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人理を守れ、エミヤさん!

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急転直下のカルデア事情





「下手人だ、取り押さえろぉぉおおお!!」









 取り押さえられませんでした。

 魔術王ソロモンの名に偽りなしか。士郎の発した拘束の令呪を息をするように容易く弾き、アルトリアの対魔力を指差し一つで貫通、強制的にこの場より退去せしめる。
 アルトリアの対魔力に絶大な信頼を置いていた士郎である。思わず呆気に取られ、彼らしからぬ隙を晒してしまい――瞬間、カルデア職員含め、士郎やダ・ヴィンチ、アグラヴェインは召喚ルームから外廊へ強制転移させられた。

 人理継続保障機関の司令官、ロマニ・アーキマンを除いて、である。

「ロマニ! ……チィッ!」

 過去、神代の魔女メディアが行使可能とする転移魔術へ、なんらかの対策を講じることを意識させられた士郎は素早く周囲を確認し、ロマニの姿がないことに激しく舌打ちした。
 魔術師の冠位資格者足る魔術王ソロモンは、穏やかな面貌に困惑を滲ませつつ、ある一点で目を止めていたのを、士郎は見逃さなかった。
 まさかあの一瞬で司令塔を見抜くとは、流石の眼力。英雄王にも引けを取るまい。なんとかして召喚ルームに踏み込まんとするも、びくともしない。

 ダ・ヴィンチが素早く手の杖で解析する。

「……駄目だ、古の城塞並みの神秘で固められてる。対城宝具でないと正面からは破れないよ、これ」

 あの一瞬でここまでの防護術式を展開するなんて、流石に桁外れだなぁ、なんて。どこか感心した風なダ・ヴィンチを横に、士郎は顔を顰めた。

「カルデアの中で対城宝具を撃てる訳あるか。……アグラヴェイン、なんとか出来ないか?」

 先程までの内輪揉めを瞬間的に棚上げし、現場に居合わせた唯一の手持ちサーヴァントに問う。彼もまた、己の王の対魔力の凄まじさを知る故に、騎士王が魔術で転移させられた事実に驚愕していたが、問われるや即座に意識を復帰させ応じる。
 彼もまた先刻の騒ぎを無かったものとして、冷静かつ端的に答えた。

「出来ない。今の私は霊基が不定、サーヴァントとしてのクラスすら定まらぬ亡霊だ。働くのはこの頭のみと思って貰って結構」
「分かった。では現場の判断により、一時的にロマニの指揮権を預かる。異論のある者は?」

 士郎が回りを見渡し誰何するも、職員らはもとよりダ・ヴィンチやアグラヴェインにも否はなかった。
 無言の了解を得た士郎は間を置かず的確に指示を飛ばす。意識に酔いはない、明晰に醒めている。

「レオナルドは防壁の解析を継続。抜け道を探してくれ」
「りょーかい。でも期待はしないでくれよ? なんたって相手はかの魔術王だからね」
「分かってる。だから別にフリだけでいい。囮みたいなもんさ。――カルデア職員は全て管制室に移動、魔術王からの干渉があるかもしれない。第一級警戒体制で当たれ」

 「はい!」と職員らは駆け出していった。すぐにそれから目を逸らし、必ずここに居合わせたであろう存在に指示を飛ばす。

「ハサン、職員の管制室への誘導及びサーヴァントの招集を任せる。行け」

 「御意」影からの応答。カルデアで彼のいない場所はない。一通り指示を行き渡らせ、後はランサーらが集まるまでやることはない――訳ではない。
 士郎はサー・アグラヴェインを見る。彼の目に激発した怒気はない。冷徹に事態を分析する。戦乱のブリテンを支えた宰相の瞳でマスターを見据えていた。
 彼とのディスカッションは滞りなく進められそうだと判断した士郎はおもむろに言った。

「魔術王召喚からここまで、取り上げられる要素は?」
「我が王の対魔力を貫通する魔術。刹那の間に我らを全て外廊へ追い出し、召喚ルームに立て籠り現状を把握するために動く行動力。カルデアの司令官を一瞥のみで見抜く洞察力。カルデアの司令官を即座に人質に取る咄嗟の機転だ」
「城塞並みの防護を一瞬で構築、いきなりの令呪を無効にする反応の早さまでが魔術王の側から読み取れる情報だ」
「翻るにマスターはミスをしている。如何なる事情があるのか私はまだ知らないが、いきなり声を大にして指示を飛ばしたのは失策だった。加えて、令呪の無駄打ち。これは痛いだろう」
「アグラヴェインに通達しておこう。魔術王は人理焼却の実行者だ」
「――情報源は?」
「第二特異点にて聖杯を握っていたローマ建国王ロムルスだ。信頼の置ける人物だ、情報の確度は高い」
「……なるほど、マスターの過敏な反応の理由は把握した。是が非でも話を聞かねばならないという訳か」
「ああ。そして人理焼却を行うような輩だ。何をされるか分かったもんじゃない。有無を言わさず制圧し拘束するのが正答と判断した」
「正しいな。しかしカルデアに魔術王を無力化出来る者など――」
「いる」
「――なに?」
いる(・・)

 情報は纏まった。
 エミヤ、切嗣ともディスカッションは滞りなく行えるが、アグラヴェインの方が頭の回転と認識力、分析力は上だ。
 何せ召喚から間を置かず、激怒させられておきながら急な事態にも動じずに応じてのけたのだ。士郎も彼のお蔭で理解が深まった。
 士郎の中でアグラヴェインのポジションが決まったのはこの時である。

 アグラヴェインの反駁に、士郎は答えず。
 そこへ迅速に駆けつけてきたのは、世界の古今を見渡しても間違いなく最強格の英雄である槍兵クー・フーリンだ。
 有事となれば体に沈澱していたアルコールを排するなど、サーヴァントには当たり前に出来ることである。戦装束に身を固め、呪いの朱槍と丸盾を手に推参した彼に、士郎は頷いた。

「一人目がこのランサーだ。真名はクー・フーリン。カルデア最強が彼だ」
「クー・フーリン……!」

 さしものアグラヴェインも驚きを露にする。彼から感じる力の波動のようなものは、日中のサー・ガウェインに比するものだったのだ。
 クー・フーリンはアグラヴェインを見遣る。そして気負いなく挨拶を投げた。

「よ。新顔だな、見た感じ不完全みてぇだが、ここに来たからには同胞だ。よろしく頼むぜ」
「……こちらこそ、よろしく頼む。高名のほどは遠くブリテンでも鳴り響いていた」
「あーあー、そういうお堅いのはいらねぇよ。賛辞も聞き飽きてるしな」

 その賛辞の果てがクー・フーリンの末路である。強すぎるが故に、修羅の国ケルトの戦士ですら戦うことを諦め、女王の仕掛けた謀殺を選んだほどの。

 サー・ガウェインの最も有名な伝承はクー・フーリンの逸話を下敷きに描かれた物なのだ。彼と血縁関係にあるアグラヴェインは当たり前のようにそれを知悉している。
 そして続いてやって来たのがアサシンのサーヴァント、エミヤキリツグである。士郎としては彼が本命だ。

「パスを通じてマスターから情報の共有はされている。僕のすべきことは理解しているから説明は要らない。いつでもやれる」
「よし。念のため聞くが、レフの死体に第二宝具は反応したか?」
「反応はあった。あれは一種の高度な魔術式なんだろう。今後は僕の宝具で魔神柱へ対応が可能だ。魔術王の魔術にも同様の効果が見込める」
「――期待通りだ。ランサー、召喚ルームに突入し次第、魔術王ソロモンの無力化を頼む。奴の魔術はアルトリアの対魔力を貫通するぞ。高速神言スキルも持っていると見ていい」
「応。要はやられる前にやれ(・・・・・・・・)ってこったろ?」
「端的な理解だがそれでいい。五秒で仕掛けるぞ、いいな?」

 五、とカウントダウンするや、切嗣がナイフを構える。
 それは彼の代名詞。サーヴァントととしての宝具名は『神秘轢断(ファンタズム・パニッシュメント)』だ。
 これにより召喚ルームを塞ぐ防護壁を破壊、魔術王にダメージも与えられる。そして不意のダメージに魔術王が少しでも驚いてくれたら儲けもの。その瞬間にクー・フーリンに叩きのめされるか、少し抵抗してクー・フーリンに叩きのめされるかだ。どれほどの怪物であれ、霊基の脆いカルデアのサーヴァントである以上、クー・フーリンに敵うべくもない。

 一、と呟く。

 切嗣がナイフを握り直した。
 と、同時。

 召喚ルームが、突如開かれる。身構える士郎らを、引き攣った笑顔が迎えた。

「や、やあ……」

 ロマニである。彼は両手を上げて、自身は何もされてないアピールをしている。

「……ロマニ?」
「この通り僕は無事だよ。ただソロモンはいきなりのことに怒って退去しちゃったよ。あはは残念だなぁ折角強力なサーヴァントだったのに」
「……」

 召喚ルームの中を覗き込む。
 すると、確かに無人だ。霊体化したソロモンもいない。曖昧な笑みを浮かべ説明口調な彼に士郎は笑みを浮かべた。

「……ロマニの姿に化けるとは太い輩だ」
「うぇっ?」
「しかも演技も上手い。ロマニにしか見えないとは驚嘆を隠せんぞ魔術王!」
「ま、待て! 待つんだ士郎くん! 僕だ、分からないのかい?!」
「煩い黙れ俺の目は誤魔化せても霊基の規模でバレバレなんだよ! 今度こそ取り押さえろ!」
「うわああああ!?」

 殺到したサーヴァントと士郎に、成す術なく取り押さえられるロマニ。



 ロマニ・アーキマン、確保。







 
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