提督はBarにいる・外伝
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混迷する戦場
追い縋る敵機、叩き落とす機銃。このやり取りを何度続けただろうか?後ろから漂ってくる凄まじい悪寒で、敵が追ってきているのは見なくても解る。しかし、しかしだ。こんな消極的な戦法は金剛……いや、『あの人』らしくないと加賀は苛立っていた。どんな時でもふてぶてしく、頭の中は悪辣とも取れそうな戦術・戦略に埋め尽くされ、普段は素っ気ないくせに誰よりも深い愛情に溢れた己の最愛の『提督』に。あまつさえあの人の一番であるはずの金剛がこんな戦術を採っている事が許せなかった。何故反転して反撃をしないのか。撃沈は難しいまでも、一矢報いる位の事はやってみせる。その自信も、その為の実力も備えている……と自負している。それなのに、目前を駆る女はそれを許さない。いつまで逃げ回るつもりなのか?と非難も込めて尋ねようとしたその時、
「さて、そろそろ頃合いネ」
目の前の女は予想外の指示を、ハンドサインで下した。
『全艦反転、攻撃開始』
敵わないと、ニライカナイ艦隊に尻拭いをさせようと引き付けて来たはずの相手に相対し、攻撃せよ。間違いなく総旗艦たるこの女はそう指示をした。
「金剛……貴女、正気ですか?」
加賀の傍らにいる赤城も、目を見張って疑いの視線を送っている。
「モチロン、本気も本気ヨ。確かに私達は後進しました」
金剛の言葉に加賀はおや、と思う。『後退』ではなく『後進』。退いたのではなく、進んだのだと。僅かな言葉の差、僅かな違和感。だが、その違和感は決定的な物だった。
「but……」
『第一艦隊、聴こえるか!こちら第二艦隊旗艦・武蔵!こっちは扶桑、山城共に全砲射程内だ!』
「金剛、貴女まさかこれを狙って……!?」
「誰も、一言も『逃げる』なんて言ってないネ」
金剛は、旦那そっくりの不敵な笑みを浮かべながら、乾いた唇をペロリと舐めた。金剛の狙いは元々これだったのだ。敵にも味方にもアレには敵わないから尻尾を巻いて逃げ出したのだと錯覚させつつ、その実、ニライカナイ艦隊を壁の代わりに利用して身動きを取れなくさせながら第二艦隊と合流。一気に囲んで叩き潰す腹積もりだったのだ。
「さぁ武蔵、逃がすでないヨ。奴は間抜けにも罠に堕ちた……このまま押し潰してやるネ」
ゾクリとする程冷徹な笑みを浮かべながら、金剛の主砲に砲弾が装填される。
一番槍は金剛の艦隊でも、武蔵の艦隊でも無かった。射程外にいると思われていたニライカナイ艦隊の居るであろう方角から、砲弾が弧を描いて飛んできたのだ。そして、寸分違わずリバースド・ナインに着弾。激しい水飛沫が上がる。
「こっちも負けてられないネー!武蔵!」
『応よ!』
第一・第二艦隊の戦艦達の主砲が、一斉に火を噴いた。一番手はニライカナイの戦艦に取られてしまったが、奴を沈めるのは此方の手柄だと、撃って撃って撃ちまくる。空母達もここで全て使い潰すつもりで艦載機を放ち続ける。
「ね~ね~、夕立達の出番は無いっぽい?」
「まだ……ですね。ニライカナイの水雷戦隊も奮戦していますが、何やら怪しい雰囲気です」
『そう言うこった、夕立。お前らは後詰めだ……大人しくしてろ』
「……了解っぽい」
手持ち無沙汰になって飽きてきたのか、夕立が自分も戦わせろとぶぅぶぅ文句を言い出した。だが、神通と提督に止められれば待つのも吝かではない。
やがて肉薄していたニライカナイ艦隊の水雷戦隊の面々が放った魚雷が炸裂し、リバースド・ナインの身体は水面へと沈んでいく。
「darling!リバースド・ナインの撃沈を確認したヨ~!」
『よくやった、まぁトドメはあっちの連中らしいな?』
「仕留めたのはニライカナイの天龍みたいネ。ちょっと悔しいデース……」
『いいさ。こっちでもレーダーやら通信機やらのノイズが消えたのを確認した。蒼征からも帰投せよって電文が入った』
「……darling、それは変じゃナイ?」
『やっぱりお前もそう思うか?』
任務完了の報せ。撃沈を己の目で確認したというのに、金剛は拭い切れない違和感を感じていた。
「Yes、なんでmissioncompleteしたのに、ニライカナイは退かないのか」
『ノイズが消えたのに通信ではなく電文を寄越した壬生森……』
それに何より。
『ウチに寄ってから帰らねぇってのは、奴に関して言えば有り得ねぇ』
あの食いしん坊の叢雲と熊野を思い出す。話の内容から察するに、あそこの連中も揃いも揃って味に五月蝿いらしい。そんな連中がウチに立ち寄れるチャンスを逃すとは思えない。そこから導き出される結論は。
『金剛、今すぐこっちに戻ってこい!ただし、対空警戒は怠るなよ!』
「ちょ、ちょっと待つネdarling!まだ戦闘は終わってないんじゃ……」
『だから戻ってこいってんだよ、馬鹿!急げ!』
無線から焦ったような提督の声が響く。しかしその声も、突然無線が不通になる事で途切れてしまった。
「darling!?応答してヨ!」
音信不通になった無線に、なおも叫び続ける金剛。しかし無線はザーザーとノイズを垂れ流すだけで反応は無い。
「全艦、最大戦速!提督と合流します!」
万が一、何かのトラブルが提督の座乗艦に起きたのだとしたらーー。金剛は渦巻く不安を押さえ付け、海を駈ける。
一方その頃、提督の座乗艦では……。
「無線、突如不通!未だ原因不明!」
「対空・対水上レーダー共にホワイトアウト!」
「ネガスペクトラムの数値、急激に増大……なおも上昇中!」
「落ち着け!大方『奴』が復活したんだろうよ」
慌てるCICの人員の中に居て、ただ1人提督だけは落ち着き払った様子で煙草をふかしている。事前に掴んでいた情報の通り、リバースド・ナインが復活したのだとしたら、今の現況にも想像が付く。
「それより上空警戒を怠るなよ?レーダーが使えない今、頼れるのは目視だけだ」
復活した魔女が望む物はただひとつ。己を沈めた不遜な者共への報復だ。狙われるのはニライカナイか、それとも自分達か。二者択一。
「提督、あれを!11時の方向!」
CICでカメラを操作しながら外部の監視を行っていた監視員が画面を指して叫ぶ。その画面を注視すれば、映っていたのは黒い靄のような塊が、ゆっくりとだが動いている映像だった。恐らくアレは復活したリバースド・ナインが放った艦載機の群れだろう。
「動いている方向、どこか判るか?」
「ニライカナイ艦隊の予想進路に向かっています!」
「っつー事は、とりあえずこっちが狙われる危険性は減ったって事だな……」
ふぅ、とため息を吐き出した瞬間に、再び画面に変化が起こった。ニライカナイ艦隊の居るとされる方向から、強烈な光が放たれたのだ。
「ッ……今度は何だ!?」
「解りません!原因不明!」
やがて発光が収まるが、見た目の変化は無い。画面には、ニライカナイ艦隊に向かう艦載機の群れが動く様が映っている。
『提督、emergency!』
異変を告げてきたのは、サラトガだった。
「どうした?」
『それが……サラの航空隊が消えました!上空を飛ばしていた機も、残してあった機も全部!』
「はぁ!?本当に消えたのか?格納庫も確認したのか!」
異変はまだ続く。
「提督、金剛及び武蔵から通信!第一・第二艦隊の航空部隊が全機消失!」
撃墜でも、墜落でもなく、消失。何の前触れもなくぱったりと消え失せたというのだ。
「一体、何がどうなってやがる……」
提督は、譫言のようにそう呟いた。理解が追い付かない。だが、そんな風に呆けている暇はない。何しろ、敵は化け物級の空母だというのに、此方のエアカバーは消滅してしまったのだから。
「全艦、対空警戒!今空襲されればひとたまりも無いぞ。攻撃中止のち反転、鎮守府へ向けて急速離脱!」
不本意ながら、事実上の降伏宣言だった。
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