人理を守れ、エミヤさん!
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開戦!二極戦線オケアノス
前書き
スマホ替わったせいで頂いてた挿絵が全失……。
ごめんなさい。
開戦! 二極戦線オケアノス
「そら野郎共! 行くよ、突貫だぁ!」
黒髭の喚び出した低級霊は雲霞の如く敵船へ攻め込んでいる。しかし英雄船は巧み極まる帆の操術で風を掴み、波に乗り低級霊が接近する前に航行して間を外される。その間に一掃されるのだ。
英雄船より放たれる射撃。魔女の魔力砲撃は、海面をも蒸発させる五条の熱線である。触れれば英霊であっても、対魔力が無ければただでは済まない。そして擲たれる無数の名も無き槍は『輝く兜』が放っている。本来ならクー・フーリンの投槍にも劣らぬ技巧と威力は、残留霊基へ劣化した故に翳っていても、雑兵如きに遅れを取る霊基ではない。
そして――雑魚を散らすのに難儀する『神の栄光』の名を担った巨雄に非ず。姿はそのままに、半神ヘラクレスに伍す巨躯へ膨張した真紅の弓兵が、霰のように大矢を速射していた。
これによって黒髭の軍勢は瞬く間に狩り取られていた。無尽蔵に召喚されては全滅し、『アン女王の復讐号』と『黄金の鹿号』による砲撃、赤い弓兵と鉄心の弓兵による射撃、彼らの投影した無銘の槍を放つ光の御子の投槍も、危なげなく撃墜されている。
壮絶なる射撃戦の影に隠れがちではあるが、手数で勝るカルデアに英雄船が引けを取らないでいられるのには、嵐の中であっても曇る事なき帆の操術――英雄船を巧みに操船する英雄間者イアソンの存在が大きかった。
このままでは埒が明かない。いずれ太陽の国を陥とす事となる女が気勢を上げる。白兵戦を挑もうというのだ。ネロは戦局を見据え『原初の火』の柄を握りながら確認した。
「マシュ・キリエライト!」
「は、はいっ!?」
「そなたは余の守護を託された。そなたに余を守り抜ける自信はあるか?」
「わかりませんっ」
即答でマシュが応じる。直後に狼狽えたように付け加えた。
「でも、頑張ります!」
自信がある、ないではなく……頑張る。それにらしさを感じたネロは微笑んだ。
守護の任に自信があってもなくても、直向きに打ち込まんとする体当たりな姿勢。生来のものかそれとも士郎に鍛えられた故のものか。付き合いの浅いネロ故にそこは判然としない。しかし好ましく感じられる。
「それでよい。余の命、そなたに預ける。代わりにそなたの命も余に預けよ。互いの命が己のものではなく、互いが守り合うのであれば、即ち! 余らは無敵である!」
「は、はいっ!」
「ふふふ、愛い奴よ……シェロは善き者に慕われるな。では往くぞ、乱戦になる故に細々と指示は出さぬ。各自全霊を賭して奮起せよ! 人類の興廃この一戦に有り!」
不敵に笑って錬鉄の弓兵が『黄金の鹿号』へと飛び移る。彼だけではない、玉藻の前もそちらに移った。白兵戦に移行するのなら、サーヴァントを二手に別けてドレイクを護らねばならない。彼女を死なせる訳にはいかないのだ。ドレイクが守る必要のない女傑である事は考慮に値せず、故に守戦に長けたエミヤと回復役の玉藻の前が彼女の近衛となる。
ネロの下にいるのはマシュ、アイリスフィールと黒髭。黒髭が微塵の弛みもなく裂帛の殺意を吼える。それは大海賊の本気、全身全霊を振り絞る正真正銘の全力である証左だ。
剥き出しの上半身、鍛え上げられた筋骨が膨張し、凄絶な眼光が光る。右腕には鉤爪のついた手甲を、左手には拳銃を。静電気に弾かれたように黒い髭が尖り、無造作に切られていた髪が俄かに総毛立つ。
「――華の殺り合いだ、この黒髭の首ぃ、簡単に奪れると思うなやぁッ!」
嵐の航海者、黒髭の旗艦が海賊の誉れを謳い、太陽を落とす女に先んじて切り込んだ。英雄船の船首に正面から突撃し、超質量同士がぶつかり合う。瞬時に二体一対の女海賊と血斧王が飛び込んできた。マシュが咄嗟に迎撃せんとするのを、黒髭が骨太に笑って制し自ら突貫する。
「俺の獲物だ、お嬢さんは別に当たりなッ!」
自らの獲物と定めたのは嘗ての部下。黒髭の旗艦に乗り込んで、着地してくるなり長身の女アン・ボニーの顔面を殴り飛ばす。
鉄拳が女の残留霊基を吹き飛ばし、銃口を向けて射撃した。させじと矮躯の女賊メアリー・リードがカトラスで斬りかかってくるのを手甲で受け止めた。隔絶した筋力差、踏んだ場数と海賊としての格――サーヴァントの残骸である彼女たちと比較するのも烏滸がましい。手甲で刃を受けるやその腹に情け容赦なく蹴撃を叩き込んで吹き飛ばし、血斧王の大斧の一撃を飛び退いて回避する。
メアリーを蹴り抜いた脚には浅い切り傷があった。メアリーもただでは蹴り抜かれず、その脚を切り裂いていたのだ。しかし微塵も痛痒を覚えた様子はなく、連続して銃撃をアンに浴びせながら哄笑した。悉く回避するアンの踊るような体捌きなど気にも留めず。
大海賊の気炎が彼を巨大化させているようだった。陽炎のように立ち上る気迫に、味方であるはずのマシュは気圧される。これがあの、終始ふざけていた黒髭なのか? まるで別人のようで、故にこそエドワード・ティーチが如何に怒り狂っているのかが分かる。
「彼奴らは黒髭に任せる。来るぞマシュ! 余も援護する、往け!」
続いて飛び込んできたのは――双巨斧を操る牛面の怪物であった。女海賊らと血斧王を合わせてなお凌駕する神話の反英雄、迷宮の主。
その異様なまでの威容にマシュは歯を食い縛り大楯を構えた。そのマシュの霊基に魔術が装填される。ネロが魔術礼装の機能を起動して少女の身体能力を向上させたのだ。襲い掛かってくる怪物の斧と、強化されてなおマシュを大幅に上回る怪力が彼女の全身を震えさせた。
「エ■……■■ア、レ……■■■■■■――ッッッ!」
「くぅっ!?」
護る者故に伝わる無念と猛り。死してなお、消える事のない怨嗟と慟哭。死してなお護ろうと奮い立つ雷光の巨力にマシュもまた応じた。
「負け、ない……! 私は……絶対負けないッ」
一歩も退かぬと足に根を張り、濁流の如く振り掛かられる双巨斧の乱打を捌き、逸らし、打ち返す。切り結ぶ両雄の剣戟は莫大な衝撃の坩堝を生み、足場の甲板が軋み、ひび割れる。
必死に護ろうと怨嗟する怪物。必死に護ろうと奮起する少女。桁外れの怪力にマシュの手が痺れる、マシュの顔が苦痛に歪む。されど退かぬ、絶対に退けない。幼子のように狂い哭く怪物の、怒濤の連撃は加速する。ネロが『原初の火』を振りかざし踏み込んだ。神祖に与えられたが故に保有するスキル『皇帝特権』による剣術の取得、達人に迫る剣撃が怪物を痛打した。
苦悶しながらも怯まずに応じる雷光が悲憤に猛る。「■■■■■■――!!」だが薔薇の麗人は雪花の楯に微笑みかけた。「そなたは一人ではない、共に守り合いこの敵を制覇してくれよう!」マシュは汗を浮かべながらも安堵も露に頷いた。心強い仲間だ。
――英雄船より『兜輝くヘクトール』が降り立った。
はためく深紅のマント、油断なく携えられた極槍、表情のない瞳。狙いは護る者のいない聖杯の嬰児だ。毅然と己を睨み付ける彼女に向け遊びのない槍の煌めきが照準される。――そこに飛来する剣弾の霰。己の五体を針鼠とする剣弾を、彼は無造作に振るった極槍で撃ち落とす。
ちらりと視線が黄金の鹿号に向く。マストの上に立ち己を視る鷹の目と視線が絡み合った。射撃の精度、威力、数。それらから下手に聖杯の嬰児を狙えば鷹に啄まれるのは己だと理解した大英雄が跳躍した。槍兵の座に恥じぬ軽やかな体捌きを以て、大英雄の残骸が黄金の鹿号に移動する。
「――いきます! 一合、二合、大・天・罰! これが私の、奥の手です! 弁明無用、浮・気・撲・滅っ! またの名を、一夫多妻去勢拳!」
応じて踏み込んだのは慮外のサーヴァント、玉藻の前。魔術師の座にあるまじき近接への挑戦。執拗なまでの蹴撃は、されど悉く防がれ、透かされ、逸らされた。反撃の極槍が唸る、絶死の黄閃は一撃で巫女を殺すだろう。咄嗟に玉藻の前は自らの手に呪を纏い受け止めた。
呪層・黒天洞、防御の要。しかし玉藻の前は戦士に非ず、卓越した槍の閃光は二回辛うじて凌いだ玉藻の前の防禦を破り、両手が上方に弾かれ無防備な胴を晒してしまう。ぎくりと硬直する玉藻の前を屠らんと極槍が唸り、させじと剣弾が飛来する。
弓兵が一喝した。
「戯け! 何をしている!? 早く下がれ、キャスター!」
「言われずとも! ……えーん! そういえばこの方、押しも押されぬ愛妻家でした!」
飛び退き様に放たれるは呪相・密天。圧縮された風の弾丸がヘクトールに殺到する。ヘクトールは瞬時に槍を旋回させて風の呪詛を払い、一撃が通らない。そのまま剣弾も悉く払い落とし、槍を回転させた勢いを殺さず黒弓を握る弓兵へと投擲した。
咄嗟に黒弓を破棄し双剣を投影したエミヤは極槍を防ぐ。真名解放せず、予備動作もない、威力の低いはずの投槍は、しかし鉄壁を誇るエミヤをマストの上から叩き落とした。
しかし極槍を投げ放ったヘクトールは徒手空拳である。部下を下がらせた女海賊フランシス・ドレイクが、二挺の拳銃を以て銃撃を撃ち込む。確実に的中させられる、その確信は――しかし神々の予測すら容易に裏切り、あわや勝利の寸前まで祖国を導いた英雄に阻まれる。
具現化する輝く兜の偉容。頭部を覆い、その身を固めるのは黄金の鎧だ。パトロクロスを討ち取り、戦利品として獲得した『アキレウスの鎧』である。エミヤを甲板に落とし、虚空に在った極槍が落下してくるのを掴み取ると、大英雄は微塵の己を囲む二騎と一人を見据えた。残留霊基とは思えぬ、測り知れぬ威圧感に戦慄が過る。
「――」
そして。
それぞれがそれぞれの敵手と相対する中、英雄船に切り込んだのは冬木三騎士。
ブリテンの騎士王、アルトリア・ペンドラゴンの反転存在。攻撃力の一点ならば青き騎士王をも上回る暴竜の化身。
アイルランドの光の御子、クー・フーリンの全盛足る姿。生前の力に限りなく近い光輝の英雄。
錬鉄の英雄その人でありながら別人であり、英霊ですらなく生身の人間でありながら、誰しもが認める鉄心、衛宮士郎。
対するはギリシャ神話最大にして最強の英雄、ヘラクレス。その反転存在であるアルケイデスはしかし、その身の丈を半神ヘラクレスに並ぶ程に膨れ上がらせ、痩せていた五体には強靭な筋肉の鎧が纏われていた。
発する力の武威は『神の栄光』にも劣らない。霊基が損壊していながら存在の劣化は見られず、寧ろ増大すらしているではないか。漲る覇気は純化され、背後の友の亡骸を護るようにして立ちはだかっていた。
ヘラクレスなのか、アルケイデスなのか。判じる術はない。ただその手にあるのは弓ではなかった。魔大剣でもなく、在るのは――柱のような巨槍である。オルタが油断の欠片もなく警告する。
「気を付けろランサー。あれは――最果ての槍だ。西の世界の果てとされた『ヘラクレスの柱』だろう。……シロウ、」
「分かっている。メディアとイアソンに邪魔されるのは面白くない。確実にいく」
迸る魔力はカルデアからの供給である。彼の改造した戦闘服、ダ・ヴィンチの発明した射籠手より、士郎はマスターの身でありながら潤沢な魔力を得られていた。
故に最大且つ最強の敵を戦場から切り離し、隔離する一手を躊躇いなく打つ。己へ掛かる負荷など度外視してでも。
そしてそれを止める者などこの大敵を前にいるはずもなく――
詠唱を終えてよりやって来ていた士郎が、中断していた力ある呪文を唱える。
「my flame never ends (この生涯は未だ果てず)――」
「My whole body was (偽りの体は)」
「still (それでも)」
「――unlimited blade works" (無限の剣で出来ていた)」
――炎が奔る。大禁呪の異界が現実を塗りつぶす。捉えるは己と二騎の英霊と、そして『神の栄光』である。
辺りの大海原は駆逐され、在る世界は剣の丘。晴れ渡る蒼穹に廻る歯車を背に、世界の主は微塵の油断もなく鉄心の光を瞳に宿し、全力で挑まねばならぬ大敵を睨み据えた。
「往くぞ、ヘラクレス。宝具の貯蔵は充分か?」
――二極化した戦線の一角は、たった一騎を相手にした死闘であった。
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