ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第百十九話 自由惑星同盟の力は底知れません。
一方――。
ラインハルト・フォン・ローエングラム率いる主力侵攻軍は、ラインハルト以下が出席した提督列席の会議において、先陣のビッテンフェルト艦隊及びバーバラ艦隊と自由惑星同盟との戦闘データの分析にとりかかっていた。
既にフェザーン回廊には自由惑星同盟の艦隊が布陣しており、一戦交えずには突破を許さない体制を構築している。もちろんこれがほんの序章にすぎないことは全将兵が知悉していることだった。
「・・・・というわけで、敵の継戦能力の高さはこれまでの自由惑星同盟とは明らかに一線を画するレベルになっていると言っていいと思います。」
バーバラの報告は終わった。彼女は抱えていたファイルをテーブルに置くと、他に質問はありませんかと、見まわし、席に着いた。皆がざわざわ話し出したのを機にとなりのレイン・フェリルが、
「お疲れ様でした。まさかあれほどの不協和音が出てくるとは思いませんでした。」
「何度聞いても吐き気を催す邪悪さよね。」
バーバラは身震いを押し殺そうと、卓上に出ているお茶を飲んだ。序盤の戦闘での損傷艦艇はビッテンフェルト艦隊、バーバラ艦隊ともに僅少である。アースグリム改級波動砲の援護のもと、混戦状態になる前に引き上げたのだ。
「ですが序盤の戦闘であれだけのねばりを見せられると、今後の帝国軍全体の士気に影響します。いえ、もう出始めているかもしれません。」
「・・・・・・・・。」
バーバラが一座を見まわすと、数十名の提督たちのざわめきが広がり、その外側に控えている各艦隊の参謀、幕僚たちのざわめきがそれに輪をかけている。林のごとく落ち着いているローエングラム陣営にしては珍しい、いや、これまでなかった喧騒である。
さすがにロイエンタール、ミッターマイヤーといった中枢クラスの提督たちは落ち着きを見せていたが、クーリヒ、マイフォーハー等の中堅提督たちは動揺を隠せない様子だった。
「これはフィオーナたちも苦労するかな・・・・。」
思わず出たボヤキを聞いたレイン・フェリルが捉えて、
「あの、バーバラさんはご存知ですか?フィオーナさんがこのところ元気がなかったのを。」
「知ってるわ。」
短くバーバラは答えた。その原因についてもバーバラはよく知っている。
「私、主席聖将のことは尊敬しているし信頼もしているけれど、でも、あのやり方は正直どうかと思っているところ。いくら何でも原作のラグナロックに匹敵する大軍を任せるなんて。あの大艦隊を統制統御できるのはラインハルトやキルヒアイス、若しくはロイエンタール元帥やミッターマイヤー元帥くらいなものよ。」
「私もそう思うのですが・・・・。」
レイン・フェリルが視線を向けた先には、ラインハルトがキルヒアイス、イルーナらと何やら話し合っている様子が見て取れた。
「あの方々はどこか自分たちだけの世界を作っているような気がしてならないのです。」
「えっ?」
意外な発言にバーバラは耳を疑った。
「でも、原作のラインハルトの轍を踏まないと主席聖将もランディール閣下もそう思われているはず。そうじゃない?」
「ですがこれだけの大規模な侵攻です。それに自由惑星同盟にいるシャロンと決着をつけるという大事な戦い。本来であれば、転生者である私たちにも構想等の相談があってしかるべきではないですか?」
「・・・・・・・・。」
「フィオーナさんもそれを感じ取っていたからこそ、元気がなかったのだと思います。」
「・・・・・・・・。」
「口には出しませんが、それは他の提督方も感じているところではないでしょうか?」
バーバラは何も言い返せなかった。レイン・フェリルの言う通りなのだ。このところ主席聖将は物事をほぼ自身の構想で進めてきている。それはラインハルトですら従う事から見ても、正しいのだろうが、感情の処理とはまた別次元の問題なのだ。人は正しい論理だからといってその通りに動くとは限らない。
「主席聖将はここまで強力に推し進めてこられた。それはそうしなければ覇権を手中に収めることはできなかったし、ラインハルトを想っての事だという事は私たちも理解している。けれど・・・・。それが本当に正しかったのかな。」
バーバラの独り言を聞いていたレイン・フェリルはうなずいた。
「それをどう思っていらっしゃるか・・・・一度話合いの時間を設ける必要があります。提督方とも。」
二人は首座の方向を見た。会議の喧騒をよそに、ラインハルトと話しているイルーナの表情は暗かった。
* * * * *
自由惑星同盟フェザーン方面総軍艦隊総旗艦ヴァルファルレ――。
薄暗い通信室で、アンジェはシャロンからの通信に応えていた。
『帝国軍はどうしているかしら?』
「いったんわが軍と交戦をしたものの、回廊出口付近で進軍を停止しています。」
『少し薬が効きすぎたようね。』
シャロンが微笑を浮かべる。熱狂的な信徒をあてがったことが面白くて仕方がないようだ。
『アンジェ、プランVNを発動。適当にあしらって徐々に例の指定ポイントに誘い込むようにしなさい。艦隊の運用は任せるわ。いくら死人が出てもいい。それだからこそ、敢えて移動要塞をフェザーン回廊に設置しなかったのだから。それに、増援は無限と言っていいほどにあるわ。』
「はい。」
アンジェは無表情にうなずく。シャロンの意に背く発言はもはや許さないし、アンジェ自身も自由惑星同盟の人間を使い捨ての備品程度にしか思っていなかった。後方では日夜新しい艦艇が生み出されているし、それに乗り込む人間の訓練も日夜行われている。それこそ老若男女問わずに全同盟市民130億人が総力体制に入っている。
通信が切れた後、アンジェは座っていた椅子を半回転させて漆黒の彼方に目をやった。戦艦の砲撃さえはじく超強化硬質ガラスの向こうにはどこまでも続く暗黒の宇宙が広がっている。
アンジェは知っている。シャロンが進めるのは自分の意志の貫徹。そしてそのためならば誰でも、自分自身さえも躊躇なく切り捨てて邁進することを。普通、自らの欲求を満たすには誰しもが自らの生存なくしては考えないはずなのだが、シャロンは違っていた。その思いを隠すことなく躊躇なく周囲に打ち明けている。聞く者は顔色に出す出さないの意志は問わず戦慄を大なり小なり浮かべる。アンジェも例外ではない。
にもかかわらず、アンジェは誓っていた。前世からのシャロンの意志を、シャロン以上の鉄壁さをもってどこまでも貫くつもりだった。
何故そうするのかとティファニーに以前問われたことがある。その時はアンジェは何も答えなかった。答えても到底信じてもらえなかっただろうし、信じてもらおうとも思っていないから。
「それが私の――。」
真剣味を伴ってつぶやきかけた言葉をもみ消すように、かすかな冷笑を浮かべると、
「こんなこと、並の転生者であれば絶対にできなかったでしょうよ。」
代わりにアンジェはかすかに嫌悪感と見下すような色を言葉に込めて、他に誰もいない漆黒の空間に向けてはなった。
* * * * *
「参謀総長閣下。」
ブリュンヒルトから自らの旗艦であるヴァルキュリアにいったん戻ろうと歩を進めている彼女を背後から呼び止めた声がある。
「何かしら?」
「お忙しいことは承知しています。けれど、一つだけ聞かせてください。前線におけるあの異常な敵の熱狂のことです。」
「前線における提督たちの動揺は承知しているわ。そしてそれが水面下で徐々に波及しつつあることも。で、私に聞きたいこととは何かしら?」
「それに対するご対策を聞きたかったのです。」
バーバラがイルーナに話しかけている背後には、ルグニカ・ウェーゼル、ミュラー、ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤーら諸提督が並んでいた。
「ローエングラム公の『姉君』であるあなたであればこそ、これまでローエングラム公、キルヒアイス提督、そして我々を導いてこられたのであると思っている。だが、此度の敵はあなた独りで思慮し、対策を立てられる相手であるとは我々には思えぬのです。」
ミッターマイヤーが言った。その隣で、ロイエンタールも、
「ローエングラム公、キルヒアイス提督、そしてあなたのみが会議の出席者で、他は観劇の客であると考えられるのは、いささか珍妙な喜劇という物だ。こと、先の会議に関してはそれが顕著であったように小官には思われるが。」
「・・・・・・・・・。」
此方を見つめたまま動かない参謀総長に、ナイトハルト・ミュラーが沈黙を破った。
「ローエングラム公がまだミューゼルと名乗られていた大将閣下のころから、我々は閣下の艦隊の一翼を担う身として戦ってまいりました。此度の戦、我々をたかだか一分艦隊の司令官程度に考えていらっしゃるのであれば、小官としてもいささか考えを改めざるを得ません。」
「と言うよりもだ、皆一様に思っているのです。あなたがそこまでして抱え込むような悩みを、何故小官たちに分かち合ってくれないのだと。まるで卑怯ではありませんか!!!」
「卑怯!?」
ビッテンフェルトが大声を出した。さすがにこの言葉は予想だにしていなかったらしく、思わず若きローエングラム公の参謀総長は聞き返した。
「そう、卑怯ですとも!何しろあなたは・・・・ええい、敬語を使う等まどろっこしいやり方は好きではない!!いいか、卿は我々を何か一兵卒か他人かいわんや石ころ同然に見ているのではないか?同じ艦隊で同じ釜の飯を食った中であれば、そこまでの態度は普通は取らぬものだ。」
「私が――。」
「卿自身はそうは思っていないのかもしれないがな、問題は他ならぬ我々がそう思っているという事だ。卿は知っているか?こんなことを公然と口にすること自体俺は吐き気を覚えるのだが!!卿一人がローエングラム公の寵愛を独占し、なかんずくローエングラム公と特別な関係を持っているとさえ噂する輩もいるのだ!!」
ローエングラム陣営の参謀総長は、最初顔が青白くなり、ついで顔が赤らんでくるのをどうすることもできなかった。その様子をロイエンタール、ミッターマイヤー、そしてバーバラ以下の諸提督がじっと見つめている。
「私が・・・・・いえ、そうだったのかもしれないわね。」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは顔つきをあらためた。片手を胸に当てて、何かを反芻している様子だったが、長くかからずに顔を上げた。
「考えてみれば、思い返してみれば、私はあなたたちを、いえ、あなた方をないがしろにしていた部分があったわ・・・・・。」
「あなたが才媛であることは認める。だが、あなた一人で判断し、解決できるほど此度の戦いが単純だとは思えぬ。ましてやローエングラム公を補佐しうる器としてあなた一人が必要にして十分であることについても、我々は異議を唱えたい。」
ロイエンタールの言葉は若き参謀総長を容赦なく貫いた。だが、同時に彼女は悟っていた。今までの戦いはあくまでラインハルトの帝国領内での覇権を確立させるものにすぎなかった。だが、今回の戦いは帝国そのものの存亡・・・・それよりもずっと大きなものが双肩にかかっている。
負ければすべてを失う以上の悪夢が待っている。なればこそ、独りよがりの結論は危険だ。独りで背負うことそれ自体が滅亡へのプレリュードだとしたら?
(今からでも遅くはない、か・・・・・。いいえ、遅かったとしても、まだ間に合わせる。取り返して見せる。勝ち筋への光を・・・・。)
イルーナは顔を上げた。
(以前、ラインハルト・・・いえ、ローエングラム公に言われたことがあったわ。私は独りで背負い込みすぎると。それこそがローエングラム陣営の補佐役としての私の務めだと思っていた。でも、それは間違っていた。それは周りの人をないがしろにすることだったのだわ・・・。・・・・これでは同じだといわれても仕方がないわね。)
何が同じと感じたのかは彼女のみが知ることだった。
「ロイエンタール提督、そして皆さん、おっしゃる通りだと思いました。・・・今更ながらこのようなことを言い出せる義理ではないのかもしれませんが、もう一度私を信じ・・・いえ、ローエングラム公を輔弼していただければと思います。」
その時、あわただしい足音がした。一同振り返ると、赤い長い髪の女性が駆けてくるのが見えた。表面上は表情は変わらないが、息が上がっている。珍しい事だと思いながら、一方でイルーナは早くも異常事態が到来したのを感じ取っていた。
「前線に動きがありました。」
レイン・フェリルが報告してきたのである。
* * * * *
提督たちが自らの艦隊に駆け足で戻っていく間にもイルーナはぐずぐずしていなかった。
「レイン・フェリル、あなたはブリュンヒルトの艦橋に行き、私とラインハルトが戻るまで全軍の統率をしてちょうだい。」
「了解です。」
「状況は?」
レイン・フェリルがかけ去る背中を見ず、イルーナはすぐに次に取り掛かる。イルーナのそばにいたバーバラは直ちにオペレーターに問い合わせた。艦橋に戻るよりもその方が早いのだ。
『前線展開のディッケル艦隊とバイエルライン艦隊に、2時方向から出現した敵が襲い掛かった模様!!2艦隊共に現在応戦中!!』
「2時方向!?まだ回廊出口に到達もしていないというのに、一体どういうこと!?」
思わず叫ぶバーバラを制してイルーナが自ら通信機を取った。
「敵の戦力は?」
『数、およそ2万――待ってください!!あらたに十時方向より敵出現!!数およそ2万!!さらに俯角58度12時方向より敵出現!!数、およそ2万!!』
「6万隻?やけに中途半端な数ね。」
「我が軍の数分の一とはいえ、油断は禁物よ。」
イルーナはバーバラを窘めた。回廊出口付近の哨戒網をどうやって潜り抜けたのかは謎であるが、あるいはすでに潜伏していたのか、ともかく敵は先手を取ったこととなる。
「では、参謀総長閣下。我々に対する指示を。」
一言短く言ったロイエンタールだったが、その瞳からは冷笑の色は消えていた。その無言の思いを受け取ったイルーナは、
「全艦隊は直ちに戦闘態勢に移行。最大態勢で迎撃に徹し、プランCに基づく防御陣形を展開。武器弾薬の消耗よりも敵を倒すことを最優先に。」
それだけ言うと、諸提督は一斉にそれぞれの艦隊に赴くべく散っていった。イルーナは通信機を離し、
「バーバラ。あなたは艦隊に戻って正面の敵を迎撃しなさい。戦線を維持し、左右両翼の敵を撃破した味方が挟撃するまで持ちこたえること。」
「わかりました!!」
かけ去っていくバーバラと対照的にイルーナは落ち着いた足取りでラインハルトに報告をするために彼の部屋に向かった。
艦隊戦であれば、帝国軍将帥たちは後れを取るはずがない。ビッテンフェルト艦隊とバーバラ艦隊が苦戦したといっても、それは敵の出方が意表を突いたものだったからだ。
この重厚な布陣であれば、敵を迎撃するに手間取らないだろう。
イルーナはそう思っていた。
* * * * *
バイエルライン艦隊――。
旗艦ニュルンベルク――。
艦橋において慌ただしい動きが始まっていた。士官、下士官は兵士を叱咤して所定の位置につかせ、オペレーターはすぐに索敵を開始し、通信士官は指揮官の命令を速やかに伝えるべく通信を良好に保ち、そしてバイエルラインは艦橋にあって艦隊を戦闘態勢に移行させつつあった。
「全軍戦闘配備!!」
「第一級戦闘態勢!!」
「前衛!!IFU-124地点に展開し、敵を迎え撃て!!」
矢継ぎ早に下される命令のさ中も、前方に早くも光球が明滅するのが見えた。それがバイエルライン艦隊の本隊周辺部に殺到するまでさほど時を要さなかった。いや、早すぎるのではないかとバイエルラインが思ったほどだった。
「前衛部隊、突破されました!!」
「何!?」
バイエルラインはうろたえた。敵はモーセが海を割るようにして迫ってくる。まっすぐにこちらを目指して進んでくる。
「うろたえるな!!各艦狙いを絞れ!!敵の進撃速度と進路を特定し、一点集中砲火を浴びせるのだ、急げ!!」
各艦が間断なく敵にエネルギーの驟雨を浴びせる中、オペレーターたちは必死に計算を行い、敵の進路と速度を予測した。時を移さず伝えられた情報にバイエルラインは大きくうなずくと、タイミングを計って一声吼えるように叫んだ。
「撃て!!」
号令一下、振り下ろされた手と共に数十万のエネルギーの槍が放たれ、敵に突き刺さった。次々と爆沈していく僚艦をかいくぐり、踏み越え敵は迫ってくる。再び振り下ろされる手、投擲されるエネルギー!!そして、三度!!!
「何故だ?!何故奴らの勢いは止まらない!?」
バイエルラインはうろたえた。これほどの損害を出しても、敵は屍を踏み越え踏み越え迫ってくる。このままではニュルンベルクごと体当たりで撃沈される勢いだ。バイエルラインはたまらずに後退の指令を下したが、愕然となった。敵との距離が一向に開かないのだ。
「砲撃の手を緩めるな!!このままでは敵に直撃されるぞ!!」
叱咤するバイエルラインを迫ってくる敵の相対左側面に大輪の花が咲いた。数千隻の艦隊が敵の側面を突き、かき乱していく。
『バイエルライン、無事か!?』
「ドロイゼンか!!」
『遅くなった。こんなところですし詰めにされてたまるか!おい、手を貸せ。二人で協力してこいつらを追っ払うとしよう。・・・・なんだ!?貴様らはッ!!』
ドロイゼンが急に怒鳴り声を上げたのは、彼から見て相対前、バイエルライン艦隊からみて相対右方向から突如として猛速度で突っ込んできた艦隊があったからだ。自由惑星同盟は3方向から挟撃されることとなり、大混乱に陥ったが、バイエルライン、ドロイゼンの両名はそれよりも新手の侵入者に対して神経をとがらせていた。
『何だとは何だ!?』
『名を言え、名を!!どこの所属だッ!?この宙域はミッターマイヤー閣下が責務を負っておられる場所で有るぞ!!』
『黙れッ!!我々はキルヒアイス閣下に指示され、援軍としてやってきたのだ!!』
「その声はクナップシュタインかッ!?」
バイエルラインが叫んだ。それを聞いたドロイゼンもディスプレイ上で嫌そうに顔をしかめている。
ミッターマイヤー四天王、ジンツァー、ドロイゼン、バイエルライン、ディッケル等の諸提督の中で、ドロイゼン、バイエルラインは特に仲がいい。そのため、将来ロイエンタール、ミッターマイヤーの双璧の後継者と目されていた。他方、クナップシュタイン、グリルパルツァーと言った若手提督も台頭してきており、諸提督の中でもこれらの提督の間で功名争いが内心激化していることをイルーナは憂いていた。もちろん、ラインハルト、キルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤーら主要提督はこのことを知っている。知っていてなお手を出さなかったのは、これら若手の争いが一種の発奮剤となることを狙ってのことだった。
同じ頃、バイエルラインらが指揮を執る宙域を、仮に東部戦線と呼称するならば、同じくディッケル、そしてジンツァーの指揮する艦隊が固める西部戦線においても同様の事態が起こっていた。
『どけえッ!!どけと言っておるだろうが!!』
「なっ、何を言うのだ!?ここは我々が守備する宙域!!ミッターマイヤー閣下の御命令によって守備しているのだ!!」
『黙れッ!!我々はロイエンタール閣下の御命により、援軍に参ったのだ。貴様らがいつまでたっても敵を排除出来んから、こうしてきてやったというのに!!』
「バルトハウザーかッ!?・・・ええい、忌々しいッ!!」
日頃温厚なディッケルも思わずジンツァーに舌打ちを漏らすほどいきり立っていた。どちらかと言えば弱気なジンツァーも同様である。だが、バルトハウザーも負けてはいない。彼に加勢したのは同じくロイエンタール麾下のシュラーである。
「くそっ!!ジンツァー、こんな奴らに任せておけるか!?各艦各部隊の再編を急いで、小癪なバルトハウザーめらが功を横取りする前に敵を一掃するぞッ!!」
「わかっている!!麾下各艦各部隊、体勢を立て直せッ!!」
この結果不思議な現象が起こった。ミッターマイヤー麾下の四天王は、異様な敵を前にして怖気づいてしまうよりも、味方に功を奪われることへの恐れが脳裏を支配し、勇猛果敢に敵を攻めたてたのである。グリルパルツァー、クナップシュタイン、バルトハウザー、シュラーらも負けじと敵を乱打し、開戦から半日で自由惑星同盟の襲撃部隊を撃退せしめることに成功したのだった。
だが――。
「俺は卿らのような功を独占せんと流行るイノシシ武者を麾下に持った覚えはない!!!」
戦闘詳報を報告しにやってきた四天王たちの頭上に、ミッターマイヤーの大喝がベイオウルフに響き渡る。これを苦り切って見ていたのはロイエンタールもである。戦場から帰還してきた提督たちを待ち受けていたのは盛大な叱責だった。
「卿らがこれ以上功利をむさぼらんと言うのであれば、俺としてはそのような部下はいらぬ。ローエングラム公に直訴して独立して敵の首都を襲うように進言すればよい。そうすれば卿らの功績は歴史に名を永久に残すであろうよ。成功すればな。」
と、ロイエンタールも部下を叱責し、四天王以下は散々な目に合ったのであった。うなだれる諸提督の頭上に別の声が降ってきた。
「軍人たるもの功を求めんとするのはごく自然な事だと私は思います。」
一同は「おやっ。」という思いで顔を上げる。その視線の先にはキルヒアイスが立っていた。
「ですが、貴官らは将官であり艦隊司令官です。将官たるものの心得の中で最も重要なのは、自らの功という私の心を律し、上級将官の指令によく服し、かつ全軍の中で自らの掌握する部隊が何を成せばよいかを常に理解しようと努力することであると思います。残念ながら、貴官らはそれが欠如しているのではないかと思います。」
『・・・・・・・・・。』
「時には上級将官の指令を無視することも必要かもしれません。ですがそれは全軍の危機に際して自らがどのように行動すればよいか、確固たる信念がある場合だけです。」
『・・・・・・・・・。』
諸提督たちはうなだれてミッターマイヤーの旗艦を後にする。本来であれば、ラインハルト自らが叱責する場面であるし、現にそうしようとラインハルトが動きかけたのだったが、それぞれの長であるミッターマイヤー、ロイエンタール、キルヒアイスが制止した。ラインハルトがこの光景をモニター越しに見、何かあれば自ら乗り出すという条件付きで。
『卿らのなすところ、私としても付け加えるものはない。が、過度に叱責し必要以上に委縮せしめることのないように。』
『御意。』
ラインハルトの姿が消えると、3提督は顔を見合わせた。
「俺としては敵の襲撃を撃退したことは意味のあることと思っている。例のシャロンとかいう正体不明の化け物の圧を前にして逃亡四散しなかったことは評価していいだろう。」
ミッターマイヤーが言う。
「俺もそう思うが、他人の戦闘担当宙域を侵害することは言語道断だな。」
「同感だ。卿にしては珍しく率直な物言いだな。」
「あの程度は言わなければ効き目がないからな。だが、キルヒアイス提督もそうではないか?」
二人の視線は赤毛の青年に向かう。青年提督は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「私としても、看過できない問題でしたから。ですが、諸提督の軋轢は一つの良い点を生んだのではないかと思います。それはラインハルト様もおっしゃっておいでのことでした。」
ラインハルトは先ほどの言葉以上のものを言わなかったが、諸提督の軋轢は一つの意味でプラスの作用をもたらしたと考えていた。すなわち、シャロンの攻撃に対して必要以上に委縮することを防いだという点である。
その点を話すと、ミッターマイヤー、ロイエンタールの両提督はうなずきつつも、なお注意を払うように気を付けるべきだと意見を述べた。
「しかし一つの初戦を勝ちに持って行けたのは良しとするべきか。幸先が良くて悪いという事はないからな。」
ミッターマイヤーはこう結んだものの、3提督とも楽観しているわけではなかった。先の戦いはほんの小手調べ、前哨戦である。この程度で揺らぐほど自由惑星同盟の力が小さいと評価しているわけではなかったし、むしろその逆であった。
自由惑星同盟の力は底知れぬ、と。
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