人理を守れ、エミヤさん!
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約束された修羅場の士郎くん!
■約束された修羅場の剣(上)
一人の愚か者が、その女を愛していたのだと気づいたのは、全てが終わってからだった。
その時の俺は『衛宮士郎』の演目を終え、無事に生き延びたことに無上の達成感を覚えていた。
第五次聖杯戦争を勝ち抜き、これでもう俺は赤の他人を演じる必要を無くして――本当の自分を出して生きていけると思い、絶頂するほどに興奮したのだ。
『衛宮士郎』をやめて周囲の者に「変わったな、衛宮は」と言われるようになった。後味の悪さを覚えても、俺はそれを否定しなかった。俺は変わったのではなく、他人を演じるのをやめただけなのだと、わざわざ告白するようなことはしなかった。
バイトはやめなかったが、色々なことを始めた。野球、サッカー、水泳、陸上……将棋に囲碁に、語学に料理。思い付く限りのことに手を出した。
何をしても楽しかった。何をしなくても充実していた――なのにどこか物足りなかったのは何故か。
漠然と、完成したはずのパズルに、最後のピースが足りないと思った。何が足りないのか。考えてもよくわからず、暫くのあいだ首を捻りながら過ごした。
高校を卒業後、何かに追いたてられるようにして冬木から飛び出した。何かにつけて『衛宮士郎』と俺を比較する周囲の人間に耐えられなかったのもある。慎二を亡くし、いっそう儚くなった桜をどうにかしたいと思ったのもある。
だが俺は、それよりも別の何かを追い求めていたのだ。
胸の中に空いた空白。それの正体に気づけたのは、冬木を飛び出すや真っ先にイギリスのアーサー王の墓に足を運んでしまっていたからだ。
なぜ、自分はこんなところに来ているのか。呆然と墓を眺めて、俺は漸く悟った。
いつの間にか料理をたくさん作りすぎるようになったのも。武家屋敷の道場を何をするでもなく眺めるようになっていたのも。何度も同じ道を辿って歩くようになっていたのも――全て、セイバーと共有した思い出に、未練を抱いていたからなのだ。
『ああ――』
すとん、とその事実は胸に落ちた。
一目見たあの時、恋を知って。
日々を共にして思いを深めて。
体を重ねて情が移って。
いつしか俺は、彼女のことを心から愛し、その感情に蓋をして――
「赤原を征け、緋の猟犬――」
――魔力の充填に要するのは四十秒。黒弓につがえられた魔剣が、はち切れそうなほどの魔力を発する。
迸る魔力が、解き放たれる寸前の猟犬を彷彿とさせた。狙った獲物に今に食いつかんと欲する凶悪な欲望を垂れ流している。
単身、突撃していくマシュを視界に修めつつ、俺は食い入るようにこちらを見る黒い騎士王に、これまでの全ての思いを込めた指先で応えた。
ぎり、ぎりり、ぎりりり……! 黒弓の弦に掛けられた指が。つがえられた魔剣が。俺の中にある雑念を吸い上げ、燃料として燃えている錯覚がした。
そうだ、全てを吸え、呪いの魔剣。心の中で呟く。そして行け、忌まわしき記憶と共に。
マシュが、俺の指示を守り、防御を固めた体勢のまま騎士王に挑みかかる。視線をこちらに向けたまま、凄まじい魔力放出と共にセイバーはマシュを吹き飛ばした。
一度、二度、三度。幾度も同じことを繰り返し、何を苛立ったのかセイバーはマシュに向けて渾身の剣撃を叩き込んだ。成す術なく薙ぎ払われ地面に叩き伏せられるも、受け身をとってすぐさま跳ね起きたマシュだったが――眼前にまで迫っていたセイバーの姿に、ハッと身を強ばらせてしまった。
ちょうど、四十秒。あわや、というところを狙い、遂に赤原猟犬を解き放つ。解放の雄叫びをあげるように、魔剣は獲物目掛けて飛翔した。音速の六倍の早さで飛来した魔剣、されど一瞬たりともこちらへの警戒を怠っていなかった騎士王は両手で聖剣を振りきって俺の魔弾を弾き返した。
だが、一度凌がれた程度で獲物を諦める猟犬ではない。
射手が狙い続ける限り、何度でも食らいつき続ける魔剣の脅威は並みではない。弾き返された魔弾はその切っ先を再度騎士王に向けて、執念深く襲いかかっていった。
それを目にしながらも手を止めない。新たに偽・螺旋剣を投影する。
壁役のマシュが足止めし、俺が狙撃する。セイバーの癖は知り抜いていた。必勝の機を作り出すのは不可能ではない。このままフルンディングで食い止め、カラドボルグを射掛ける。そして二つの投影宝具をセイバーの至近距離で爆発させれば仕留められる。そこまで上手くいかずとも確実なダメージを狙えた。
だが、それを見て俺はぼやいた。
「やはり既知だったか……」
アーチャーと交戦した経験でもあるのだろう。セイバーは猟犬が再び噛みついてくることを知っていた。素早く身を翻して回避し、マシュと魔剣が一直線上に結ばれる位置になった瞬間、黒い聖剣の真名を解放した。
――卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め、約束された勝利の剣!
果たして解放された聖剣の極光は魔剣を呑み込み、マシュをもその闇で粉砕せんと迫った。
それを、マシュは宝具を疑似展開し、なんとか防ぎきる。カラドボルグほど苦しくはなかっただろう。あの盾は、円卓ゆかりの宝具に対してすこぶる相性がいい。例え騎士王の聖剣でも、否、聖剣だからこそ破るのは困難だろう。
盾を解析し聖剣を知っていたからこそ、それを見越してマシュに前衛を頼んだのだ。そうでなければ、マシュ一人に前衛を任せられはしない。
「……偽・螺旋剣」
無造作にエクスカリバーの撃ち終わりの隙を突き、冷徹に投影宝具を投射する。
魔力の充填は不十分。本来の威力は期待できない。だがそれがどうした。セイバーがこの特異点で、アーチャーと交戦し下しているのは既知のこと。あの男の固有結界から引き出した魔剣を、セイバーが見知っていても不思議ではない。
故に赤原猟犬を餌とした。セイバーなら、迷わず魔剣とマシュを同時に破壊するために聖剣を解放すると分かっていた。
その上で確実に隙を作れる。故のフルンディング、魔力が充填されておらずとも一定の効果が見込めるカラドボルグなのだ。
音速で奔る偽・螺旋剣を、しかし騎士王には直撃させない。この投影宝具は張りぼて、聖剣の一振りで砕かれる程度の代物。聖剣がぎりぎりで届かない程度の間合いを通過し、周囲の空間ごと削る虹の魔力で騎士王を絡めとるのが関の山。
だがそれでいい。
「はぁぁあ――ッ!!」
聖剣を防いだ体勢のまま……疑似展開された宝具を構えたままマシュが光を纏ってセイバーに突進した。
巨大な壁となってぶつかってくるマシュを、黒い騎士王は跳ね除けることが出来なかった。有り余る魔力で押し返そうにも、疑似とはいえ展開された盾の宝具をどうこうできるものでなく、聖剣の真名解放をしようにも偽・螺旋剣の空間切削に体を巻き取られて体勢を崩しているため不可能。果たしてマシュの突撃をまともに食らったセイバーは、切り揉みしながら吹き飛んだ。
フルンディングとカラドボルグ、前者が先に破壊されたパターンの時、どうすればいいかあらかじめ指示を出していたとはいえ、よく合わせたとマシュを誉めてやりたかったが、まだ仕事は終わっていない。
宝具を展開したままという、体にかなりの負担を強いる戦法を取らせたが、その程度の無理もせずして騎士王に有効な攻撃を当てるのは無理な話だ。
俺は吹き飛んだ騎士王に向け、一瞬の躊躇いもなく、淡々と無銘の剣弾を叩き込む。予測通り騎士王の反応は遅れ、無銘の剣弾は騎士王の眉間に吸い込まれていった――
「やった!」
マシュが快哉を叫ぶ。
はじめ、マスターである士郎から、セイバーの真名を聞かされた時は不安にもなったが、士郎の言う通りに動いただけで面白いように上手くことが運んだ。
さすが先輩と両手を広げ、体全体を使い賞賛の意を表現する。そこに、宝具を酷使して疲弊させられたことに対する不満はない。マシュの中には、やるべきことをやれたという誇らしさがあるだけだ。
トドメとなる剣弾を、士郎が放った。
それは狙い過たず騎士王の眉間に吸い込まれていった。
直撃したように見えて、マシュは勝ったのだと思い士郎の方へ駆け寄ろうとしたが……何故か、士郎は顔色を険しくし、無言で次々と騎士王へ剣弾を撃ち込み続ける。
塵すら残さぬとでも言うような死体に鞭打つ非道。さしものマシュも面くらい、何をしているのかと問い掛けようとして……緊迫した士郎の顔がそれを許さなかった。
射掛けられた剣弾が次々と着弾、爆発を繰り返し、土煙が巻き起こる。それを目を細くして眺め、残心していた士郎だったが、ややあってぽつりと呟いた。
「……流石」
顔に表情はない。しかし短い賞賛の言葉が嬉しげなものに聞こえたのはなぜなのか。
え? とマシュは呆気に取られた。竜巻の如き魔力放出が場を席巻する。予想だにしない事態にマシュは泡をくって動揺しそうになった。
黒い風によって土煙が吹き飛ばされる。同時、士郎が叫んだ。
「マシュ、カバーだ!」
反射的にマシュは士郎の元に馳せる。だが、遅かった。
マシュを追い抜き、黒い砲弾が士郎に襲いかかる。
「マスター!」
少女が悲鳴のような声をあげた。士郎は事前に干将と莫耶を投影し、腰に帯びていたお陰で、なんとか反応することに成功する。
黒い聖剣による振り下ろし。弓を捨てながら双剣で受け、流して後退。凄まじい剣撃に膝をつきそうになりながらも、ほぼその威力を地面に逃がすことに成功した。地面が陥没し弾け飛ぶように下がった士郎に、更に深く踏み込んできた騎士王が聖剣を振るった。
二撃、三撃、四撃と受け流しながら後退するも、双剣が砕けた瞬間に次の投影をさせじと、足元で魔力をジェット噴射し、息を吐く間も与えず斬りかかる。
果たしてマシュは間に合わなかった。武器を無くした士郎は両手を空のまま、首に突きつけられた聖剣を前に膝をつく。
「……」
二人の目が合い、一瞬見つめ合う。様々な感慨が胸中に過り、まず口を開いたのは漆黒の騎士王だった。
「……強くなりましたね、シロウ」
「……敵を前にお喋りか。余裕だな」
「ええ。それほどに、彼我の戦力はかけ離れている。惜しいところでしたが、今回は私が上回った。それだけのことです」
言った騎士王の左腕は折れている。黒い甲冑もほとんどが破損し、全身無事な箇所の方が少ない有り様だった。
それでも、なお騎士王は士郎を上回っている。否、片手でも全力の士郎を捩じ伏せられるだろう。
「貴方の容貌がアーチャーと同じものになっていたことには驚きました。しかし、一目で貴方だと私にはわかった」
「……」
「貴方も、そうであるはずだ」
「……どうかな」
呟き、士郎はちら、とマシュを一瞥した。こっちに来るな、と視線で制する。
「だが私以外の者をサーヴァントにするとは、捨て置けることではありません。しかもよりにもよって彼の英霊の力を持ったサーヴァントとは……」
「……お陰さまで、相性はいいようだがな」
「そうでしょう。穢れのない高潔な彼と、穢れをよしとしない貴方は確かに相性はいいかもしれない。しかし、それとこれとは話は別だ」
「……ふん」
静かに糺す騎士王に、しかし士郎は無感情に呟いた。
「もう勝ったつもりでいるのは結構だがな。勘が鈍ったかセイバー」
「――」
刹那、士郎は挑むようにかつてのサーヴァントを睨み付ける。ぴり、と騎士王の首に悪寒が走った。
――背後から回転しながら飛来する双剣。背後からの奇襲に、見えていないにも関わらず咄嗟に反応。騎士王は振り返り様に聖剣を一閃し、一撃で双剣を砕いた。
だが、その隙を逃す士郎ではない。背中を蹴りつけて自身も後ろに跳び、間合いを離しながら黒弓と剣弾を投影。射掛けながら更に後退する。
「馴れ合うつもりはないぞ、セイバー」
「ならば、手足を折ってでも付き合ってもらいます」
驚異的な回復力だった。秒刻みで全身の傷が癒えていく様は、あと数分で全快することを教えてくれる。
マシュは、今度こそ士郎に駆け寄り、その盾となるべく身構えた。
「……プランBだ。畳み掛けるぞ、マシュ」
「はい。行きましょう、わたしも全力を尽くします」
寄り添い合うその様を、無表情に、しかし苛立たしげにセイバーは睨み。
いざ、決戦となる段で。
不意に第三者の声が響き渡った。
「――よう、楽しそうじゃねえか。オレも混ぜてくれよ」
それは、この戦局を動かす想定外の要素。
ドルイドの衣装に身を包んだケルト神話最強の英雄、光の御子クー・フーリンが、士郎達の背後に参上していた。
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