英雄伝説~灰の軌跡~ 閃Ⅲ篇
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第85話
その夜、演習地に戻ったリィン達は土産物を振舞いつつ、明日の話をした。
結社や猟兵達に関連して間違いなく何かが起こるだろう―――
既に教官陣は、生徒達全員にその事を前もって警告しており…………生徒達は緊張しつつもユウナ達の土産に盛り上がってから前日よりも早く就寝するのだった。
そして――――
既に生徒達や教官陣が明日に備えて就寝している中、まだ起きていて今日起こった出来事を思い返していたリィンは誰かが出ていく気配に気づき、様子を確かめるために列車を出ると物陰で誰かと通信をしているアッシュを見つけ、それが気になったリィンはアッシュに近づいた。
~演習地~
「――――おい、いい加減にしとけよ?そう毎度、テメエの思惑に乗っかってやるとは思うなよ?」
「ま、そうツンツンすんなって。」
(この声は…………)
アッシュと通信をしている軽薄そうな声に聞き覚えがあったリィンは目を丸くした。
「別にこちらはお前さんに強制するつもりは一切ないしな。―――それより、繋がったんだろう?サザ―ラントからフォートガードまでの線が。」
「ッ…………テメエの言う通りだ。所々、ポツポツと繋がってきやがった。裸足で泣き喚いて山道を歩いてた時、ジョボくれたオッサンに手を引かれたこと…………オッサンに連れられて夜行列車みたいなのに乗った事…………キラキラした所に来て…………”あの人”に紹介されて…………クク。どいつもこいつもお人好しっつーか。」
軽薄そうな声に指摘された唇をかみしめたアッシュは左目を抑えてかつての出来事を思い返していた。
「そうか…………ま、大方睨んだ通りだったか。」
「テメエ…………だったらなんでもっと早く―――」
「たとえオレが何か教えて、それでお前さんは納得できんのか?全てを自分の目で確かめる―――そういったのはお前さん自身だろう?」
「チッ…………―――まあいい、オレのスタンスは今までと変わるわけじゃねえ。今度は”黒幕”関係だ。出し惜しみするんじゃねえぞ?」
「あー、それについては微妙にハードルが高そうだが…………いずれにせよ、今回の演習じゃ大したネタは掴めないと思うぜ?明日は相当ヤバそうな感じだし、とっとと寝た方が身のためだろ。――――”そこの教官どのに指導されちまう前にな。”」
「!…………てめぇ、いつから…………」
軽薄そうな声の指摘に驚いて振り向いたアッシュは厳しい表情でリィンを睨んだ。
「…………この場合、謝るべきか問い質すべきか、どっちだろうな?それは軍用通信器か…………都合したのはレクターさんですか?」
アッシュに睨まれたリィンは苦笑した後通信器に問いかけた。
「アタリだ、いわゆる暗号回線でな。ちなみにミリアムは噛んでないから、適当に黙っててくれ。そんじゃあ、二人ともとっとと寝ろよー。」
軽薄そうな声―――レクター少佐はリィンの疑問に答えた後通信を切った。
「チッ…………マジでどっかから見てるんじゃねえだろうな?…………オイ。なんかねぇのかよ?」
「いや、別に…………元々ウサン臭い人だからな。何らかの形で関係者を送り込んでも不思議じゃないだろう。…………ただ、どうも君は情報局員という訳じゃなさそうだな?」
「ハッ、たりめーだ。そもそも便宜も図られちゃいねえ。オレが第Ⅱに合格したのは完全な実力―――カカシ野郎は関係ねえ。」
リィンの問いかけにアッシュは鼻を鳴らして答えた。
「そうか…………じゃあ、どうして?」
「フン…………個人的にどうしても知りたい事があってな。それを知る為の近道が第Ⅱにあるってあの野郎に囁かれたのは確かだぜ。」
「レクターさんがそんなことを…………さっき話が少し聞こえたが君が知りたいのは、ひょっとして――――」
「ハッ、テメエに話すことはねぇよ。…………それとも何だ?”聖女”あたりに突きだすか?」
「え…………」
アッシュの指摘にリィンは意味がわからず呆けた様子でアッシュを見つめた。
「カカシ野郎から情報を引き出す代わりに色々、調べものはしてたからな。言ってみりゃ情報局の隠しスパイ…………白兎よりもタチが悪いだろ。あのおっかないかつ高潔な分校長様が知ったら即刻、退学にでもするんじゃねえか?」
「…………くっ…………はははははっ!」
アッシュの推測を呆けた様子で聞いていたリィンは突然笑い始めた。
「おい…………」
「まさかとは思うが…………本気で言ってるんじゃないよな?大人びてると思ったが、自分のことになると意外と周りが見えなくなるというか…………」
「……………………」
リィンの指摘を聞いたアッシュは目を細めてリィンを睨んだ。
「悪い、そんな目で睨まないでくれ。――――そもそも教官陣や生徒どころか分校長まで他国所属の俺達がいる時点で情報局のスパイ云々は今更だろう。第一、あの分校長がそれを知って君を辞めさせたりすると思うのか?」
「…………そいつは…………」
「断言するが、”あり得ないな。”むしろ面白がってとことんやれまで言いかねない。いや、いつでも寝首を掻いてこいとか、言いだしそうな気も…………」
「やめろっ、想像しちまうだろうが…………!ったく、これだから常識の通じねぇ連中は…………―――だったら、”リィン教官。””アンタ”はどうなんだ?処分の目がないとはいえ心情的な問題はゼロじゃないだろう。オレは、オレ自身の知りたい事のために情報局を利用して第Ⅱに入った。Ⅶ組入りを決めたのも百パーそうだ。そんな性根の、クソ生意気な問題児を入れておくメリットなんざどこにある?」
「メリットが無ければ担任として教えたらいけないのか?」
試すような視線で睨んでくるアッシュの問いかけに対してリィンは静かな表情で問い返した。
「俺はさ、アッシュ。自分がここまで来れたことに感謝しているんだ。そりゃあ、嫌だったさ。あんなに仲が良かった特務支援課のみんなと数ヶ月で離れ離れになったのは。内戦以降関わるつもりがなかったエレボニアの政府に灰色の騎士なんて持ち上げられたのも。もっと言えば、捨てられて拾われて、気味の悪い力を持っていた事も…………―――でも、それらが何の意味もない、無駄なことだなんて思いたくはない。君だってそうなんじゃないか?」
「っ…………!……………………」
リィンの指摘に対して息を呑んだアッシュは目を伏せて黙り込んだ。
「…………君の”事情”は知らない。だが、育ててくれた人の愛情はわかる。何だかんだ言って面倒見いいしな。仲間のフォローもちゃんとするし。」
「ハッ、そんなの……………………」
「君のありとあまるスペックからすればどうってことない、か?ちなみに君は大したヤツだとは思うがそれぞれ上には上がいるぞ?クルトは壁を感じているみたいだが間違いなく剣士としては天才だろう。ユウナもあれで、警察学校を卒業した、タフさも粘り強さもある有望株だ。アルティナは生徒の枠に囚われなければトップクラスのエージェントでもある。ゲルドは予知能力を抜きにしても、魔術師としては天才だろう。ミュゼは…………まあ、コメントは控えておこうか。」
「クク…………ま、わかるけどな。」
ミュゼだけ評価しなかったリィンの心情を察していたアッシュは口元に笑みを浮かべた。
「まあ、言いたいのは、君も間違いなく彼らから影響を受け、また与えているってことさ。それを是とするか非とするかはあくまで君自身の問題だろう。だが、そこに少しでもメリット以上の”意味”が見出せそうなら―――Ⅶ組特務科という集まりに、君の”居場所”がありそうだったら。俺はその手伝いをしたい―――ただ、そんな風に思っている。」
「ぁ…………ククッ…………―――ハハハハハッ…………!はぁ~あ…………クセぇ、クサすぎる!何でこの俺がこんな青春ドラマにつきあわされてんだっつの…………!」
リィンの指摘に一瞬呆けたアッシュは声を上げて笑った後苦笑した。
「君のⅦ組編入を決めたのは分校長だから、文句はそちらにな。――――ちなみに俺の意見を言えば、アッシュが入ってくれたのは嬉しいぞ、社交辞令とかじゃなく。」
「キモいんだよ…………ったく。―――今日のところは大人しく引き上げて寝ててやるよ。アンタの自分を曝け出すやり方に先制されちまったみてぇだからな。」
「時と場合によるさ。絶好のロケーションでもあるし。」
「ハッ、言ってろ。―――明日はどう考えてもヤベエんだろ?”俺達”Ⅶ組を率いるつもりがあるならとっととアンタも休むんだな。」
「…………ああ。おやすみ、アッシュ。……………………―――それで、”君の方”はいつまで起きてるつもりだ?」
その場から去って行くアッシュを見送ったリィンはその場で黙って考え込んだ後後ろへと振り向いて目の前の大きな木に語り掛けた。
「クスクス…………バレちゃいましたか。」
すると木の物陰からミュゼが姿を現してリィンに近づいた。
「えっと、別に立ち聞きしようとしていたわけではないんですよ?ただ明日のことが心配で目が冴えたので潮風に当たりたくて…………って、アッシュさん相手とあまりに態度が違いすぎません?ハッ、もしかして―――」
リィンと対峙して理由を説明したミュゼだったが何も語らずジト目で自分を見つめるリィンの態度に困惑した後ある事を察してその内容を口にしようとしたが
「そういうのはいいから。…………わかってると思うがくれぐれもアッシュのことは―――」
リィンが制止してミュゼに口止めを頼んだ。
「ここだけの秘密、ですよね。個人的に、アッシュさんの経歴に興味は出てきてしまいましたが…………少しだけ我慢することにします。」
「ああ、そうしてくれ。…………君にかかったら大抵のことは丸裸にされてしまうんだろうからな。」
「あら…………ひょっとして教官…………先程の話、私にも聞かせていました?」
「君の気配はわかったからな。さっきアッシュに言った、互いに影響を受け、与え合う関係…………―――いうまでもないだろうが君に対しては、少し違った意味がある。」
「……………………」
「この2週間…………担任として接して改めて確信したよ。秀才かつ天才的なクルトよりも、才能の塊みたいなアッシュよりも。人間として力強いユウナよりも、特異な経歴を持つアルティナやゲルドよりも。―――君は普通じゃないな。あらゆる意味で、空恐ろしいほどに。”あのレン教官”が君の事を相当高く評価していた”真の理由”も今ならわかるよ。レン教官と君は”似た者同士”だからこそ、君の”空恐ろしいほどの普通じゃない所”を悟っていたのだろう。」
「……………………」
リィンの評価に対してミュゼは何も答えず静かな笑みを浮かべてリィンを見つめていた。
「君の蠱惑的な言動、ちょっとした冗談やおふざけ、一挙手一投足に至るまで―――全てが俯瞰され、計算された上でどう因果が巡るかまで君には視えている。あくまで自然に、君自身が楽しみながら。アッシュが女郎蜘蛛なんて君のことを揶揄していたが…………そんなレベルじゃないだろ。さしずめトップクラスのプロのチェスプレイヤーのように…………何千手、何万手先まで読んで望む盤面を引き寄せようとしている。―――そうじゃないか?」
「…………正直、驚きました。教官の聡明さはもちろん、ある程度は把握していましたけど。――――まさかそんな形で”斬り込んで”来られるなんて。」
リィンの推測に対してミュゼは静かな笑みを浮かべて答えた後意味ありげな笑みを浮かべてリィンを見つめた。
「ッ…………!?」
(アイドス様…………今、ミュゼさんの雰囲気が…………)
(ええ…………恐らくあれが”本当のミュゼ”なのでしょうね。)
ミュゼの雰囲気が変わった事にリィンが驚いている中、状況を見守っていたメサイアの推測にアイドスは静かな表情で頷いた。
「”八葉一刀流”でしたか…………そのあたりの心構えなのかしら?”私”という人間を捉えるのに特殊な視方をされたんですね…………?」
「…………”観の眼”といってね。あらゆる先入観を排し、あるがままを見て本質を捉えようとする…………(くっ…………なんだ?頭が痺れるように甘い…………)」
一歩自分に近づいてきて問いかけたミュゼの問いかけに対して答えたリィンだったが内心体調に何かの違和感を感じていた。
「ふふっ、そうですか…………極めれば何事も”理”に通ずる…………やはり欲しいです。灰色の騎士としてではなく、先輩の大切なお兄様としてでもなく、姫様の伴侶としてでもなく。教官のことを―――教官の心も魂も…………」
「っ…………!」
「あ…………」
意味ありげな笑みを浮かべてリィンに迫ろうとしたミュゼだったが我に返ったリィンによって止められた。
「ふう………危ない危ない。―――今更かもしれないがあんまり大人を揶揄うんじゃない。相手によっては冗談にならないことだってあるんだぞ?」
「……………………ふふっ、失敗しちゃいました。以前、尊敬する方の一人に教わった”殿方を虜にする魔法”だったんですが。」
リィンの忠告に対して真剣な表情で黙ってリィンを見つめていたミュゼだったがすぐにいつもの調子に戻って答えた。
「え。」
「うーん、やっぱり香りも重要みたいですねぇ…………あのラベンダー…………何とか取り寄せられないかしら?」
「君は…………いや―――」
ミュゼと対峙していたリィンはふとクロチルダの事を思い浮かべた。
「ふふっ、別にゲルドさんみたいに”魔女”を気取っているわけじゃありません。ですが以前、”とある”機会にお話しすることがあっただけで…………これ以上はヒ・ミ・ツです♪」
「…………ハハ…………―――わかった。そこの詮索は止めておこう。さあ、そろそろ寝た方がいい。明日は多分、早いぞ。」
「ふふ、わかりました♪教官が添い寝してくださったらグッスリと…………」
「しません。ほら、良い子だから。」
「うーん、なんだか父親モードになられてしまったような…………まあいいです。それでは教官、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
そしてミュゼはその場から去ろうとしたが
「――――そうだ、最後に一言だけ。」
「…………?」
リィンに呼び止められると立ち止まって不思議そうな表情でリィンを見つめた。
「互いに影響を受け、与え合う関係…………いくら君がそれを”制御”できたとしても受ける影響はゼロではいられない筈だ。その意味で、見守らせてもらうよ。君とⅦ組のみんなを、これから先も。」
「あ…………よろしくお願いします。リィン教官。」
その後ミュゼが列車に戻るのを見送ったリィンも列車に戻ろうとしたが、海岸から吹く潮風と共に聞き覚えのある歌声が聞こえ、それが気になったリィンが海岸に近づくとゲルドが一人海に向かって歌っていた。
「―――――――♪」
(………なんて綺麗で心が洗われる歌声だ…………ゲルドが歌う歌がオペラ歌手並みに上手である事はセレーネから聞いてはいたけど、まさかこれ程とは…………)
海に向かって歌い続けているゲルドの歌声を近くで聞いたリィンはゲルドの歌が終わるまで心の中でゲルドの歌の上手さに感心しながら歌を聞き続けていた。
「―――――――♪ふう…………え…………」
歌い終えたゲルドは一息ついたが、後ろから聞こえてきた拍手を聞いて呆けた様子で後ろに振り向くとそこにはリィンがいた。
「ハハ、途中からしか聞いていなかったが、いい歌だったよ。もしかしてゲルドの故郷の曲か?」
「ううん、『時の向こう側』という歌で私を育ててくれたお祖父ちゃんが私に教えてくれた歌よ。」
「へえ…………という事はゲルドの育ての親である祖父は作曲家か?」
「ううん、確かにレオーネお祖父ちゃんは作曲もするけど楽器や歌も上手いからお祖父ちゃんは”音楽家”よ。」
「”音楽家”…………道理でゲルドは”歌”もそうだが、音楽に関する成績も評価が高い訳だな。」
ゲルドの育ての親を知ったリィンは納得した様子でゲルドを見つめた。
「ふふっ、お祖父ちゃんは昔、世界でも有名な音楽家だったから、そんなお祖父ちゃんに育てられたのだから私の音楽の成績が良い理由は間違いなくお祖父ちゃんのお陰だと思うわ。」
「そうか…………演奏家のエリオットが知れば、そのお祖父さんの事について色々と聞いてきたかもしれないな。……………………」
ゲルドの説明を聞いたリィンはエリオットの事を思い浮かべて苦笑した後気を取り直して静かな表情でゲルドを見つめた。
「?どうしたの、リィン教官?私に何か聞きたい事でもあるのかしら?」
「………君の担任になって1ヶ月、君と接してきてずっと気になっていたんだが…………――――どうして君はそんなにも”優しくあり続けられるんだ?”」
「えっと………それってどういう意味?」
「異世界であるゼムリアに来たばかりの君が第Ⅱ分校への編入を希望した理由、そしてブリオニア島でのあの謎の少女との邂逅での出来事………それらは全て君の予知能力によって視えた未来の俺達の戦いに備えたものだ。なのにゲルドは故郷も存在しないゼムリアの為に…………そして会ったばかりの俺達の為に、どうして惜しみない協力をしてくれるんだ?」
「………………………………」
リィンの問いかけに対してゲルドは何も答えず、静かな表情で神秘的な雰囲気を纏ってリィンを見つめ
「…………ゲルドが以前いた世界ではゲルドは何らかの出来事によってその若さで命を失っていた事もエリゼ達から聞いている…………もしかしてその若さで命を失った理由もその”優しさ”が関係しているんじゃないか…………?」
「…………ふふっ、私が”優しい”かどうかはともかく、私が私がいた世界に住むみんなの為に命を失った事は間違っていないわね。」
核心をついたリィンの推測に目を丸くしたゲルドは苦笑しながら驚きの事実を口にした。
「!それは……………………まさか君の視た未来には、かつての君のように何らかの理由によって君が俺達の為に命を落とす未来まで視ているのか?」
ゲルドの話を聞いたリィンは血相を変えた後ある可能性に気づいた真剣な表情でゲルドに問いかけた。
「それは大丈夫よ。今後起こるであろうあらゆる”可能性”を視てみたけど、全てヴァイスハイト皇帝達が異世界――――ディル=リフィーナから呼び寄せてくれた”あの人”が”本来訪れるはずだった終焉へと導く運命”をその人に宿る”正義の意志”によって全て浄化される未来しか視えないもの。」
「そうか…………(ヴァイスハイト陛下がディル=リフィーナから呼び寄せた人物でその人物に宿る”正義の意志”…………まさか…………セリカ殿の事か!?)…………まあ、それはそれでいいとして…………その件とは別に担任として、そして”Ⅶ組”と”特務部隊”の関係者としてゲルドに言っておくことがある。」
「?」
「――――例え今後どのような辛い未来が待っていたとしても、決して以前ゲルドがいた世界の時のように自分を犠牲にする事は担任として、そして仲間として俺―――いや、”俺達”が許さないし、絶対にそんな事はさせない。だから、何かあったら一人で抱え込まずに俺やセレーネ、それにユウナ達やリウイ陛下達でもいいから、必ず誰かに相談してくれ。かつてのゲルドはどんな生き方をしたのかわからないが…………今のゲルドは俺達を含めた多くの人達の”輪”の中にいるんだから、ゲルドがその”輪”から外れる事は俺達は誰も望んでいないし、そんな事が起こったらみんな悲しむからな。」
「ぁ……………………」
リィンに頭を撫でられたゲルドは呆けた表情を浮かべてリィンを見つめ
「――――うんっ!」
やがて笑顔を浮かべて頷いた。
その後リィンはゲルドと共に列車に戻ると部屋に戻って明日に備えて休み始めた。
~東ランドック峡谷道~
一方その頃峡谷道の開けた場所で戦っていた”北の猟兵”と”ニーズヘッグ”は笛の音が聞こえると戦闘を中断して対峙していた。
「まさか我らがここまで押されるとはな…………今回ばかりはそちらの執念勝ちのようだ。」
北の猟兵達と対峙していたニーズヘッグの猟兵の一人は自分達が戦った猟兵達に対する感心の言葉を口にした後何かの紙を北の猟兵達の足元に投げた。
「政府からの依頼書…………悪いが処分させてもらうぞ。」
足元に投げられた紙を拾って確認した北の猟兵はライターで紙を燃やした。
「フン、違約金の補填をどうやってまかなうか…………」
「せいぜい雪辱を果たすがいい。我らに与えた損失を数十倍にするくらいのな。」
「フフ、そのつもりだ。」
「お前達とも長い付き合いだ。願わくばこれが最期の機会であって欲しいものだな。」
そしてニーズヘッグの猟兵達はその場から撤退し始め
「作戦完了―――これより最終作戦に入る!既に我らは死兵!恐れるものは何もない!見せてやるぞ…………!ノーザンブリアの最期の誇りを!」
「おおお…………っ!」
ニーズヘッグの撤退を確認した北の猟兵は仲間達に号令をかけた後どこかへと向かい始めた。一方その様子をアガットとトヴァルが丘の上から観察していた。
「おい、コイツは…………!」
「ああ…………ヤバイことになってきやがった。元”北の猟兵”…………帝国政府もそうだが、実際に占領した貴族たちの軍もさぞ恨んでいるだろう。」
「チッ、そいつらがこんな場所で何をするか―――」
北の猟兵達の今後の動きについて話し合っていた二人はすぐに北の猟兵達の狙いを悟って血相を変えて互いの顔を見合わせた。
「例の放蕩侯爵が造らせたアレ、保管場所はどこだ…………!?」
「待ってくれ、今確認を…………!っ…………通信が利かない!?」
アガットに訊ねられたトヴァルはARCUSⅡを取り出して通信をしようとしたが、通信ができず驚いていた。
「フム………そろそろ頃合いか…………」
一方他の場所で何かの装置を背後に置いて猟兵達の動きを観察していたガレスは望遠鏡を取り出してある方向――――新型の列車砲が保管されている場所を見つめると北の猟兵達の襲撃によって劣勢になっているバラッド侯爵の私兵達がいた。
「――――やるな。どうやらこちらが手を貸すのは最後の詰めだけでよさそうだな…………」
「フフ…………通信波妨害装置も成功だね。」
ガレスがその場で今後の事について独り言を呟いているとカンパネルラが現れた。
「――――来たか。」
「フフ、彼女達の方も来たみたいだし、ちょうどいいタイミングだったみたいだね。」
ガレスの言葉を聞いたカンパネルラが視線を向けるとバラッド侯爵の私兵達を制圧し、列車砲を占領した北の猟兵達がそれぞれ配置につき、更に夜闇の中に神機が現れていた。
「さてと、夏至の夜を邪魔しないよう、忍び足でコッソリと始めようじゃないか。」
そして翌日の早朝、リィン達の想定以上の”非常事態”が起こった――――!
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