| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔術師ルー&ヴィー

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二章
  Ⅹ


 翌朝、ルーファスらはコアイギスに見送られ、リュヴェシュタンの王城を後にした。
 これは謂わば戦を起こさないための戦なのである。早々にアリアを見つけ出さねば、第二第三の禍が起こる。これは必ず起こるとマルクアーンは星から読み取っているのだ。
 何もないに越した事はないが、最早それは有り得ないと言えた…。
 予定としては、王都リュヴィンよりゾンネンクラールの国境まで馬車で凡そ五日、そこからクラウェンまで同じく馬車で二日…これはかなりの強行軍である。
 通常、馬車でも十日以上掛かる道程ではあるが、ルーファスらは途中の街で馬を交換して出発するを繰り返し、時間を短縮するようにしていた。魔術師は然して眠らずとも動けるよう訓練されているため、ルーファスら三人の魔術師はそれ程苦にはなず、マルクアーンも同様であったが…常人がこれをするのは無理がある。それでも七日は掛かることに、ルーファスは多少苛立ちを覚えていた。
 移転の魔術が使えれば問題はない。しかし、国交の問題も然ることながら、下手に魔術を行使して相手の術中に嵌まるなぞ以ての外と言える。
 それ故に、彼らは地道に時間を短縮する手段を選んだと言えよう。
「今日はここで休むことにしよう。」
 マルクアーンがそう言って馬車を停めさせた街は、ライヒェと言う中程度の古い街であった。
 この街は伝統を重んじ、先の戦でも貴族の助けを待つのではなく、民自らが率先して妖魔と戦い、その進行を食い止めた街としても知られている。
 中でも古くからある聖堂にはこの街出身の神聖術者と神官や司祭らが祈りを捧げ、毎日修行に励んでいる。戦当時も同様であり、彼らの力無くしては妖魔には勝てなかったであろう。
 その成果として、ライヒェには戦以前からの建造物が数多く遺されており、現王も敬意を表して貴族の統治者を置かずに自治を認めている街でもある。
「ウイツ。ヴィルベルトと二人、街で必要なものを買い揃えてきてくれ。わしはルーファスと今後の予定を話し合うのでな。」
 馬車から荷を下ろしていたウイツとヴィルベルトにマルクアーンがそう言うと、ルーファスは二人が下ろした荷を宿へ運び入れようと三人の所へと来た。
 話しは聞こえていたため、ルーファスは二人に必要な物を頼んだが、最後にウイツへと言った。
「そうだ、ウイツ。こいつの外套、良いの見付けてやってくれよ。」
「そうだな…もうボロボロだしなぁ…。」
 見れば、ヴィルベルトの外套はあちこちに穴が空き、自分で繕ったであろう箇所も一つ二つではなかった。
「師匠、まだ大丈夫です。これでもちゃんと内側は…」
「おいおい…お前それでも魔術師か?いいから、ウイツに選んでもらってこい!」
 ルーファスはそう言うや、懐から小さな革袋を取り出してヴィルベルトへと手渡した。
 よく分からないと言った風ではあるが、ヴィルベルトがそれを受け取ると、マルクアーンもウイツも何故かニコニコとしている。
「ウイツ、頼んだぞ。」
「任せておけ。良いものを見つけるよ。」
 ウイツがそう返事をするや、ルーファスはニッと笑って荷を持ってマルクアーンと宿へと入って行ったのであった。
 何だか腑に落ちないヴィルベルトであったが、仕方無くウイツと買い出しに行くことにした。
 二人は街中で暫くは店を回っていたが、ふとウイツがヴィルベルトへと言った。
「ヴィルベルト君、ルーファスは何もボロだから買い換えろ…と言った訳じゃないんだ。」
「でも…」
「愛着があるのは分かるけど、外套を交換するのには別の理由があるんだよ。」
「別の理由…?」
 ウイツにそう言われ、ヴィルベルトは歩きながらその理由とやらを考えてみた。だが、彼には今一つ分からなかった。
 首を傾げるヴィルベルトを見て、ウイツはそろそろ自分も弟子を取っても良いかな…と考えた。まるで弟のようで、こういうのも良いかも知れないと思えたからである。
「さて、ここに寄ってみようか。」
 ウイツはそう言うとヴィルベルトを連れ、些か狭い入り口からその店へと入った。
 そこは魔術師専門の店で、様々な魔術道具が所狭しと置かれていた。
「すまないが、この子に合う外套はないかな?」
 ウイツは入って早々、店の主人らしき人物にそう声を掛けたため、ヴィルベルトは目を丸くした。こんな所で外套を買うとは考えていなかったのである。
 暫くすると、店の主人は幾つかの外套を二人の前へ持ってきてくれた。ウイツはそれを一つ一つ手にして丹念に見て、ヴィルベルトの背丈と合わせて一つに決めた。
「これなら背丈も丁度良いかな…ま、多少大きいが、まだ背も伸びるからね。裏地も良い物で作られてるな…っと。ご主人、これはいくらかな?」
「6ゴルテ8シヴルに御座います。」
 その値段を聞き、ヴィルベルトの目玉は飛び出さんばかりである。
 外套は高いは高いが…精々が2シヴルから6シヴル辺りが相場である。特注したとしても10シヴルもしない。が…ウイツが選んだ外套は6ゴルテ8シヴル…金貨六枚に銀貨八枚だと言うのだ。
「ウイツさん…僕、こんな外套見たことありません…。高価すぎて着れませんよ…。」
 ヴィルベルトはすっかり尻込みしてしまっているが、ウイツはそんなヴィルベルトに事もなげに言った。
「そうかい?今着ている私の外套は7ゴルテ3シヴルだよ?因みに、ルーファスのは9ゴルテ7シヴルだし、コアイギス師に至っては18ゴルテだと聞いているよ。」
「·····!!」
 呆気にとられる…とは良く言ったもので、ヴィルベルトもまた口をポカンと開けて絶句している。
 そんな彼を苦笑混じりに見て、ウイツはその理由を明かした。
「これは通常の外套ではなく、魔術を織り込んだ布や糸で作るんだよ。布を織る機材や縫い針さえ特殊なものでね。まぁ、言ってみれば一生ものだから、この質でこの値段なら安い方だよ。」
「そうは言っても…。」
 ヴィルベルトは未だ腰が引けている。
 それもそうだろう…。今までルーファスと旅をし続けて、金に困らなかったことはない。尤も、ルーファスがわざとそうしていたのであるが…。
「君、ルーファスが外套を洗っているとこ、見たことあるかい?」
「そう言えば…ありません…。」
「これは汚れても、自然に汚れを浄化する作用もある。魔術の防御だけでなく、直接攻撃にもある程度は耐えられる様に作られているんだ。こいつを剣で切り裂くなら、魔術を帯びたものや神聖術を付加したものじゃないと切り裂くことも出来ない。勿論、火にも強いし水も弾く。」
「はぁ…そう言う事だったんですね…。」
「そうだよ。でも、これを買ってこいって事は、ルーファスは君を一人前の魔術師として認めたって事なんだ。」
「えっ…!?」
 ヴィルベルトはウイツの顔をまじまじと見る。そんな二人を、店の主人も笑みを浮かべて眺めていた。
「ヴィルベルト君と言ったかね。」
「あ…はい。」
 店の主人は我慢仕切れなくなったのか、ヴィルベルトへと話し始めた。
「魔術師にとって、この外套はシンボルの一つ。これに見合った知識と力が備わらなければ、たとえ身に着けたとしてもただの布。これは師が弟子の魔術師課程の第六修、つまり最終課程一歩手前までを修了した証として贈るのが慣わしなんですよ。」
 ここで言う魔術師課程とは、全部で七つある魔術師修練のことである。
 修練自体、各々細やかに分かれてはいるものの、概して七つに分けて考えられているのである。この課程を修了しない限り、どれだけ力があっても魔術師とは認められない。
 ここで出てきた第六修は"魔術の行使と実践における種々の修練"とされ、ヴィルベルトはそれを修了したことになる。
 次なる第七修は"総合的実践としての師との実戦"とされ、要は今まで導いてくれた師と本気で手合わせ…戦うと言うことである。
 大陸全ての国で、法により魔術師や神聖術者らは互いに戦う…力を行使し合うことを禁じている。大惨事になりかねないからである。唯一、この第七修だけが公に認められた魔術師同士の戦いと言えよう。
 無論、国同士の戦が起こればその限りではないが、それだけ魔術師同士の戦いは危険なのである。故、一人前と認められなければ、この第六修を修了することは絶対に有り得ないのである。
 それだからこそ、ルーファスはヴィルベルトを連れて旅をした。
 通常なら第六修を修了するには二十歳を越えてしまう。だが、ヴィルベルトは未だ十七である。力も素養も充分に備わっていても、それらを統べる精神をコントロールするには、王都で修行させていては追いつかない。
 それが故に、ルーファスは旅を選んだのであった。
「おめでとう。」
 ウイツは店の主人から外套を受け取ると、そう言ってヴィルベルトへと着せた。
 しかし、当のヴィルベルトは嬉しい反面、不安を抱えていた。
「ウイツさん…第六修修了を認められたってことは…」
「そうだね。ルーファスと向かい合って戦うことになる。でも、これは全ての魔術師が経験するものなんだよ。勿論、私もルーファスも通った道だ。」
「どうでしたか?」
「ルーも私もコテンパンに伸されたさ。でもね、それで魔術と言うものの大きさが分かった気がする。まぁ、今日明日にって訳じゃないから。この戦いが終わった後になるだろうね。」
「分かりました。」
 ヴィルベルトはウイツへとそう返すと、その真新しい外套を嬉しそうに撫でたのであった。
 一方その頃、宿の一室ではマルクアーンとルーファスが旅程について話し合っていた。
 それと言うのも、リュヴェシュタン側からもゾンネンクラール側からも全く連絡が入って来ず、万が一にも対応するには時間を短縮し、一刻も早くゾンネンクラールへと入る必要があったからである。
「妖魔を召喚させる陣を各国に伝えて探させたは良いが…これだけではないからのぅ…。あれが次に何を仕掛けてくるかは予想もつかぬ…。」
「それ位は理解してる。陣をあれだけ正確に描け、それを一斉に発動させた女だ。生半可な対処じゃ役に立たねぇかんな…。」
「そうだな…それ故に急ぐ必要がある。次はもっと大きな事を仕出かす気であろうからな。今回は妖魔とは言っても下級妖魔じゃったが…上級ともなればこれでは済まぬ。」
「ああ。恐らく、あの"グール"の封を解いたのもあの女だろう。封はかなり劣化していた筈…遠隔と解呪の魔術を施せば、いつでも破ることは出来るだろうしな。」
 二人は思案する。出来得る限り急ぎクラウェンに入らねば、アリアの居場所を突き止める前に気付かれてしまうだろう。そうなれば、彼女は早々に次の手を打つに違いないのだ。
 そこで、二人は国境都市シエルまでの二つの街を素通りして行くことにした。
 それを帰ってきたヴィルベルトとウイツに話すと、二人は訝しげに首を傾げた。
「ルーファス、馬車馬はどうするんだ?私達は良いにしても、さすがに馬は無理だろ?」
 そうウイツが言うと、隣でヴィルベルトも頷いている。
 確かに、彼等は多少無理をしても平気であろうが、馬は交換なしでは休ませる必要がある。それをどうするつもりなのかというウイツの疑問も尤もな話しと言えよう。
 だがその問に、マルクアーンからとんでもない案が出された。
「なに、四大元素の魔術で、馬に代わるものを創れば良いのだ。それに馬車を引かせれば問題あるまい。」
「・・・。」
 その案に、二人は唖然とした。
 以前、ルーファスとヴィルベルト、そしてウイツの三人で、ミストデモンの器を創ったことがあったが、マルクアーンにはそれ以前から既に、それが可能であると言うことを知っていた。
「遥か古の魔術に…あのウッドドールが出来るよりも前だが、想像したものを具現化する魔術はあったのだ。」
「ですが…現在の魔術では、たとえ動かせたとしても、直ぐに朽ちてしまうのでは?」
 次はヴィルベルトが問う。すると、それにはルーファスが返した。
「そりゃ、魔力を補填しなけりゃ朽ちちまう。要は、魔力を動力源として注ぎ続けりゃ何てこたぁねぇよ。」
「・・・。」
 二人は再び唖然として黙した。
 確かに…その理論であれば動かし続けることは可能である。が、それ…即ち魔力を供給し続ける魔術師が必要となる訳である。
 と言うことは…。
「ここに三人も魔術師が居るんだ。二日もしねぇうちに着くんじゃねぇか?」
「・・・!」
 今度は開いた口が塞がらない…。馬を置いて行き、自分達が馬になるようなものである。
 まぁ、速くはなるだろうが…。
 尤も、ここで反論しようとも無駄なことは二人には分かっていた。そのため、ヴィルベルトは一つ提案をした。
「師匠。馬は造形が複雑で、動かすにはかなり練習を要するかと思います。」
「そうだな。」
「それでですが…どうせ引かせるのだったら、馬車本体の様に箱型…車の様にしてみたらどうでしょう?」
「う〜ん…そうだな。ヴィー、お前ならどうする?」
 その師の問に、ヴィルベルトは直に返した。
「馬車より小さく創り、一人が乗り込める様にします。その中で操作すれば、魔力を維持しながら行けるかと。」
 ヴィルベルトがそこまで言うと、ルーファスは「よし、そうしよう。」と言って、何も返すことなく彼の案を採用した。それを聞いていたマルクアーンも、それに同意するように頷いた。
 これはヴィルベルトを一人前と認めた証でもあった。半人前であればあれこれと聞くものであるが、ヴィルベルトならば大丈夫だと確信しているからこそ、ルーファスは何も問う必要はないと判断したのである。
 当のヴィルベルトは、余りにもトントン拍子に案が採用されたため些か呆けていたが、そんな彼にルーファスは苦笑しながら言った。
「何ボサっとしてんだよ。さっさと創るぞ。」
「あ…はい!」
 そうして二人は連れ立って外へと出たのであった。
 実を言えば、車型にすることはルーファスも考えていた。だが、恐らくはヴィルベルトも考案するであろうことは想像出来たのである。
 自分の弟子だから…いや、ヴィルベルトだからこうしたことを思い付き、尚且つもっと多くのアイデアを出すのではないかと期待していた。
 それでも未だ十七歳…故に、ルーファスは彼を一人で旅に出す訳にはいかないと考え、こうして傍で学ばせてきたのであった。
 本当なら…十六になった際、第七修に入っても良かったのであるが、大陸に不穏な空気が漂い始めたために中止したのである。
「師匠、これでどうですか?」
 ルーファスが予め用意しておいた土・木・水・鉄・火・石でヴィルベルトが創り上げたものは…まぁ、格好は兎も角としても、非常に効率的な物であった。
「良く出来ている。」
 弟子の創り上げたものを見てルーファスは満足そうに頷き、そうして彼の創り出したそれに力を吹き込んだ。
「永久の息吹、そは力なり!」
 ルーファスがそう言った刹那、それは今にも動き出さんと音を立て始めた。
 それを見て、ヴィルベルトは師の力…その魔術と行使の力を不思議に思う。いや…ずっと不思議に感じていると言った方が良いだろうか…。
 ルーファスの詠唱は本来のそれとは違い過ぎている。あのコアイギスでさえ、ここまで単略化して魔術を発動出来ないのだ。元が四、五節程度ならば一言で済むが、それ以上になるとやはりそれ相応の長さとなる。
 今ルーファスが行使した魔術は"力"を加えるものだが、元来の呪文は二十節から成り立っている。それを十分の一の二節で行使するなど、どんな魔術師にも出来はしない。
 そして何より、神聖術者の聖文までをも魔術に組み込むことが出来ることをヴィルベルトは知っていた。
 だが、今に至ってもなお、魔術師は神聖術を誰一人行使出来ずにいる。伝説のクラウスでさえ、最期まで魔術と神聖術の融合を成し得なかったのだ…。

ー 師は一体…何者か…? ー

 ヴィルベルトは時折、ルーファスについてそう考えることがある。この時もそうであった。
 しかし、それを考えたとて詮ないと…いつもの様に考えることを放棄した。
 さて、ルーファスとヴィルベルトは、創り上げたそれを"魔動車"と名付けて馬の代わりに付け替えると、荷台に荷を積み始めた。
 マルクアーンもウイツも荷物を纏めて来ており、四人は直ぐにでも出発出来る準備を整えた。
「もう行かれるんですかい?」
 扉が開き、そこから宿の主が顔を出して言った。
「ああ。前払いしてある代価はそのまま納めてくれ。先を急がねばならなくなったのでな。」
 宿の主にマルクアーンがそう言うと、彼は「いけませんや。」と言って前払いしてある宿代から使用分を差し引いてマルクアーンへと差し出した。
「この世代にあって正しき者、お前にはこれをやろう。いずれ役に立つはずじゃ。」
 それはマルクアーンがこの地で取れる薬草から考案した薬のレシピが書かれた羊皮紙であった。
 風邪薬、傷薬、体力回復剤の三種が書かれており、そのどれもが庶民にも手の届く薬となる様にレシピが細やかに書かれていたため、宿の主は目を丸くした。
「もしや…貴女様は…。」
「何、若作りの婆なだけだ。気にすることはない。」
 そう言って苦笑して荷台へと乗り込むと、そのままルーファスに出るよう伝えた。
 この宿の主は後にこの薬を広め、町全体が薬師の町として栄えることとなる。恐らく、マルクアーンはこれさえ視野に入れてレシピを創造したに違いない。
 話しを戻そう。ルーファスらはその魔動車でそのまま町を後にした。
 先を明るく照らす光源もあるそれは、他者から見れば実に奇抜に見えるが、その力は並外れていた。馬のように気儘ではなく、速さも維持した上で道から逸れることもない。
 ただ…力を注いでそれらを操作する魔術師が大変だ…と言うことを除いては。
 四人は先を急ぎ、ものの数時間で隣町を通り抜け、朝になる頃には国境の街シエルへと入っていた。
 しかしその時、街に入るなり衛兵に止められ、乗り物…魔動車についてかなり問い詰められてしまった。
 そこでマルクアーンが出て行き、兵たちへと口を開いた。これは自分がさせたことであり、自分が考えて作らせた魔道具だ…と。
 すると兵たちはマルクアーンに頭を垂れて畏まり、そのまま街へと入ることが出来たのであった。
「クラウェンに行く前からこれじゃあ…。」
 ルーファスもさすがに苦笑する他なく、ウイツもヴィルベルトも同様であった。
 街中に入って暫くすると、四人はとある張り紙を見て衝撃を受けることになった。それは単なる広告などではなく、緊急を報せるものであった。
「…クラウェン封鎖だと!?」
 余りの事に張り紙をしてあった店の者に話を聞くと、一昨日の昼過ぎには既に門は閉されており、この街へと早馬で戻って来た商人が街長へとそれを話したらしい。それが今しがたのことであり、張り紙も慌てて張り出されたそうである。
「理由は分からないそうですよ?何でも、門番も守衛も居なかったそうですから。」
 それを聞き、四人は直感した。

ー 気付かれた…! ー

 相手は一筋縄ではいかない…それは覚悟の上だが…あと一歩でこれでは意味がない。
「シヴィル、これじゃあ先に進めねぇが…?」
「お前に言われずとも分かっておるわ。だから先程から思い出そうとしておるのじゃ!」
「…何を?」
 皆は不思議そうに首を傾げる。
 クラウェンの封鎖を知らされた時から、マルクアーンは何やら一人で考え込んでいる様子だったが…一体何を思い出そうとしているのかは、三人の魔術師には知る由もない。その上、徐々に苛立ち始めたマルクアーンに、ウイツもヴィルベルトも冷々している。
 尤も、ルーファスだけは飄々としてはいたが…。
「思い出した!」
 暫くしてマルクアーンはそう言って手を叩いた。
「で、何を?」
 ルーファスは待ち草臥れたと言わんばかりに、頬杖をついて返した。そんなルーファスにマルクアーンは些か眉をピクリとさせたが、咳払いを一つしてから口を開いた。
「クラウェンへの抜け道だ。」
 その答えには、さすがのルーファスも驚いた。
 本来ならば有り得ないのだ。同じ国内ならいざ知らず、国境を跨ぐ緩衝地帯から他国の街へ入る抜け道などある筈がない。
 しかし、マルクアーンは平然と話し始めた。
「先の戦の際、溢れる妖魔を食い止めるためにリュヴェシュタンとゾンネンクラールの二国で作った道がある。それがこのシエルから北西に少し行った所まで続いておったのだ。そこから入れば、その先はクラウェンの東の郊外へと出られた筈だ。」
「ですが…それは大昔の話なのでは…?」
 その話にウイツは半眼になってそう言うと、マルクアーンは「案ずるな。」と自信を持って返した。
 だが、ここで開門を待つ訳にもいかず、一同は一抹の不安を抱えながらもシエルを後にしたのであった。
 暫くは街道を走っていたが、その街道が森の中へと入るやマルクアーンはとある地点を指差して言った。
「あそこから入れ。」
 今、魔動車を操作しているのはウイツであったが、彼は一旦それを停止させ、振り返ってマルクアーンへ尋ねた。
「申し訳無いのですが…どこでしょうか?」
「前に見える大木があるじゃろ?」
「あの樫の古木ですか?」
「そうじゃ。あれの左側にこちら側の出口があったのだ。」
 そうマルクアーンが答えると、ウイツは低速で注意深くそちらへ向かった。それと同時に、マルクアーンはヴィルベルトに言って乗っている荷台へと強化の魔術を掛けさせた。
 ウイツが意を決して道から逸れて藪の中へと魔動車を進めると、古びた道が確かに存在していた。
 が…余りに歳月が経っているため、普通の馬車どころか人もまともに通れはすまい…。
「師匠…。」
「皆まで言うな…。ま、行ってみるしかねぇだろ?」
 不安を訴えようとしたヴィルベルトに苦笑しつつそう返すと、ルーファスは遠見の魔術を行使した。
 遠見…とは言うものの、本人の目で見る訳ではない。自身の精神を飛ばして先を見る魔術である。
「ウイツ。少し先、中央に大木がある。左側から回れ。」
「了解。」
「ここから右にカーブしてるから気を付けろ。」
「分かった。」
 こんな遣り取りを四、五時間程続けただろうか、彼らは森を抜けて草原へと出ていた。疎らに木は生えているものの辺が良く見渡せる。
「ここらで少し休もう。」
 ルーファスがそう言うと、皆はそれに賛同した。ルーファスは兎も角、魔動車を操作しつつ魔力を使っていたウイツは限界であろう。
 数本の木が生えている影に魔動車を止めると、四人は軽く食事を取って暫し休息に入った。
「師匠、次は僕が操作します。」
「そうだな。お前が創ったもんだから、使い方はわかってんな?」
「はい。思った以上に良く出来ていて安心しました。」
「ああ、そうだな。」
 ルーファスはそう言ってヴィルベルトの頭を撫でると、ヴィルベルトは「もう子供じゃないんですよ!」と言って少しばかりむくれたが、ルーファスはそんな弟子をニコニコしながら見ていたのであった。
 休息を終えて、四人は再びクラウェンへと先を急いだ。
 暫くして、後もう少しで街の外れへと入ろうかと言う時…その先に火と煙が上がっているのが見えたのであった。
 時は夕刻も過ぎ、既に夜闇が迫って来ていた。
「シヴィル…。」
「あぁ…遅かった…。」
 魔動車を操作しているヴィルベルトでさえ、自分達は遅過ぎたのだと感じて唇を噛みしめ、ウイツもその光景に言葉を失っていた。
 何もかもが後手に回っている…四人は急ぎクラウェンに入り、この騒動を一刻も早く止めるべく先を急いだ。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧