fate/vacant zero
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ゼロのルイズ
どこだここ。
日差しに直撃されて目を覚ました才人は、まずそう思った。
まだ頭が少しぼーっとしている。起きて十秒ぐらいはいつもこんな調子だ。
体を起こすと、頭からさらりと布が落ちる。
反射的にそれを掴んだと時を同じくして、ようやく脳みそが体に追いついた。
何を掴んだんだ、と手の中を見てみる。
昨日ルイズが脱ぎ捨てていたキャミソールだった。
わずかなフリーズの後、あぁ、異世界に来たんだっけ、と気を取り直す。
取り直した先もフリーズするような内容だが、気にしたら負けだろうきっと。
手からキャミソールを滑り落とし、それの持ち主の居る方へ目をやる。
主ルイズは、ベッドの中で寝息を立てていた。意外とあどけない寝顔である。
こうしてみると、自分より幾分か年下であるようにも見える。
喋ると貴族だ平民だとやかましいのに、眠っている分には可愛いあたり反則ではなかろうか。
そのまま一生寝てればいいのに、と才人は思った。
そこまで考えたところで、がっくりと才人の肩が落ちた。
やはり、昨日のうっかりは夢ではなかったらしい。
これから当分の間はこの世界での生活を余儀なくされるのだ。
この気位の無駄に高い主人の許で。
朝っぱらからとても陰鬱な気分になったとて、バチは当たるまい。
とはいえ……、なかなかに清々しい朝である。
気分は陰鬱でも、窓の隙間から差し込む日差しはとても柔らかく暖かい。
異世界でも、こういうところは変わらないらしい。
才人はのっそり窓に近寄ると、おもむろに押し開いて──思わず感嘆を溢こぼした。
ふわり、と陽気をはらんだ風が、頬を撫でる。
ちと涼しすぎるが、それがまた実に心地よい。それこそ思わず叫びだしたくなるくらいに。
眼下では昨日見た草原や森が、金色に煌きらめいていた。
たとえ異世界でも、というか異世界だからこそ朝っぱらから、才人の好奇心は絶好調だ。
観光じみた気分になった才人は、息を大きく吸って、
「ん……、ぅん……?」
寝ぼけた声が聞こえて、そのまま身動きと横隔膜がピタリと麻痺した。
どうも彼、この部屋の主のことも意識下からすっとばしていたらしい。好奇心恐るべし。
じわりと風を背の方に追いやっていくと、主人の少女の寝ぼけ眼まなことかっちり視線が交差した。
「……はえ? だ、誰よあんた!」
ルイズは寝ぼけた声のまま怒鳴った。
顔なんかふにゃふにゃに崩れている。
はぁぁあああ、と吸い込んでいた空気のすべてをため息に変換して、才人は脱力した。
「お前な。自分で召喚しておいて、そりゃあいくらなんでも酷すぎねえ?」
「あ、ああ……、使い魔ね。そっか、きのーしょーかんしたんだっけ」
ぽむ、と手を打ってそう答え、握り締めていたシーツから手を放してへにゃりと――なんだ今の擬音――起き上がり、あくびを一発。
そして才人へ第二声。
「ふくー。」
……ときた。
やけに力が抜けてはいるが、どうやら"使い魔"への命令のようである。
才人は渋々ながら、椅子にかかっていた制服をルイズめがけて放り投げた。
それをキャッチしたルイズは、だるそうにネグリジェを脱ぎ始める。
寝起きはあまりよくないらしい。才人は顔を赤くしてそっぽを向きながら、そう思った。
「したぎはー?」
ってこら。
「自分で取れよ……、っていうか、どこだよ」
「そこのー、クローゼットのー。いちばんしたにはいってるー」
自分で取る気はないらしい。
舌打ちを一つかまして、クローゼットの引き出しを開ける。
するとなるほど、中には下着が入っている。
入っているが、まじまじと見つめていると血が上ってきそうだった。きた。
なので才人は、目の焦点を引き出しの取っ手にずらして中身を適当に引っつかみ、そのまま後ろを振り返らずに放り投げた。
うっかり振り返ると、それこそはなぢを噴きかねない光景になっているだろうから。
もぞもぞと衣擦れの音をさせながら、ルイズが下着を着込んでいく……気がする。
ぼーっとクローゼットに突っ伏して――引き出しはもちろん閉めているのでややえびぞって――いると、ルイズが再び声をかけてきた。
「服」
うん、声に張りが出てきている。
それはいい。
……いいんだけど、なんでまた服?
「服がどうしたんだ?」
「着せて」
What?なんですと?
あまりのことに呆ほうけすぎて思考言語を欧米と化しながら、うっかり思わず振り返ってしまった。
下着姿のルイズが、気だるげにベッドに座り込んでいる。
とっさに鼻に手をやって、じっと手を見る。
オーケー大丈夫どんとうぉーりー問題ない。
幸いにもその手は無事、綺麗なままだった。赤くない。
アタマの方は若干イカレ気味だし、顔は多分ゆでだこだが。
相変わらず目のやり場に困ったので、視線はルイズの座ってるベッドの向こうの壁を貫かせて固定しておく。
そうこうしていると、すっかり昨日の調子に戻ったルイズの、何故か得意げな声がした。
「平民のあんたは知らないだろうけど、貴族は従僕がいる時は自分で服を着るなんてしないのよ」
実にむかつく。
というかそれ、得意げに語ることじゃねえだろ。情けねえことだろ。
……と心でツッコんだ。
「服ぐらい自分で着ろよ」
「あっそ。生意気な使い魔にはお仕置き。朝ごはんヌキね」
にっこり、というよりは、にやり、と勝ち誇った笑みを浮かべ、指を立ててルイズは言った。
わかりました降参です。
昨日の昼からこっち堅パンぐらいしか食ってないんです流石に腹が減ってきましたっていうかぐぅぐぅ鳴き始めました。
全面降伏、むしろ1RTKOいちげきひっさつ。
食欲にプライドと羞恥心と獣欲を売り渡した才人は、さっき投げ捨てたブラウスを拾い上げた。
Fate/vacant Zero
第二章 ゼロのルイズ
着せ替え人形ごっこをどうにかこうにか煮える脳ミソで終え、ルイズと一緒に昨日駆け抜けた廊下に出る。
昨日逃走したときは暗くてロクに見えなかったが、正面の壁には木製の扉が三つばかり並んでいた。
んで。部屋のドアを閉めると同時。
三つのうち、正面にあるドアが開いて、中から炎のように赤い髪の女の子が現れた。
背丈は才人と同じくらいで、むせ返るような色気を放っている。
彫りの深い顔立ち。突き出たバストは実にけしからん。メロン級だ。
ブラウスの一番上と次のボタンは外され、胸元は谷間を覗かせている。
油断すると目がそっちに行ってしまいそうだった。
褐色の肌も、健康そうでパブリックな色気を振りまいている。
背丈、肌の色、まとう雰囲気、胸の大きさ。
昨日の夜に出会った女の子と、見事なまでに対照的であった。
……や、どちらも魅力的なことに変わりはないんだけどね?
そうこう批評していると、赤毛の彼女はルイズに話しかけてきた。
「おはよう。ルイズ」
話しかけられたルイズは何故か嫌そうに顔を顰めると、これまた不機嫌そうな声で返事をした。
「おはよう。キュルケ」
ルイズの返事を聞いたキュルケ、と呼ばれた女の子はにっこりと嗜虐的に微笑む。
「あなたの使い魔って、それ?」
才人を指差し、かなり馬鹿にした口調で問うキュルケ。
「そうよ」
肯定する声で、一気に爆笑した。
「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」
ああ、人間だよ。どうせ人間ですよこんちくしょう。
使い魔の能力もロクに持ってないごくフツーの一般人ですよなんか文句あるか。
すごい勢いで卑屈化する才人。
どうも昨日からコケにされまくってるせいか、あっという間に切なさ乱れ討ちまで突っ走ってしまうようだ。
それでも目は胸に向かっている辺り、男の子である。
「『召喚サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。
ゼロのルイズの面目躍如ね」
ただ一言で、ルイズの頬がさっと怒気に染まった。
「うっさいわね」
「あたしも一昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」
「あっそ」
不機嫌かつどうでもよさそうにルイズが口を尖とがらせている。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ。フレイムー」
キュルケは誇ほこるように、使い魔らしき何者かを呼んだ。
ほんの少しの間を置いて、キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが姿を現した。
むんとした熱気が、辺りを包み込む。
「うわぁ! なんだこれ!」
才人は滑るような勢いで後ろへ後ずさった。
じりじり。
「おっほっほ! あなた、ひょっとして火蜥蜴サラマンダーは初めて?」
どうやら火蜥蜴サラマンダーというのは種族のことらしい。
なるほど確かに。尻尾や口から迸っている炎が、視覚的にも物理的にも熱い。
じりじり。
「当たり前だ! 危ないじゃねえか! っていうかコレ何!?」
才人はかなり怯えているようだ。まあそりゃそうだろう。
この火蜥蜴サラマンダー、大きさが子トラぐらいは確実にある。
じりじり。
「ああ、平気よ? あたしが命令しない限り、襲い掛かったりしないから。臆病ちゃんね」
キュルケは手をあごに添え、色っぽく首をかしげた。
ほう、襲い掛かったりはしないのか。
それなら安心……、安心……。……安心?
じりじり。
「って安心できるか! それならなんでこいつ、俺の方ににじりよって……、あれ?」
なんか猫だったらごろごろ言ってそうなくらいに首を擦り付けられてますヨ?
……こうして間近で見るとなんか意外と愛嬌があるし。
あと、炎が熱いかと思ったらそれほどでもありませんでした。ファンが死んで発熱中のノートパソコンぐらい。
しかしなんで敬語だ俺。動揺してんのか。
「あったかいぞ。ってか、燃え移ったりしないのか、これ?」
いくらか落ち着きを取り戻した才人が、火蜥蜴サラマンダーと睨めっこしながら尋ねる。
「ええ、火蜥蜴サラマンダーの取り入れた外気マナを体内で燃焼させてるだけですもの。
尻尾の先で燃えているのは外気マナの火ですのよ」
まな。外気マナか。
……外気マナってなんだ。
ファンタジーに踏み込んだばっかりの俺にはよくわからんぞ。
「ほんとに、火蜥蜴サラマンダーなのね……」
「そうよー、火蜥蜴サラマンダーよー。
見て、この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎を出す尻尾なんて、間違いなく火竜山脈の火蜥蜴サラマンダーよ?
ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよー?」
「そりゃよかったわね……」
苦々しさの抽出ドリップされた声でルイズが言った。
「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ。微熱のキュルケですもの。
ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。
あなたと違ってね?」
キュルケは得意げに胸を張った。たわわな果実が跳ね揺れる。
ルイズも負けじと張り返すが、哀れなるかな、傍目から見ずともそのボリューム差は歴然としていた。
それでもルイズは、ぐっとキュルケを睨みつけた。
どうやら、かなりの負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
キュルケはにっこりと笑みを浮かべる。
余裕の態度だった。どうみても、勝者の笑みだった。
少しの間、気まずい沈黙が流れ……、キュルケの興味は、才人に戻ってきた。
「あなた、お名前は?」
「平賀才人」
「ヒラガ・サイト? ヘンな名前ね」
「やかましいわ」
「おっほっほ! じゃあ、お先に失礼、ルイズ、サイト」
そう言って炎のような赤髪をかきあげ、颯爽さっそうとキュルケは去っていった。
未だに足元でぐるぐるやっていた火蜥蜴サラマンダーも、慌ててちょこちょこと後を追っていく。
……デカイ図体のわりに仕草が妙に可愛らしいよなぁ。
昨日のドラゴンといい、さっきのトカゲといい。
そんな他愛も無いことを考えながらキュルケを見送っていると、隣のルイズが拳を握りしめていきなりヒスった。
「くやしー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈の火蜥蜴サラマンダーを召喚したからって! あーもー!」
「いいじゃねえかよ。使い魔なんかなんだって」
「よかないわよ!
魔法使いメイジの実力を推はかるには使い魔を見ろって言われているぐらいよ!
なんであの色ボケ女が火蜥蜴サラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」
「悪かったな、人間様で。だいたい、お前らだって人間じゃねえかよ」
「魔法使いメイジと平民じゃ、オオカミと犬ほどの違いがあるわよ」
ルイズは得意げにそう言った。
そんなに自分の使い魔を貶けなして楽しいんだろうかこいつは。
「……はいはい。ところであいつ、キュルケだっけ?
ゼロのルイズってお前を呼んでたけど、"ゼロ"ってなに? 苗字?」
「違うわよ! わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。ゼロは、ただのあだ名よ」
あだ名か、なるほど。
キュルケとやらは確かに微熱っぽかった。
……"微"熱か? まあいいや。
「うん、なんとなくわかった。わかったけど、ゼロってどういう意味で付けられてるんだ?」
「……知らなくていいことよ」
ルイズは、バツが悪そうにしている。
なんとなく頭の天辺からつま先まで見下ろして、原因っぽいものを見つけた。
「むね?」
才人はそこを見ながら呟いた。もののみごとにゼロだった。
ルイズの大きく振りかぶった右ストレートが鼻っ面めがけて飛んできた。
気合で首を傾けてかわす。風切って唸る拳は鼻先を掠かすめた。
「避けるな!」
「殴んな!」
理不尽を言うルイズに怒鳴り返した時、何か引っかかるものを感じた。
昨日から今に至るまでの思い浮かぶ限りの記憶を振り返り、あることに気づく。
こいつ、『契約コントラクト・サーヴァント』以外に魔法を使ったっけ?
はて、と才人は首をひねった。
トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い、中央本塔の中にある。
食堂の中にはむやみやたらに奥行きの長いテーブルが三つ並んでおり、ルイズたち二年生はその中央のテーブルを使っていた。
机に群がっている魔法使いメイジたちを見る限りだと、マントの色は学年を区別するためのものらしい。
食堂奥に向かって左のテーブル、ちょっと(だけ)落ち着いた雰囲気のする魔法使いメイジたちは、紫色のマントをつけている。
ルイズが言うには、三年生だそうだ。
同じく向かって右のテーブルに居並んでいる魔法使いメイジたちは、茶色のマントを羽織っている。
となるとまあ、こっちが一年生なのだろう。
おれたちの世界のジャージみたいなもんかな、と才人は認識した。
学院に所属する全ての魔法使いメイジ――生徒も先生もひっくるめて――は、三食の全てをここで摂るらしい。
生徒たちのたむろするフロアから少し目線を上に向ければ、ロフトになった中階も見える。
大人の魔法使いメイジたちが、そこで歓談に興じているのが見えた。あれが教師陣なのだろう。
すべてのテーブルは緋色のクロスが掛けられ、幾つもの燭台ろーそくが立てられ、艶あでやかな花が飾られ、籠かごに盛られたフルーツに彩られている。
そして才人は過剰なほど豪華な食堂にあっけに取られ、口をぽかんと開けて立ち尽くした。
ルイズはそれに気づくと、鳶色の瞳をイタズラっぽい光に乗っ取られ、得意げに指を立てて語りだす。
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」
「はぁ」
「魔法使いメイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』の信条のもとに、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものじゃなきゃいけないの。わかった?」
「はぁ」
「ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないんだけど、一応入れるように取り計らってもらったのよ。感謝なさい」
「はぁ」
才人は未だにぼけッと口を開いていたが、よく分からない単語が説明の中にあったのに気づいた。
「アルヴィーズって何だ?」
「小人の名前よ。周りに小さい像がたくさん並んでるでしょ?」
首を振って辺りを見回すと、確かに壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。ちなみに木彫りだ。
「へえ……、今にも動き出しそうだな、あれ」
「あら、よく知ってるわね」
「へ?」
動くの? と、才人は勢いよくルイズに振り向いた。
ルイズは腕を組み、椅子の手前に突っ立って言う。
「夜になったら踊ってるわよ、あれ。
それはいいから、椅子を引いてちょうだい。気が利かないわね」
首をくいっとかしげ、長い髪がさらりと揺れた。
まあ、レディーファーストぐらいは才人でも知っていたので、大人しくルイズのために椅子を引いてやる。
ルイズは礼も言わずに腰掛ける。才人も隣の椅子を引き出し、そこに座った。
「……朝からコレ食うのか?」
才人は正面に並べられた無駄に量のある料理の群れを眺めて、ぽつりとこぼす。
フランスパンみたいな、でも柔らかそうなパンがこれでもかと突き刺さったバスケットが置いてある。
でかい鳥のローストが威圧してくる。
鱒ますの形をしたパイが鎮座している。
柔らかなクリーム色をしたシチューが深皿に並々と湛たたえられている。
なにやらトゲトゲした、シソみたいな葉っぱのサラダが独特な色彩と気配を放っている気がする……、なんでこれドレッシングが青いんだ?
「こんなに多くて食べ切れるのか、ここの生徒たちって?
ああ、でもまあいいやすげえうまそうだし! なあ、お嬢さま! ……どした?」
ぽむ、ぽむ、と肩をたたかれた。
才人が振り向くと、ルイズにじっと睨まれていた。
「……あの? なあ、どうしたんだルイズ?」
じっと睨んだまま、床を指差すルイズ。
視線でソレの先を追うと、
「皿があるね」
「あるわね」
一枚の皿が置いてある。一応、分類すれば大皿の部類に入るくらいにはでかい皿だ。
で、その中身はというと。
「……なんか貧しいものが入ってるね」
なんだろう、すごく気持ちが夏空色になってきた。なんでかなぁ。
空むなしさを覚えながらルイズに視線を戻すと、なんだか頬杖をついてむっすりしていた。
「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」
あゝ、無常。
才人は床に座り込み、目の前に置かれた皿を親の仇でも見るかのように睨んでいた。
中身は液体。ただひたすらに液体。
透明なのは俺の目の錯覚かどうか。澄まし汁なのかコレは?
で、その水面には二切れほど、肉のかけらっぽいような布切れっぽいような、微妙なものが浮かんでる。
……半分ぐらい赤いぞおい。スープになんか現在進行形でなんか黒っぽいのが染み出てるし。
食って大丈夫なんだろうなこれ?
あと、皿の縁には硬そうなパンが二切れ、ぽつんと物悲しく乗っかってる。
さっきのフランスパンモドキみたいだが、切り株みたいな色と硬さ。
古くなった分なのか?
テーブルの上をもう一度ながめてみる。
豪華だ。
自分の前に置かれた皿を見る。
質素だ。
何度も見比べていると、段々ひもじさを通り越して侘びしくなってきたので、自分の皿だけを睨むことにした。
先に卓上の料理を期待した分だけ、がっかり感が凄いのである。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
教会のシスターとかが捧げてそうな食前の祈りいただきますが唱和される。ルイズの声も混ざっていたようだ。
上を見ると寂しくなるから、ほんとに加わってたかどうかはわかんない。
いったいどの辺りがささやかなんですか、と才人は無性につっこみたくなった。
そんだけ豪華でささやかだったら、俺の食事はいったいなんなの。
俺の目の前の皿は何よ。
ペット以下だったりするのか、俺は?
日本のペットでももうちょっと豪華なもん食べてるぞ?
こんな虐待はさすがに我慢ならないなので、ルイズのブラウスの肘辺りをくいくいと引っ張る。
「なによ」
「鳥と野菜分けてくれ。少しでいいから。
これっぽっちじゃ身がもたねえよ」
「ったく……」
ぶつくさ言いながらも、テーブルの上でごそごそやってくれてるルイズに少し感謝した。
元が元だからホント少しでしかないけど。
やがて何かが才人の皿に投下された。
おお、鳥だ。
鶏肉だと一番旨いとこ。鳥皮だ。
「……って肉は?」
「癖になるからダメ。こっちならいいわよ」
「げ」
そうして目の前に下ろされた皿の中身は、さっきの青いドレッシングの掛かったサラダだった。
近くだと、なんかむせ返りそうなほど酸っぱい匂いがする。
皿を受け取ってルイズに視線を向けると既に前を向いていて、実に美味そうに豪華な料理を頬張っていた。
ひょっとして嫌いなものの処理を回しただけじゃねえだろうな、とちょっと思ったがしかたない。
それならそれでいい。無いよりは遥かにマシなのである。
とりあえずは恐る恐る、サラダの菜モノを一枚齧ってみた。
「──ぐぉ。こ、これは」
苦い。
とにかくまず苦い。
ドレッシングもかなり濃く甘酸っぱいけれど、それでも第一に苦いと感じるくらいキツい。
口の中でも感じる匂いは、なんだか煮詰めて醗酵させたレモンみたいな感じだ。
まあ、食えなくはない。というか、普通に美味い。
苦いのさえ我慢できれば、と条件はつくが。
最初にサラダから入ったからか、スープの方はなかなかいい味をしていた。
かなり薄味だけどな! 一口目は生水かと思ったくらい。
「ああ、うまい。うまい。泣けてきそうだ」
一癖も二癖もある食べ物だったが、空きっ腹の才人はあっという間に完食した。
量だけはかなりあったので、腹も充分に膨れた。ただし水っ腹で。
だが。周りの生徒たちの食事はまだ佳境にも満たない。
ようやく半数が一品片付くか付かないかという、才人にとっても生徒らにとっても長い長い識餌しょくじの時間は、まだ終わりの片鱗すら見せていなかった。
さて、食べる時間より待つ時間の方が倍以上どころではなく長かった食事がようやく終わり、才人は今、学院の教室の一つにいる。
教室は石で出来ていて、大学なんかの講義室みたいな造りをしていた。
講義を行う魔法使いの先生用教壇が一番下、そこから階段状に席が続いていて、部屋としてはなかなか広い。
さっきルイズと並んで教室に入った時は、先に来ていた生徒たちが一斉に振り向いて少しびびった。
そのあと、皆してくすくすにやにやと笑い始めたのが少しだけ胸をむかつかせた。
食事前に遭遇したキュルケも居た。周りを男子に取り囲まれている。
なるほど、男の子がイチコロというのがよく分かった。
周りを囲んだ男子たちに、女王のように祀まつり上げられているようだ。
まあ、あの容姿なら仕方がないことなのだろう。
美貌は世界を越える共通言語らしい。
皆、様々な使い魔を連れていた。
キュルケの椅子の下に、火蜥蜴サラマンダーが眠り込んでいる。
肩にフクロウを乗せている生徒がいる。
窓からは巨大なヘビがこちらを覗きこんでいる。
一人の男子が口笛を吹くとそのヘビは頭を隠し、かわりに昨夜のドラゴンが見えた。
紫の月光ではよくわからなかったが、鱗は青色だったらしい。
ぐーすかと木にもたれるようにして眠っている。
鼻ちょうちんが見えたような錯覚を覚える辺り、ドラゴンのイメージぶち壊しだと思う。
その他、教室を見回す限りでもカラスや猫などの普通の動物たちや、ファンタジーな生き物がたくさんいた。
中でも六本足のトカゲ、ふよふよ浮かんでる大目玉、蛸足な人魚(魚?)辺りがかなり目立っていた。
それぞれ石竜バジリスク、黒陽バグベアー、夜叉鱆スキュラというらしい。
ルイズが不機嫌そうにしながらも教えてくれた。
そうこうしていると、ルイズが席の一つに腰掛けた。
隣に座ろうとしたらそこは魔法使いメイジの席だと床に座らされた。
が、目の前に机があって流石に窮屈だったので、また椅子に座りなおした。
ルイズに睨まれたが、知ったことではない。床は冷たいのだ。
椅子に座り改めて使い魔を見物していると、昨夜の女の子も見つけた。
昨日、月光に照らされて助け起こした時もそうだったが、見つけたときにドキリとした不思議な感触を胸に覚えた。
よく分からない、あまり覚えのない感覚だった。
そんな彼女は一つ下の段、壁際の席に座り、黙々と本を読んでいた。
周りの生徒たちも彼女の方にはまったく関心を向けていない。
使い魔は…………どうも教室には居ないみたいだ。
外か? とか、友達いないのか? とか、昨夜のアレは怒ってたんじゃなくて素だったのか? とか。
そちらを見たままとりとめもなく現在進行形で考えていると、後ろの扉が開いて誰かが入ってきた。
紫色のローブに身を包み、つばが広く天辺が細い、魔法使いのイメージにぴったりの黒帽子を被った中年の女性だ。
ふくよかな頬や垂れ気味のまなじりが、優しい雰囲気を漂わせている。
「あの人も魔法使いなのか?」
「当たり前じゃない」
ルイズに尋ねると、即答されてしまった。そりゃそうだ。
教壇についた先生は一通り教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのが、とても楽しみなのですよ」
なるほど、と思わず共感した。
これだけいろんな種類の生き物たちを幻実(ファンタジー)問わず見れるというのは、実に楽しいものだと思う。
ちょっとした動物園気分の才人は、どうも自分も使い魔みられるがわだということを忘れている気がする。
「おやおや、随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズが才人を見てとぼけた顔で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。
当のルイズは顔を俯うつむけて真っ赤になっている。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
そんな嘲声をあげたフクロウを肩に乗せている生徒の方を、きっと振り向き立ち上がるルイズ。
長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。
「違うわよ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『召喚サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
ゲラゲラと笑う生徒につられ、教室中がまた笑いに溢れかえった。
教室で笑っていないのは笑われている本人のルイズと才人、ミス・シュヴルーズ、あとは周りを完全スルーで読書真っ最中の青髪の少女くらいであった。
「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱しました!」
握り締めた拳で、ルイズが机を叩いた。
「かぜっぴきだと? ぼくは風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声は、風邪引いてる時みたいな響きがするのよ!」
マリコルヌと呼ばれた生徒も立ち上がり、ルイズと真っ向から睨みあった。
一触即発状態に突入するかと思ったが、シュヴルーズ先生が小振りな杖を一振りすると、二人は足の力が抜けたように、すとんと椅子に腰を落とした。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい」
ルイズはしょぼんとうなだれている。さっきまで見せていた生意気な態度はどこかへと吹っ飛んでいた。
グランドプレって誰だ……、って一人しかいないか。マリコルヌってヤツのことだろう。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。ぼくのかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
くすくす笑いが所々から漏れる。
シュヴルーズ先生は、厳しい顔で教室を見回し、再び杖を一振りした。
くすくす笑いをしていた生徒たちの口に、どこからともなく現れた赤土の粘土がぴったりと吸着する。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい。それでは、授業を始めますよ」
ぴたりとくすくす笑いは収まった。
わりと物理的な意味で。
シュヴルーズ先生は、こほん、と仰々しい咳をすると、杖を振った。
すると、机の上に何個かの石ころが転がった。
「私の二つ名は"赤土"。赤土のシュヴルーズです。
『土』系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。
魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・グランドプレ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『風』『土』の四つです!」
シュヴルーズ先生が大きく頷く。
「そうです。それに今は失われた『虚無』の系統を合わせて、五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
その五つの系統の中でも『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。
……これは私が『土』系統だから、というわけではありませんよ?
単なる身びいきではないのです」
シュヴルーズ先生は、再び重々しい咳をした。
なんか空々しいような感じがするが、そこはスルーしてあげよう。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司ります。
この系統が無ければ、金属を作り出すことも、鍛え上げることもできません。
大きな石を切り出して建物を建てることも出来なければ、農作物の成長も大きく遅れることでしょう。
このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
才人は、興味深く耳を傾けていた。
話を聞く限りだと、やはりこちらの世界には、科学技術の類たぐいはまったくないらしい。
ルイズが威張る理由や、電気を知らなかった理由がなんとなく分かった気がした。
「今から皆さんには、『土』系統の魔法の基本である『錬金アルケミー』の魔法を覚えてもらいます。
一年生の頃にできるようになった人もいるでしょうが、基本を突き詰めていくことも大事です。
よって、もう一度おさらいしてもらうことに致します」
そう言うとシュヴルーズ先生は、石ころに向かって杖を振り上げた。
短いルーンの詠唱が小さく響くと、石ころが光り始める。
ほんの一呼吸の間ほどの時が過ぎ、光が収まると、石ころは黄金色にくすんで光る金属質へと変化していた。
どうやら、これが『錬金アルケミー』とやらの効果のようだ。
前を見れば、なにやらキュルケが身を乗り出していた。
「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」
「違います。ただの真鍮しんちゅうです。
ゴールドを錬金するためには、最低でも『スクウェア』クラスでなければなりません。
私は、『トライアングル』なのです」
「なあ、ルイズ」
隣に座るルイズを肘でつつく。
「なに。授業中よ」
「スクウェアとか、トライアングルとかって、何?」
正直、自力で考えても何のことやらさっぱりだ。
「系統を足せる数のことよ。魔法使いメイジのレベルの大体の基準と思ってくれればいいわ」
「足せる数?」
足すってどういうことよ?
ルイズが、小声で答えてくれた。
「例えばね? 『土』系統の魔法なら、それ単体で使うよりも、『火』系統を足して使った方が強力な魔法になるの」
「ふむ」
「『火』『土』のように、二系統足せれば『ライン』メイジ。
シュヴルーズ先生みたいに、『土』『土』『火』とか、三系統足せたら『トライアングル』メイジ」
「あれ、同じのも足せるの?」
「ええ。その系統がより強力になるわ。で、『スクウェア』はその更に上。四系統足せるメイジのことよ」
「なるほど。で、さっきあそこで授業してる先生魔法使いメイジが使った足し方ってどうやったの?」
「さっき言ったでしょ? 『土』二つに『火』一つよ。合わせ鋼だもの」
えーと。
『土』一つずつでそれぞれ違う金属、その二つを『火』で溶かして混ぜたってこと?
「そういうこと」
「へぇ、なかなか面白いな。ところで、ルイズはいくつ足せるんだ?」
ルイズが、ぐっと詰まった気がする。
不思議に思っていると、どうやら先生魔法使いメイジに見咎みとがめられたらしく。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
すごい勢いでルイズが先生の方へ振り向いた。
「授業中の私語は控ひかえなさい」
「すいません……」
しゅんとして顔を伏せてしまった。
「おしゃべりをする余裕があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「え? わたし?」
ざわ……、ざわ……、と教室の空気が揺れた。
気がした、なんてなまやさしいもんではなく、もっと恐ろしい何かの片鱗を――
じゃねえ。
なんだ、この変な空気。
ものすごいどよめいてるんだけど。
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
そんな空気を気にしなかったおばさん先生の一言で、空気がなんだかさらに剣呑なものに変わっていく。
立ち上がらずにもじもじするルイズに向けられる視線、隣あった者どうしで交わされるなんかの合図みたいな視線、おばさん先生を怨みがましく見つめる視線。
なんだか、どれにも尋常じゃない強さがある。
っていうか、怖い。自分に向けられてないとはいえ、真横のヤツに向けられる真剣な視線の群れというヤツは、どうしてこう威圧的なんだろう。
そんなもんだから、ルイズに行かないのか?と問いかける勇気がどうも湧かない。
焦れてきたのか、おばさん先生がさらに声をかける。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
怪訝そうな先生に、キュルケが困ったように言う。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
教室中のほとんど全員が一斉に頷いた。
「危険? どうしてですか?」
うむ。危険ってなんだろうか。
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
さっきみたいなルイズへの中傷か、とも思ったけど、どうも違う気がする。
皆して、甚いたく真剣なのだ。
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。
さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
悩んでいたルイズが、ゆっくりと立ち上がった。
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言い、俺の疑念はさらに膨らんだ。
ルイズが魔法を使うと……、どうなるんだろう?
「やります」
そう聞いた時、いつものワクワクする気持ちが少しした。
これもまた、好奇心なんだろう。
緊張した顔でつかつかと教卓に歩いていくルイズを、そんな気持ちのままに見送った。
教卓の前にたったルイズの横に並んだおばさん先生が、にっこりと笑いかける。
「さぁ、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
こくりと可愛らしく頷いて、ルイズが手に持った杖を振り上げる。
唇を軽くへの字に曲げ、真剣な顔で呪文を唱えようとするルイズは、この世のものではないような愛らしさと凛々しさを備えていた。
本性を知っていても、少しぐっとくるくらいには。
窓から差し込む朝の光に、ルイズの淡いブロンドがよく映える。
きらきらと光る鳶色の瞳、高貴さを感じさせる形のいい鼻。実に良い。
あれでもう少し思いやりと胸があれば極上なんだけども。
もったいねぇなぁ、と思う。
いくらなんでも、あの性格じゃ願い下げだ。
ふと、視界の隅で何かが動いた気がした。
そちらに目をやると、昨夜の女の子が、机の下にもぐって本を開いていた。
何やってんだ? と思ったとき。
教卓が、まばゆい光とともに爆発四散した。
至近の爆風をモロに受けたルイズとおばさん先生は壁に叩きつけられていた。
前の方に居た生徒たちのうち、机に潜りそこなったらしい眼鏡をかけた優男風の男子生徒が、使い魔のカラスと一緒に近くまで吹き飛んできている。
使い魔たちは急な爆発に驚いたらしく、キュルケの火蜥蜴サラマンダーは叩き起こされたことに怒って口から炎を噴き、翼虎マンティコアはびびったのか大窓をぶち破って外に飛び出し、大蛇が何事かと破れた窓から侵入し、進路上、というか俺の目の前をよたよた飛び去ろうとしていたカラスをめがけて――――
「ってなにやってんだ!?」
丸呑みしようと大口を開けたヘビの後ろ頭を転がってた本で思わずしばきたおして食餌を妨害した。
ってあれ、なんかこっち見てる。
見ラレテルヨ?
阿鼻叫喚の教室の中、いろんな叫びが木霊する。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
と金切り声になったキュルケの怒鳴り声。いや聲こえ。
「もうヴァリエールは退学にしてくれよ!」
と怒りと呆れに満ちたさっきの丸っこい……グランドプレだっけ?の嘆き声。
「シャンスージ! シャンスージ、大丈夫だったか!」
とさっきのカラスを抱きしめて壁際へ脱兎する眼鏡付き優男。
……それと。
「ぅわぁあああああ!!」
とぶん殴った大蛇から逃げ回る俺の絶叫!
いや、そりゃ確かにぶん殴ったけど!
俺のせいじゃねえ! ってーかおまえのせいじゃねえか!
見境無くなんでもかんでも食べようとするんじゃねえ!
「ちょっと失敗したみたいね」
なんていうルイズの声と、それにキレた複数の怒鳴り声が聞こえた。
なんか成功率ゼロがどうたらも聞こえたけど、ああもうとりあえずどうでもいい!
「だれか、たぁあああすけてくれぇえええ!!」
実にけたたましい、教室の朝だった。
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