人理を守れ、エミヤさん!
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大・天・罰!戦慄する士郎くん!
「ランサー、火をくれ」
「あ? お、おう……」
何処とも知れぬ小島である。とてもではないが第二特異点の時のように狩りを行い、豪快な野戦料理を行うのは無理があった。
元より野営は避けられないのが人理修復の旅。ならば最高の調理器具と食材を携帯するのは必須の心意気……! 基本なんでも出来るケルト戦場型万能ロボ・猛犬がいれば薪やライターは不要、ルーンで火を熾せてしまう。
俺は何者にも有無を言わせぬ重圧を放ちつつ、投影したフライパンやら包丁やらを使って料理を始めた。その際にアーチャーに俺のとは別の品を調理してもらう。ふ、付いて来れるか? テメェの方こそ付いて来やがれ――! お約束のやり取りで妙な満足感を二人して得つつ、アーチャーと俺は無敗の料理王へと登極する。補助は玉藻の前とクー・フーリンだ。
いざ鉄火のIKUSABAへ。最早何者も俺を止められはしねぇ……!
「きゅん♥ ってなってしまいそうなガチ・モードっ。ごくり、勉強させていただきますっ」
玉藻の前の声など聞こえぬ。俺はまず、海水を濾過させて用意した真水を沸騰させ、玉藻の前に冷やしてもらう。その真水でじゃがいもを洗い、皮をつけたまま親指の先ほどのサイズに角切りして鍋に入れ、鍋を火のルーンの上に置いて中火にしてもらう。こうして粉吹き芋を作るのだ。
気を付けねばならないのは決して焦がさないこと。火加減、茹でる時間、全てが計算尽くでなければならない。
そしてソーセージ野郎とベーコンさんを、適度な大きさにスライス。これまた中火で温めたフライパンにオリーブオイルとニンニクを投入する。香りが出てくるや、即座にソーセージ野郎とベーコンさんをこんがり炒めフライパンの中で挙式させる。仲人はフライパンだ。
頃合いを見計らい、粉吹き芋を投下。塩コショウで味付けをしながら挙式に乱入させる。お前のベーコンさん(新婦)は俺のものだと叫ばせるのである。ソーセージ野郎(新郎)が怒ったら即火を切り、粉末状のマスタードを仲裁人として追加して和え、もう全員結婚しちゃいなYO! と微塵切りにしたパセリを品に掛けて終了。
まずは一品ジャーマンポテト! 大所帯だからこれだけでも大変なのだ!
「胡椒をそんな贅沢な使い方をしていいのかい……!?」
まだだぜ、ドレイク。ま だ だ!! お次は鶏肉をカリッカリに焼いて、ネギ塩のレモンソースを掛けた奴を、ヤるッ!
ジャーマンポテトを作りながら、平行して用意していた別のフライパンやらの調理器具。温めておいたそれに皮を下にして鶏肉を焼く。カリカリに焼けたら反対も。
人数分を焼いている途中にも手は止めない。ネギ塩のタレが求められる。俺が求める。ネギを比喩的な意味の音速で微塵切りにし、ボウルに胡麻油と塩コショウをぶちこんでかき混ぜ、これを更に別のあったかフライパンに投下。火加減は徹底して中火、ネギ塩のタレを適度に炒めレモン汁を投入。これが煮詰まればタレは完成し――ピッタシ鶏肉が焼き上がる。
皿を投影。消せば洗う必要なしな代物だ。投影は実際かなり便利である。
カリッカリに焼いた鶏肉をカットして、その上にタレをかけ、スライスしていたレモンを飾って完成。俺とアーチャーで手分けして投影しておいたフォークとナイフ、テーブルと椅子。そのテーブルの上に並べていく。アルトリアがごくりと生唾を呑んだ。
アルトリアの繊細な舌、オルタの好む雑味、ドレイクの時代では王家すら無理な豪華料理。皆満足俺満足。トドメはこれだ。ドイツ本場仕込みのジャーマンポテトと言えばギンギンに冷えたビールが無ければ画竜点睛に欠くというもの。なおドイツのビールは冷たくないので日本基準のビールだ。
これがあれば荒くれ者の海賊一発昇天俺成仏。酒! 飲まずにはいられない! ただし未成年のマシュはお預けである。是非もなし。オレンジのジュースで勘弁してくれ。
「実際問題、酒やら食材やら、よく持ってこれるな……」
「武器よりこっちの方が重要だからな。過酷な戦場には豊かな食事がなければ堪えられないだろ。で、アーチャーは出来たか」
「無論だ。貴様のレシピは横目で一瞥しただけで把握できた。ならば私はそれらに反発せず、調和し、しかし相乗効果を生むものを創るまで」
言って、エプロン装備のアーチャーも手慣れた動作でテーブルに品を並べていく。
こっ、これは!? 千切りにしたキュウリとタマネギ、ニンジンの上に刺身風に切ったローストビーフッ! 炒めたニンニクを肉の上に飾るニクさ……。やりおる。そして本格派のエビピラフで米好きに対応、更にパン好きの為にロールパンにハムマヨだと……ふ、ふふふ。見ただけで分かるレシピ。解析の魔術を舐めるなよ……それはそれとして俺に並ぶのはやはりこの男ぐらいか……!
長テーブルに就いた各々は、既に我慢の限界に達しようとしていた。というかドレイクの部下が多すぎて滅茶苦茶時間かかったし大変だったんですが。下手をしなくとも、アルケイデスと戦った時より余裕で時間を食っていた。
「それでは各々のやり方で、『いただきます』」
おう! いただきます! 待ってたぜ! そんな野太い声と可憐な声音に。同じ顔の男が二人、互いの健闘を讃えて熱い握手。さて俺達も食おうぜと、お互いの味を水面下で比べる。
ビールに肉に米にパン。野菜もちゃっかり入ってるニクい心意気。マシュとアルトリア、オルタが舌皷を打ち、もっきゅもっきゅと食べる姿に俺ほっこり。いい食べっぷりですわ。
クー・フーリンの傍に寄り、空になったジョッキへビールを注ぎ足す。
「お? わりぃな」
「構わんさ。いつもの大戦果、少しでも報いないとな」
「は――オレのじゃねぇが、いい女にウマイ飯、極楽の酒に頼れる仲間、んで最高の戦場に最高のマスターがいんだ。オレは充分報われてるし満足してるぜ。オレにとっちゃ最高にホワイトな職場だ」
「ホワイトの定義が乱れたぞ今。なあランサー、それなら人理修復の戦いが終わったら、受肉して俺と来ないか? 死徒殲滅に力を貸してくれ。化け物退治はお手のものだろ?」
「仕事が終わった後の福利厚生までついてやがんのか。いいねぇ、オレでいいなら付き合うぜ」
「ッ、シャァッッッ!!」
渾身のガッツポーズ。死徒殲滅編完! 衛宮士郎の次の活躍にご期待ください!
もう勝ったな飯食ってくる。ガッツポーズをした俺に苦笑いするクー・フーリンから離れ、ガツガツと飯を食らっていく荒くれどもを見る。
神話の戦いを間近で感じ、命の危機に瀕した後の飯だ。そしてこの時代では旨すぎる酒と飯、ご機嫌である。黒髭は『黄金の鹿号』のクルー達に混ざってビールのジョッキ片手に、豪快に大笑いしていた。ドレイクと肩を組んで海の歌などを下手くそに歌っている。だが聞いていると陽気な気分に――と、ネロが釣られて歌い出そうとするのを、俺は瞬時に止めた。飲酒の後の歌は美声を損なうぞ! と久し振りに純度百パーセントの嘘を言ってしまった。が、後悔はない。俺は犠牲になるのだ、犠牲の犠牲にな……。
さておきアルトリアやオルタも、マシュも皆美味しそうに食ってくれて嬉しいものだ。アイリスフィールはお上品に食べながら、微笑ましげに皆を見守っている。うん、流石は義母殿。母性が違いますよ。いつの間にか海賊達に混ざり、「僕はやるよ、かなりやる」とか言いながらビールを飲む青年がいるが気にしない。
……ん? 今変なのいなかったか?
「ああ、アビシャグが沢山いる! 酔いが回ったのかな? 和服の彼女も、けしからん格好の白い彼女も! 騎士っぽい少女達も! 華やかな黄金の髪の乙女も! 皆素敵だ!」
うっとりとしながら口説き回る緑髪の野郎。
……うん、幻覚じゃないな。……なんだアイツ。ふざけてるのか? とりあえず取り押さえさせるかと誰かに指示を出そうとして――不意に玉藻の前が問い掛けた。
「あのぉ~……つかぬ事をお伺いしますが、貴方はどちらさまで?」
「おや、なんだいアビシャグ。僕が分からないのかい? ああ、君は僕が老年の頃の妻だからね、今の私は若いから気づかなかったのか。僕だよ、ダビデだ。僕はブヒるよ、かなりブヒる」
「あ、そうですか……ところで貴方、何人口説きました、今?」
「え? えぇと……君に白いアビシャグに青と黒と白のアビシャグ、そして楯のアビシャグだけど……?」
「……うふ。うふふ……!」
――瞬間。世界から音が消えた。正確には玉藻の前の周囲以外の音が。
代わりに玉藻の前の声だけがする。
「勘弁ならねぇっ! この私の前で平然とハーレムを作らんとするそのふてぶてしさ! 大・天・罰を下さざるを得ねぇ間違いない!」
「あ、アビシャグ……? どうしたんだい?」
「問答無用! まずは金的っ! 次も金的っ! 懺悔しやがれ、コレがトドメの金的だ――!」
怒りを解き放った玉藻の前が躍動する。キレッキレなモーションで素早く回避の隙を与えない蹴りを放ったのである。ダビデと名乗った青年に。
うごぉ、と屠殺される豚のような悲鳴が上がった。瞬間、俺はぶわりと脂汗を吹き出す。緑髪の人ー! 死ぬな、死なないでくれー!
そんな男達の魂の声援を受けても、ダビデは股間を抑えて踞り、何も反応できない。そんな彼を尻目に玉藻の前は可愛らしく跳ね上がって喜んでいた。
「よし一夫多妻去勢拳、完成です! ハーレム展開なんて、神が許してもこの私が許しません!」
――その日、今度の特異点で特に緊張してしまう。玉藻の前の殺意にも似た波動に肝が潰れる。
あ、あれを食らわされたら死ぬぞ、俺……。
ともあれ、そうしてこの島で、俺達はダビデと合流したのだった。
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