人理を守れ、エミヤさん!
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聖杯のキミ達とエミヤなオレ達
魔力が満ちる。英霊召喚システムは絶好調。この後に控える小言の雨霰は全力で無視する所存。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「間違いなく別の意味の鬼が後で出るがな」
アーチャー、それを言うな。かんかんに怒り狂うアルトリア達の姿が目に浮かぶ。特大の雷が落ちるだろう。しかしアルトリアに怒られるのは、それはそれでありだと言わせてもらおう。
赤い弓兵の皮肉を聞き流し、召喚サークルに現界するサーヴァントの姿を指し示した。
「ともあれ俺のガチャ運をお前に知らしめるいい機会だ。とくと見ろ、俺に外れ籤はない」
そして、三騎のサーヴァントが姿を表す。霊基パターンは、確かに三騎ともがキャスターだ。
その姿は――
「わっ、わわわ! なになになにー!? いったい今度は何事ー!?」
「イリヤ、下がって! 謎の光が、突然……!」
「あらあら……大にぎわいね?」
見覚えしかない冬の少女と、黒髪の少女、そして冬木でまみえたばかりの、冬の聖女の生き写しだった。
「――ほら見ろ、これが俺のガチャ運だ」
遠い目をして嘯くと、エミヤは頭を抱えた。
沈黙の帳が落ちた。
俺も小学生の頃に着ていた、見覚えのある制服姿の二人の小学生女子と、これも見覚えしかない天の衣を纏った女性。
頭を抱えていたアーチャーも、その容姿を識別するや驚愕に目を見開いていた。
対し、幼女達もまた固まっていた。想定外の、唐突な事態。見知らぬ部屋。警戒心も露に周囲に視線を走らせ、眼前の男達に焦点を結び――固まる。え? と白い少女が声を漏らし、黒髪の少女も限界一杯まで目を見開いている。
驚愕する気持ちは、俺も同じだった。心臓が強く脈打つ。早鐘のように。白い少女の姿に、眩暈がしそうだ。
天の衣の女性、アイリスフィールはともかく、白い少女に関しては他人の空似だと己に言い聞かせる。あの義姉には英霊に至れるほどの歴史はない。
琥珀色の瞳の少女と、二人で一組のサーヴァントなのかもしれない。そういう者も中にはいるだろう。だから、うん……彼女達の後背辺りに浮遊する、某愉快型の礼装は幻影だな、間違いない。三騎召喚したんだから二人一組は有り得ないとか思わない。
「すまないが、君達は――いや、違うな。まずは俺達から名乗るのが筋か」
『おぉ! 未成年者略取の容疑者が筋を通すとは!』
『姉さん! 余り刺激するような事を言わないでください! 非常事態なんですよ! この方達が危険人物だったらどうするんですか!』
口火を切ったのは、俺だ。聞き覚えしかない声は幻聴である。疲れてるのだきっと。原典の赤いステッキとか2Pカラーな青色とか見えない。
名乗りを上げるのは、普通はサーヴァントからだ。が、どうにも二人ほど混乱しているように見える。明らかにイレギュラーが発生しているようなのだから、こちらから語り掛けるべきだろう。
「だがその前に、君達はどんな状況か把握できているか?」
『このスルーぢから、ただ者じゃありませんね! って、あれ? この方……』
「私は出来ているけれど……。なんだかこの娘達は出来ていないみたいね?」
「あ、え……そ、その……ってママ!? なにその格好!? なんでママが――」
「イリヤ、少し静かにして。……はい。出来ていません。それより、貴方達は……」
アイリスフィールは白い少女をキラキラした目で見ているが、流石に空気を読んで何かをしたり言おうとはしていない。というかあれどう見てもアイリスフィールですよねというツッコミはしなかった。他人の空似、あると思います。天の衣によく似た装束ですね……。
そして白い少女は未だに混乱ぎみだ。それよりも比較的冷静な様子の黒髪の少女は、歳の割には落ち着けている。大したもので、もう一人の少女を庇うように半歩前に出ていた。
目と目が合う。琥珀色の瞳と、琥珀色の瞳が。少女は微かにその目を揺らした。動揺している? さて、何に対してか。身長差が激しいから怯んだのかもしれない。なるべく威圧感を与えないように、声音に気を遣う。
「此処はカルデア。人理の完全な焼却を防ぐ為、人理定礎復元の為に戦う人類史救済の最前線だ。そしてこの赤いキザ野郎は俺のサーヴァントの一人でクラスはアーチャー」
「誰が赤いキザ野郎だ。貴様も赤いだろう」
「黙れガングロ。顔が厳ついんだよ、見せ筋が」
「貴様……」
「筋力Dが凄むな。ランサーけしかけるぞ」
「虎の威を借る狐か貴様は! オレと同じ体型でほざくな……!」
ビキビキと青筋を浮かばせ、額を押し付け合い至近距離でメンチを切り合う。
唐突に険悪になった男達に、白い少女があわあわとして。アイリスフィールは微笑ましそうに見ている。しかし黒髪の少女だけは、ふと思い出したように顔を強張らせていた。
「アーチャーの……クラスカード」
「え? って、ああああ!! ほんとだ!?」
「クラスカード?」
白い少女の叫びに反応する。どうやら赤い弓兵に見覚えがあるらしい。というか俺にもその目が向けられ、アーチャーと見比べられた。
まあ肉体的には同一人物だからな。そっくりさんに見えても仕方ない。というかそっくりさんどころか完全に双子か何かに見えるだろう。気を取り直し、自己紹介する。
「話を続けるぞ。俺はカルデアのマスター、衛宮士郎。二十八歳だ。君達は――」
「ええええ!?!? お、お兄ちゃん!?」
「うそ……お兄ちゃんなの……?」
「は? お兄ちゃん……?」
二人の少女の絶叫に、目が点になる。
お兄ちゃん……? いやいや、そんなまさか。愕然とする二人を訝しむ。が、流石に現実逃避も無理が出た。俺は嘆息し、腹を据え、問う。
「キミ、名前は? もしかして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだったりするか?」
「ひぇっ。わたしの名前……!? や、やっぱりお兄ちゃん!? ていうかなんで二十八歳!? なになにわたし達今度は十年後の世界に来ちゃったのー!?」
「……」
……。
……え、誰この娘。
目が点になるテンション。俺の知るイリヤとはあまりに違う、年相応の天真爛漫さ。思わずアーチャーの方を見ると、アーチャーも目を点にしていた。よかった、俺の記憶がおかしいわけではなかったらしい。
表情を忙しなく動かし、わたわたと手足をばたつかせる様は、どう考えてもあの愉快犯的な小悪魔属性を持つ妹、もとい義姉のものではない。
俺はこめかみを揉む。どうすればいいのか考えた。すると、イリヤらしき少女がズビシッ、と擬音付きで人差し指を突きつけてくる。
「う、嘘だっ! だってお兄ちゃん、そんなに身長高くないもん! こんなカッコよくないもん! 髪白くないもん! そんなに筋肉ついてないもん!」
『いやー、どうやら嘘じゃないと思いますよイリヤさん。生体反応がほぼ完全に一致してますし』
「嘘でしょルビー!? え!? 本物のお兄ちゃんだわーいじゃなかった、うぇえええ!?」
嘘でしょ遠坂……なんかこの杖、幻覚じゃないらしいんですが……。
しかし今のやり取りで大方の見当はついた。というかあのゼルレッチの黒歴史であるステッキがいる時点で察しがつく。伊達に遠坂の実験失敗に巻き込まれてはいない。
第二魔法、平行世界の運営。端的に言って、この娘達は平行世界のイリヤ達なのだろう。それなら全て納得がいく。アーチャーの意見を訊こうと目を向けると、アーチャーは虚ろな目でステッキを見ていた。思い出しそう、しかし思い出したくない、そんな様子。記憶が磨耗しているが、それでも忘れられないトラウマでもあるのか。
甘いな、俺なんてトラウマなんてもの――腐るほど有りすぎてなんともないぜ。
……あれ、なんでだろう。涙が出ちゃう。でも仕方ないよね、男の子だもん……。
「よし!」
切り替えていこう。左右の掌を打ち付け合う。場が混沌としている時、交互に喋っていたのではどうにもならない。順番に認識と知識を交換するのが最善だ。
俺が手を打ち鳴らしたのに、びくりとするイリヤ達。俺は気を引き締め直す。そして釘を指しておくのも忘れない。
「カレイドステッキだな」
『おや? 私の事をご存知で?』
「遠坂のバカと色々あってな。あの時は笑わせてもら――ごほん。大変な目に遭わされた。だからお前の遣り口、性格、全て熟知してある。今から話す事に余計な茶々は入れるな、入れたらお前とイリヤの契約を切るぞ」
『あははー、そんな事が貴方に出来る訳が――って「破戒すべき全ての符」!? 投影出来るんですかこの世界の士郎さんは!?』
「黙ってろ。せめて今だけは」
『あははのはー。……はい、今だけですね』
「訂正。話が終わるまでだ」
『!? この士郎さん、出来る……!』
投影した『破戒すべき全ての符』をチラ見せして、投影を解除する。イリヤは俺の投影にまた大騒ぎしそうだったが、ともかく。――黒髪の娘は寂しげにしていた。まるで少なからず落胆したような……。
「ぁ」
小さい子のあやし方はお手のもの。俺はその子の傍に膝をつき、目線を合わせて微笑んだ。そっと手櫛で髪を梳いてやる。
「君の名前は?」
「み、美遊です……美遊・エーデルフェルト……」
「エーデルフェルト? ルヴィアの所のか。アイツの所に世話になってるんだな……で、本当の名前は?」
「っ?」
「最初、俺の事を兄と呼んでいたな。なら君も平行世界の俺とは兄妹だった訳だ。エーデルフェルトじゃなくて、本当の名前を教えてくれ」
「お、お兄ちゃん? で、いいのかな……? ええっと、暫定お兄ちゃん! 美遊にはお兄ちゃんに似たお兄さんがいるってだけだよ!」
イリヤの言葉に目をぱちくりさせる。アルトリア顔ならぬエミヤ顔が平行世界には沢山いるのだろうか? なんて悪夢だ。
しかし、美遊と名乗った娘は小さな声で何事かを呟いた。――それに、俺は口許を緩め、ワシャワシャと頭を撫で付けた。
「――分かった。よろしく、美遊。俺の事は好きに呼べ。お兄ちゃんでもいいぞ」
「……! ……はい、士郎さん」
「固いな」
苦笑いし、立ち上がる。さて、と呟いて間を置き、空気を変えた。
まずアイリスフィールを見る。
「気遣い感謝する。まずは貴女だが、真名とクラスを教えてくれ。差し支えなければルーツも」
「ええ、了解したわ、マスター」
するすると動いてイリヤの背後に陣取り、ひしりと抱き締めるアイリスフィール。困惑ぎみにそれを母の腕の中から見上げるイリヤ。
なんで抱き締めた、というツッコミを呑み込みサーヴァントを促す。
「真名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン、クラスはキャスター。ルーツは大聖杯の嬰児――って言えば伝わるかしら? 大聖杯に還った端末が分霊としてサーヴァント化したもので、仮初めのサーヴァントね。だから座に私はいないわ」
「……カルデアの召喚システムはガバガバだからな。そういう事もある、のかもな……」
無理矢理納得する。しかしアイリスフィールだとは言っても、厳密には別人だろう。冬木での件を記録として引き継いでいるだけで、実際の冬木にいたどの世界線のアイリスフィールとも別人である。
カルデアにいると忘れそうになるが、サーヴァントとはそういうものだ。俺との事を覚えているエミヤや、アルトリア達、クー・フーリンなどが異例なのである。異例、特例、この業界はそんなのばっかりでもあるが。
仮初めのサーヴァントだと言ったのは、彼女が聖杯だからだろう。実質、俺やカルデアへの魔力負担はないと言える。極めてエコな性能だ。
アイリスフィールに断りを入れてステータスを見る。スキル構成も。……こちらも素晴らしい。
「アイリスフィールさん。貴女の宝具は?」
「真名は『白き聖杯よ、謳え』よ。ランクはBで種別は魔術宝具。最大で二十人ぐらいかしらね、効果範囲に含められるのは」
「効果は?」
「私が味方と判別した人の傷、疲労を回復して、バッドステータスを全解除する事ね。あ、あと火傷とか呪いとかの持続するダメージの類も解除されるわ。霊核の欠片でも残っていれば、戦闘不能状態となったサーヴァントの復活も可能よ」
「……」
内容を吟味する。すると例えば輝く貌の槍兵が保有していた、呪いの黄槍の呪詛やゲイ・ボルクの治癒阻害も無視して癒せるという事か。ふむ。……ふむ。なるほど。
ちらりとアーチャーを見た。
「その得意気なしたり顔をやめろ」
どうだ俺のガチャ運は。生粋の幸運Eであるアーチャーには縁のない運気だろう?
「イリヤスフィール達の事を考えなければな」
心を読んだ、だと。いや、それはいい。
俺は三人に向き直り、食事に誘うことにした。
「こんな所で立ち話もなんだ、食堂に行こう。急いで話してもイリヤと美遊には難しい話かもしれない。ゆっくり事情を説明する。その後に、君達の事情を教えてくれ」
「ご飯!? お兄ちゃん、もとい暫定お兄ちゃんが作ったの!?」
「そうだぞ、イリヤ。あと普通に呼んでくれ。暫定とかつけなくていいから。ああ、それから味の方は期待してくれていい。単純に言って、家庭料理の域を出なかった十年前の俺とは違うという事が分かるぞ」
ごくりと生唾を呑み込むイリヤの素直な反応に、俺とアーチャーは微笑んでいた。
どこか遠慮のある、距離感の取り方に悩んでいるらしい美遊を抱き上げ、慌てるその少女をだっこして食堂に向かった。途上、最初はもがいていた美遊だったが、最後には諦めて大人しくなっていた。頬を染めている美遊に、アイリスフィールが苦笑する。
「女たらしね、マスターは」
「ん? 子供たらしの間違いだろ」
これでも子供に好かれる事に定評のあるお兄様なんだ。断じて女たらしではない。寧ろ子供以外は、厄介なのばかり寄ってくるから困っているぐらいである。
女難の相、割と命に関わる事案ばかりなのは本当に勘弁してほしかった。
「あ、そうだ。アイリスフィールさん。アイリさんって呼んでいいか?」
「いいけど……どうしたの?」
「あのさぁ、ウチ、切嗣って奴がいるんだけど……会ってかない?」
「えぇ? いいわねぇ……」
「外道か貴様……」
アーチャーが何か言っていたが無視する。ノリのいいアイリスフィール、流石だ。しかし切嗣がいる事に驚いてはいるらしい。というより、このアイリスフィールは切嗣の事を知っているみたいな反応だが――どの世界線の人なんだろうか。
よく分からないが……そこはなんだっていい。要訣は切嗣が幸せに浸り苦痛に顔を歪める事。幸福に苦悩するがいいふははは。
――因果応報、その言葉が俺に突き刺さるまであと五分。
「――うん、色々言いたい事はあるけど、この際それは横に置いとこう。君がそんな奴だって事、知ってたはずなのに油断したボクらが悪い」
所は食堂である。何故か魔術王に変身しているロマニの怒気に、ドキッとした。おやおや、私は何か、彼らを怒らせるような事をしましたっけ?
「そうだな。またワケわからん面倒事引っ張って来やがったし、こりゃあ、なぁ?」
クー・フーリンが呆れながら、半笑いで肯定している。おーい、俺の槍なんですよね貴方。
「ランサー、確か貴様……シロウと賭けをしていたな」
「おう」
「ロマニ・アーキマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、新参の者達に手っ取り早くシロウと、カルデアの状況を報せる手段は明白だな」
オルタリア、お前もか。
「お、そうだね。士郎くんにはそろそろお灸を据えなきゃって思っていたところさ」
ダ・ヴィンチはあくまで朗らかで、明らかに面白がっている。天才は人でなしばかり、間違いない。
「士郎くん……約束は、守ろうね?」
にこりと嗤う、サーヴァント達。
なんて事だ、俺に味方はいないのか? マシュは? 切嗣は?
マシュは首を左右に振った。気持ち、怒ってる感じがする。切嗣は露骨に無視した。あからさまに不機嫌そうだ。
「アーチャー!」
「地獄に落ちろマスター」
そんな……自分にすら見捨てられる俺の人徳って……チクショウ、こんな所にいられるか! 俺は部屋に帰らせてもらう!
一瞬で鎮圧された。光の御子と騎士王二人と魔術王と万能の天才と正義の味方には勝てなかったよ……。
イリヤ達に現状を報せる為に、二時間後クー・フーリンとの賭け事が履行される事になった。
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