーヴァントを結集しないと勝てない。でもそれは不可能だ。色々と因果なサーヴァントばかりだからね。
 僕に出来るのは、時が満ちるまで彼が持ちこたえられるように協力する事。カルデアが来るまで不眠不休で働き続ける事。そんなバッドエンドは嫌いなんだ、最大限の助力を惜しまないよ。

 でもだ、光の御子を今、自由にさせちゃったら、それこそ勝機は限りなくゼロになってしまう。なので、仕方ないけど……僕は第七の方で滅茶苦茶忙しいけど、過労死しかねない重労働をしないといけない。
 本当は嫌なんだけどね。だってあの女王が荒ぶってしまいそうだし……コノートの女王、僕の苦手な魔女に似てるし……。でも仕方ない、それもこれもオモシロ、じゃなくてハッピーな結末のためだ。うんうん、彼ならなんとかしてくれるさ。信じてるよ。うん、信じてる。これはちょっとした信頼。信頼っていい言葉だ。

 僕は惑わしたクー・フーリンを眠らせる。夢の中なら僕は無敵だ。気づかれたら死ねるけど。
 そして、眠らせ続けて。夢の中で、彼が削ぎ落とされた英雄としての尊厳を、ゼロから構築する。なぁにやってやれない事はないはずさ。英雄作成は僕の専売特許だ。王様なんて名乗ってるし、元々は英雄だし、楽な仕事だよ。この部分だけは。
 狂える王を、(マガ)ツ獣を、可能な限り英雄に戻す。殺戮兵器には無用の誇りを取り戻させる。そうすれば彼は純粋ではいられない。マスターの彼も幾らかやり易くなるはずだ。そして眠らせ続ければ……まああんまり長くは無理だけど。彼にとって価千金の時間は稼げる。

 いやぁ、マーリンさんは大変だ。あっちでふらふらこっちでふらふら、ウルクの王様に怒られてしまいそうだよ。というかこの特異点、外部との時間の流れの差が激しすぎてキツい。やらなきゃなんない事が多すぎる。

 さて……そろそろ本腰を入れるかな。一瞬でも気を抜いたら狂王様に気づかれて、捻り潰されてしまいそうだ。細心の注意を払って……あ、やっぱそうなるか。
 ゴメンね、そっちは僕の管轄外なんだ。頑張ってくれマスターくん、流石のマーリンさんもこっちで手一杯だからね! 大丈夫、君ならやれるって信じてるから!

















 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………おかしい。

 クーちゃんが、帰ってこない。いつまで待っても、いつまで経っても、帰ってこない。
 今までそんな事は一度もなかった。何かがおかしいと気づくも、万が一の事は絶対有り得ない。
 だってクーちゃんは、私のクーちゃんは最強なんだから。世界で一番強い、世界最高にカッコイイ私の王様なんだから。
 でも、なんで帰ってきてくれないの?
 親指の爪を噛む。イライラする。クーちゃんが私の隣にいてくれないと、意味がないのに。クーちゃんはどこに行っちゃったんだろう……まさか、私を捨てた? それは有り得ない、だってクーちゃんは私のなんだから。なら……敗けたの?
 それはもっとあり得ない、世界で一番強いんだから。それに万が一にも負けそうになったとしても、クーちゃんには『あれ』がある。それを使わされたとしても、退き時を見誤るクーちゃんじゃない。それに死んだとしても《私にはわかるんだから》。

 ……。

 …………。

「……女王メイヴ。ディルムッド、只今戻りました」

 生理的に無理なフィン・マックールの部下、ディルムッド・オディナが戻ってきた。
 遅いわよ、どこほっつき歩いてたの? そう詰って嬲る気も今はない。急いでクーちゃんを探しに行かせる。
 それだけじゃ全然足りない。全ての私の兵隊に私の王様を探させる。どこ? どこに行っちゃったの? 早く戻ってきて。愛しの王様、私だけのクーちゃん。早く、早く、疼くの。早く戻ってきて――

 そうして、何日も経った。

 そして、私の兵隊が王様を見つけて帰ってくる。

 《眠っているクーちゃんを抱えて》。

「――」

 こんこんと眠り続ける。どれだけ愛を囁いても。どれだけ揺すっても。どれだけ声をかけても。
 眠り続けてる。
 ……なに、これ?
 どうして起きないの? どうして眠っているの? どうしてよ……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ――ああ、そうなんだ。



「……い」



 ――誰かが、何かが、



「……ない」



 ――私の王様に、



「……さない」



 ――要らないちょっかいを、かけたのね。

 私の夢を。私の願いを。私の、私の、私の、



「赦さない」



 クーちゃんは。

 私だけのクーちゃんは。

 その冷酷なはずの寝顔に。――《穏やかさを僅かに取り戻しつつある》。



「赦さない――よくも――よくもォォオオオッ!! 私のクーちゃんに、手をあげたなァァアアアッッッ!!」



 憤怒に、激怒に、未だ嘗て経験した事のない赫怒に魂が焼き切れる、沸点を超えて臨界を超える。

 ――血を吐くように狂い叫ぶコノートの女王。清楚な美貌から血の涙を流して激情に狂った。
 誰がやった、なんでこうした、そんな疑問すら焼却される。何もかもを焼き払わねば気が済まなかった。何もかもを破壊しないと収まらなかった。
 瞬間、北米大陸に存在する全てのケルトの戦士が消滅し、再生する。



「ァアァアアァアアアアアアアアアアア――ッッッ!!」



 麗しの女王が、その四肢より、口腔より、双眸より鮮血を噴き出す。
 産み出されていくのは無尽蔵の兵力。加速度的に総軍を増す。聖杯の魔力が女王の力を増大させる。
 そして。
 ふつりと、唐突に女王は黙りこくった。

「……」

 俯く。陰が顔に掛かる。
 やがて肩を揺らし――女王は、

 嗤った。

「ふ、」

 嗤った。

「ふふ、」

 嗤った。

「ふふふふふふふふ」

 あははははははは!

 狂ったように笑い転げ。笑って、笑って、狂気に染まる憤怒の凶相で、女王は聖杯を掴む。

「――……だれが、やったの……?」

 ぽつりと、呟く。

「だれが……だれが……」

 答えは誰も持たない。

「……」

 故に。

「しょうがないわね」

 彼女は、呟いた。満面の笑みで。

「しょうがないから、わたし、おうさまがおきるまで……おうさまのかわりに、やるわよ」

 霊基が歪むほどの怒りの感情。
 誰かが言った。ほんの、ささやかな。取るにたりない人間が。
 人間が持てる感情の総量には限度がある。感情を抱ける許容値の限界は、脳にある。それを越えてしまうと――人は、狂うのだと。
 女王はそんなものは知らない。知っているのは、鉄心の男だけ。

「さーヴぁんと……もっと。もっとよびだしちゃうわ」

 聖杯の理を、聖杯で歪める。狂気に任せ。
 数多の戦士の恋人にして母である女は。

「うふふふ……たくさん、うむから」

 サーヴァントを、《産む》。

「あははははは!」



 ――殺してやる。



 今まで。
 ただの一度だけ懐いた、掛け値なしの本気の殺意。
 クー・フーリンにだけ懐いた、天井知らずの殺意。
 クー・フーリンをも破滅させた女王が、今。これまで、お遊びめいていた女王が。

 本気に、なった。










 
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