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fate/vacant zero

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森に響く凱歌





 時刻は、昨夜ゆうべ草原に即興で発生した土山が、黄金色の洗礼を受けようとする頃。



 トリステイン魔法学院は、蜂の巣をつついたような喧騒に覆われていた。


 難攻不落のはずの宝物庫がたかが・・・盗賊に壁をぶち破られた上、秘宝『破壊の杖』が盗難されたことに、ようやく教師たちが気付いたのであった。

 宝物庫には空が白みだした頃から学院中の教師たちが集まり、壁に空いた大きな穴に呆気にとられていた。


 ……しかしあれだけ派手に音を立てていたというのに、夜中に目を覚ました者は誰か居なかったんだろうか?











Fate/vacant Zero

第九章 森に響く凱歌











 宝物庫の壁には、最後にフーケが刻んでいったサインが残されていた。

 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土塊のフーケ』と、これまでの被害者たちに対するものと何ら変わらないものである。


 これを発見した教師たちは、目撃者としてこの場に呼ばれたルイズたちのことも忘れ、好き勝手に罵声を喚き散らしている。


「土塊のフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か!
 魔法学院にまで手を伸ばすとは、随分とナメられたもんじゃないか!」


「衛兵はいったい何をしていたんだね?」

「衛兵など当てになるものですか! 所詮しょせんは平民ではないですか!
 それよりも、当直の教諭メイジはいったい誰ですか!」


 神経質そうな女性教諭の金切り声を聞いたシュヴルーズ先生は震え上がった。


 実は昨晩の当直は彼女だったのであるが、こんな事態になるとは夢にも思っていなかった。

 本来なら、門の詰め所で夜を徹しての待機をしていなければならないのだが、彼女はいつものように当直をサボり、ぐうぐうと自室で寝ていたのである。


「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたではありませんでしたか!」


 集まった教師の一人が、さっそくシュヴルーズ先生を追求し始めた。

 オスマン老の来る前に、責任の所在を明らかにしておこうということだろう。


 その教師に、才人は見覚えがあった。彼の『風』の授業に、何度か参加したことがある。

 ボールを探しに行かされた授業のことなどは未だに明確に覚えている。……過度の疲労で。

 確かギトー教授……あ、いや先生だったか、と名前を記憶から掘り起こした。


 彼の鋭い眼差しに射抜かれたシュヴルーズ先生は、ボロボロと泣き出してしまった。


「も、申し訳ありません……」

「泣いて謝ったところで、秘宝は戻って来ませんぞ! それともあなたは、『破壊の杖』の代価を支払えるのですかな!」

「わたくし、家を建てたばかりで……」


 よよとシュヴルーズ先生が床に崩れ落ちた時、才人はなにやら威厳溢れる老人が宝物庫に入ってきたのが見えた。

 オスマン老である。







 なんか仙人みたいだな、というのが才人の第一印象だった。


「これこれ。女性を苛めるものではない」


 ギトー先生が、その仙人(仮称)に詰め寄る。


「しかし、オールド・オスマン!
 ミセス・シュヴルーズは当直だというのに、自室で寝こけていたのですぞ!
 責任は彼女にあります!」


 興奮しているギトー先生を見つめながら長いヒゲを弄っている仙人(仮)、オールド・オスマンと呼ばれた老人の視線が、少し強くなった気がした。


「ミスタ……、なんだっけ?」


 大丈夫かこの人、というのが第二印象になった。


「ギトーです! お忘れですか!」


 律儀にずっこけて体勢を立て直したギトー先生が怒鳴る。


 いま、その場で滑ったぞこの人。関西人か?

 いや、異世界だけどさ。


 いや閑話休題それはともかく、ギトー先生の剣幕もどこ吹く風と、オールド・オスマンは続けて言った。


「そうそう、ギトー君。そんな名前じゃったな。
 君はどうも怒りっぽくていかん。

 ……君はミセスに責任があるといったが、さて。
 ここ数年間、まともに当直をしておった当直をしたことのあった教師は、この中にいったい何人おられるのかな?」


 オールド・オスマンとギトー先生が、集まった教師たちを見回した。



 教師たちはお互いの顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

 誰も、名乗り出る者はいなかった。


 どうもギトー先生は真面目にやっていたらしく、珍しいことに目を点にして呆然としている。

 ……いちいちリアクションが面白いなこの人。


「これが現実じゃよ、ミスタ・ギトー。責任があるとすれば、それは我々全員なのじゃ。
 この中の誰もが――もちろん、儂わたしも含めてじゃが――まさかこの学院が賊に襲撃されるなぞ、夢にも思っておらんかった。
 ここにおるのは、殆どが魔法使いメイジじゃからな。
 誰が好き好んで虎の巣に飛び込むのかっちゅうわけじゃが……、そこに隙があったわけじゃよ」


 オールド・オスマンが壁の穴を睨んだ。


「結果、このとおり。
 賊は大胆にも宝物庫を襲撃し、『破壊の杖』を奪っていきよった。
 我々は、油断しておったのじゃ。これでは、誰か一人を責めることなど出来はせんよ」


 そこまで言った時、感極まってしまったらしいシュヴルーズ先生が、オスマン老に抱きついた。


「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲の御心に感謝いたします!
 わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」

「ええのじゃ、ええのよ。ミセス……」


 オールド・オスマンはそう言ってシュヴルーズ先生の背中を……、じゃねえ。

 尻を撫でていた。



 ……第三印象は、『エロジジイ』で決定だろうか。


「わたくしのお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」


 あ、オールド・オスマンの目も点になった。まばたきしてる。

 どうやら予想外の反応だったらしい。一つこほりと咳をした。







 実のところオスマン老は場を和ませるつもりでやったのだが、誰も動きを見せなかった。

 皆、一様に真剣な目をしてオールド・オスマンの言葉を待っていたのだ。


 シリアスな場面の時に、突発的にギャグに走ってはいけない。

 何事も相手のノリ次第である。



「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「この三人です」


 誤魔化すように尋ねたオスマン老に、コルベールが進み出て背後に控えた四人を手で示す。


 ルイズ、キュルケ、タバサで三人である。

 才人は使い魔のため、数には入れられていない。


「ふむ……、君たちか」


 オスマン老の視線が、興味深そうに才人を捉えていた。

 なぜ自分がじろじろと見られているのか才人は分からなかったが、なんとなく背筋を伸ばしてしまう。


 エロジジイの印象に定まりかけていても、その威厳は本物なのだった。


「詳しく説明したまえ」


 ルイズが一歩前へと進み出て、見たそのままを述べる。


「あの……、大きな土人形ゴーレムが突然現れて、ここの壁を壊したんです。
 それからその肩に乗っていたローブの魔法使いメイジがこの宝物庫から何か長い物……、多分その『破壊の杖』だと思いますけどそれを持ち出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。
 ゴーレムは壁をまたいで草原に出て……、しばらく進んだ後、崩れて土に戻ってしまいました」


「ふむ。それで?」

「崩れた時、すぐに土の塊まで降りたんですが……、土しか残っていませんでした。
 肩に乗っていたローブの魔法使いメイジは、影も形もなくなっていました」


「ふむ……、後を追おうにも、手がかりナシというわけか」


 オスマン老はヒゲを撫で、辺りを見回して自らの腹心の部下がいないことに気付いた。

 コルベールに尋ねてみる。


「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

「それがその……、朝から姿が見当たりません」


「この非常時に、いったいどこに行ったのじゃ」

「さて?」


 まあ、噂をすれば影、とはよく言ったもので。



 二人が首を傾げたとき、教師たちの後ろからミス・ロングビルが宝物庫へと入ってきた。


「ミス・ロングビル。いったいどこへ行っておったのかね? この非常時に」


 オスマン老がそう尋ねると、ミス・ロングビルはやわりとオスマン老に告げた。


「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査とは?」


 コルベールが、不思議そうに尋ねてきた。


「ええ。今朝方、起きだしてみたら大騒ぎになっているじゃありませんか。
 そして宝物庫はこのとおりの惨状で。
 中を見てすぐに壁のフーケのサインを見つけたもので、これがかの大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」


「仕事が早いの、ミス・ロングビル。それで、結果は?」

「はい。フーケの居所らしき情報が手に入りました」

「な、なんですと!?」


 素っ頓狂すっとんきょうな声がコルベールから上がった。


「いったい誰に聞いてきたんじゃね、ミス・ロングビル」


 じっとミス・ロングビルを見据えながら、オスマン老がさらに尋ねる。


「はい。近在の農民に聞き込んだところ、今朝早くに近くの森の廃屋の方へと消えた黒ずくめのローブの男を見たそうです。
 おそらくその男がフーケで、廃屋はその隠れ家なのではないかと」


 オスマン老の目が鋭く細まる。


「その廃屋は近いのかね?」

「はい。徒歩で三時間、馬で一時間といったところでしょうか」


「すぐに王室に報告しましょう! 兵隊を差し向けてもらわねば!」


 コルベールの叫びに、オスマン老は目を剥いて怒鳴った。

 老人とは思えぬほどの気迫がこもっている。


「ばかもの、王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!
 第一、身にかかる火の粉も払えんで何が貴族じゃ!
 魔法学院の宝が盗まれた以上、これは魔法学院の問題じゃ! 無論、我らで解決する!」



 オスマン老はそこまで一気にいうと咳払いを一つした。


「では、捜索隊を編成する。我こそと思う者は、杖を掲げよ」


 だが、教師たちは誰も杖を掲げなかった。

 困ったように、顔を見合わせるばかりだ。


 いや、約二名ほどは自分の爪先を見て何事か考え込んでいるようだが。


「おらんのか? ん? どうした! フーケを捕まえ、名を挙げようと思う貴族はおらんのか!」


 その一声で、動いた者がいた。

 だが、それは教師ではない。


「ミス・ヴァリエール!?」


 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。

 その視線の先で、ルイズが、杖を顔の前へと掲げていた。



 ぽかんと顎を落としながら、その光景を俺は見つめていた。


「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」


 口をへの字に曲げて真剣な眼差しになったルイズが、魔法を使えないはずのルイズが、巨大土人形アレを使いこなすような魔法使いメイジに挑むと言っている。


「誰も掲げないじゃないですか」


 唇をきっ・・と結んでそう言い放ったルイズを見ながら、頬を抓ってみた。


 痛い。

 どうもこれは、夢じゃないらしい。


 タバサの向こうで、同じように杖を掲げたルイズを見て頬を抓っていたキュルケも、しぶしぶと杖を掲げた。


「ツェルプストー! きみは生徒じゃないか!」


 今度はコルベール先生が、驚いたらしい。


「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」


 つまらなそうにキュルケが言う。

 まあ、キュルケならそう言うだろうな。


 というか、俺はやっぱり強制参加か?


 まあそうなんだろうな、とため息をついていたら、隣に立ったタバサも同じように背丈より大きな杖を掲げていた。

 その顔は相変わらずの無表情で、これまた相変わらず何を考えているのかがいまいちよくわからない。


 分からないが、なんとなくわかるような気はする。


「タバサ。あんたはいいのよ、関係ないんだから」


 今まで、何の関係もないハズの俺でさえ二回も助けてもらってるんだ。

 自分から危険なところへ飛び込むと言ってるキュルケを、放っておくとは思えない。


「心配」


 ほらな。


 キュルケは感動した面持ちで、ルイズは唇を噛み締めながら、それぞれタバサを見つめてお礼を言った。


「「ありがとう……。タバサ……」」


 こいつは困ってる奴とか、放っておけない性格なんだろうな。いい奴じゃないか。

 そう思いながらタバサを見ていたら、その艶つやのいい唇が、また開いた。


「それに「そうか。では、頼むとしようか」」


 セリフの途中で、ほっほと笑っていたオールド・オスマンが口を挟んだ。


「オールド・オスマン! わたしは反対です!
 生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」


 焦った調子のミセス・シュヴルーズがさらに割り込む。


「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」


 タバサの方を見てみたが、その口はもう開く様子はなかった。


「い、いえ……、わたしは体調がすぐれませんので……」


 それに……、いったい、何なんだろうか。

 気になる。


「彼女たちは、敵を見ている。
 その上、ミス・タバサは若くして士爵シュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」


 ざわりと教師たちに動揺が走り、一斉にタバサを見つめてきた。

 士爵シュヴァリエとやらはよく分からんけど、とりあえずタバサは騎士なのか。



「本当なの? タバサ」


 キュルケも驚いているらしい。

 あ、ルイズもタバサの方見てるな。目ぇ見開いて。


 そんなすげえのかね、士爵シュヴァリエって。

 タバサの無反応っぷりを見てる限りではそうは思えねえんだけど。



 後で聞いてみるか、と思っていたら、オールド・オスマンが今度はキュルケを見ながら喋り始めた。


「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力であると聞いているが?」


 キュルケが得意げに髪をかきあげる。


 えーと。

 サラブレッド、ってことなのかね? 今の紹介って。


 それから、ルイズが可愛らしく胸を張った。

 次は自分の番だ、とフライングしたようだ。


 フライングは別にいいんだが、ちょっとは前を見たほうがいい。

 なんか、オールド・オスマンがフリーズして悩んでるぞ?

 そのまま数秒経って、不審に思ったルイズが片目を開いた時、ようやく再起動したオールド・オスマンが目を逸らして紹介を始めた。


「その……、ミス・ヴァリエールは、数々の優秀な魔法使いメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望な貴族メイジと聞いているが?」


 ……あの、それって誉め言葉……なのか?

 っていうか、せめて詰まらないで言ってやれよ……、ごめん。無理言った。


「しかもその使い魔は!」


 へ?

 え、俺?


「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」


 そう言って、オールド・オスマンは俺の方を見つめてきた。

 いや、そりゃあのキザ野郎には勝ったけどさ。


 瀕死で。



「そうですぞ! なにせ、彼はガン」


 オールド・オスマンが、慌てた様子で何か言いかけたコルベール先生の口を塞いだ。

 ガンってなんだ。


「むぐ! はぁ! いえ、なんでもありません、はい!」


 いや、だからガンってなんだよ……。

 すごく聞いてみたかったが、教師たちはすっかり黙り込んでこちらを見つめている。


 半分ぐらい睨まれてる気がするんだが。気のせいか。

 ややビビりながら視線に視線をぶつけあっていると、オールド・オスマンの威厳のある声が響いた。


「この三人に勝てるという者がいるのならば、前に一歩出たまえ」


 動きはない。

 代わりに、なんか睨んでる目が増えた気がするんだけど。


 勘弁してくれないか爺さん。


 恨みがましい目で見つめていたら、オールド・オスマンはこっちに振り向いて重々しく言った。



「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」


 三人が、真顔になって直立した。

 なにごと? と思っていたら、一斉に「杖にかけて!」と唱え、スカートの裾を両手でつまみ、恭しく一礼した。


 ――って。

 ちょっと待て、これって俺もやらないとダメなのかもしかして。


 いやでもさっき貴族の義務って言ってたし……、っていうかどう見たってありゃいいとこのお嬢さまとかのする礼だから俺がやったってブキミなだけだろうし……。


 どうすりゃいいのよ、と目で渦を描いている間に三人は頭こうべを上げていた。

 オールド・オスマンがこっち見て苦笑してる気がした。


 ぅあ、恥ずかしいぞ。


「では、こちらで馬車を用意するとしよう。
 なに、魔法は目的地まで温存した方がよいからの。

 ――ミス・ロングビル!」


「はい」

「目的地までの案内は君に任せる。彼女たちを手伝ってやってくれ」


 ロングビルさんとやらは、微笑んで言った。


「もとより、そのつもりですわ」



 しかし、馬車か。

 ファンタジー世界の馬車ってどんなんだろうな。











「意外と普通だった」

「なにがよ」

 馬車がよ。



 話を済ませた俺たちは、学院が用意した馬車に揺られ、秘宝奪還のために一路森へと向かっていた。


 馬車とは言ったものの、某有名RPGで使ってたような天幕付きのものじゃなくて、荷車みたいな屋根なしのものだ。

 襲撃された時に迎撃しやすいように、との学院側の配慮らしい。


 ちなみに、御者はロングビルさんが買って出ていた。

 キュルケが、黙々手綱を握っている彼女に話しかける。


「ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」


 話しかけられたロングビルさんは、振り返りながら微笑んで言う。


「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」


 キュルケのみならず、ルイズもきょとんとした顔になった。

 タバサは……、まあ、いつもどおりだな。何事も無かったように本読んでる。


「え……、だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民という身分に、あまり拘らないお方なのです」


 ロングビルさんが微笑んだまま言った。


「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」


 キュルケがそう尋ねたら、優しい微笑みのまま眉と眦まなじりを少し落として、悲しげな微笑を浮かべた。

 どうやら言いたくないらしい。


 っていうかこの人、表情変わらねえなあ。


「いいじゃないの。教えてくださいな」


 キュルケは興味津々と言った面持ちで、御者台へとにじり寄っていく。

 趣味悪いぞ、と口にしようとした時、ルイズがその肩を掴んだ。


「なによ、ヴァリエール」


 キュルケが不機嫌に振り返った。


「よしなさいよ、昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」


 ふん、と荷台の柵に寄りかかり、頭の後ろで腕を組んだ。


「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」


 恥ずべき、ってニュアンスがよく分からんが、まあ失礼だとは俺も思うぞ。


 口には出さねえけどな。

 火に油だし。


 ともあれ、責められる形になったキュルケはそれには応えず、足を組んで話を逸らしに掛かった。

 ……自覚はあったのか?


「ったく。あんたがカッコつけたお蔭で、とんだとばっちりよ。何が悲しくて泥棒退治なんか……」


 ルイズが、キュルケをじろり……っていうか、ぎろりと睨んだ。

 怖いぞ。


「とばっちりぃ? あんた、自分で志願したんじゃないの」

「あんた一人じゃ、サイトが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」



 はへ?


「どうしてよ?」

「いざあの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して後ろから見てるだけでしょ?
 サイトを戦わせて、自分は高みの見物。そうでしょう?」


 いや、多分そうなるだろうな、とは思うけどさ。

 正直、昨日俺を放り出して逃げ出したキュルケに言われてもなぁ……。


「誰が逃げるもんですか。わたしの魔法でなんとかしてみせるわ」


 いかん、なんか不安になってきたぞ。

 この場で一番頼りになりそうなのは多分タバサだけど……、これ以上借りを作っちまうのも忍びねえしなぁ。


「魔法? 誰が? 笑わせないで!」


 つうか、こんな小さな女の子に助けられてばっかりだと、男としてちょっとプライドが。

 いや使い魔なんかやってる時点でそんなもん殆ど無くなってるけど。


 それでも、なぁ?


 なんてそうこう思考の迷路で葛藤してたら、なんか二人が視線で火花を散らしていた。

 またかよ。



「その辺でやめとけよ、お前ら……。これから、戦いになるかもしれないってのに。
 仲間同士でヒットポイント削ってどうすんだよ?」


「「ヒットポイントって何?」」



 あ、いけね。

 タバサも本から顔を上げてこっち見てるし。


「いや、その。えーと、あ、ほらアレだ。
 俺の国で、体力って意味の言葉だよ」


 嘘は言ってない。ゲーム用語だけどな。


 ……耐久力だっけ?

 まあ、この際どっちでもいい。


 誤魔化すことには成功したらしく、キュルケはひらひらと手を振った。


「ま、いいけどね。せいぜい、怪我しないよう頑張りなさいな」


 そう言ったキュルケは、荷車の片隅に置かれていた自分が買ってきた剣を持ち上げ、俺に手渡してきた。

 曰く、「じゃあダーリン。これ使ってね?」だそうな。


 まあ、しょうがない……、よな?

 勝負の勝敗で決まっちまったことなんだし。


 ……ああ、あのボロ剣も使ってみたかったなぁ。


 なんか、俺のまだ知らないことも知ってそうだったし。

 色々、教えてくれそうだったんだけど。


「勝負に勝ったのはあたし。文句はないわよね? ゼロのルイズ」


 剣をキュルケの手から受け取る。

 ルイズは横目でちらりとこっちを見たけど、何か言ったりはしてこなかった。









 そうしてガタゴトと揺られること小一時間半、馬車は目的地の森の中に入っていった。

 なかなかに背の高い、針のような葉をした木々たちが鬱蒼と繁っており、奥はなかなか深そうだ。

 まだ昼間だというのに辺りは薄暗く、それが俺たちの恐怖心を煽ってくる。


 実に、気味が悪い。



「ここから先は、徒歩で行きましょう」


 見れば、ここから先は道が狭すぎて、荷台がつっかえてしまいそうだった。

 ロングビルさんの意見に従い、全員が馬車にぐるまから降りる。


 先に伸びた細い道は、随分と曲がりくねった獣道のように奥へ、奥へと伸びている。

 先になればなるほど暗く、その先がどこへ延びているかは全くわからない。


「なんか、暗いわね……、いやだ……」


 右後ろでルイズが、奥を見据えながらそう呟いた。



 その時、ふにょりと何かが左腕に巻きついてきた。

 そっちを見たら、キュルケが腕を絡めて……、っていうか、抱きついてきていた。


 なにごとぞ。



「おい、あんまりくっつくなよ。そんなくっつかれてたら、剣振れねえじゃねえか」


 っていうか、まかり間違って斬っちまいでもしたらシャレにならん。

 力はあっても、俺自身は素人なんだからな。


「だってー、すごくー、こわいんだものー」


 すげえうそ臭い声色でキュルケはそう言った。

 こんな時に奇襲でもされたらマジでシャレにならねえんだけど。


 ちらりと左後ろを見る。

 本をしまって杖を両手で抱えたタバサが、ものすごく頼もしく見えた。


 視界の端の方に入ったルイズが、ふんっと顔を背けたのが、すごく不安だった。

 はぁ。



 すまん、頼りにさせてもらうよ、ちっちゃな騎士さま。









 キュルケを片腕にくっつけながら、歩くこと10分足らず。

 さきほどまでの獣道は、開けた場所に繋がっていた。


 深い森の中、そこだけはぽっかりと藪やぶが無くなっている。

 広さは、ギーシュと決闘をしたあの広場と同じぐらいか。


 その中心には、確かに廃屋がぽつねんとたたずんでおり、あからさまに怪しい。

 壁に添え付けられている朽ち果てた窯は、いったい何に使われていたのだろう?

 窯の隣には壁の無くなった物置っぽいスペースが空いており、ところどころに枝やら細い丸太やらが散乱している。


 俺たち五人は小屋の中から見えないよう、森の藪やぶの中に身を潜めていた。


「わたくしの聞いた情報によれば、フーケはあの中にいるという話です」


 そう言って、ロングビルさんは小屋を指差したものの。

 どう見ても、人が使っているとは思えないようなありさまだ。


 フーケは、本当にここに居るのだろうか?



「どうする?」



 ひとまず、相談タイムだ。


 本当にいるかどうかを確かめる必要がある、とルイズ。

 居るにせよ居ないにせよ奇襲に限る、とキュルケ。

 おもむろに炎の魔法を使おうとしたキュルケを止め、秘宝が中にあったら大変だ、と諭さとすロングビルさん。

 それらの意見を聞きながら、考え事に耽っているタバサ。


 で、それを端はたから見ている俺。



 …………俺はこーいう考え事に関しては素人だからな。

 実働部隊で頑張るさ。



 拗ねてなんか、ないぞ?









 そうしてしばし経ち、タバサは閉じていた目をすっと開くと、おもむろにちょこんと正座しなおして、地面に小枝で絵を描き始めた。


 どうやら、作戦を練り終えたらしい。

 皆して、その絵とタバサに注目した。


 タバサの立てた作戦はこうだ。


 まず、偵察兼囮役が小屋の近くまで赴いてフーケの所在を確認する。


 もし中にフーケが居るようであれば、これを挑発して外へとおびきだす。

 土のない場所で巨大土人形ゴーレムを作り出すのは至難であるらしいから、これは恐らく簡単だ。

 そしてフーケが表に出てきたところを、全員で一斉に攻撃する。

 土人形ゴーレムを作る隙など与えぬよう、集中砲火でフーケを沈めるのだ。


 フーケが中に居ない場合は、一人の見張りを残して廃屋内部を探索。

 『破壊の杖』があればこれを奪取し、即座にこの場を逃走すればいい。

 無かった時はその時で、地道な聞き込みが始まるわけだ。





「――で、その偵察兼囮とやらを俺がやればいいのか?」


 こくり、と頷かれた。

 そして簡潔に一言、


「この中で一番すばしっこい」


 だそうな。

 なるほど、確かにルーンさえ使っていれば、俺の身体能力はアホみたいに引き上げられるからな。

 奇襲でもされなきゃやられはしないだろう。適任か。


 了解、と一頷きを返して、キュルケから貰った青い名剣を、すらりと鞘から引き抜いた。

 左手のルーンが光り始め、瞬く間に体が羽毛のように軽くなっていく。


 たん、たん、とその場で軽く跳躍し、ルーンが発動していることを確認する。

 軽く跳んだだけだというのに踝くるぶしが腰の辺りまで跳ね上がったのを見る限り、強化は充分になされているらしい。


 「じゃ、行ってくる」と言い残して、小屋に向かって大きく踏み切る。ていうか、跳んだ。

 ただし目測と勘だけで跳んだものだから、ちょっと勢いが付きすぎたらしい。

 着地と同時に顔面から壁に突き刺さりそうになって、足と腰に力を入れて後ろへ体重を移して尻餅をつかせた。

 なんというか幅跳びを失敗したときみたいな体勢になりつつも、小屋の傍まで近寄ることに成功したわけだけども。


 ……まずはフーケが中にいるかどうかを確認、だったよな。


 壁に張りつくようにさささっと移動して窓へと近づき、こそこそと中を覗き込む。


 小屋の中は、広さからすると一部屋だけのようだった。



 真向かいの壁に、扉がくっついているのが見える。


 部屋の真ん中には埃を被った四つ足のテーブルと、その下に転がった丸椅子が。

 テーブルの上には酒瓶も転がっており、こちらも埃が積もっている。


 視界左の方には崩れた暖炉らしき石山がある。


 その向こうには薪たきぎの束たばが無造作に転がっている。


 薪のさらに奥手には、チェストがある。

 木で出来た大きな箱だ。何故だか、この箱は埃が積もっていない様に見えた。


 ベッドの類は、この小屋には無いらしい。

 部屋を端から端まで見渡したが、先に挙げたもの以外はこの小屋には存在していなかった。


 そう、フーケの姿すらも。


 小屋の中には、人が隠れられるようなスペースは見当たらなかったので、魔法で隠れでもしていない限りは、フーケはこの中にいないと断言できる。



 となると、既にフーケは逃げ去ってしまった後なのだろうか?

 それとも、何かの魔法で隠れて俺たちを待ち伏せでもしているのだろうか?



 しばし考えはしたものの、所詮しょせん魔法使いメイジでない身ではどうしようもないことに気付いたところで、皆を呼ぶことに決めた。


 後ろの藪やぶを振り返り、頭の上で手を交差させる。×ぺけマークってやつだ。

 それを見たらしい全員が、慎重に警戒しながら近寄ってきた。



 見たままを伝え、しばらく相談した結果。

 ルイズを見張りに、ロングビルさんを周囲の警戒に当たらせることが決まり。

 俺たちは裏手へと回った。







 タバサがドアに向かって杖を一振りし、少し経ってふるふると首を横に振った。

 罠の類が仕掛けられている、なんてことはなかったようだ。


 タバサ、俺、キュルケの順にドアをくぐる。

 ルイズは扉の外に居残り、ロングビルさんは……とっくに藪へと消えていた。



 さて、これから『破壊の杖』が部屋のどこかに隠されていないかを探すわけだが。

 この部屋の中でものが隠せそうな場所なんて、たかが知れてる。


「チェストの中か、崩れた暖炉っぽいのの中か。
 そうでなけりゃあ薪まきの中ぐらいしかないんだよな。手分けして探してみようか」


 「そうね」とキュルケが面倒くさげにのたまい、タバサがこくりと頷いた。

 俺は薪束まきたばに近づいて、縛りまとめてあった縄をぶつりと剣で切った。

 が、ほどけた薪束まきたばはどれもこれもどうみてもただの薪まきでしかなかった。

 要するに、ハズレだ。


 左隣のキュルケの方を見れば、向こうもこちらを振り返って肩を竦めた。

 暖炉もハズレ、ということは。


 反対側、三段重ねのチェストを探索中のタバサの方に振り向く。


 するとそこには二段目の引き出しを開けたタバサが、どこかで見たような気がするツヤのない金属の筒を抱えて佇んでいた。



「破壊の杖」

「あっけないわね!」


 そんなタバサとキュルケのやり取りが、どこか遠い。

 俺は、その『杖』から目が離せなかった。


「……お、おい。それが、本当に、『破壊の杖』なのか?」


「そうよ? あたし、見たことあるもの。宝物庫を見学した時にね」


 マジかよ。


 手のひらでだいたい5つ分ぐらいの長さの、どうみても杖には見えないオリーブ色の円柱。

 杖に見えないその理由は簡単、『杖』の片端には穴が開いており、その反対側には何かを展開するための仕掛けがなされているからだ。


 っていうか、これってアレだよな?


 すっごいゾンビぶっ倒す時に使うやつ。いや多分別物だけどさ。



 そんな風に少しおバカな方に思考が進んだ時だった。



「きゃぁあああああああ!」



 ルイズの、カーテンを切り裂くような悲鳴が部屋にこだました。

 何事かと一斉にドアを振り向いて、半秒。


 形容しがたいほどBとGな破砕音を撒き散らして、小屋は中から青空が見えるようになった。

 そしてそのよく晴れた空をバックにし、土色のぶっとい梁が一本、天井が綺麗さっぱり消失した壁に渡されている。


 ――って!


「「土人形ゴーレム!?」」


 キュルケと俺が唱和して、タバサが動いた。

 微かな呪文らしき声がして、身長よりも大きな樫の杖が手首のスナップのみで振るわれる。

 杖の先辺りの空気がみるみる渦を巻き、巨大な竜巻へと変貌してゆく。

 タバサが杖を突き出すと、その竜巻は土人形ゴーレムを飲み込み――意にも介さず通り抜けた。


 土人形ゴーレムは微動だにすることなく、佇たたずんでいる。


 続けざま背後から、っていうか首の横から短い杖を持った腕が突き出され、耳元で素早い声みたいな音が聞こえた。

 早すぎて一体何を呟いたのかは分からなかったが、突き出された杖が縦に揺れた瞬間、炎が勢いよく杖の先から溢れ出て、その腕と声がキュルケのものだったことに気付いた。

 溢れた炎は獲物ゴーレムを絡めとり、飲み込んだ。


 ……ように見えたんだが、燃える炎の中で影が揺らめき、ドアの辺りの壁を巨大な拳が叩き潰した。


 炎も徐々に勢いを失い、土人形ゴーレムの姿が露わになる。



「冗……ッ談でしょ!?」


 その体には、焦げ目一つたりともついていない。


「一時退却」


 タバサがそう告げ、俺たちは一も二もなくたったいま土人形ゴーレムがぶっ壊した壁を抜け、タバサが左、キュルケが右に逃げる。

 俺は股の下を抜けようと走り、なぜかルイズを真正面に捉えた。


 ちょうど、杖を振り上げようとしているところだった。距離、およそ30メートル。

 俺が土人形ゴーレムの足の間をくぐり抜けた瞬間、背後の頭上で何かの弾ける音がした。

 ルイズが魔法を使って、爆発さしたらしい。


 ずしんと、さらに音がした。


 土人形ゴーレムがこちらへと振り向こうとしている。

 さらに杖を振り上げようとする正面のルイズに叫ぶ。


「逃げるぞ! ルイズ!」


 そう言ってルイズの手を取ろうと剣を持ってない左手を伸ばして、




「いやよ!」


 つんのめって顔面ヘッドスライディングでルイズの脇を滑り通った。



 ルーンでスピードを上げてたせいかもの凄く痛い。けど、すぐに跳ね起きて振り返って怒鳴る。


「なんでだよ!」

「あいつを捕まえれば、もう誰もわたしを、ゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」


 こちらを向いているルイズの目は真剣だった。


 その向こうで土人形ゴーレムが後ろ右を見て、後ろ左を見て、こちらを見て、腕を組んで固まった。

 誰からやっつけようか迷っているみたいに見える。



 ……よく分からんが、急いだ方がよさそうだ。



「あのな、相手をよく見ろ! あんなデカブツ相手に、勝てるワケねえだろうが!」

「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」


 わかるわ!


 っていうか、さっきタバサの竜巻もキュルケの炎もスルーしやがったんだぞ!?


「無理だっつの!」


 そう言った途端、ルイズの視線が鋭さをおびた。

 …あと、土人形ゴーレムが手をぽむ、っていうか、どむ、っと打った。



 ……やっべぇ、こっちみんな。




「……あんた、言ったじゃない」



「へ?」

「ギーシュにぼこぼこにされた時、何度も立ち上がって、言ったじゃない。下げたくない頭は絶対に下げないって!」


「いや、言ったけど!」

 それがなんだってんだ!?


 っていうか後ろ見ろ後ろ!

 動き出した、動き出したって!


「わたしだってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ!
 ここで逃げたら、またゼロのルイズだからって嘲わらわれるわ!」


「いいじゃねえかよ! 笑わせとけ!」


 だから後ろ見ろ! あと10メートルもねえぞ!



「わたしは貴族よ。魔法が使えるものを、貴族と呼ぶんじゃない」



 ぐっと杖を握り締めたルイズが、迫り来る土人形ゴーレムを睨み据えた。



「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」




 間近に迫った土人形ゴーレムが、ルイズ(と俺)を踏み潰すためにその足を持ち上げていく。

 ルイズは手早く詠唱を行い、杖を振りぬく。


 だが、やはり土人形ゴーレムには全く通じない。

 上がりかけた足の裏で大きく爆発が生じたものの、それも表面を軽く削っただけに過ぎなかった。


 土人形の足は動きを緩めることなく――って、見てる場合か!



 強く剣の柄を握りしめ、ルイズ目掛けて突進する。

 短距離走の自己新記録を叩き出しながらルイズを抱きかかえると、勢いもそのままに頭上に迫る足の着地範囲から離脱した。


 減速のことはまったく考えていなかったので、豪快にすっ転びながら。




「いってぇ……、ったく、死ぬ気か! このバカ!」


 そう怒鳴って抱えたルイズの頭に拳骨を落とす。


「貴族のプライドがどうした! プライドで身が守れるわけねえだろうが! せめて避けるぐらいしやがれ!」



 と、ちょっと畳み掛け過ぎちまったか。

 気付いた時には、ルイズはぼろぼろと泣き出しちまってた。


「あ、こら! 泣くなよ!」

「だって  、悔しく て 、わた  い つも、 バカにぃ され  」


 間近で聞こえる嗚咽ってやつは、どうしてこう性質たち悪くなっちまうんだろな。

 とりあえず、こいつの認識を少し改めておく。


 "ワガママ偏屈主人"から、"負けず嫌いで偏屈な女子"ぐらいにだ。





 ……って、そんなこと言ってるバヤイか!


 慌てて後ろを振り返ったら、拳を振りかぶった土巨人ゴーレムが、打ち下ろしのストレートをぶっ放した瞬間だった。


 ああもう、

「しんみりする時間ぐらいよこせよ!」


 そう怒鳴って横に薙ぐように剣を振りかぶった俺は、たぶん女の子の涙ってやつに相当動揺しちまってたんだろう。



 横から引っ叩くように振り抜こうとした青い剣と土人形ゴーレムの拳がぶつかり合う瞬間、銀色の煌きらめきと、超が付くほど耳障りな、ガギュィって感じの金属音がして。


 一瞬後には、左腕を掠めて地面に突き刺さった、金属化したまんまのでっかい拳と、その根元の巨大土人形ゴーレム。



 そして柄から引っこ抜けて、地面に突き刺さった青い刀身が、俺の視界の中にあった。







「……マジかよ」



 手の中を見れば、刃を失った、宝石だらけの柄が一つ。


 おまけに、突き刺さった拳はゆっくりと土人形ゴーレムに向かって引き戻され──振り被られていくし。

 なあ、絶体絶命、ってこういう状況のことなのか?


 柄だけでもルーンは起動することは不幸中の幸いと言えなくもないんだが。

 ……あとでキュルケに謝らねえとなあ。



 そうこう考えながら、ルイズを抱えて土人形ゴーレムから脱兎する。


 地面を派手に揺らしながら追いかけてくる土人形ゴーレムだったが、動き自体はそれほど素早くない。

 むしろ緩慢な方だ。


 問題なのは大きさで、こまめに進路変更をしてやらなければ走っていても追いつかれそうになる。


 90度ターンを駆使しながらそのまま何分か逃げ回り続けた頃、ようやくタバサがドラゴンで救出に来てくれた。

 土人形ゴーレムから離れたところに降りたドラゴンに、片脇に抱えたルイズを押し上げる。


「あなたも、早く乗って!」


 珍しく焦った様子のタバサだったが、そういうわけにもいかない。

 後ろを振り返り、そこまで迫ってきた土人形ゴーレムに向き直る。


「サイト!」

「早く行け!」

 ルイズに怒鳴り返しつつ、作戦を練る。

 さっきの刀身は、折れたわけじゃなかった。

 つまり、アレを取りに行ければ、まだ勝機はあるかもしれない。



「――待って」



 そこまで考えて飛び出そうとした時、タバサに呼び止められた。


「これ。柄よりは、役に立つ…………ッ!」


 差し出されたそれを反射的に手にとり、その場を飛びのく。

 ドラゴンも同時に飛び立ち、誰も居なくなった空間そこを一瞬で力が埋め尽くした。


 土人形ゴーレムが踏み潰しに来ていたらしい。




「ったく、悔しいからって泣くんじゃねえよ。なんとかしてやりたくなるだろが」


 離れたところに着地し、何を受け取ったのかと手の中を確認した時……、その声は聞こえた。





"――操れねえだと?"







「はい?」



 左を見る。

 上空へと逃れたタバサとルイズを乗せたドラゴンが旋回しているのが見えた。



 右を見る。

 逃げ回っている間にどんどんボロボロになっていった小屋、だった壁、の残骸が見えた。



 このパターン、ごく最近に遭遇した気がするなあ。

 そう考えながら、正面を見る。


 拳が飛んできていたので、大きくサイドステップして回避する。

 さすがにこのナイフ・・・で受けとめようとは思わない。


 後ろに向かって前進しつつ、なんとなくさっきの声を理解した俺は、手の中に向かって・・・・・・・・話しかけた。



「さっきの声、ひょっとしなくてもお前か?」

「げ」


 澄んだ低い男の声バリトンが、手に持ったナイフ・・・から聞こえてきた。


 やっぱりか。

 こいつ、デルフリンガーの同類なんだ。


「ち……おい、小僧」


 こいつもガラが悪いし。

 喋る武器ってこんなんばっかりか。



「なんだよ!」


 逃げる足と思考回路は休めずに、そのままナイフに話しかける。

 器用だな、俺!


「もしやとは思うんだが、お前、まさか『使い手』か?」


 またそれかよ。

 なんなんだ『使い手』って?



 ああくそ、デルフリンガーからもっとしっかり聞いときゃよかったか。


「よくは分からんけど、前にもそう言われたことならあるぞ!」

「チッ、やっぱりか。道理で、操れねえわけだ」


 ちょっと待て、操るってなんだ!?

 っていうか、んな物騒なもん渡したのかタバサ!?


「非常手段のつもりだったんだよ、小僧も確実に助かるような、な。
 まあ、操れねえんじゃどうしようもねえんだが……ッ」



「なんだそりゃ! ってか今、俺、声に出してたか?」

「話は後だ、来るぞ!」


「へ?」

 後ろをちょっと振り向いて。即、後悔しそうになった。


 こまめに曲がるのを忘れていたのか、すぐそこまで迫ってた土人形ゴーレムが拳を今にも振り下ろそうとしていた。

 唐突に直角に曲がることでなんとかそれを回避したものの。


「埒らちがあかねえ!」


 このナイフじゃどう頑張ってもアレは切れそうにねえし。

 ああもう、なんかアレをぶっ壊す手は無いか!?


「しゃあねえ、少しだけ足止めするぞ。
 俺をあの土人形ゴーレムに向けて、今から俺が言うとおりに繰り返せ!
 いいか、一言一句間違うなよ!」



 無駄に焦っていると、いきなりナイフがそんなことを言い出した。


「なんだそりゃ! つーか、何やるつもりだよ!」



「魔法だよ!」

 魔法かよ!



 そんなもんで











 え、魔法?


「ちょっと待て俺はそんなもん「その為の俺だ! いいからやるぞ!」わ、わかった!」


 使えねえ、と続けようとした俺のセリフを、自信たっぷりの声でぶち破ったそいつに、きっと俺は乗せられたんだろう。


「行くぞ、小僧! 『Luna猛れ Magnus膨大な Ventosus大気よ』!」

「ら、『Lanarラナー Megnosメグノス Bentarsusベンターサス』――!」


 そう叫んで、ナイフを振り上げた瞬間……、目の前の空間が歪み、土人形ゴーレムの顔面へと無形の何かが吸い込まれるのを、肌が理解した。











「――嘘」



 たった今、己の使い魔が叫んだルーンは。

 あの土人形を、僅かなりとも揺るがすことに成功したモノは、紛れも無く、


「『風槌エアハンマー』……! どういうこと!?」


 なぜ、平民のはずのサイトが、魔法を使えるの!?

 そもそも、杖はいったいどうしたの!?


 疑問が群れになって湧き上がる中、タバサが説明をしてきた。


「さっき渡した、あのナイフの効果。
 あれを持っていれば、四つの系統の魔法は最低でも『ライン』クラスぐらいまでなら使いこなせる」



 ――なによ、その反則技。

 っていうか、ご主人様を差し置いてなに魔法なんか使っちゃってんのよ、あいつ。


「ただ……」


 あによ。


「今日は、ナイフの調子が悪い」





 ――え゙?



 潰れた蛙みたいな声を脳内で響かせつつ眼下に向き直ると、そこには再び追い回されて逃げまわるサイトの姿があった。


「サ、サイト!?」

「威力が、本当に『ライン』クラスしか出てない。アレでは、倒せない」


 やや焦った感のあるタバサの声で、本当に余裕が無いのだと知る。



 なんとか、自分がサイトを手助けすることは出来ないものか。

 たとえば、なにか強力な『武器』とか……あるわけがないではないか。


 取りとめもない考えに陥りつつある自分を叱咤し、もう一度タバサの方を振り向いて……。



 強力な、『杖』を見つけた。


「タ、タバサ! それよ、それ! 『破壊の杖』よ!」


 ぴくっ、とタバサの表情が変わった。

 主に目が。

 きょとん、って感じに。


「貸して!」


 タバサが差出してきた『破壊の杖』を受け取る。


 今までに見たことの無い形をした魔法の杖だ。

 筒のようなぶっといコレが使えるかどうかはわからない。


 でも、少なくとも自分の魔法よりは当てにすることが出来る。


 というか、今はこれ以外に頼れそうな物は無い。



 サイトの位置を確認する。

 ばかすかと魔法を振りまきながら逃げているのを見ると、どうも胸に痛みが走るのだが、いまはそんなことは気にしていられない。


「タバサ! わたしに『空中浮遊レビテーション』をお願い!」


 そう怒鳴り、間髪入れずに宙へと身を躍らせる。

 半分ぐらい落ちたところで、ふわりとした感覚に包まれた。

 『空中浮遊レビテーション』が掛かったらしい。


 ゆっくりと地上へ落ちていく中、サイトが戦っている土人形ゴーレムを見据え、『火球ファイヤーボール』の呪文ルーンを呟いて。


 『破壊の杖』を、振り抜いた。







 何も起こらない。


「……え!?」


 今度は、ただ単純に振り下ろしてみるが……、やっぱり何も起こらない。

 『破壊の杖』は沈黙したままだ。


「これ、ほんとに魔法の杖なの!?」


 もしこれが魔法の杖ではなく魔法道具アーティファクトだとしたら、使用するためには何かしらの条件があるはずなのだけれど……、いったいどうすればいいんだろう?









 なにやってんだ、あのはねっかえりは!?


 左後方、いきなり宙から降ってきた自分の主人を見て、才人は内心舌打ちをしていた。

 ドラゴンの上で大人しくしていればいいものを、と。


 先ほどからナイフに手伝ってもらっていろいろと試してはいるものの、そのいずれもロクに効いたようには思えない。


 というか、そもそも『風』系統以外の魔法はまともに発動もしてくれなかった。

 使った瞬間に霧散したり、砕け散ったりしやがったのだ。


 素人の『風』で玄人プロの土人形ゴーレムに致命傷が入るわけも無く、先ほどからは『どう倒すか』ではなく『どう逃げるか』に思考がシフトしつつあったのだ。


 それを――、と罵る言葉に続くはずだった思考は、ナイフの言葉で一転する。



「おい小僧。あの小娘の持ってる筒はなんだ?」



 筒?


 ルイズの腕の中を凝視して……、小躍りしたくなった。

 ナイスだ、ルイズ! と先の思考に繋げて、腕の中でそれを持ち替えながら振りまくっているルイズめがけてかくりと曲がり、ひた走る。


 アレを使えば、この土人形ゴーレムを倒せるかもしれない。


 才人の思考は、逃げまわる中でどうやら酸欠を起こしたらしい。

 優先順位が間違っていることに、既に気付きもしなくなっていたが……、まあ、この場の誰もがそれに気付かなくなっていたので、問題ないのだろう。


「サイト!」


 自分の名を叫ぶルイズの手から、『破壊の杖』を強奪する。

 その瞬間、ルーンが面白いように光り、脳内に奇妙なイメージが生まれた。


「使い方が、わかんないのよ!」


 使い方か? ああ、それなら大丈夫だ。




「これはな、こう使うんだよ」




「へ?」


 呆気に取られたルイズは放置して、ナイフをズボンと体の間に挟み、『破壊の杖』から安全ピンを引っこ抜く。

 視覚より一歩手前の感覚内に突然現れた使用説明書・・・・・もどきと照らし合わせつつ、後部のガス噴射口カバーを開き、点火装置であるインナーチューブをスライドして引き出し、カチッと言わせる。

 この目に見えない説明書きみたいな感覚もルーンの効果なんだろうかと考えながら、発射口の照門フロントサイトを起こす。


 コレで組み立ては終了。

 『杖』を肩に掛け、その照準・・を土人形ゴーレムに合わせる。


 まあ、照門使ってまで合わせる必要もないような至近距離だ。

 安全装置が生きてたら爆発するかどうか怪しいところだが、まあ時間も無ければ距離も余裕も無い。


 ままよ、と背後においたルイズに怒鳴る。


「後ろに立つな。焼けるぞ!」


 ルイズが慌てて体をずらしたのを直感でふりむくことなく確認し、安全装置を解き……、四角いトリガーを強く押し込んだ。


 しゅぽっと何かが『杖』の先から飛ぶ。

 才人の動体視力は、それをはっきりと捉えた。


 頭でっかちの黒っぽい炸薬・・は、3対6枚の細い羽と白煙を曳きながら、狙い違たがわず土人形ゴーレムの胸部へと吸い込まれ。


 一瞬の間が空き、森中に響いたんじゃないかというような耳を劈つんざく爆音が轟き、土人形ゴーレムの上半身は爆発四散した。







 土の塊が、にわかに降り注ぐ中、才人は無意識につむっていた目をゆっくりと開く。


 下半身だけになった土人形ゴーレムは、上げた足を踏み出そうとして……、横に盛大にぶっ倒れて、落としたガラスみたいに弾けて、ただの土の塊へと還った。

 そうして後には、昨夜のものよりなだらかな土山が残された。


 ルイズはそこまでの行程を呆然と見つめていたが、敵が居なくなったと理解するや、へなへなと地面に尻をついてしまった。

 腰が抜けたらしい。


 タバサを乗せたドラゴンもばさつきながら降りてくるのが見え、才人はようやく一息つくことを許された。


 キュルケは……、相変わらず姿が見えない。

 暴れまわって広くなった広場にも関わらず、見回せる限りの周囲にはあの目立つ炎髪は映らなかった。どこまで逃げたんだ。


 とりあえず、降りてきたタバサに礼を言っておこう。


「お疲れさま。ナイフ、ありがとうな」


 ふるふると首を振るタバサ。

 まあ、いくらか問いただしてみたいことはあるんだけど、そっちは後回しだ。


 ナイフの操る発言に関してはな。


 それからタバサは土の山を見て、一言呟いた。



「フーケはどこ?」



 そうだった。


 ようやく本来の目的を思い出した。

 そうだよ、あの土人形ゴーレムを操ってやがった野郎メイジはどこに居やがるんだ?

 さっきの土人形ゴーレムには、最初から乗ってなかったみたいだし。


 その時、がさがさっと藪をかきわける音が背後から聞こえた。

 振り向いてみれば、辺りを偵察に行っていたロングビルさんが、茂みの中から姿を見せていた。


「ミス・ロングビル! フーケを見かけませんでしたか?」


 ルイズがそう尋ねたが、ロングビルさんは首を横に振るばかり。


「ってことは、土人形ゴーレムの中、とか?」

「そんなことは普通しない、……はず」


 俺の呟きを否定するタバサの言葉も、どこか歯切れが悪い。


 なんせ、相手は怪盗だ。

 どんな突拍子のないことをやらかすか、分かったものではない。



 念のためにタバサが、土人形ゴーレムに向かって、杖を一振りする。

 しかし、なんでこんなモンがこっちの世界に? と腕の中の『破壊の杖』を見る。



 いや、見ようとした。



 腕の中に、『破壊の杖』は無かった。

 正確には、横から伸びてきた白い手に抜き取られていく最中だった。


 「え」とその手の付け根の方を見ると、そこにはロングビルさんがいつもの笑顔で佇んでいた。

 その手には、『破壊の杖』が無造作に握られている。


「ロングビルさん?」


 怪訝に思ってその顔を見つめると、ロングビルさんはすっと二歩下がり、俺たちに向かって『破壊の杖』をつきつけた。


「ご苦労様」



 ――いや、さすがに想定外だったね。







「ミス・ロングビル!? どういうことですか!」


 未だに立ち上がれていないルイズが叫ぶ。


「さっきの土人形ゴーレムを操っていたのは、わたしよ」

「……つまり、あなたが」


 タバサの呟きを引き継いで、ロングビルさんが告げる。

 その顔のメガネはいつの間にか外されており、優しそうな光を湛えていた目は吊り上がり、猛禽類のようなギラリとした目つきに変わっていた。


「そう、『土塊つちくれ』のフーケ。
 さすがは『破壊の杖』と言ったところかしらね。
 私の土人形ゴーレムがああも見事に砕かれるなんて!」


 ロング……、もといフーケは、さっき俺がしていたみたいに『杖』を肩に掛け、こちらに狙いをつけようとしていた。

 タバサが杖を振ろうと動きかけたが、瞬時に照準が合わせられる。


「おっと、動かないで。『破壊の杖』が、ぴったりとあなたたちを狙っているわ。
 ──全員、杖を遠くに投げなさい」


 ルイズとタバサが、杖を放り投げた。

 どうやら魔法使いメイジは杖を失ってしまうと、魔法を使えなくなるらしい。


「そこのすばしっこい使い魔君は、そのナイフと折れた剣を投げなさい」


 バレてるか。

 ってそりゃバレるよな、あんだけ公然と使っちまっちゃ。

 言われたとおり、放り投げておく。


 その際、「いてっ」と声がした気がするけど……、まあ、気のせいにしとけ。



「どうして!?」

「そうね、ちゃんと説明しなくちゃ死にきれないでしょうから……、いいわ、説明してあげる」


 ルイズの叫びに、にたりと妖艶な笑みを浮かべるフーケ。


 説明してくれるんならありがたいね。

 状況を整理しようか。


「わたしね、この『破壊の杖』を奪ったまではよかったんだけど、使い方が分からなかったのよ」


「使い方?」

「ええ。振っても、魔法を掛けても、この杖はうんともすんとも言わなかったもの。
 困ってたのよ。持ってても使い方がわからないんじゃ、宝の持ち腐れでしょう?」


 ああ、それでか。

 そりゃ、こんなもんはこっちの世界に転がってるようなもんじゃないだろうしな。

 ていうか、俺でもルーンが無かったら使えなかったぞ、これ。


 そう考えながら、飛び出そうとしたルイズの肩を引っつかんで引き止める。



「サイト!」

「言わせてやれ」



 ていうか、今動かれちゃ困る。

 誤魔化せなくなる・・・・・・・・からな。


「随分と物わかりのいい使い魔だこと。じゃあ、続けさせてもらうわね」


 高笑いしながらそう言うフーケ。

 どうぞどうぞと先を促うながす。



「結局使い方がわからなかった私は、魔法学院の者にこれを使わせることで、これの使い方を知ろうとしたのよ。
 内部の物は、内部の者に使わせろ、ってね」



 なるほど。

 今回の場合は微妙に見当外れだけど、的確っちゃ的確だったな。



「わたしたちの誰も知らなかったら、どうするつもりだったの?」


「その時は、全員土人形ゴーレムで踏み潰して次の連中を連れてくるだけよ。
 でも、その手間は省けたみたいね。こうやって、きちんと使い方を教えてくれたじゃないの」


 フーケが笑う。

 ルイズは歯噛みしている。

 タバサは……、隙が無いか探ってる感じだな。


 実のところ、今のフーケって隙だらけってか隙しかないノーガードって感じなんだが。

 そろそろ、頃合いかね?


 視界右の方、木々の間に見え隠れする赤色を見やる。



「じゃあ、お礼を言うわ。短い間だけど、楽しかった。
 じゃ、さよなら」



 今だ。



 フーケの背後・・・・・・にむかって投げたナイフへとダッシュする。

 ルーンで強化されていない分、スピードが出ない。


 慌てたフーケがこちらに『杖』の砲口・・を向け、トリガーを押し込み────



 当然、何事も起こらず・・ ・・・・・・・、その横を通り過ぎる。

 目を見開いて焦った様子で何度もトリガーを押し込むフーケの左肩に、遠距離狙撃らしき『火球ファイヤーボール』が直撃した。


「くぁ――ッ」


 踏みとどまって弾の飛んできた方を振り向こうとするフーケ。

 その首筋に、拾いなおしたナイフの刃を当てる。


 ――王手チェックメイトだ。





「ダーリン! もう、なんて無茶するのよ!」


 肩をいからせ、さっきの炎をぶっぱなした張本人が近づいてきた。

 キュルケだ。


 っていうか、ホントに何処まで行ってたんだ。


「無茶はしてないぞ?」

「「どこがよ!」」


「く、ぅ……、な、なんで魔法が出ないの……」



 詰め寄ってくるキュルケとルイズ、苦悶するフーケ、そしてちゃっかり杖を拾ってから怪訝そうにこちらを見ているタバサ。

 4人に、一言の爆弾を投下する。



「だって、その『破壊の杖』とやらは使い捨てだからな。魔法なんか出やしねえよ」



「「「へ?」」」


 3人が目を点にして唱和した。

 タバサは……、目を伏せて、手を額にやって、首を横に振ってる。


 あれ、なんか呆れられてる?



「じゃ、じゃあこれ何なの?」


 ルイズが、震える声で尋ねてきた。


「言ってわかるもんでもないと思うけどな。
 詳細な名前は覚えてねえけど、そいつは『携帯噴進砲ロケットランチャー』。
 まあ有あり体ていにいや、俺の居たところの砲台だよ。
 こっちに砲台なんてもんがあるかどうかは知らんけどな」



「なんですって……ッ」


 もの凄い目で俺を睨んできたフーケの鳩尾みぞおちにナイフの柄をめり込まして、意識を刈り取る。

 倒れ込んできたフーケの手から滑り落ちるロケットランチャーを、空いた片手で受け止める。


「……サイト?」


 きょとん、と突然の俺の凶行を見ていたらしい三人に、何気ない素振りで声をかけた。





「フーケを倒して、『破壊の杖』も取り戻したんだ。

 ――さ、帰ろうぜ。学院にさ」





 
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