提督はBarにいる・外伝
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ある外交官の独白・1
わたしはブルネイ王国に駐在する米国大使館の大使である。任期もあと半年程で終わり、妻や娘と本国へと帰る事が出来ると思っていたつい先日、本国からの秘匿回線による緊急の通信が入った事で私の平穏な日常は音を立てて崩れ始めた。連絡の主はプレジデント……合衆国大統領その人だった。その通信の内容に、私は驚愕する事になる。
「極秘裏での会談……で、ありますか?閣下」
『そうだ。先方からまず間違いなく要請が来る。その会談の場に於いて、君を私の名代として頼みたいのだ』
その命令自体は大変名誉な事だ。だが、大統領の口調からは何かしら『焦り』のような物を私は感じていた。
「それで、その会談の相手というのは……?」
『レイジ・カネシロ。名前くらいは聞いた事があるだろう』
私はその名前を聞いて愕然とした。その名前はブルネイに住んでいる者ならばほぼ知らぬ者は居ないであろう日本人の名前だ。
レイジ・カネシロ……ブルネイに存在する日本海軍の組織『ブルネイ鎮守府』の長にして、人型海洋決戦兵器ーー通称『艦娘』を従え、指揮する提督。そして、とある事件から米国政府の一部高官達から『evil king(魔王)』という悪名で呼ばれる男だ。
「まさか……その男から召喚要請が来る、と?」
『まず間違いなく来る』
あぁ、神よ。何故後半年という任期を平穏に過ごさせては頂けないのでしょうか。しかし、私とて国に忠を尽くさんと志して今の職に奉じている。
「……大統領閣下、詳細を送付願えますか」
私は覚悟を決めて、大統領にそう告げた。
2日後、私は執務室で文字通り頭を抱えていた。大統領からの説明を聞く限り、我が国は最悪の状況下にあるからだ。事の発端は我が国のペンタゴンーー国防総省の一部署の暴走。彼等は元々日本からの技術供与による艦娘の量産化に否定的であり、既存の艦娘建造技術に頼らない新機軸の人型兵器を独自に研究していた。しかし、研究は難航。やがて研究資金も打ち切られ、研究は凍結された……はずだった。だが、それは表向きの話。彼等はペンタゴン以外の政府の組織内部にも潜伏し、各組織から同士と研究資金を密かに集めながら研究を継続していたのだ。大量の裏金と横領が見つかっただけでも一大事だが、事態はそれだけに収まらなかった。彼等はいつまでも完成しない切り札に業を煮やし、悪魔に魂を売ったのだ。
彼等は日米両国政府の欺き、ブインにある鎮守府の1つを秘密裏に制圧・奪取。提督を人質に取り、そこに所属する艦娘を使って悪魔の実験を始めた。それは、『深海棲艦を利用した艦娘の養殖』だった。彼等は深海棲艦の中で極稀に艦娘へと変化を遂げる個体が居る事に着目し、そのメカニズムを解き明かそうとした。人型深海棲艦の中でも鹵獲し易いと想定されていた重巡リ級を生け捕りにさせて、艦娘の核とされている艦霊(ふなだま)を物質化した物……通称『リュウコツ』を無理矢理に体内に埋め込んだのだ。
当然というか、必然というべきか。実験は失敗の連続であったらしい。複数の検体の犠牲の上で、事態は予想外の展開を見せる。なんと、検体の1つの下腹部が急激な膨張を始めたのだ。丁度、女性の胎内に新しい命が宿ったかのように。結局その母体となった検体は死亡したらしいが、その体内の人体でいう『子宮』に当たると見られる器官の内側から胎児が発見された。これにより、深海棲艦には単一生殖による増殖の可能性が示されると共に、それを利用した培養への光明が見えた、と彼等の研究レポートの一文にはあった。最早他国の軍施設を制圧しているというだけで国際問題に間違いなく発展する事態だと言うのに、そこではSF映画などに出てきそうなマッドサイエンティスト染みた狂気の実験が行われていたのだ。その報告を読むだけで、私は胃に穴が空きそうだった。だが、話はそれだけに留まらない。深海棲艦の胎内から取り出された胎児は、艦娘とも深海棲艦とも違う体組織で形成されていたのだという。艦娘という日本発祥の人型兵器の登場は、それこそ世界の軍事バランスを日本一強に覆しかねない危険性を孕んでいた。だが、偶然によって発見されたこのちっぽけな胎児が、再び合衆国を軍事大国へと返り咲かせる希望であると彼等のレポートは書き綴っていた。確かにそうかもしれない。……しかし、彼等は忘却していたのだ。目先の利益と自分達の矮小なプライドの為に、自分達が何を利用して新たなる兵器を産み出そうとしているかを。
ホワイトハウスから送られてきたレポートは続く。彼等が制圧した鎮守府は、何かの事故によって消滅したらしい。だが、研究結果やそれまでのデータは持ち出され、米国本土にてその研究は続行された。その頃には深海棲艦の身体を母胎とする非効率な形から、培養カプセルの様な物を使っての実験に推移していたらしい。更には、これまで艦娘の建造は艦種を絞り込む事は不可能とされてきたが、それにある程度の指向性を持たせる為のプログラムとその管理をする為のAIが開発された。これによって少ない資源でも戦艦・空母等の大型艦娘でさえ建造が可能になる……はずだった。しかし、突如としてAIが暴走。深海棲艦が持つとされる金属侵食作用を発揮して、研究施設を飲み込み、偶々試作機として建造されていた工作艦『ヴェスタル』のボディをベースとして定着。その姿は、深海棲艦を更に禍々しくしたような恐ろしい姿だったという。そしてその化け物は己の身体から別の化け物を生み出し、残った研究施設を破壊、逃走。米軍も必死に追撃をしたが、悉く返り討ちに遭い、その化け物は海洋へと逃げおおせてしまった。その化け物こそ此度の『リバースド・ナイン事件』の黒幕であり、『エンタープライズ』を深海棲艦として誕生させ、陰で操っていた『竈の巫女』だ。
事態を重く見た彼等は日米両政府には事件を隠蔽しつつ、秘密裏にネームレベル討伐で名を馳せていた『ニライカナイ艦隊』の提督・ミブモリに接触。その撃沈を依頼した。その際、助力をしたのが件のブルネイ鎮守府のレイジ・カネシロなのだという。結果的にブルネイ・ニライカナイ艦隊はミッションを達成。しかし、ブルネイ鎮守府は『リバースド・ナイン』こと『エンタープライズ』の空爆を受けて鎮守府施設に大打撃を受けている。この事に関して彼の提督は大変にご立腹だというのだが……ん?送られてきたレポートに、大統領の筆跡で走り書きがしてある。
『君の任務は、その彼から最大限の譲歩を引き出す事だ』
「はぁ!?」
思わず叫んでしまう。はっきり言って、それは無謀という物だ。話を聞く限り、我が国の落ち度しかないこの状況下で、被害者でもある提督から譲歩を引き出せ?しかも相手は、遣り手と名高い相手だぞ。
『その為に君に全権を預けたのだ。せいぜい上手くやってくれ』
要するに、大統領は私に丸投げしたのだ。失敗すれば蜥蜴の尻尾を切るように、私は切り捨てられるだろう。
「神よ。大統領に災いを……」
思わず恨み言を呟いてしまった。仕方無いじゃないか、私とて人間だ。
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