デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
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兎と騎士と獣
無数のビルに囲まれた所で、四糸乃は目を覚ました。ひんやりとした空気が頬を撫で、続けて全身の毛が粟立つ様な視線を感じた。
「・・・ぁ」
四糸乃は怯えながらもその視線の方に顔を向けた。そして自然と口から、
「・・・ひぅ」
そんな声が漏れた。それは仕方ないことかもしれない。なぜなら、そこに、
「やっほ〜、 〈ハーミット〉♪」
全身を近接特化型CRユニット〈モルドレッド〉で包んだノルディックブロンドの髪色をしたリンレイがこちらに嘲笑を浮かべて立っていたのだから。
「・・・どう・・して」
か細い声で疑問を口にする四糸乃に、リンレイは口の端をさらに吊り上がらせ、対精霊レーザーブレード<クラレント>を引き抜いた。
瞬間、ひんやりとしていた空気が熱を帯びたかのように熱くなる。 まるで鉄板の上に裸で寝転がっているかのような熱さに四糸乃は苦しそうな表情を浮かべた。無理もない、彼女にとって熱さは天敵だ。
「あは、苦しそうだね? ハーミット」
「・・・・っ!?」
近くで不意に聞こえたリンレイの声に、四糸乃は息を詰まらせ、地面を蹴って後ろへ下がった。その数秒後、四糸乃が先程までいた地面が割れた。
「ちっ。 外したか」
リンレイが〈クラレント〉を横に払って、舌打ちする。そんな彼女の殺意の一撃に四糸乃は逃走を始める。
「逃がすかってんの!」
リンレイは無線機でこの場に向かっているASTに援護するように合図を送り、機械鎧の手甲中心で紅く光る宝石に触れた。瞬間、〈クラレント〉が銃形態へと変化した。
「--追え」
その言葉と共に引き金が引かれ、幾つもの紅い光弾が放たれた。それぞれが致死の力を持つ、必殺の一撃。霊装がなければ、四糸乃を一〇〇回殺しても釣りが出るであろう、悪意と殺意の化身。
「・・・!・・・!」
四糸乃は、錯乱気味に空を舞いながら、声にならない叫びを上げた。
動悸が激しくなって、
お腹が痛くなって、
目がぐるぐると回る。
誰かに悪意を、殺意を向けられていることが、四糸乃には許容しきれなかったのだ。
いつもは--違う。 いつもなら、四糸乃の左手には『よしのん』がいてくれる。強くて頼りになる『よしのん』がいたから、平気だった。みんなを傷つけずにいられた。
でも、今は--
「きゃ・・・・!」
四糸乃は、左肩に凄まじい衝撃を感じ、短い悲鳴を上げながら地面に落ちていった。霊装を容易く貫いた一撃。その一撃に四糸乃の心が恐怖に支配されていく。
ガチガチと歯が鳴って、
ガタガタと足が震えて、
グラグラと視界が揺れる。
もうどうしようもないくらいに、頭の中がグシャグシャになる。
「ぅ、ぁ、ぁ・・・」
ざぁ、ざぁと。晴れていた空が暗くなり、雨が降る。その雨は〈クラレント〉が放出する熱を勝る勢いで強くなる。
「--〈クラレント〉、出力最大」
バチィと電気が迸る音が響き、〈クラレント〉の一撃が襲いかかる。それが身体に触れる直前。 四糸乃は、天高く右手を上げていた。
--そして。
「・・・〈氷結傀儡〉・・・ッ!!」
災厄の名とともに、それを、振り下ろした。
❶
銀世界と化した天宮市。無数のビルの屋上を疾走する二つの影。そのふたつの影から時折、白い装甲が見え隠れする。地から見上げたとしても、その一瞬の出来事を視認することは出来ないだろう。それほどまでの速さ。
「暁夜、もっとスピードを上げて」
影のひとつがもうひとつの影にそう催促する。
「これが限界!我慢しろ、折紙!」
暁夜と呼ばれた影は、もうひとつの影の折紙に反論の声を上げた。彼らは、忍者のように屋上を駆けては次の屋上に飛び移るのを繰り返しながら、ここまで言い争っていたのだ。
「ってか走るより飛んだ方が速くない?」
暁夜はそう何度も尋ねてきたが、
「だめ。暁夜は長時間飛べない。それにいつも精霊と戦う前から微かに疲労してるのを知っている」
と言って折紙は拒否するのだ。
「だから何度も言ってんだろ。あれくらいの疲労なんて大したことないって」
「いつもそう言って、無茶ばかりしている。わたしは暁夜がいないと生きていけない」
その言葉は、折紙の過去を知る暁夜だからこそ理解出来る言葉。過去を知らない人からしたら愛の重い人間と思われるだけだ。だから、この言葉を、彼女の思いを踏みにじることは出来ない。
「はぁ。俺の負けだ」
「・・・ん」
降参の意を示すために両手を上げる暁夜を1度見てから、折紙は走る速度を上げた。暁夜もそれに合わせて速度を上げる。暫くして、暁夜達の視界に巨大な兎と白銀の機械鎧を纏う女性を捉えた。
「もうおっぱじめてんのかよ!」
暁夜は心の中で舌打ちして、腰の鞘に納められた〈アロンダイト〉を抜剣した。そして続けざまに、
「擬似大天神『トールΩ』解放ッ!!」
刀身に手を添えスライドさせた。瞬間、暁夜の全身を白黒色の火花が迸る。
本来の『擬似天神』は刀身に収束させることしか出来ない。だが、今回の『擬似大天神』は全身に纏うことが出来る。その代わり、代償は大きい。この機能を使用した後、三日ほどとてつもない疲労で動けなくなる。それもあり普段は使用しないようにしていたのだが、〈ハーミット〉とリンレイが戦うあの地に向かうにはこれしか無かった。〈ハーミット〉だけなら余裕で対処できた。しかし、リンレイは違う。彼女は化け物だ。敵味方関係なく邪魔するものは蹴散らす。それがリンレイ・S・モーガンという女性だ。
「ちゃっちゃと仕事終わらせてくるかッ!!」
屋上の地面を踏み抜き、瞬間移動したかのように、距離を詰めていく。そんな彼の背を見て、折紙は、
「気をつけて、暁夜」
そう呟き、AST本体へと合流を始めた。
❷
『四糸乃の元に向かう準備は出来た?士道』
インカムに聞こえる琴里の声。士道は1度だけパペットに視線を送り、覚悟を決めたように頷く。
「あぁ、覚悟は出来た。暁夜にもASTにも誰にも四糸乃は殺させない。俺が・・・四糸乃を救う!」
『--よろしい。右手に真っ直ぐ、大通りに出るまで走りなさい。四糸乃木の進行方向と速度から見て、およそ五分後にそこに到達するわ。その位置からなら先回りできるはずよ』
「了解・・・っ!」
指示を受け、士道はインカムを外した。ここからは自分だけの言葉で、やり方で、四糸乃を救う。
「待ってろよ、四糸乃」
凍りついた路面に足を取られながら、速度を維持して走っていく。 やがてひとけのない大通りに差し掛かり--足をグッと踏みしめた。
「逃げるなああぁぁぁ!!」
女性の怒声が響きその数秒後、遠くに、鈍重なシルエットが見えてくる。
滑らかで無機質なフォルム。頭部には、ウサギのような長い耳。間違いない。四糸乃の顕現させた天使•〈氷結傀儡〉だ。
士道は喉を潰さんばかりに声を張り上げた。
「--四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「・・・・・」
猛スピードで迫る人形の背に張り付いていた四糸乃が、ぴくりと反応を示す。どうやら士道に気づいてくれたらしい。凍り付いた路面を滑る様に移動していた〈氷結傀儡〉が、士道の目の前に停止する。そして鈍重そうな人形が身を屈めたかと思うと、その背に張り付いていた四糸乃が涙でグシャグシャになった顔を上げた。
「お、おう、四糸乃。久しぶりだな」
「・・・士道さ、ん・・・!」
四糸乃が身を起こし、うんうん動物タワー首を縦に振る。 その際、四糸乃が〈氷結傀儡〉の背に開いた穴に差し込んでいた腕が抜かれる。四糸乃の指にはそれぞれ指輪のようなものが輝いており、そこから〈氷結傀儡〉の内部に、細い糸のようなものが伸びていた。もしかしたら、操り人形のように〈氷結傀儡〉を動かしているのかもしれない。
「四糸乃、おまえに渡したいものがあるんだ」
「・・・?」
四糸乃が、涙を袖で拭ってから、問うように首を傾げる。
「ああ、これを--」
と、士道がポケットにしまっていたパペットを取り出そうとした瞬間。
「避けろ!士道!!」
聞き覚えのある声が響くと同時、士道の後方から四糸乃目がけて、一本の紅い何かが放たれた。それは四糸乃の肩口を浅く掠め、後ろへ抜けていく。ツーと四糸乃の肩から血が垂れた。
「な・・・っ」
士道は声を詰まらせ、バッと振り向いた。 そこには、白銀の機械鎧に身を包んだ女性と私服姿の青年が、鍔迫り合いしながら浮遊していた。
「さ--暁夜・・・ッ」
士道が青年の名前を呼んだ。
「何でここに来たんだ!士道!!」
リンレイによる高速の連撃を何とか防ぎながら、暁夜は士道に尋ねる。
「き、決まってるだろ!お前らに四糸乃を殺させない為だ!」
「あぁ、そうかよ!」
士道の言葉に微かな苛立ちを込めて答える。
「暁夜君、何で!私の邪魔をするの! ASTに所属してる君が--なんで、精霊を守る?!」
リンレイが怒声を上げ、〈クラレント〉の出力を上げていく。その度に一撃一撃の重さが代わり、腕が折れそうになる。このままでは落とされる。
「ぐっ…精霊を守る? ち--違いますよ、リンレイ先輩。 俺は・・・アンタの攻撃から民間人を守ってるだけです!!」
ギリぃと歯を食いしばり、擬似大天神『ヘラクレスα』を解放する。それにより、全身に力が漲っていく。
「チッ、少しはやるようになったみたいじゃない!でも--その程度で調子に乗らないでよねッ!!」
「--が・・・ッ!?」
先ほどよりも強烈な一撃に、強化したはずの暁夜の身体が容易く地面へと落下した。地面が抉れ、灰色の砂煙が出る。微かに赤色の液体--血が瓦礫を伝っているのが見えた。
「暁夜!!」
士道は暁夜に駆け寄ろうした瞬間、
「ぅ--ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ・・・ッ」
すぐ近くからそんな声がして、そちらに視線を向けた。 四糸乃が、リンレイの姿を見て、ガタガタと身体を震わせている。
「・・・・っ」
士道は、眉をひそめて息を詰まらせた。
「ぁ、っぁああ、ぅああああっぁぁぁぁぁ-っ!」
叫び、四糸乃が再び両腕を〈氷結傀儡〉に差し入れる。 そして凄まじい冷気をあたりに撒き散らしながら、後方へと滑っていった。
「ッ、四糸乃・・・!待ってくれ!」
士道の懇願も届かない。
四糸乃に操られた〈氷結傀儡〉は、ゴォォォォォォォォォ--という音を立てながら、周りの空気を吸い込んでいった。
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