人理を守れ、エミヤさん!
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人理守護戦隊エミヤ(後)
幾度も戦場を渡り歩き、培ってきた淡い矜持があった。
投影の速度と精度を窮め鉄壁と自負する防禦を基礎にした戦闘術を磨き、果てにサーヴァントとして心眼のスキルを獲得するに至った、卓越した戦闘論理を構築した。
己よりも強大な敵は、それこそ幾度も目にして来た。だが決して容易くは敗れぬという自負がある。防戦に徹し相手の呼吸を図り、挑発を重ね、効果的な戦術と投影を組み合わせて勝利をもぎ取る。勝てぬまでも退路は常に残し、時として死や降伏を擬装して潜伏する事もあった。
戦いに絶対はない。故に勝てるモノを、勝てる状況で、勝てるように運用する。それがエミヤにとって唯一の戦闘論理である。戦いに於いておよそ誇りと言えるものを持たないエミヤだが、自らの戦闘術に関しては自信があった。
しかし同時に、エミヤは理解していた。
それは所詮、人の業である。投影魔術、固有結界という異能を有していても、決して無敵ではない。最強でもない。究極の一に至った担い手には及ばない。自らでは及びもつかない絶対強者というものは存在する。
例えば英雄王がその一人だ。相性の関係で有利に立ち回れはするが、それはあくまで英雄王が慢心していればこそ。エミヤを格下と知るからこそ英雄王は全力を出さない。もし仮に、英雄王が城を、船を、霊薬を、概念に類する宝物を繰り出せば、剣に特化している贋作者では太刀打ち出来ないだろう。それこそ百回やっても、千回やっても万が一はない。一度全力を出されれば、それだけで英雄王という天災に等しい存在には敗北を決定される。
それと同じ事だ。ヘラクレスに理性があれば、どんな状況設定であってもエミヤに勝ち目は皆無なのと同じである。アイルランドの光の御子がその能力を完全に発揮すれば、元がただの人間であるエミヤにとっては嵐も同然だ。天災に個人が敵う道理などない。故に――敗着は必然であった。
「――まあ、予想していたよりは楽しめたぜ」
クー・フーリンはそう言って『クールダウン』を終えた。疲労困憊、満身創痍に陥ったエミヤだが、クー・フーリンにとっては戦いの余韻を冷ますだけの単純な作業だった。
荒い呼気を正すのに精一杯で、皮肉のひとつも返せないほど疲弊したエミヤは、意地だけで膝をつかなかった。手も足も出ず、亀のように守りを固めていただけの時間だったと言える。本気ではなく、徐々にギアを上げていく感じだったが、二時間以上も攻められるとは思っていなかった。
そして模擬戦が終わったからと、互いに歩み寄るほど親しくもなければ馬も合わない。エミヤとしてはこの男に己を完全に認めさせ、無二のマスターとして仰がせた衛宮士郎が自身と別人である事を痛感せざるを得なかった。改めて思い知ったが、どう在っても不倶戴天、気に入らないのだ。
クー・フーリンは魔槍を肩に担いでシミュレーター・ルームから立ち去っていく。その間際に、ふと思い出したように言う。
「おう、アーチャー」
「……、……なんだ」
「防禦が巧ぇのは分かっちゃいたが、こと防戦に限って言えば赤枝の騎士にもそうはいねぇレベルだったぜ」
「……?」
「じゃあな」
「……」
立ち去ったクー・フーリンの背中を、呆気に取られたようにエミヤは見送った。
今のは……誉められたのか?
困惑する。
理不尽に絡まれたかと思えばこれだ。エミヤの知るクー・フーリンとはこんな男だったのか? もしや今の模擬戦は、彼なりのコミュニケーションだったりするのだろうか。これがケルト流の心暖まる触れ合いだと? 頭を振る。流石にそれはないだろう。あって堪るものか。
思考を切り換える。冬木で戦った時は相当に弱体化していたのは分かった。何はともあれあの位階の英雄の力を、死の恐れもなしに知れたのはいい経験である。この経験を糧に立ち回りを練る機会が得られたのだ。次はこうも簡単に捩じ伏せられはしない。
さりとて、接近戦は不毛だろう。単純に速さが段違いなのだ。敢えて隙を作って攻撃を誘導する手法は有効的ではない。純粋に対処が間に合わない。
やはり本職の弓兵に立ち返るしかないだろう。だが生半可な矢はクー・フーリンには通じない。最大火力を以て一撃で決さねば、こちらの命がないのは目に見えている。手堅いのはアルトリアと同等かそれ以上の前衛を置く事だが――そもそもあの脚だ、前衛を無視してこちらに突っ込んでくる様がありありと想像できる。
「……今は、あの男が味方でよかったと思っておこう」
嘆息してエミヤもシミュレーター・ルームを後にする。時刻は午後の六時ほどか。手も空いている事だ、折角だから職員達の分の夕食でも作っておこうと思う。
そう思い立つと、エミヤは食堂に向かった。このカルデアは科学と魔術の最先端、どれほどの調理器具が揃っているか、実は召喚初日から気にはなっていたのだ。もしかするとあの男が持ち込んだ物品もあるかもしれない。もしあれば吟味してやろう。
厨房は一つの戦場だ。「幾度の戦場を超えて不敗」の呪文は伊達だが、幾度の厨房を巡ったとしても何者にも敗れるつもりはなかった。
食堂に着くも、人の気配が幾つかある。どうやら先客がいるようだ。人の振る舞う料理も乙なものだが、今日は鍋をしたい気分だ。特に意味はないが。厨房は広い、先客がいようと隅の方を借りて作ればいい。そう思って赤原礼装を解除する。
エプロンを投影しそれを身に付け、厨房の入り口にあったアルコール消毒液で手を消毒する。霊体であるサーヴァントには意味はないが、これは厨房に入る者として当然の嗜みだ。
厨房に入る。すると、食堂に入った時点で感じていた薫りが、更に芳醇に感じられた。知らず、呻いてしまう。
「……中々やる」
調理には一家言あるエミヤをして、そう溢さずにはいられない薫りだ。たかが匂い如きと侮るなかれ、見た目、味と同じぐらい薫りも料理には大切なものなのだから。
この濃厚な薫りからして、作られているのはシチュー辺りかと予想する。そして改めて厨房の中を覗き――絶句した。そこに立っていたのは、事もあろうに、
衛宮士郎だったのだ。
「――貴様、何をしている」
「あ、エミヤさん」
エミヤの声音に怒りが滲む。
ん? とこちらを振り返った男の傍には、熱心にメモを取るエプロン姿のマシュがいた。そして白い割烹着を着た桜が士郎に肩車されている。付け加えるなら、そんな桜の頭の上には一匹のモコモコがいた。
モコモコは全身をビニール袋で包まれていた。露出しているのは白い四肢と、顔だけである。非常に愛らしいエプロン姿とでもいうべきか。
マシュが軽く会釈をしてくる。それに目礼のみで応えた。
昏睡状態に在るはずの士郎が何食わぬ顔で復帰している事に驚きがあった。まだ寝ていなくてはダメだろうとか、言わねばならない事は山ほどあるが。それよりも――
「――衛宮士郎。貴様、事もあろうにこの厨房で子供を肩車しているとは何事か!?」
「そこか。そこなのか。まずは俺の心配が先なんじゃないか? 普通は」
ことことと煮込んだ鍋の様子を見ながら、士郎は苦笑した。「きゅー?」と白いリスのような獣が小首を傾げている。
「戯け、起きてもなんともないと判断したから此処にいるのだろう。その程度の判断も出来ん未熟者ではあるまい。それよりもだ、動物まで此処に入れているとは……貴様には料理人としての自覚がないのか!?」
どんな神経をしていると逆上する。断じて有り得ないと言える所業を糾弾するも、とうの士郎は不満そうだった。
「桜に聞いたらビーフシチューが食べたいって言うから……」
言い訳にもならない。
「そうしたらマシュが料理を勉強したいと言い出して、桜もついでに来る事になった。で、フォウはいつの間にかいた。だから俺は悪くない」
テシテシと桜の頭を叩く、フォウと呼ばれた小動物。とうの桜は無反応であった。
俺は悪くないと自己を正当化する物言いに頭痛がするエミヤだ。何せ容姿は肌の色以外は同一、声も自分そのものなのである。セルフキャラ崩壊を見せられているようでいい気はしない。
「桜の身長じゃあ、ここの台所が高すぎて見えないだろ? 料理の手順を見せる為には、肩車もやむをえなかったんだ。フォウには一応ビニール被せてるし問題ないだろ。元々コイツは清潔だし、フォウには桜の親衛隊長を務めるという重要な任務がある。な?」
「フォーウ!」
元気よく士郎の言葉に応じるフォウは、桜が反応しない事で飽きたのか、その頭の上で四肢を伸ばしてリラックスしていた。
茫洋とそれを受け入れつつ、頭を揺らさないようにしている律儀な桜である。士郎の頭に掴まりながら微動だにしない幼女へマシュは苦笑し手にしていたメモを畳んだ。
「エミヤさんはどうしてこちらに?」
「どうしてもこうしてもない。手が空いたから忙しい職員達の為に、夕飯の支度でもしておこうと考えたまでだ。それよりも衛宮士郎! そこに直れ! どうやら貴様には、厨房に立つ者としての心得から叩き込まねばならんようだな!」
「あーあーうるさいな……お前は俺の母さんか。もう終わったんだから大目に見ろ」
「ふざけた事を抜かすな。大体貴様は――」
「この後も予定詰めてんだから勘弁しろ。さーくらー、食器用意しててくれ」
「……うん」
桜を肩から下ろすと、士郎はエプロンを外しながら厨房から出た。桜はトテトテと、頭の上の小動物を落とさないようにバランスを取りながら食器の準備を始める。
マシュが微笑んで、手伝いますねと断りを入れて食器棚の高い位置にある大皿を取り出す。それを尻目に士郎もエプロンを外し、手を洗ってエミヤを促し厨房を出た。
「なんだ」
「いや何、とりあえずアルトリアーズとネロ、ランサーと切嗣、お前と俺、マシュ、桜、ロマニにレオナルド、アタランテ――後アグラヴェインに百貌様、追加で今から召喚するサーヴァント三騎の分は作り終わったからな。……アルトリア二人の分で二十人分消し飛んだが。特異点二つ同時攻略の祝勝会兼新顔歓迎会だし、奮発するのもたまにはいい」
「……カルデアの備蓄は保つのか?」
「勿論。現状最優先で、冬木の聖杯をダグザの大釜に改造して貰っている。レオナルドが言うには明日には完成するそうだ。食料問題はこれで解決する」
「新規でサーヴァントを追加召喚する理由は」
「戦力の内容が片寄りすぎだからだ」
明るい顔で説明していたのが一転、真顔で士郎は言った。心当たりのあるエミヤは微妙な顔になる。内心同意見だったのだ。
「切嗣は言うまでもないから省く。ランサーは大火力が必要な時、本気を出す時は相応の魔力を必要とするが、それ以外では低燃費でも運用できる。だからレギュラーだ。
そしてマシュ、あの娘とはそもそも契約しているだけで、あらゆる毒素への耐性を得られる恩恵がある。純粋な守りの要でもあるからマシュもレギュラー。
で、ロマニ。人理焼却の黒幕が魔術王かそれに類するモノであると推定される以上、奴の存在は秘した方がいい。だから魔神柱のいる特異点には連れて行けず、冬木のような変異特異点でしか出番はない。よって補欠だ」
「……セイバー達はどうなんだ?」
「その前に伝えておくが、俺が一つの特異点に連れて行くサーヴァントは四人だ。ランサー、マシュ、切嗣は固定で、後の一人は場合による。例外的に五人目が加わるかもしれないが、それは余り想定していない。別行動のネロ班にアタランテが固定だから此処に三人を入れる予定だ。自動的にアルトリア、オルタ、アーチャーがそうなるのが自然だがアルトリアとオルタのどちらかは、俺やネロの直面した状況に合わせて投入される切り札にしたい。いざという時に備えてのカルデアでの待機組だな。オールマイティーに動かせるアーチャーはネロにつけたいと思っているから、実質カルデアに待機させる戦力内容が火力組しかいないのはわかって貰えると思う。
――ぶっちゃけキャスターが欲しい。道具作成はレオナルドがやってくれるから、欲しいのは回復役をこなせる救急組だ。戦場に衛生兵がいないのは問題だろう?」
ぐうの音も出ない正論である。エミヤは納得してしまった。
衛生兵は実際必要不可欠なのだ。カルデアにも医療班はいるが、それは人間である。いざという時、特異点にレイシフトして治療に出向ける訳ではない。
「という訳で召喚ルームに行くぞ」
「今からか?」
「今からだ。キャスターだからと回復技能持ちとは限らない。一気に三騎召喚する。内一騎でも回復技能か宝具持ちであったら御の字だ。レオナルドと魔術王の霊基パターンにある共通事項から、キャスタークラスを狙い撃ち出来るようにしたらしいし、後は運任せだな」
「……」
その運任せが如何に信用ならないか、この男は何も学習していないのだろうか。
貫禄の幸運Eのエミヤと士郎である。そもそもオレが行く必要はあるのかとエミヤは思う。かんらかんらと士郎は破顔した。
「はっはっは。キャスターで俺達に縁があるのはコルキスの王女ぐらいなものだろう? 何も心配は要らない。キャスターならアルトリアが増える事もまずないしな」
「……」
それはどうだろうか。キャスター適性も有り得るのがアーサー王である。何せ騎士王の宝具の中には炉やら姿隠しのマントやらがある。
まあ流石に心配しすぎか。
「私が同行する理由は?」
「ぶっちゃけない。お説教がうるさくなりそうだったから、その場の勢いで連れ出しただけだ。なぁに、幸運は舐めても俺のガチャ運は舐めるなよ。これでも外れを引いた事はないんだ」
「……」
サーヴァント召喚をガチャ呼ばわりは悪い文明である。しかし実績的にあながち間違いでもなさそうなあたり、この男は性質が悪い。
士郎と話していると頭が痛くなってくる。平行世界の衛宮士郎とはいえ、こんなにも性格が違うと流石に思う事もあった。これで容姿が同じでなかったら、気兼ねする事なく付き合えたものを。言っても詮無き事ではあるが。
召喚ルームに到着する。呼符なるものを三枚召喚サークルに設置した。
管制室に合図を出す。電力が回され、魔力へと英霊召喚システムが変換する。そうして魔力が満ちていく中、不意に管制室から声が響いた。カルデア職員とロマニだ。
『何してるんだい、皆?』
『あ、司令官代理。いえ、士郎さんがサーヴァントを召喚したいと申請してきましたので……』
『――はぁ!? 士郎くん起きてたのかい!? って何召喚しようとしてるんだよ!? レオナルドー! アグラヴェインー! 早く来てくれえぇ!』
「……おい」
「あーうるさいうるさい。おーい、ロマニの声カットしてくれ。傷に響く」
「傷はないだろう」
思わず呆れるエミヤである。この男は自分が起きた事を司令部に伝えていなかったらしい。マシュなら伝えるはずだから、彼女はこの男に煙に巻かれたのだろう。悪い男である。
『士郎くん! 何をしてるんだい!? まだ寝てなくちゃいけ――』
ぶつ、と通信が切れる。士郎が通信の電源を落としたのだ。
魔力が満ちる。いい加減誰か、この男のストッパーになれる人材が必要だろう。その役は御免被るエミヤだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「間違いなく別の意味の鬼が後で出るがな」
かんかんに怒り狂うアルトリア達の姿が目に浮かぶ。雷が落ちるだろう。
いい気味だ。
士郎はエミヤの皮肉を聞き流し、召喚サークルに現界するサーヴァントの姿を指し示した。
「ともあれ俺のガチャ運をお前に知らしめるいい機会だ。とくと見ろ、俺に外れ籤はない」
そして、三騎のサーヴァントが姿を表す。霊基パターンは、確かに三騎ともがキャスターだ。
その姿は――
「わっ、わわわ! なになになにー!? いったい今度は何事ー!?」
「イリヤ、下がって! 謎の光が、突然……!」
「あらあら……大にぎわいね?」
見覚えしかない冬の少女と、黒髪の少女、そして冬木でまみえたばかりの、冬の聖女の生き写しだった。
「――ほら見ろ、これが俺のガチャ運だ」
遠い目をした士郎が嘯くのに、エミヤは頭を抱えた。
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