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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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黒魔術-Dark Majic- Part3/微熱と雪風を憎む者たち

次の日の朝…
「…」
ベッドから体を起こしたシュウは、下に来ていた赤いシャツの上に黒い上着を羽織ると、窓から差し込む朝日を浴びていた。
(…眠い。睡眠時間は十分にとっていたはずだが…)
昨日の夜、一緒に寝たいと駄々をこねるリシュに合わせ、普段よりも早い時間に就寝した。だがその割に、シュウの体は妙な疲労感を覚えていた。まるで寝ている間も一日分動き回ったかのようだ。
(まさか夢遊病にでもかかったのか?)
いや、さすがにそれはあり得ないか、と頭に浮かんだ疑問を振り払った。もしそうならリシュだって起こしてしまっている。
「んにゃ…」
子供らしく無垢な寝顔だ。見る限り、リシュが夜中に一度も起きていた様子は見られない。寝ているときから姿勢が全く変わっていない。きっといい夢を見ているのだろう。
「夢、か…」
「どうしたよ旦那。また夢でも見たんかい?」
「…あぁ」
テーブルに置いていた地下水が声をかけてきて、適当に頷く。
あまり思い出せずにいるが昨日見た夢も、地球での夢だった。憐や尾白、瑞生がいて、そして孤門たちもいて、だがそれだけじゃない。サイトやルイズ、それに…ティファニア。彼らをはじめとした、地球にいたころに会ったことがないはずの奴らがいた。そして今回は…敵の手に落ちたはずのアスカもそこにいた。
よく覚えていない、とは言うが、それは夢の映像全体を総合して、どれだけ思い出せるか、という意味でだ。夢の一部ならある程度覚えている。
しかし、夢の中でもアスカに夢を語られるとは。どれだけおせっかい焼きなのだあの男は、とシュウは苦笑いを浮かべかけた。だが笑顔といえる形が欠片もできない。愛梨が死んだときから苦笑さえも浮かべられなくなった。
「ずいぶん疲れた顔だな。女を朝まで抱いたわけでもねぇだろうに」
「それを他の連中の前で口にしたら溶かすぞ」
リシュという幼子がいるこの場で地下水が今のようなことを言ったら、絶対に変態の仲間入りを果たしたと誤解されかねない。
「これくらい許してくれよお。俺ぁ最近使われることもなくてめちゃくちゃ暇してんだぜ。これじゃ前の仕事の時の方が充実してたってもんだ」
ブーブー文句を言ってくる地下水。確かに戦いのきっかけがないことで、退屈を好まない地下水はため込んでしまっているといえるだろうが、だからといって捨てたり出て行けと告げてもこちらに実害をなす可能性は否定できないのでいちいち聞き入れてられない。元々こいつは、ルイズと同じ虚無の力を持つティファニアを狙うシェフィールドという女が送り込んできた刺客だ。目的のためなら子供だって操り人形にしてしまえる。
「…逆らわなければ壊しはしない。戦い以外での使い方も考えてやるから、大人しくするんだな。平賀のあのお喋りな剣を見習え」
地下水を腰のホルダーに仕舞い込み、シュウは寝ているリシュの肩を揺する。
「リシュ、朝だ。そろそろ起きろ」
「むうぅ…もうちょっとだけ」
リシュが起きるのを嫌がってきた。
「ダメだ。さっさと起きろ」
「…お兄ちゃんがキスをしたら起きる~」
ここでサイトが聞いていたら、むほっ!とむせ返るような声を上げえ萌えることだろう。そしてルイズをはじめとした女性陣から吊るしあげられる。だが、あいにくシュウにそんな変態的趣味はない。真面目と言えるが、逆に言えば面白くない男とも言える。
「…わかった。なら今日はリシュの朝飯は抜きということか」
「それはだめ!!」
冷酷に言ったシュウに、リシュは即座に飛び起きた。朝飯に釣られるとは、よほど飯が食えなくなるのが嫌だったらしい。
「食い意地を選んだか。まあ起きてくれて何よりだ」
「むぅぅ…シュウ兄意地悪!育ち盛りのリシュからご飯抜きだなんて!リシュ、早くお兄ちゃんと同じくらいの大人になりたいのにぃ!」
「だったら甘ったれてないで起きろ。ティファニアの様子も見に行かないといけないんだからな」
「ぶー…」
(やれやれ…)
ご機嫌斜めのリシュを見て、少々面倒臭さを覚えるシュウ。子供はやはり苦手だ。夢の中でも妙にちょっかいを出されるわ泣かれそうになるわ……って、よく覚えてないのによく当てに入れる。
適当にあしらいつつ、シュウは隣の部屋にいるティファニアの部屋を訪れる。
訪れた時、ティファニアがちょうど起きたばかりで背伸びをしていた。
「お姉ちゃんおはよう!」
「ティファニア、今起きたのか?水でも飲むか?」
「…うん…」
近くの棚の上にある水瓶とガラスのコップを取り、シュウは水を注いだそれをテファに手渡した。

「すみません…ありがとうございます、『先輩』」

「は?」
「え?」
なぜかテファから先輩と呼ばれたシュウは目を丸くし、言った本人であるテファもまた、自分で言っておいて困惑を示した。
「先輩ってなんだ?」
「あ、あら…私…まだ寝ぼけてたのかしら?」
当惑と、若干の気恥ずかしさを覚えた彼女は、それを悟られないようにするつもりか、髪を指先で弄り、適当に話を振ってみる。
「ね…ねぇ、今度やるっていう舞踏会、どうなってるの?」
「あ、ああ…今、貴族連中が他の貴族たちに説得に回っている。他の奴らは乗り気じゃないみたいだからな。その間、俺は平賀たちとともに説得以外でできることを探りつつそれを実行中だ。
招待状の制作、料理人の確保…」
舞踏会を行う以上、参加者もそうだが、彼らにもてなす料理も充実している必要もある。粗末な料理では、もてなす相手が平民でも気分はよくないに違いない。
「やることがたくさんね。うまくいくかな?」
「やるからには成功できるように尽くすだけだ。何度も言うようだけどな」
どうせ今は敵地に踏み込むことができないんだし…今は戦う気も起きないんだ。サイトたちにも借りを作り、テファにも迷惑をかけたことは多々。その分だけ彼らに何かをしてやらないと義理もたたない。
「料理だったら、私も力になれると思うわ。貴族のみんなのお口に合うかはわからないけど」
「いや、何かしらできることがあるなら、あいつらも喜ぶはずだし、お前の腕ならあいつらも納得させられるはずだ。不安なら、シエスタというメイドに頼ってみたらどうだ?平賀とも仲が良いらしいし、話も聞いてくれるだろう。俺も料理はできるから、何か一緒に伝授してもらおう」
「シュウが、一緒に?」
「あぁ」
一緒だと聞いて、テファの顔に笑みがこぼれた。思えばこれまで彼とまともな共同作業はほとんどしたことがなかった。これが彼との、本当の共同作業。テファは嬉しくなって心が躍った。
「リシュ、何をすればいいの?リシュもお手伝いしたい!」
「リシュには…そうだな…招待状制作の手伝いでも頼んでみるか」
「うん!」
リシュにもせっかくだから何かをやってもらおう。子供でもできそうなことを頼み、リシュはそれを受け入れた。


…が、ここで問題が発生した。


この日もサイトたちは、平民向け舞踏会の準備にかかっていた。ルイズやクリスたち貴族組が説得に回り、サイトやシュウ、ハルナたちは地下室などから集めた機材をまとめるなどと、役割を分担して活動に勤しんでいたのだが、説得組の方は望んでいた結果を得られなかった。
さらに追い打ちをかけるようにサイトたちに伝わった話は、よろしくない状況を認識させるものだった。
舞踏会開催者の代表としてサイト、ルイズ、そしてクリスの三人がお呼び出された。
「反対意見が多い、ですか?」
不安そうにクリスが尋ねると、オスマンが頷く。
「うむ、実は他の生徒たちからこちらに抗議が殺到しておるのじゃよ。なぜ平民のために貴族が頭を下げるような真似をしなければならないのか、と…のう」
「そんなに、多いんですか!?」
唖然とするサイトに、オスマンは気まずそうに頷いた。
「予想こそしていたが、よもやこれ程平民と貴族の間の壁が大きいとは、わしとしてもこれは誠に…」
「この舞踏会は、平民たちに向けて開催される予定のものであるがゆえに、貴族としての伝統と心構えを重んじる生徒たちには受け入れ難いものであることが予想されます。そのため私たち教師は表立って手伝うことができず、生徒主導で行わなければならない。しかし、オールド・オスマンがたった今仰られた様に、肝心の生徒たちの同意を得られなければ…」
同室しているコルベールもサイトたちと気持ちが同じためか、残念そうにしている。
「もしこのまま舞踏会を開いても、彼らが大規模に開催を拒んでいる以上、参加人数不足か、更なる抗議が殺到してしまうことでしょう。私も君たちの開く舞踏会に大いに期待しているのですが、我々の立場としても、反対派の彼らの声は無視できないのです…」
「ま、まだ説得の途中なんです!ですから…もう少しだけ時間をください!」
ルイズがオスマンたちに必死に懇願する。このまま終わらせたくないという強い熱意を強く押し出した。
「もちろんわかっておる。君たちが懸命に努力をしていることはの。だから即刻中止という酷なことはするつもりはない。サイト君、ミス・ヴァリエール、ミス・オクセンシェルナ。次の虚無の曜日までに、皆を十分に説得してほしい。それが果たされなかった場合は、残念じゃが…」



虚無の曜日までに皆に、舞踏会開催の意思を抱かせることができなければ、舞踏会を中止にする。オスマンからそのように宣告を下されたサイトたちの足取りは重かった。
「まいったな…次の休みの日までにここにいる生徒たちを説得しつくせないといけないなんて…」
クリスが頭を悩ませる。
「学院長、あんなに俺たちのことを応援してくれてたのに…」
サイトも肩を落としそうになる。これでは楽しみにしてくれていたオスマンにも申し訳が立たない。
「これじゃあ舞踏会の開催が絶望的だわ。どうにかならないかしら?」
三人が、何か解決策がないか考える。自分たちだけの独断で開催するわけにもいかない。それでは学院は成り立たなくなるし、実家の家名にも影響が出てしまいかねない。
するとそこへ、ギーシュとモンモランシーの二人が彼らのもとにやって来た。
「サイト、クリス…ここにいたんだね」
「どうしたのよ、何か用?」
「ここでは…少し話しづらいわ。休み時間は教室にいて頂戴。皆に集まってから話をしたいの」
一体なんの話をするのだろう。疑問に思うも、その一方で嫌な予感があった。
そしてそれは的中する。

「舞踏会の参加を取り止める!?」

休み時間の教室にて、ギーシュとモンモランシーからそのことを聞いてサイトは絶句する。
「僕もマリコルヌやレイナールたちと協力して説得を試みたのだが…」
ギーシュがひどく参った様子で言うと、この日この場に同伴していたマリコルヌとレイナールも同じ表情を浮かべている。
「僕が説得に回った人たちの中で、賛成してくれる人誰もいなかったよ」
「僕も同様だ。平民に毒された恥さらし、なんて言われてしまったよ」
マリコルヌとレイナールは、平民向け舞踏会の開催に協力してほしいという提案には、他の貴族たちと違って協力的な姿勢を見せてくれた。ウェザリーの策謀交じりな演劇をやらされたこともあって慣れていたこともあり、また今回の舞踏会の狙いが、無期限休校の危機にある魔法学院に、再び生徒や平民たちを呼び戻すためでもあると聞いて理解を示してくれていた。
だが、そんな彼らがどういうことか、協力をやめると申し出てきた。
「サイト、最初に言っておくけど、私たちもこんなこと言いたいわけじゃないのよ。ただ…」
「何か無視できない理由があるということか?」
シュウからの問いにモンモランシーは頷く。
「今この魔法学院に通っている生徒たちの中に、この舞踏会に乗り気じゃない人が多すぎるのよ。というか、私たち以外全員がそうだといえるわ。ここまで反対されていると、開催自体が危ういでしょう?」
「まだ諦めるなよ!前にみんなで演劇やったじゃないか!」
以前、ウェザリーの策謀の一環とはいえ、彼女のもとで演劇をやったことを持ち出したサイトだが、レイナールが眼鏡をかけなおしながら言ってきた。
「諦めるとかそういう問題じゃないんだ…トリスタニアで行った舞台と違って、今回は僕たちの素性が最初から明らかになってる」
そう、以前ギーシュたちは演劇を行うという、下々の民の真似事を貴族が行ったことを実家にばれてしまうことを恐れて、一度は参加を渋っていた。ウェザリーが素性をあからさまにしなければバレる可能性があまりないという説明と、当時のアンリエッタからの命令である『黒いウルトラマンの情報集め』という正当な理由もあってこそだ。今回の舞踏会にもれっきとした目的があってこそ開催しようとしているのだが、今度はそうはいかない。自分たちが主催者であることを知られていることが前提での開催だ。
「もしこのまま参加をすれば、周囲に僕らの家名が低いものであるという認識を与えてしまうんだ。そうなってしまうと、僕ら自身だけでなく、実家にも影響が出かねない。周りの動きに合わせなければならない僕らの事情も分かってほしいんだ」
「でも、それだったらルイズさんとキュルケさん、それにタバサさんだって…!」
マリコルヌに対し、ハルナが三人の方に視線を寄せる。マリコルヌの言い分が正しければ、ルイズたちもただでは済まないはずだ。
「あたしとタバサは留学生だから別に何ともないの」
キュルケと一緒に、タバサも「ん」と小さく頷く。ここはトリステインという、彼女たちにとっての外国。ここで罪に問われるようなことさえなければ特に貴族的立場のダメージは何もないのだ。
「ただ…ルイズ、あなたは大変じゃなくて?」
キュルケから指摘を受け、ルイズは一時押し黙る。
「そうね、ゼロのルイズは大変なものよ」
いかにも嫌味な感じを漂わせる声がサイトたちの耳に入った。入口の方を見ると数人ほどの魔法学院生徒が数人、集まってこちらに近づいてきた。先頭を切ってきたのは、グレーの髪の女子生徒だ。
「平民に向けた舞踏会ですって?ルイズだけじゃなくて、あなたたち全員、頭がおかしくなっちゃったんじゃなくって?そこにいる下賤な平民共に毒されてしまったんだから」
「…!」
明らかにサイトたち全員のことを軽視…なんてものじゃない。露骨に侮辱しきっている。平民という立場にあるサイトとハルナは、真っ先に自分たちを侮蔑してきた女子生徒を睨みつけた。シュウも白い目で侮辱してきた生徒たちを見る。取るに足らない奴らとしか思えないが、それでも気分はよくないものだ。
「ふん、なんだその視線は。相変わらずゼロのルイズの使い魔は躾がなっていないみたいだな。まったく落ちたもんだね。揃いも揃って…たとえ魔法の腕が上でも、貴族としての気位の構え方は僕たちの方が上のようだ」
構わずもう一人、男子生徒が一人サイトの態度を見て鼻で笑ってきた。
「キュルケ、君は最近そこの平民にずいぶんご執心みたいだね。少し前まで君に対して清き思いを寄せていた自分が理解できなくなるよ」
男子生徒は、以前はキュルケに好意を寄せていたようだが、今は平民とつるんでいるから、と言う理由で見下しているようだ。
「ルイズ、あなたもいい加減、平民を従わせるくらいの魔法の一つでも覚えたらどうですこと?それとも、ゼロを通り越して…マイナスになっちゃったのかしら?」
「なんですって…!」
ルイズは今にも殴ってやりたいと思うくらいの怒りを覚えたが、堪えた。ここでこんな奴らに拳や魔法を振りかざしても、手を出す側が不利になる。
「あら、実際そうじゃない。平民の真似事をするようになるなんて、公爵家貴族の三女が聞いて呆れるわね」
「無様なものだね。平民なんかと触れ合うから泥臭くなるんだよ」
だが、これを聞いてクリスが黙っていなかった。
「貴様ら……!!」
自分の提案した舞踏会のためにクリスは義憤を募らせる。一度はルイズから、助け舟を出すことを拒まれたとはいえ、その時に一度は自分の説教を聞いたにもかかわらず二度も懲りずにルイズへの侮辱をかましてきたこいつらの態度は許しがたいものだった。だが小国の王族自らが、他国の貴族に対してそうするのは、助ける対象の貴族が密かに小国に取り入ろうとしていると思わせてしまい、ますますルイズの立場が危うくなってしまう。
すると、ここでキュルケが彼らの会話に割って入ってきた。
「あ~ら。その様子だと、あれだけの大恥をかいて特に依然と変わりない様子ね。素っ裸で頭を燃やされたまま吊るされたお二人さん」
「「…!!」」
彼女がそう言ったとたん、キュルケとタバサ以外の面々が目を丸くし、男子生徒と女子生徒の両者が顔を朱色に染める。
「はい?」
なんだこいつら、自分たちだけ戦う前から買ったつもりのように上から目線でほざいていた割に、キュルケのたった一度の言い分に黙らされる程度の奴らか?サイトは一時むかつき加減を覚えていたが、キュルケに対する二人のリアクションを見て毒気を抜かれた。
「と、とにかく!平民向けの舞踏会なんて下賤な真似、行えるなんて思わないことね!」
肩透かしを食うことになった反対派の生徒たちは去って行った。
「なんなんだよあいつら!好き勝手言いやがって…」
「ムカつく奴らだね。誰なんだい、あいつら」
サイトもそうだが、ハルナも怒りを覚えるあまり、裏の人格であるアキナが表に出てきていた。特にサイトたちに向けて悪辣さをあらわにしたあの二人について、ギーシュが説明する。
「ヴィリエ・ド・ロレーヌとトネー・シャラント、あいつらをはじめとした連中が特に反対姿勢を持ってるんだ」
「前にあたしたちにコテンパンにされたのが今でも気に食わないのかしら?変な方向で執念深いことね」
「因縁でもあるのか?」
シュウからの問いに、キュルケはこのようにみんなに向けて説明した。


1年前、ルイズたちがまだ魔法学院に入学仕立ての一年生だった頃、彼女持ちも含めた多くの男子生徒を誘惑し続けたキュルケにトネーをはじめとした女子生徒たち数名、幼い外見でありながら学年トップクラスの魔法の腕前を持つタバサにヴィリエがつっかかかったことがあるという。残念ながらトネーはキュルケに言いくるめられ、ヴィリエは中々勝負に応じないタバサに『母』というタブーワードに触れたことで決闘に持ち込んだのだが、内心母を侮辱された怒りのタバサに一方的に返り討ちにされてしまう。
二人を恨んで、いっぱい食わせてやろうと報復を目論んだトネーたちは、新入生歓迎の舞踏会でキュルケの身ぐるみを隠れた場所から風魔法で引っぺがし、あたかもそれをタバサのせいにさせるという成りすましの奸計を実行した。しかしキュルケはドレスを引きはがされて、むしろ恥ずかしがりもせず平然としてしまっていたため、さらに多くの男子生徒たちの注目を浴びることになった。その一方でトネーたち女子生徒を悔しがらせることはできたものの、これをきっかけにキュルケとタバサが決闘を行うという事態に陥る。むしろこのような事態にさせるつもりだったトネーとヴィリエにとって望ましいことだったが、決闘の最中にキュルケはタバサの魔法をかわしているときに、タバサの魔法と、服を破いた風魔法が全くの別物…つまり、真犯人が他にいることに気づき、ひそかにキュルケとタバサの潰しあいを望んでいたヴィリエとトネーは二人の決闘騒ぎの後、そのキュルケによって密かに髪と服を燃やされ、素っ裸の状態で魔法学院の塔から吊るされるという、貴族とは思えぬ恥をさらすことになった。
またこれによって、火と水、情熱とクールという、魔法と性格面において真逆に位置するはずのキュルケとタバサは気の置ける友人同士になったとか。


「あの二人が塔で黒こげの裸にされて吊るされてたのって、あなたたちの仕業だったのね」
深いため息を混じらせながら確信したモンモランシーに対し、キュルケはそうよ、と一言だけ楽しそうに言った。
これを聞いてタバサを除く全員が呆れていた。なんという報復をしでかしたのやら。魔法が使える分、変にそのあたりのバリエーションまで豊富になっている。地球で魔法が使えたりしたら、もっと陰湿な行為をいじめっ子たちはしでかすことだろう、とサイトは考えた。
「だが、あの様子だとあいつら、あんたたちをターゲットに…いや、つるんでいるあたしたち全員に対して何かしでかすつもりだよ。あの目を見ればわかる」
皆に向けてアキナが警告する。しばらく前に自分もルイズにあの目を向けていたから分かる。あの態度を見れば、まだヴィリエとトネーが何かを仕掛けることが予想された。自分たちに恥をかかせたキュルケとタバサへの復讐のためにも。キュルケについては彼女一人だけのせいにはできないし、タバサの視点から見れば完全にあれは逆恨みだ。ギーシュたちは舞踏会への参加を拒むだけで逃れられそうだが、タバサが心配いらないと首を横に振る
「それは大丈夫。あの時のトラウマがあるなら、手を出してこない」
「あいつらもそこまで無謀じゃないわ。あたしたちの中の誰かが、何かしらの嫌がらせを食らったら、あたしとタバサのどちらかが、拷も…尋問しに来るってわかっているはずよ」
「おい、今拷問って言わなかった?」
今すさまじく物騒な単語がキュルケの口から出そうになったのを誰もが聞き逃さなかった。この二人、一度やると決めたらどこまでもやる凄味があるのだろう。それを恐れてトネーとヴィリエは、以前キュルケたちに対して行った陰湿な嫌がらせ行為はしてこない。
「でも、舞踏会に反対するだけで、たとえそれが嫌がらせ目的であっても、私たちに対する正当な反対意見として通される」
しかし一方でタバサはそのようにも言う。彼らは今でもキュルケたちに対して報復を考えるほどに恨みを募らせてはいるが、一度手を出せばこちらが火傷することはしっかり体に刻まれている。しかし、今回のように平民向け舞踏会をキュルケたちも含めた者たちが行うとなった場合、出る杭を打つように反対姿勢を誇示し続ければ、それだけでキュルケたちに対する意趣返しとなる。以前のような陰湿な嫌がらせをする必要はないのだ。
「くそ、陰険な奴らだぜ…!」
サイトはヴィリエたちの悪質な思惑を呼んで歯噛みする。ああいうやつらは自分たちより弱い立場の奴を平気でいじめてもおかしくない。キュルケとタバサに対しても、自分たちより目立っているとか優れていることを認めたがらない、ガキ大将気質からきているとも思えた。
「これについてはさすがにあたしたちの責任も大きいわね。ごめんなさいね、クリス」
「いや…キュルケはそれについて責任を感じていたからこそ、さっきの私を止めてくれたのだろう。感謝する。
ルイズも済まないな。お前には辛い思いをさせる。さっきもお前のことを侮辱されて怒りを抑えられなくなるところだった」
「…いえ、謝らなくて大丈夫よ、クリス」
声に力はなかった。サイトはここで、ルイズは自分の見ていないところで、仲間たちが以外の貴族たちから、肩身の狭い思いをしていることを察した。元々『ゼロのルイズ』と馬鹿にされてしまっていたのだ。ギーシュたち以上の精神的なストレスを抱え込まされているかもしれない。
「ルイズ…どうする?辛いなら、無理はしなくていいんだぜ?あとは俺たちで何とかするから」
「…いえ、私はやめないわ」
だがルイズは、諦めの姿勢を見せなかった。
「サイトの行動は、主である私にも責任がある。使い魔に任せきりにするなんてメイジの名折れよ。だから最後まで付き合うわ」
絶対に引くものか。その決意が確かなものと悟ったクリスはルイズに笑みを向けた。
「ルイズ…ありがとう。やはり君はアンリエッタから聞いた通りの子だ」
「そ、そんなに褒めたってなにも出せないんだから!」
クリスからの素直な礼に、ルイズは思わずそっぽを向く。
少し空気が軟化こそしたが、あのヴィリエとトネーをはじめとした反対派グループの生徒がいる以上、舞踏会の準備にも支障が出る。元々貴族としてイメージを保つのにも気を使わなければならないため協力できなくなったギーシュたちは話し合いの最後に、離脱することについて改めてサイトたちに謝罪を入れた。



「舞踏会が中止になりそう?」
「あぁ、どうもヴァリエールたち以外のここの連中が、平民を下に見る意識が根強すぎて、反対意見が多いみたいなんだ。平賀たちもそれで頭を悩ませている」
部屋に戻ってから、シュウはそのことをテファとリシュにも話した。
ウルトラマンとして戦いに積極的だったころと比べて平穏こそ得たものの、手にしたその平穏の中でシュウも頭を抱え始めていた。キュルケたちは、ヴィリエたち反対派が彼女たちを恐れて表立っての報復こそしないとは言うが、万が一その予想を覆すようなことが起きてしまうこともありうる。それにそれをせずとも、ひたすら反対に徹するだけで相手はチェックメイトを決めているようなものだ。それをもうすぐ訪れる休日、虚無の曜日までに反対派の生徒たちを説得しなければならないとは、誰にとっても骨を折れる思いに違いない。
「マチルダ姉さんもよく言っていたわ。貴族は平民の人たちを下に見ていて気分が悪いって。姉さんはそんなことなかったのに、そんなに平民の人たちと仲良くしたくないのかしら…」
「泥にまみれたくない。それと同じ感覚でものを言ってるんだろうな」
「泥って…そんな風に思ってるなんて…」
ずっと森の中で、それ以前に実府であるモード大公の屋敷に隠れ住んでいた頃からも、テファは貴族と平民の間には越えられない壁のようなものがあることを知っていた。知ってはいたが、いざこうしてその話が実在すると聞くと、元々外の世界に興味を持っていた彼女としてはショックな話だった。
「ぶとうかい、できないの?」
リシュも不安げにシュウに尋ねてきた。
「まだそれはわからないが、可能性が低くなりつつある」
「えぇ~。リシュも舞踏会に出たかったのにぃ」
「まだ中止になると決まったわけじゃない。決定が下されるまではそうならないようにするさ。ティファニアのためにも、俺たちをここに置いてくれている平賀たちのためにもこのイベントは起こしておきたい」
中止になるかもしれないと残念がるリシュに、シュウはまだ諦めるつもりがないことを意思表示する。愛梨のこともあるし、他者を巻き込みたがらない質のシュウだが、気がつけばアルビオンから脱出する際に至るまで、自分は多くの人たちに借りができてしまっていた。だから少しでも返していきたいと思っていた。
「…ふふ」
「ど、どうして笑う?」
急にテファが微笑んだことでシュウは戸惑う。
「だって今のあなた、いつもと違って張りきってる気がするの。いつもだったら戦うことばかりで、自分を追い詰めてる感じがしてたから」
「…」
「あ、その…笑ってると言っても、別に可笑しいと思った訳じゃないの、ごめんなさい」
いつも通りの無表情なのに、ひたすら戦いに集中していた頃の彼と比べると、どこか明るく見えてくる。テファは自分のために、と加えて舞踏会開催に意欲的な姿勢を見せるシュウに嬉しさがこみ上げる。そう思うあまりつい笑みを溢して言ったのだが、シュウが黙りだしたことで彼に不快を与えたかもしれないとテファは慌てる。
「…そうだな。お前の言う通りかもしれない」
シュウは、テファに言われたことを否定しなかった。
「俺は、戦うために技術者を目指してたわけじゃない。自然を汚すことのない、人の生活を支える発明ができる技術屋を、人を幸せにできる機械の開発を目指してたんだ」
テファの隣に腰掛け、過去を振り返りながらシュウは自分がかつて描いた夢を語り始めた。
「人類は自らの知恵を駆使し、地球の文明を発展させていった。おそらくこの世界よりも短い年月をかけてな。でもその一方で、繰り返される戦争や、人類の発展と引き換えに地球の自然が破壊され、それに伴って地球の気温の異常な上昇、自然災害の多発と言った形でそのツケを受けることになった。
だから、俺が自然を壊さず人の生活を支える機械を作れたら、きっと人も地球も、より豊かになって、幸せになっていけるはずだと思って、技術者になることに決めたんだ」
「人を幸せにする発明家…素敵な夢ね」
アスカに話していたそれよりもさらに詳細な、自分が思い描いていた夢。子供らしく夢想に溢れた、だからこそ素敵なものと言える夢。
テファには、地球の環境事情は難しい話も同然であったが、シュウが他者を思う強い理想を持っていたことに笑みを浮かべる。
「けど、ビーストが現れ、そんな夢を抱く余裕なんてすぐになくなった」
「え…」
しかし、シュウの口から告げられたその言葉で、テファの笑みはフッと消えた。
「俺が生まれる少し前の時期から奴らが現れ始めて、気がつけばビーストを殺すための兵器開発に全てを擲っていて、まともに余裕を持った生活すら送ってなかったな。だがそれでも、人の命や夢を守ることに繋がるなら構わなかった。
だから愛梨を失った後、俺にビーストと戦える素質があると診断が下されたとき、俺は奴らと戦うことに迷わなかった。自分を殺す勢いで副隊長たちのしごきにも耐えて、任務でもビーストと腐るほど戦った。奴らを倒せば、以前の俺みたいな思いをする人を無くせると信じてな。
……結局、失敗したけどな」
目を伏せながら、その瞼の下に過去のトラウマが過るシュウ。
ビーストの脅威から人を守るために、何より近しい誰かを守るために研鑽を重ねて対ビースト兵器を開発していたのに、研究チームの仲間も、愛梨も失い、夢を抱くこともできなくなった。
どこか自嘲しているかのように語ったシュウに、テファの表情が曇ってしまう。それを見て、またやってしまったかとシュウは反省した。
「…済まない。それよりも舞踏会のことだな」
「シュウ兄、大丈夫だよ。お兄ちゃんたちが頑張ってるんだもん。絶対に開けるよ。もし反対してる人たちが何かしてきても、リシュがめ!って言ってやるんだから」
「リシュがここまでいうから、きっと大丈夫ね」
リシュもシュウのやる気に乗って、物怖じなんかしていないとアピールするようにシュウを励ました。それを見たテファは、くすりとほほ笑んでリシュの頭を撫でた。
シュウは笑みを交わしあう二人を見て、自身の中に二つの思惑が巡るのを感じた。
一つは、この笑顔を守らなければならないからこそ、以前のように戦いの道を行くべきか…もう一つは、平穏の中である以上、戦いを求めず平凡な日常に浸るべきか。
…だめだ。どうも以前と同じように、戦いへの姿勢が消え失せていない。やはりどうしても考えてしまうのだろう。
かつて愛梨を失って感じた時のように、彼女たちが今浮かべている笑顔を失うことへの恐怖を。
(…いや、今はよそう)
結局これまで何をしても、戦いを通して何かを満足して守れたことは一度もなかった。そんな自分のこれまでの己を省みないあり方を見て、テファは心を痛めている。これ以上は彼女を無暗に傷つけるだけでしかない。だったら今はこれでいい…これでいいんだと、シュウは胸の中で自分に言い聞かせた。





そしてまた、世界は変わる…





キュルケを謎の悪魔のような影から救出した翌日、シュウはアンリエッタたちの待つ生徒会室へ招かれ、昨日の件について話し合うことになった。
「悪魔の影のようなものが、キュルケさんを狙っていたのですね。なんと言うこと…」
教われたキュルケを思って、アンリエッタは辛そうに目を伏せる。怪我もないのは幸いだったという安堵もあった。キュルケはこの日です何事もなかったように学校へ来ている。
「しかし、どうしてキュルケが狙われたんだ?しかも、襲われていたのは彼女だけではないらしいが」
サイトがアンリエッタたちに尋ねる。昨日の1件はサイトも聞き及んでいる。クリスはあの影を見たとき、ここ数日の失踪事件の犯人だ、と口にしていた。
「実はあの影が人を襲うのには、ある法則が成り立っていることがわかりました」
クリスは机の上に地図を広げる。中心には彼らのいる学校、その回りを六つの赤い点が記されている。
「この赤い点は、昨日のキュルケさんの件も含め、今まで被害者出た事件現場を示すものです。既に9件、これらの地点で失踪事件が起きていて、今もなおこの9件の失踪事件の被害者の足取りが掴めていません。
これに新たな点を一つ加え、これらの点を結ぶと…」
アンリエッタが地図上に打たれたこの9の点に加え、新たに青い点を一つ加え、さらにそれをペンで結んでみる。すると、この点を頂点とした星形の図形が完成された。
「これは、五芒星(ペンタグラム)?」
「我が家の資料にも、ビーストに対抗するべく様々な書物がございます。その中には、この五芒星の印をはじめとした、恐るべき魔術に関する情報を纏めたものもありました。
おそらくあの悪魔は、何者かによる魔術で召喚されていると見ています」
「魔術で、怪物を呼び出す、だと…?」
ビーストの存在についてもそうだが、彼女たちの魔法も含め、それ以上に非科学的な存在を耳にしたシュウは訝しむような眼でアンリエッタたちを見る。機械いじりをしてきた身としては、こんな非科学的な要素を目の当たりにし続けると、自分が今まで線引きしていた常識と非常識の境界線が何度書き直されても足りない。
「この五芒星は、すべての点を完成させることで、あの悪魔を呼び寄せる。その条件は、五芒星の各頂点に位置する地点で割れた鏡を用意し、生贄を差し出すこと。これまでの事件現場には、割れた鏡が存在していた。例の悪魔を出現させるために」
なぜ割れた鏡を用意するのかというと、タバサによると、悪魔の中には鏡を嫌う者がおり、それを割るとその悪魔への忠誠の証となるのだという。
「しかし一つ気になるな。あの悪魔は、魔術的なものが関係して出現しているというのなら、いったい誰がなんのために…被害者に何か共通点は?」
「では、これを」
シュウの質問に形で答えるつもりか、アンリエッタが机の上に、顔写真付きの書類を6枚出した。
「全員が、この学院に所属する、または関係者であることが共通してますね」
その言葉通り、顔写真に写されていた生徒たちは全員が、この学校の制服を着こんでいた。
「これまでの行方不明者は、奴の実体化のための餌にされたというのか…」
消えていった人たちは、きっと計り知れないほどの恐怖の中で消えていったに違いない。そう思うと、彼らに対する哀れみと、あの悪魔に対する怒りがこみ上げる。そして、次に自分たちが狙われてもおかしくないということでもある。
「次の被害者が出る前に、犯人を突き止めたいところだが…他に共通点はないのか?」
シュウは、他に情報が集まってないかクリスに問う。
あの悪魔を呼び出した本人たちは、こうしている間にも次の獲物を狙っていることだろう。この学校のどこかで、シュウたちが犯人を突き止める前にまた次の獲物を探る。犯人を突き止め魔術を止めさせなければ、今度は誰が狙われるかわかったものじゃない。
「さすがに、それ以上のことは被害者からも話を聞いて回ったのですが…なんとも…」
クリスがその先の情報までは集めきれていないことを告げる。
「なら、新たに聞き込みの必要があるな。これまでの被害者の関係者を当たりながら話を聞いてみた方がいいと思うが、どうだ?」
「そうですね。手分けして探りを入れましょう」
被害者はこれまでに9名。ペンタグラムは10の頂点から成り立っていた。だが前回のキュルケが無事に救出できたため点は残り二つ。二つの事件が起こる前に犯人を突き止めるために、シュウ、アンリエッタ、クリス、タバサ、そしてサイトの5名が聞き込み調査に入ろうと決断した時だった。
「ダメだって言ってるでしょ!サイトは私と組むの!」
「何言ってるの。あたしに決まってるでしょ?」
外から聞き覚えのある騒ぎ越えが聞こえてきた。会話内容とその声に、5人は紛れもなくあの二人だと呆れ混じりに確信した。予想通りか、失礼します!とイラついた声でルイズが最初に、続いてキュルケが入ってきた。
「サイト、どこで油を売ってるのかと思ったらここにいたのね!ミスコンのことで話があるんだから、目の届くところにいないとだめじゃない!」
「な、なんだよ。ここにいたら悪いのかよ。だいたい、どこでなにしてようが別にいいだろ」
「だめよ!目を離してる間にキュルケに何をされるかわかったもんじゃないんだから」
「うるさいぞヴァリエール。大方ミスコンの話をしに来たんだろうが、無駄口よりもさっさと詳細に用件を言え」
ルイズの、サイトに対するやや強引な言い回しとわめき声に、シュウはまさに耳障りだと表情で語りながら、彼女に用件を問う。サイトへの要求を無駄口扱いされ、ルイズはシュウを睨むが、アンリエッタの手前ということもあるし、シュウの言うことも尤もなので押し黙った。
「アンリエッタ会長、先輩が仰ったように、学園祭で私たちが参加するミスコンについてお話があってまいりましたわ」
「ミスコン?…あ、あぁ…そうでしたね」
例の悪魔による失踪事件のことが頭で占められていたためか、さすがのアンリエッタも自分の管轄でもあった学園祭のイベントについても、ルイズに代わって用件を明かした今のキュルケの言葉を聞くまではすっかり忘れていた。
「それで、お話とは何でしょう?」
「私たちの推薦人についてです!」
「推薦人?」
「先輩、推薦人というのは…」
なんのことだろうと首をかしげるシュウ。それをクリスが耳元で説明を入れてくれた。
今度の学園祭、このルイズとキュルケという、目に余るほどの喧嘩を繰り返す二人の仲を取り持つのが最大の目的なのだが、ここで本学校のミスコンにおけるルールによる意見の衝突が生じていた。各参加者は、自分を立てる推薦人というものを決めなければならないというものだ。それはお互いに別々の人間でなければならず、当然教師はカウントされない。
「なるほど、あの二人は…」
シュウはちらっと、自分に向けられた視線に気づいて疲れきったような顔のまま「私めです…」と手を挙げてきたサイトと目が合った。サイトを他の異性よりも信頼してるため、二人とも同じ推薦人を指名したのだ。
「でも、同じ推薦人を選ぶことはできない」
そう、タバサの言う通りミスコンのルールでは同じ人間を指名することは禁じられている。ならどちらか片方が別の推薦人を絶たせる必要があるのだが…こうして生徒会室まで来た理由を察した。
「わ、私は別にあんたを選んだわけじゃないんだから!他に頼めそうな人がいないから仕方なくなんだから…勘違いしないでよねサイト!」
「あたしはダーリンしか思いつかなかったからお願いしたのよ?」
聞いての通り、あの二人は何が何でも自分たちの推薦人をサイトに指名し、それを互いに譲るつもりは全くないのだ。
「あの、これ…辞退するってのはなしですか…?」
サイトが聞きづらそうに、それでも僅かな希望によりすがるようにアンリエッタに尋ねるが、申し訳なさそうに彼女は首を横に振った。
「平和的解決を考えるならそうした方が良いとは思うのですが、ここまでお二人が申し込んでいるのにどっちも選ばないと言っても、二人は…」
「逃げるのなんて絶対に許さないんだから!」
「こればかりああたしもルイズに同意しますわ」
やはりサイトの希望は見事に打ち砕かれた。逃げ場はない。奇妙な四面楚歌状態のサイトはめちゃくちゃ悩みに悩むと…一番ここで断ったら後がやばいという理由で、
「ルイズを…おふ!?」
「あぁん!手が滑っちゃった!」
しかしルイズを指名しようとした瞬間、キュルケが自身の胸元にサイトの顔を無理やり押し込めた。
「ちょっとキュルケ!何を間違えたらそうなるのよ!サイトから離れなさい!」
キュルケの色仕掛け作戦に、ルイズがご立腹だ。当然サイトがこれで自分を選ばせるようにしているに違いない。
「ねぇダーリン、あたしこの前変なのにも襲われてたのよ。だから愛しのダーリンに守ってほしいの。もし引き受けてくれるなら…もっとイ・イ・コ・ト…してあげるわよ?」
変なのに襲われた…と言うのは、おそらくあの先日のことだ。今は余裕のように見えて、実はまたあの悪魔に襲われるのではという不安もあるのだろう。だからその分だけサイトに依存もしているようだ。
「むほおぉぉぉ…」
「あんた、そのむ…むむむむ胸から垂れ下がってる、老後にだらーんとぶら下がってだっさいだけになる脂肪でサイトが自分を指名させるように仕向けさせているんでしょうけど、そうはいかないんだから!」
「あーら、なんのことを言ってるのかしら?言いがかりは見苦しわよ?最初から最後まで骨と皮のルイズ?」
「だあああああれが骨と皮ですってえええええええええ!!!」
「あが!?ぎ…ギブギブ…」
せめて争うなら自分たちの魅力で、それもミスコンという用意された舞台上でしてほしいというのに、この二人はまたしても一触即発になる。そうしている間にキュルケのサイトへの拘束がさらに強まっていく。
「ツェルプストー、いい加減平賀を離してやれ。そいつ今にもあの世に逝こうとしているぞ。ヴァリエールもこんな安い挑発にいちいち乗るな」
サイトが今にも窒息しそうなのを見かね、シュウから指摘を受けたキュルケは「あら、あたしったらいけない♪」と一言言うと、サイトをようやく胸元から離した。窒息しかけていたくせにサイトの鼻の下が伸び切っているのが妙に腹が立ったルイズは、とりあえずサイトの尻に蹴りを一発喰らわせて悶絶させた。
「困りましたね…誰か平賀君の代わりに推薦人に立候補すれば…!」
アンリエッタが頭を抱えて悩みだす。解決すべき最優先事項があるとはいえ、生徒会長としての表の仕事も手を抜けない。
「あ、そうですわ!良いことを思いつきました!」
が、彼女はシュウを見てあるアイデアを思い付く。自分を見た瞬間そのように言ってきたシュウは、若干嫌な予感を覚える。
「先輩、申し訳ないのですが…あなたがキュルケさんの推薦人を引き受けてもらえますか?」
「お、俺がか!?」
やはりそう来たか。だが以前シュウは、愛梨たちにも話した通りキュルケにしつこいアプローチをかけられ迷惑をかけられたことがある。キュルケ推薦人だなんて、今でこそサイトに熱を入れているとは言え、軽い気まぐれでまたこちらに迫ると思うと引き受けたいとは思えなかった。が、ここでクリスはシュウに耳打ちする。
「ここはひとまず引き受けた方が得策だと考えます。あの二人の争いがこんなタイミングで続いてはミスコンに響き、果てはこの二人の仲の改善には繋がらなくなるかもしれません。それに、これは一つのチャンスだとも思います」
「チャンスだと?」
どういうことだと聞こうとすると、今度はタバサがシュウに言った。
「ルイズやキュルケを、例の悪魔の失踪事件の犯人が狙ってくる可能性がある。アンリエッタ会長もそれを考えて提案したと思う」
正当な理由を聞き、納得した。サイトにはルイズ、キュルケにはシュウを護衛として付ける。推薦人という立場を利用すれば、ルイズやキュルケにビースト等の異形の存在を悟られにくいまま、さりげなく彼女らを守ることが可能だ。
さすがにここで引き受けなかったら人命一人を見捨てることになる。ウルトラマンとしての役目を受け入れアンリエッタたちのビースト討伐を手伝うと決めた以上それはできなかった。
「放課後、あなたがキュルケを守っている間、私たちは犯人を探す。恐らくなにらかの動きを見せるはず」
「はぁ…わかった。人命保護のためなら断れないな。…後でティファニアにも言わなければな」
「ありがとう。キュルケをお願い」
無表情だったタバサが、かすかな微笑を浮かべる。
「ツェルプストー。とりあえず俺がお前の推薦人に立候補する。この場はひとまずヴァリエールに譲ってくれ」
「あら、先輩の推薦は有りがたいですけど、あたしはサイトでなくてもヴァリエールに譲るものなんてありませんわ」
「私もツェルプストーに譲るものなんかないわ」
「あの、俺の意思は…?」
キュルケなら二つ返事で答えそうだと思ったが、どうもルイズが相手ではそうはいかないようだ。ルイズも自分が推薦人を譲るように言われてもその気がないとアピールを加える。サイトが何かを言ってるが、誰も聞いていない。
「別に推薦人じゃないからって平賀が手に入らないわけではない。本来決着をつけるべき日はミスコンの日。こんなところで決めるものじゃないんじゃないか?」
シュウからそう言われ、キュルケは少しの間だけ考えると、そうですわね、と納得を示した。
「…なら、ここはひとつルイズに花を持たせるとしましょう。感謝することね、ルイズ」
「ふ、ふん!感謝ですって?サイトは元々私を選ぼうとしていたんだから、感謝も何もないわ」
ルイズは寧ろなめられたと思ってか、キュルケに対して意固地な態度を貫いた。
「…悪い、助かった先輩」
「そう思うなら自力で何とかしてくれ。」
「お、俺には無理っすよ、あの二人を止めるなんて…」
「言っておくけど、今回のような他人の痴情の縺れで苦労するなんてごめんだぞ」
「痴情の縺れって…ぐぅ」
サイトも、ルイズたちに挟まれ、二人とも気性なところもあるだけに自力でこの二人を仲裁できなかった。それをうまくまとめてくれたシュウに感謝するも、その彼から辛辣ながらも尤もな最後の言動に文句を返すこともできなかった。


ともあれ、思わぬミスコン推薦人の相談と、隠れて行うことになる悪魔の連続失踪事件の犯人追跡の流れはまとまった。
シュウは、アンリエッタにティファニアについての話も、サイトたちが去った後で相談した。同級生の男子たちからミスコンへの参加をしつこく迫られ困っていた彼女のために、わざと彼氏のふりをして下校していたことを話し、アンリエッタはこの日だけ彼女と共に帰宅し、近づいてきた男子生徒たちに、ティファニアに本人の参加の意思がない以上参加を認めないと念を押した。思えば最初からこうした方が良かったのではとも思ったが、アンリエッタは生徒会長とビースト討伐の家系=ナイトレイダーのリーダーの役目の両方を担っている身だからあまり苦労を掛けるような真似は避けるべきだろう。
ティファニアのことも心配することなく、この日シュウはキュルケと共に帰ることになった。帰りは、あの悪魔の影がまた襲ってくる可能性もあるし、例の五芒星完成を促す可能性もあるので、憐たちにも別の帰り道を使うことを伝え、先日とは違う場所を通ることにした。
「それにしてもどういう風の吹き回しですの?あなた、私のことをあまり好んでいないと思っていましたけど」
下校中、前を歩くシュウを見てキュルケがふと思って尋ねると、シュウはただ淡々とした口調で答えた。
「昨日のような異常事態でもお前が無事に帰れるように見ているだけだ。他意はないさ」
「ふーん、でもこんなところ、彼女さんに見られたら誤解されると思わないのかしら?」
「彼女?なんのことだ」
妙にキュルケが楽しそうに話している。意味がわからずシュウは首を傾げる。
「とぼけちゃって。あたし、あなたがよく女の子と同伴なのは知っているのよ?一度狙った男の情報は掴まないと、手に入るものも手に入らないもの」
「だとしたらお前の情報網は当てにならないな。俺は誰かと交際した覚えはない」
「あら、そう?ティファニアも、花澤愛梨先輩…だったかしら?あの人も違うの?特に花澤先輩、あなたが彼氏だってはっきり言いまわしてたけど」
(あいつ…余計なことを)
自分たちは交際宣言を下した覚えはない。なのに勝手に彼氏扱いされるのはあまり気分がよくなかった。
「けど彼女、ちょっとやばい気もするわね」
すると、キュルケは愛梨について思うところがあるのか、そんなことを口にした。
「やばい?」
「ええ、なんというか…なんだかなりふり構っていられないって感じ。何かを成し遂げるためなら、他の何かをいくらでも捨てられそう…そんな危うさを感じるわ」
言われてみれば…とシュウはここ最近の愛梨の様子を振り返る。様子がおかしいと思えるところがある。本来はシュウだけでなく、憐や尾白たちなど、誰にでも仲良く接することができるし、困ったことがあればその相手を献身的に手伝ってくれる、簡単に言えばかなりのお人よし。
しかし最近の彼女はどうだ。以前と比べ、周囲に対して棘を出しているような気がしてならない。特に、シュウとかかわりを持とうとする女性に対して視線が鋭くなった気がする。ティファニアの頼みを聞いた時も、そんな目をしていた。シュウが他の女性と接することがあると、なぜかその女性との関係を問い詰めることも多い。
以前の愛梨なら考えられないものだ。
(愛梨、一体どうしたんだ…)
そんな時、シュウの携帯に着信音が鳴る。
手に取ると、アンリエッタからの連絡だった。さっそく手に取って応対する。
「はい、黒崎です」
『黒崎先輩!大変です!』
アンリエッタの声が慌ただしい。何かあったに違いない。
「何があった?」
『クリスが…あの悪魔の影にさらわれてしまいました!』
 
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