人理を守れ、エミヤさん!
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謁見だよ士郎くん!
半神に共通する真紅の神性。
紅玉よりもなお紅く、魔性の視線には強烈な意思の光が輝いている。
他を圧する暴力的なまでの我意。比類なき強大な自我。黄金の魂。恒星に等しい存在力を無作為に発散しながら、愉快な喜劇でも眺めるようにその双眸が細められた。
俺は忌々しげに舌打ちしたくなる衝動を抑える。この冬木で一番見たくない顔だった。
「……英雄王。こんな寂れた城になんの用だ?」
アイリスフィールの物言いたげな目を流す。俺が森の結界から何まで台無しにしたとはいえ城そのものは無傷なのだ。事実を口にすることぐらい許してほしいものである。
俺の問いに、英雄王はしかし機嫌を害してはいないようだ。許しなく顔を見るなとか、雑種風情が問いを投げるか、と意味不明な怒り方をする男だが、奴には奴の筋がある。それを読み違わねば、意外と英雄王は寛大だ。
それとなく身構えるクー・フーリンと青ペンちゃん。アイリスフィールが同盟の申し出に頷いた以上、二騎のサーヴァントは連携する用意がある。英雄王が何をしても即座に反応できる態勢だ。
二騎の大英雄の敵意。特にクー・フーリンの眼光は視線だけで殺せそうなもの。しかし英雄王はそれには怯まず、逆に面白げな視線で応じて、俺の問いに答える。
「――なんの用と来たか。随分とツレないな、雑種。久しいのだろう、この我に拝謁する栄誉を賜ったのは」
「っ……?」
「何やら滑稽な筋書きに踊らされ、未だそれを自覚できずにいるらしいな? 見込んだ以上の道化だな、贋作者」
黄金の王の言葉の大半を、咄嗟に理解できなかった。しかし英雄王が俺を知っているらしいということは察せられた。
予想だにしなかった事態である。この変異特異点――否、この時間軸では英雄王は俺の存在を認知など出来るはずもない。一体どんな手を使った? 宝具で未来を視たとでも? いや、そんなつまらないことをする男ではない。仮に未来を視るとしたら、この男は宝具に拠らずに自力で視るだろう。
……ということは、英雄王は宝具ではなく、自身に備わった自前の能力で未来を視ることが出来る?
俺の思考など掌の上なのか、ギルガメッシュは肯定するようにわざわざ俺を見下ろした。
「おう、金ぴか」
クー・フーリンがこめかみに青筋を浮き上がらせ、怒気も露に呼ばう。
「マスターを知ってるってこたぁ、このオレのことも知っていると踏んでいいな」
「無論だクー・フーリン。見違えたぞ、以前のそれとは比べ物にもならん。今の貴様になら同じ半神のよしみで本気を出してやってもいい」
「は、囀ずってんじゃねぇ」
心底興味なさげに、英雄王の賛辞を横に捨てる。
クー・フーリンという真名にアルトリアとアイリスフィールが反応したが、そんなものになど欠片も意識を向けず、最強の槍兵は呪いの朱槍を突きつけた。
「テメェ、よくこのオレの眼前でマスターを侮辱してくれた。滑稽だと宣ったその舌、よほど惜しくねぇと見える」
「ハッ。クランの猛犬が飼い慣らされたか。よもや貴様が騎士を気取るとはな」
嘲けりではなく、不敵な笑みだ。視線の交わる先で火花を散らす両者に俺は制止の声を掛ける。
「待てランサー。英雄王の物言いに一々目くじらを立てていたら埒が明かん。戦いは任せるが今は俺に任せてくれ」
「……チ、わぁったよ。ただしマスターも腹括ってろ。苦手だからって腰が引けてたんじゃあ、男として少しばかり情けねぇぞ」
耳に痛い忠言である。確かに俺は英雄王が苦手だった。
その真実を見通す眼が、こちらの虚飾を剥ぎ取るようで、どうにも正視に耐えない。
が、そんなことも言っていられない。俺は腹を据える。頭のギアを最大にまで上げた。
――ギルガメッシュは俺だけでなく、クー・フーリンの存在も認知している。
ということは、疑いの余地なく第五次聖杯戦争のことも知っていることになる。
ギリ、と歯を食い縛って、過去の苦い記憶を一旦忘れた。
「相方が突っかかって悪かった。それでギルガメッシュ。あんたはなんの用でここに来た?」
知識としては識っている。聖杯問答とやらをしに来たのだろう。しかし第五次の戦いを識っているらしい英雄王が、果たして同様の理由でやって来るだろうか?
俺の問いに超越者は口許を緩める。嫌に機嫌がいい、嫌な予感しかしない。
「カルデアのマスターよ。言わずとも察しているならわざわざ問いを投げるな。この我に無駄に言の葉を紡がせるは死罪に値する不敬だぞ」
「大体があんたからしたら不敬だろうが。機嫌良いなら見逃せ」
察しているから嫌になってるというのに。
ああ、異邦人だと見抜かれているんだろう。加えて何が目的かも察してもいるらしい。その上で、奴は何かを目的に此処へ来た。
どうやって知ったかなんてこの際どうだっていい。現実問題として奴は冬木の聖杯に纏わる秘密を知っている。聖杯の正体を知っているなら、自身の宝でもない聖杯に興味はない筈だ。
この時代に受肉していたなら、聖杯の呪いを使って人類を間引こうとするだろうが、霊体である今は歪んでいない素の英雄王である。この時代に干渉する気はないと見ていい。
なら、王としての裁定を下すのがギルガメッシュだ。そこから推測される目的は――俺を見定めに来た? ついでに俺を弄びに来た、とも言えるかもしれない。
「その通りだ」
「……」
俺の脳内と会話しないで貰いたい。
「だが貴様を見定める儀は既に済ませてある。故にもう、貴様に下す裁定は一言に付すのみ。――星詠みの天文台よ、大儀である。篤と励め」
「――は?」
「分からぬか。我は貴様を殺さん。このような寄り道など手早く終わらせ、さっさと次に駒を進めよと言ったのだ」
目を見開く。ギルガメッシュはアインツベルンの城の城壁の上で、腕を組みながらこちらを睥睨した。
「贋作を造るその頭蓋は気に食わんが、特例として存在することを赦す。その小賢しい知恵と悪運を駆使し、人理を巡る戦を見事、戦い抜くがいい」
「……」
「だが今のままでは道半ばで倒れるは必定であろうな。今の内にその因果を清算しておけ。此度はそれだけを告げに来た」
「因果……?」
そこまで言って、ギルガメッシュは片手をあげた。
こちらからは見えない地点、城壁の向こう側から空を舞う王の御座が現れる。
エメラルドの天舟。それに跳び移り、玉座に腰を下ろした王は唖然とする一同を見渡した。
「先を『視てしまった』以上、この場の余興に絡むのも面倒だ。故に雑種は雑種同士、せいぜい適当に戯れているがいい。我はこの先の宴を心待ちにしているぞ、クランの猛犬」
謎めいた言葉を残し、それ以上の弁を費やす事なく英雄王は去っていった。
俺は呆然とする。
全然、全く、これっぽっちも予期し得ない事態だ。
いったい、俺が話していた相手は誰だった?
あれが、本当にギルガメッシュだったのか?
傲岸不遜、慢心の塊、絶対者ギルガメッシュだったと、本当に言えるのか?
「……相変わらず訳が分からねぇ野郎だが、雌雄を決する機会はもうちょい先らしいな」
クー・フーリンが独語する。それで我に返った俺は、がりがりと頭を掻いた。
訳が分からずとも現実は変わらない。本来、聖杯問答に参加するはずだった英雄王は去ってしまった。
杯で挑まれたら逃げるわけにはいかないのが王ではなかったか? それを曲げてでも成さねばならないことがあったとでも? やはりあの王のことは分からない。一方通行の理解だけを持っていかれた。
ちら、とアイリスフィールを盗み見る。
どうやら世間知らずが祟って、この時代ではまだマイナーだったカルデアの名前は知らないらしい。いまいち話に付いてこられていなかったようだ。
ならいい、理解されていたら正体がバレ、同盟は破綻していた。同盟解消はもう少し先の局面でないといけない。
だが、英雄王は俺を殺す気はないと言っていた。なら無理をして倒しに行く必要はない? いやしかし、『この先の宴』とはなんだ。冬木の聖杯に招かれた存在である以上、それはこの冬木での出来事を指す筈だが……。
「……妙だ」
アルトリアがふと言う。
「気づきませんか。先程聞こえた雷鳴――恐らくは征服王の戦車のものでしょう。それが遠くから聞こえたのに、一向に近づいてくる気配がありません」
「……言われてみれば確かに」
目の前の英雄王に集中しすぎた。普段はしないような珍ミスである。
俺は嘆息し、思考を切り替える。クー・フーリンに言った。
「どう視る」
「ああ、どうにも奴さん、面倒なことになっちまってるぜ」
「面倒?」
「見てみろよ。マスターの方が眼がいいだろ。あっちだ」
言われるがまま、俺は脚に強化を叩き込んで軽く跳び、城壁の上に登って高所からアインツベルンの森の外れの方へ目を遣った。
目を細める。
そこには俺の見たことのない、しかし知識として識る魔物――『泥』に塗れた海魔の群れが氾濫し、この城に流れ込んでこようとしているではないか。
それを期せずして塞き止める形となっているのは、戦車を操る赤毛の巨漢と。
なんか見覚えのある魔術王。
「……」
俺はいつの間にか隣にまで来ていたクー・フーリンに視線を向ける。
曖昧な表情で肩を竦めた彼に、心の底からの疑問を投げた。
「なにやってんだアイツ」
オレが知るか、とクー・フーリンは苦笑した。
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