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人理を守れ、エミヤさん!

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状況整理だセイバーさん!






 この聖杯戦争は狂っている。

 聖杯の器であるアイリスフィールの中には、既に二騎のサーヴァントの魂が在った。

 剣士は騎士王である。
 弓兵は英雄王である。
 騎兵は征服王である。
 暗殺者は山の翁である。
 狂戦士は卓越した武練の持ち主である。
 魔術師は魔術王である。
 槍兵は、光の御子である。

 アイリスフィールは、脱落者は初戦で敗れた暗殺者と、所在と正体の知れぬ狂戦士であると思っていた。
 だが黒化英霊として魔術師がいる。脱落したと思われていたアサシンは健在だった。異変に気づくまでに二騎の脱落を感じ、つい先程三騎目が脱落していよいよ混乱した。
 魔術師のクラスが重複しているのみならず、どう数えても冬木の聖杯戦争に於ける七騎の縛りに計算が合わない。アイリスフィールは七騎の英霊にクラスの重複は有り得ないと従来通りに考え、単純にアサシンが初戦、遠坂邸にて英雄王に本当に屠られて一つ、姿の見えない狂戦士で二つと考えていた故に、山の翁の健在をあの白髪の男から知らされ動揺した。

 異常事態だ。

 白髪の男の言っていたことが本当なら、三騎の脱落者は一体何者なのか。キャスターと狂戦士が斃れているとしても後一騎は何者だ。訳がわからない。

「――アイリスフィール、状況を整理しましょう」

 新都の只中を冬の姫と歩きながらセイバーが言う。指を一本立てた。

「確実に斃れているのはキャスターのサーヴァントです。バーサーカーは不明。しかし私の所感としては、あのバーサーカーが簡単に倒されるとは思えません。そして貴女が感じるには三騎目が脱落した……これは恐らくですがアサシンでしょう」

 確信の籠った断定に、アイリスフィールは反駁した。確かにランサーのマスターは別れ際、アサシンを討つとは言っていたが、潜在的には最大の敵とも言える。正直に本当の目的を明かしたとは思えないのだが……。

「どうしてアサシンだと分かるの?」
「ランサーのマスターは、機知と行動力に富んでいます。アサシンに襲撃されその生存を知ったと彼は言いました。アサシンのマスターの所在は割れています、ならば彼は私達と別れた直後に教会を襲撃し、そこに保護されていたアサシンのマスターを撃破、アサシンを脱落させる……ランサーと彼ならば容易い事でしょう」
「……そうね。なら三騎目はアサシンという事になるわ」

 セイバーの言には説得力があった。そしてアイリスフィールは、疑念を拭えないままそれを肯定する。しかしそれでも二騎目は誰だ、という疑問は晴れない。セイバーはバーサーカーが簡単に敗れるとは考え辛いというが、それでは斃れた三騎の内訳が不透明になる。
 あの光の御子のマスターは、セイバーの言うように知略と行動力、胆力と武力に秀でた歴戦の魔術使いのようだった。ならマスターの天敵とも言えるアサシンを野放しにはしない。そのマスターの所在が明らかな内に手を打つと考えるのは妥当と言えるが……。

 騎士王は二本目の指を立てる。

「問題なのはキャスターとアサシンの他に誰が脱落しているのかが不明な点です。キャスターのクラスが重複し、聖杯戦争に於ける七騎の縛りに数が合わなくなっている時点で、必ずしもバーサーカーが脱落しているとは断定出来ないのが悩みの種です。現状で判明している英霊は私と英雄王、光の御子。他に征服王、魔術王、バーサーカーにアサシン、キャスターとなります。この時点で八騎存在している事になりますが――」
「――私の中には既に三騎いる」

 聖杯の仕組みについて、アイリスフィールはセイバーに話していた。己が脱落したサーヴァントの魂を回収し、聖杯に焚べる器になるのだと。即ちアイリスフィール自身が聖杯なのだと話したのだ。
 セイバーはこれに驚きはしたが――彼女には彼女の悲願がある。確実な燃料として、他の英霊の写し身であるサーヴァントを捧げるのに躊躇いはない。そしてアイリスフィールが滅びる事も勘定に入れ、公私を分けて結末を受け入れていた。

「確実に生き残っていると言えるのは三騎士と征服王、魔術王を合わせての五騎ね。脱落者はアサシンで一、そして重複しているキャスターで二とする。――後一騎は何者なのか……これが謎よ」
「妥当に考えればバーサーカー……ですが、ランサーとライダーのマスターは、倉庫街での戦闘以来、バーサーカーと交戦していないと言っていました。私達もそれは同じです。アーチャーの戦闘だと派手になる、ですのでどこかで戦えば分かるはず……アーチャーが斃した可能性も薄い。アサシンかキャスターがバーサーカーのマスターを斃した可能性はありますが、確実ではありません」
「もし仮にバーサーカーが健在なら、三騎目の脱落者が不明ね。八騎目のサーヴァントがいたのだから九騎目がいないとは断定出来ない。最悪の場合、正体不明の敵サーヴァントが何処かに潜んでいる事になる」

 ……。

「頭がこんがらがってきたわ。ねえセイバー、貴女はどうしたらいいと思う?」

 聡明な頭脳を持っていると言っても、実戦経験など持ち得ないアイリスフィールは、すんなりと常勝の王へ意見を乞う。
 それがアイリスフィールの長所だった。他のマスターなら自分で考え、使い魔でしかない彼女に意見を乞う事など思い付きもせず、考え付いたとしても宛てにしないだろう。
 ゲームのプレイヤーはあくまでマスターなのだ。しかしそんな固定観念を、アイリスフィールは無垢故に無視してしまえる。分からない事があれば他者の、セイバーの考えを訊く柔軟さがあったのだ。そしてセイバーは、意見を請われれば率直に口にする気質である。

「幸いな事に、私達には確実に味方と言える陣営があります」
「ランサーね?」
「ええ。光の御子は知っての通り、マスターも実力と人柄に疑いはありません。戦力という意味では彼らと組んでいる私達が最も突出している。聖杯の異常を調査する間は征服王や魔術王とも停戦していますが、彼らとは同盟を結んでいるわけではないので油断は出来ません。確実な味方と言える強力な存在は、今は歓迎すべきでしょう。今成すべきは、存在するかもしれない九騎目のサーヴァントを警戒しつつ、聖杯を調査する事。これが最優先です」

 つまり、エミヤと名乗った男の提示した道筋の通りである。
 アイリスフィールは腑に落ちないものを感じていた。それはセイバーも同じなようで、どこか考え込むような表情をしている。

「……道理は通っているわ。合理的で、筋が通っていて、隙間も陥穽もない。そうするのが自然なのが、逆に不自然ね……」
「しかしアイリスフィール、そうするしかないというのも事実です。人柄は信頼できる、しかしその弁には些か誘導している気配がする、かといって背くには道理と筋が通っている。まるで性質の悪い幻術に掛けられているようだ」

 エミヤを完全に信頼していいのか。セイバーの直感は、大きな目で見ればエミヤを信じるべきだと――否、寧ろエミヤと共に戦うべきだと感じているが……。王としての経験で培った眼力が、謀られている予感を訴えている。
 しかし隙がない。疑念が噴出する要素を見つけられない。ブリテンの宮廷魔術師にからかわれているような錯覚がする。

 とりあえず、やるべき事は改めて決めた。兎に角聖杯だ。それが異常なのは明白なのだから調査する事は避けられない。であれば今は頭を捻っても答えが出ない問題は後回しでいい。悩むだけ無駄である。
 そうと割り切った剣の主従は、大聖杯のある円蔵山の方角へ足を向ける。光の御子や征服王と落ち合う場所は其処なのだ。

 しかし。聖杯は、自らに近づかんとする者を拒む為に、足掻く。

「――ッ!?」
「これは……宝具の大規模な魔力反応……!?」

 感知能力が秀でている訳でもない彼女達が、それでもはっきりと感じ取れるほどの莫大な魔力が、不意に空間に波及して届く。
 アイリスフィールは驚愕し、焦燥に塗れた貌で絶句した。

「そんな……近いわ! こんな、まだ人がいるのに、こんな規模の魔術行使をするだなんて!」
「アイリスフィール!」
「――行って! 私もすぐ追いかけるから!」

 セイバーは迷わずアイリスフィールの指示に応じて駆け出した。疾風と化して疾走する。
 向かうは未遠川、黒化し自我を剥奪された英霊、道具として起動する聖杯の自衛本能。その宝具の性質上、真名解放も担い手の自我も不要とする『青髭』が、制御不能の大海魔を召喚しようとしていた。






 
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