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人理を守れ、エミヤさん!

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士郎くんとロマニくん





 魔法少女。その単語がアグラヴェインのレポートの頭の上にあり、俺は己の目を疑った。眼精疲労だろうか。

 しかし何度見直しても、目薬を注しても、その単語は動かない。イリヤの身の上から始まり、美遊の事情(美遊は隠し事をしている気配ありとの注釈がある)。カレイドステッキのルビー、サファイア。クラスカード。クラスカードの回収任務に当たっていながらいがみ合い、ステッキに愛想を尽かされた凛にルヴィア。

 ……何やってんだアイツら。

 なんだかコメディチックだなと思う。背景は全然笑えない、ブラックそのものなんだが、その闇の深さは普通に家のお風呂ぐらいに感じる。馬鹿にしているのではなく、ありふれたものに感じるのだ。そう感じる俺の感性が、この世界に染まり過ぎている証明なのかもしれない。
 魔法少女云々は、カレイドステッキが関わっている時点で理解した。ああ、そういう事か、と。面倒なのに引っ掛かったなと同情する。
 さて。カレイドルビーに聞いた話だそうだが、イリヤや美遊の対戦したクラスカード、或いはバゼットに撃破されていたらしい黒化英雄と呼称されている存在について。
 まずあのダメットに倒されたらしい黒化英雄のクー・フーリン。雑魚だ。ダメットはあれで、私生活はダメダメだが、戦闘能力はピカ一である。人間離れして強い――が、それはあくまで人間の範疇でしかないのも事実。人間離れしてはいるが、非常識ではないのだ。切り札の宝具が厄介なだけで、戦闘型のサーヴァントなら普通に戦って普通に倒せるレベルでしかない。
 俺はバゼットと戦えば、近距離に詰められたら襤褸屑にされるが、ある程度距離が空いていればほぼ完封できる。そういった力関係だ。それを物差しにすれば、バゼットに倒されてしまっている時点で黒化英雄とかいうクー・フーリンの劣化は著しい。冬木のクー・フーリンの半分ほどか?

 この黒化英雄というのは、本来の英霊と比べて何枚も落ちる存在だと考察できる。同じくバゼットに倒されているアーチャーの奴も、その考察の一助となっていた。
 何故ならアーチャーや俺の切り札とは固有結界に他ならない。そしてこれは、バゼットのようなタイプに使用される事はないものだ。故にこの黒化英雄のアーチャーは、バゼットのフラガラックを実質ただの宝具に貶めてる状態で戦ったという事であり。万全の状態で敗れたという事になる。幾らなんでも弱くなりすぎだ。

 という事は、クラスカードで夢幻召喚というのをしたイリヤスフィールが、幾ら持ち前の大魔力があるとはいえ、アーチャーの力を使ってアルトリアを倒してしまえるのは可笑しい。
 あのアルトリアを、だ。騎士王を、アーチャーの力で、接近戦で互角に戦い、聖剣の撃ち合いで倒した。……その有り得なさを俺はよくよく知っていた。何せその力は俺の力でもあるのである。

 つまり黒化英雄全般は、本来の英霊より遥かに劣る存在だという事だ。クラスカードとやらを媒介にして実体化していた為の劣化、という考察に落ち着く。

 イリヤ達は実戦経験こそあるようだが、バゼットという人間レベルが倒せる程度の連中に、ああも悪戦苦闘していたのなら――はっきり言って、戦力として換算できない。足手まといと言えた。イリヤの特性上、火力だけなら一線級だろうがやはり……結論は変わらない。ランサーのクラスカードを使い魔槍を使うだけなら充分通用する場面もあるが、大体子供を戦わせるという発想が俺にはあり得なかった。

 ロマニやダ・ヴィンチに、彼女達が元の世界に帰れるよう、至急手伝わせる必要がある。カルデアの召喚システムに召喚されたとはいえ、死んでも再召喚、或いは蘇生が可能な保障はない。またそれを確かめる事は断じて許されない。
 故にイリヤスフィールや美遊は、何があってもカルデアでお留守番だ。桜もだが。

「……」
「……」

 資料を読み耽っている俺のマイ・ルームに来客があった。扉が開き、閉じる音と、背後に気配。資料に目を向けたまま、言う。

「何か用か? ロマニ」

 問い掛けると、ロマニは暫しの沈黙を経て、重苦しく頭を下げたようだ。

「ごめん」
「……何が?」

 資料の束をテーブルの上に放り、回転椅子を回して座ったまま体ごと振り返る。
 ロマニが深く頭を下げていた。素で聞き返すとその優男は懺悔するように呟く。

「全部だ。僕が君にした事、君がどんな目に遭ったか知っていながら、友人面をしていた事」
「……」
「はじめての、友達だった。だから――怖かったんだ。嫌われるのが。だから、知っていて、何も言えなかった。でもキミが――」
「ああ、待て。大体分かった」

 ロマニが何故謝っているのかの理由を察する。
 俺は嘆息した。第五次と、その再演によって起こった諸々に関してか。
 長くなりそうだったので、ひらひらと手を振って簡単に結論だけ言っておく。

「俺はお前を恨んじゃいない」
「え……?」
「間違えるなよ? ソロモンは断じて許さん。目の前にいれば八つ裂きにしてやる。だがお前はソロモンじゃない。ロマニ・アーキマンだ。ロマニは俺の友人で戦友だろう。恨む訳がない。筋違いも良いところだ」
「なっ――そんな……」

 絶句するロマニに、俺は苦笑する。俺をなんだと思ってるんだ、コイツは。

「お前の過去は、夢で何度か見た。自由意思なんて無かったんだろ? ならソロモンは道具だ。そして人間に成りたいと願い、お前になった。傀儡だったソロモンを恨みこそすれ、人間のロマニを恨む筋合いはない。もし誰かがお前に怒ったり、殴ろうとしてきたら俺に言え。俺がソイツを殴り返してやる」

 話は終わりか? なら仕事に戻れ。暇じゃないだろ。そう言ってもロマニは呆然としたまま立ち尽くしている。……聞こえなかったのだろうか。

「おい」
「……キミは、僕を恨む資格があるんだよ?」
「ない。そんなもの」
「なん、で……」
「なんでも何も今言っただろうが。何度も言わせるな。いいかロマニ。もう一回だけ言ってやる。お前はロマニだ、ソロモンじゃない。いいな? それを忘れるな。お前は人間なんだよ。だから謝るんじゃない」

 呆れて嘆息し机に向き直る。資料は読み終わっていたが、話す事はないという意思表示のために手に取り視線を落とした。
 ロマニは立ち尽くしている。重い静寂があり、啜り泣く声が聞こえた。しかし、それに声は掛けない。許す許さないの話ではない、見当外れな罪悪感を、なんとかしてやる事は出来なかった。
 その罪の意識を、許すと言わないのは――俺の八つ当たりだろう。その見当違いの罪悪感が拭えないというなら、甘んじてこの八つ当たりを受け入れてもらいたい。

 啜り泣きが終わるまで、無言で佇む。ふと或る探し物の天才である人の言葉を思い出した。
 彼は普段煙草を吸わないのだが、精神が不安定な人の前では敢えて吸う事があるのだという。それは煙草を吸うというポーズが、リラックスしている事を示し、それを見た相手の気を緩ませるらしい。
 俺も精神状態の悪い人間と対する機会は多い。故に彼の真似をして煙草を吸う事もある。これはそこそこ効果があるようで、普段は絶対吸わないが携帯している。机の引き出しに入れていたオイルライターと安物の煙草を取り出し、煙草を口に咥え火を点ける。

 吸って、吐く。ゆらゆらと立ち上る紫煙を見上げ、切嗣はこれを精神安定に使っていたのかと思う。俺の心も平坦になる、気がした。なんだかんだで俺も冷静ではなかったのかもしれない。誰も気づかなかっただけで。

 やがてロマニは泣き止んだ。おずおずと、口を開く。

「……煙草、体に悪いよ」
「問題ない。煙草だが、中身は魔術による精神安定の薬効が含まれている。気休めだが、まあそこそこ効果はあったみたいだ」

 吸うか? 煙草を出すと――ボクが吸うのはダメな気がするけど、今回だけ、と。受け取ってくれた。火を点けてやると、思いっきり吸って、思いっきり咳き込んだ。
 苦笑しながら吸い方を教えてやる。そういえば残り本数が少ない。魔術と薬学を混ぜて、闇医者として活動しているフリーの彼女に、カルデアの戦いが終わったら注文しなければ。
 実際体に害はない仕様だ。魔術もそういう使い方ばかりされればいいのにな、と思う。言っても詮無き事なのかもしれないが。

「ごめん。……ありがとう」
「おう」

 灰皿を出しながら、ありがとうという言葉だけを受け入れた。俺は吸い殻を灰皿に押し付け火を消すと、出来る限り明るくロマニへ言った。

「さ、仕事だ。働くぞ」
「……うん」





 
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