徒然草

五十．応長の比　

五十．応長の比　
　応急といいますのはかつて伊勢の方から女が鬼に化けてしまったのを連れて都にあがってきたというしらせがありましてその頃も二十日位になると日に日に京都や白川の人が鬼を見に行くと言ってそぞろ歩きをします。昨日には西園寺に窺っていたとか今日のオには帝の院に窺うだろうとか今先程は何処そこになぞと言い合っていました。ですが確かに鬼を見たという人もなくそら言だという人もいません。身分の高い人もそうでない者も関係なく鬼の話ばかりしていてきりがありません。
　その頃東山から安居院の辺りへ出掛けたのですが四条通りから上の方にいる人が皆北を目指して走っていきます。一条室町に鬼がいると騒いでいます。今出川の辺りから見渡していますと院の板張りの見物席の辺りにはそれ以上に通る隙間もなくごった返していました。こんなふうになってしまうからには何かりゆうがあるのではと思い人をやって見に行かせますと鬼と逢ったという人がいません。日が暮れるまで大騒ぎして挙句には殴り合いまで起きて驚くする出来事でありました。
　その頃世間には広く二日か三日病で寝込む人がいましたがあの鬼のそら言はこの病の前触れだったのだという人もいました。そう言われてみるとそんな気もします。


応急の比　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００９・６・５