人理を守れ、エミヤさん!
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正義って何さ士郎くん!
「するとあれか。一旦聖杯戦争を中断し、大聖杯とやらの状態を確かめに行こうという腹か」
赤毛に虎髭の巨漢、征服王イスカンダルが訝しげに反駁するのに俺は頷いた。
この場にはライダー、セイバー、カルデアのキャスターにランサー、伏兵状態のシールダーが揃っている。セイバー陣営とも手を組んでおり、キャスターのソロモンも中立と見せ掛けてこちら側なので、イスカンダルは完全に孤立していた。異を唱えようものなら即座に包囲して確実に始末する気でいる。
俺としてはライダーは此処で消してもなんら問題ないのだが、流石にアルトリア達の手前、強引過ぎる攻撃は却って不信を招くと判断し、ライダーの出方を見る事にしたのだ。
『茶番だねぇ。あのアサシンならセイバーとライダーをここで倒して、アインツベルンの器を破壊。邪魔するなら英雄王も数の利を活かして仕留め、大聖杯を破壊して「ミッションコンプリート」って言いそうだよ』
ロマニの言に眉根を寄せる。その遣り方は有りと言えば有りだ。
だが軽挙である。合理的に動くのが必ずしも正解とは限らない。人間は機械じゃないんだ。機械みたいに動くモノは人じゃない。俺は人間だ、人間だから人間としての感情には素直で在りたい。
『俺はアルトリアを殺したくはない。アイリスフィールだって死なせたくない。多少の遠回りは許容するさ。人理を守るのは機械じゃなくて人間だろう。人間でないといけない。愚かだと解っていてもそこは譲っちゃいけないと思う』
冬木でも、フランスでも、ローマでも、周りの人に被害が行くような状況ではなかった。
だがこれから先、人里で戦わざるを得ない状況もあるかもしれない。その時は最悪巻き込んでしまうかもしれないが――極力そういうのは無しで行きたいと考えていた。
『そっか。ま、ボクはそういう方針は君に一任するよ。司令官の立場はアグラヴェインに取られちゃってるからさ』
ロマニの分かっているといった物言いに、見透かされるのはやはりいい気分はしないと、鼻の頭を掻く。
気を取り直してライダーに言った。
「不服か、征服王。文句があるなら聞くが」
「文句はない、ないが一つ聞きたい。ランサーのマスターよ」
難しそうに唸るライダーに、俺は表情を動かさないまま応じる。なんだ、と。
「いやな、余は聖杯を征した暁には受肉をしようと思っておるのだが、その汚染された聖杯とやらは余の願いを叶えられるのか?」
「はぁ!?」
戦車の中で小柄な少年が喚き立てる。「お前世界征服したいんじゃないのかよ!」とかなんとか。ライダーにデコピン一発で黙らされる姿に、俺はまたも物悲しい気持ちにさせられた。
ロード=エルメロイⅡ世……。そりゃ少年期の事、語りたがらない訳だ……。あの厳つい講師の暗黒時代、こんな形で目にする事になると……不謹慎ながら笑えてくる。今度時計塔に行く事があればからかってやろう。
「受肉という願い自体は叶うだろうよ」
「真か?」
「真だ。だがまあこの聖杯で受肉を願おうものなら、なんらかの歪みを抱え込む事は覚悟しないといけないだろうがね。例えば、そうだな。――受肉は出来た、ただし『この世全ての悪』の器として、とか。最低でも英霊としての属性が反転するのは確実だな」
幾ら大英雄であっても、ギルガメッシュのように、誰しもが聖杯の汚染を耐え抜く事が出来る訳ではない。理性ありのヘラクレス辺りなら普通に耐えそうだが。伊達に狂い慣れてはいない! とか言いながら。
さしものライダーも顔を顰めた。属性の反転もアンリ・マユの器認定も、どちらも自分ではない誰かに他ならない。オルタ化は厳密には本人でも、反転した側からすればそれぞれ認識が違うだろう。ライダーの場合、反転など御免被りたいはずだ。
「では仕方がない……余も休戦には同意しよう。どのみち景品がそんなものでは戦うだけ無駄というものだ。それに、なぁ……」
ライダーはにやりと笑むや、悪戯っけのある表情で指摘した。
「うぬは休戦に反対すれば、余をここで討つつもりなのだろう?」
え?! とウェイバー・ベルベットが仰天し俺とライダーを交互に見る。
アホらしいと鼻を鳴らした。
「なんの事だか」
「ダッハッハ! 図星を突かれても顔色一つ変えんとはな! よいよい、言わずとも分かっておる。うぬとセイバーめは手を組んでおるのだろう? 余もこの距離でうぬらを同時に敵に回そう等という無謀は犯せん」
アルトリアとアイリスフィールの冷めた目が痛いから、余りそういう事を大きな声で言って欲しくはない。まったく、反対=敵対というのは道理だろうに。
カルデアの方のアルトリアなら、多分遠い目をするだけだったはずだ。オルタなら平然とカリバってくれただろう。
クー・フーリンが愉快げに言った。
「マスター、なんなら今消しとこうぜ。どのみち後で殺っちまうのは決まってんだろう?」
暗に自分がいなくなる前に、強敵は減らしておけと言いたいのだろうが、スゴい目で俺を見るウェイバー君に目元を緩め肩を竦める。
「駄目だな。ライダーが黒化して出てこられたら面倒だ。今はまだ生かしておいた方がいい。……ライダーのマスター君、だから安心していいよ。敵対しない限りはまだ手を出さないから」
言いつつ、聖杯をどうにかしたらその場で仕留めるのが最上だなとは思う。
まあその時にはクー・フーリンはいない。絡め手でやるしかないから、その場で不意打ちするのは不可能だろうが。
ウェイバー君は完全に警戒して戦車の中から僅かに顔を出すだけとなってしまった。
それに噴き出してしまう。あのロード=エルメロイⅡ世が、なんて小動物チックなのか。可愛らしすぎて、相好を崩しながら言った。
「話は纏まったな。この場の陣営全てで、円蔵山の大聖杯を検めに行く。一先ず今夜は別れよう。明朝、山の麓で会おう」
「? 今から行かないの?」
アイリスフィールからの問い掛けに、俺は尤もらしく言った。
「ライダーのマスターもそうだろうが、キャスターのマスターと貴女も、相応に準備はしておきたいだろう? 根本のところで信頼するにはまだ付き合いが浅い。俺も備えるが、他にやらなきゃならない事もある」
「ふむ。やらなければならぬ事、か。それはなんだ、ランサーのマスターよ」
「教える義理はないな、ライダー。だが休戦の発起人として、ある程度は明かしておこう。
脱落したはずのアサシン――ソイツを片付けておくまでの事だ」
教会にいる言峰から令呪を剥ぎ取り、アサシンを殺る。
適当に目についた宿に入った俺は、自身の領域でもないのに『空間転移』で合流してきたロマニとマシュを交えてそう言った。
「言峰の野郎か。チッ……オレが殺りたい所だが……」
「残念だが、君はここまでだ」
マシュの設置した盾を基点に開いたサークルを通り、カルデアから来援した赤いフードの暗殺者――切嗣がそう言った。クー・フーリンは露骨に舌打ちし、サークルの上に立つ。
光の御子は俺の方を見て、飄々として宣う。
「マスター、言峰の野郎は殺っちまった方が世のため人のためだぜ」
「ここは特異点だぞ。やっても何も変わらん。なら流れる血は無い方がいい」
「は。奴の本性を知っててそう言うんだから筋金入りだな。んじゃ、賭けの始まりだ。言い訳して逃れようとすんなよ」
笑いながら消えていくクー・フーリンに、俺は微笑んだ。
「賭け? なんの話か分かりませんね……」
「おい」
「俺のログには何もないなぁ」
「おうキャスター、マシュの嬢ちゃん。何がなんでもコイツに吠え面掻かせてやっから、見とけよ」
「応援してるよ。本気で」
「はい。頑張ってください、ランサーさん」
にやにやと。にこにこと。ロマニとマシュはクー・フーリンを激励した。
なんて事だ、俺の味方はいないのか……? 人の過去なんか見て何が楽しいんだか。
揃いも揃って趣味が悪い。マシュまで巻き込むのはやめろと言いたい。
消えていったクー・フーリンを見送り、入れ違いにやって来たのはクー・フーリンの姿をした百貌のハサンである。俺は感心し称賛した。
「よく来たアサシン。大したもんだ、どこからどう見ても光の御子そのまんまだぞ」
「そうかい? そいつは重畳。ま、なんだ。戦力としちゃマスターにも劣るが、見掛け倒しぐらいは任せてくれや」
大英雄クー・フーリンそのままの声と口調、素振りで情けない事を堂々と言われるのに可笑しさを覚える。
だが本気で大したものだった。霊基の規模以外では見分けがつかない。
とりあえず役者は揃った。俺は人好きのする爽やかな笑みを湛えて通告する。
「さ、仕事の時間だ。アサシンを消し、アイリスフィールの心臓をすげ替える。切嗣は投影宝具を持って間桐邸に侵入し適当に設置、そこの住人を蟲けら以外避難させろ」
「纏めて消さないのかい?」
「俺は正義だからな、正義は無闇に血を流さないのである」
「君の正義は爆破なんだね」
「正義とは……人とは……なんなのでしょう……」
マシュが遠い目で呟いた。哲学するマシュ、いい……。
「ロマニは俺と教会だ。マシュも来てくれ。マスターに偽装したままでな」
「うん」
「分かりました」
「オレはどうすんだ?」
偽クー・フーリンの疑問に、俺はあくまで爽やかさを維持したまま答えた。
「寝てろ。邪魔だ」
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