戦国異伝供書
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第三十三話 隻眼の男その一
第三十三話 隻眼の男
この時武田家の家中は重苦しい空気の中にあった、そうなっている理由は家中の誰もがわかっていた。
甲斐はようやく守護である武田家の下に一つになった、だがその国を一つにした主である武田信虎がだ。
嫡子の晴信を邪険にする、それで家臣達は思うのだった。
「太郎様の何処が悪いのか」
「太郎様は文武両道の方」
「とかく書を愛されておる」
「あれだけの方はおられぬ」
「確かに二郎様も出来た方だが」
「しかし太郎様は素晴らしい」
「間違いなく武田家の立派な主になられる」
誰もが晴信の器量をわかっていた、素晴らしき主になるとだ。
「戦だけでなく政もよく見ておられる」
「古典や和歌にも親しまれておるしのう」
「この甲斐にあって雅も解しておられる」
「その様な方が我等の主になられれば」
「どれだけ素晴らしいことか」
「そう思うが」
「何故お館様は嫌われる」
このことも誰が見てもだった。
「何か理由があるのか」
「それがわからぬ」
「二郎様はいたく可愛がっておられるが」
「二郎様を次の主にされるおつもりか」
「確かに二郎様も出来た方じゃ」
晴信だけでなく弟の信繁も非常に優れた者だった、武田家はこの二人で見事に治まると誰もが確信していた。
しかしだ、それをなのだ。
「お館様はあの通りじゃ」
「二郎様ばかり可愛がられる」
「跡継ぎの太郎様についてはああじゃ」
「このままではよくないぞ」
「家にとってな」
実にと話すのだった、誰もが信虎のやっていることにどうかと思い晴信についていた。だがそれでもだった。
信虎の行いは変わらない、それで重臣である甘利虎廉や板垣信方は危惧を覚えてそれで秘かにだった。
信虎が可愛がっている信繁にこのままではと話した、すると信繁もまたこう言うのだった。
「実はわしもな」
「今の状況をですな」
「危ういと思われていますな」
「このままでは家にとってよくない」
「その様に」
「わしが家の主になぞとんでもない」
全く以てとだ、信繁は二人に言い切った。
「到底な」
「やはり家の主はです」
「太郎様であられるべきです」
「あの方が一番です」
「まさに」
「そうじゃ、わしも家の主は兄上しかないと思っておる」
晴信こそがというのだ。
「まさにな、だからな」
「お館様の為されていることは」
「一刻も早くあらためないといけませぬな」
「何といっても」
「左様ですな」
「そうじゃ、ここは兄上にじゃ」
当の晴信にというのだ。
「お話してじゃ」
「そしてですな」
「ここはどうすべきか」
「それを考えるべきですな」
「それもかなり真剣に」
「それしかない、このままではまさにじゃ」
信繁は二人に強い危惧を以て述べた。
「家が分かれるぞ」
「太郎様と二郎様に」
「そうなりますな」
「戦国の世の常で」
「そうなりますな」
「兄上と殺し合うなぞじゃ」
到底とだ、信繁は苦い声で述べた。
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