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風雲を走る

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風雲を走る

 土佐そして長州、薩摩、勢力の強い藩が同盟を結んだ。そして将軍は地位を天皇に返上して回天はなった。そしてこの一大革命の裏には坂本竜馬、中岡慎太郎らの働きがあった。そして、もうひとり、どんな思想も哲学も持たず、独自の説でこの改革に手を貸した人間がいた。そいつは四国の山中にすみ、天狗と恐れられた男だった。彼もやはりこの回天のときを生きる志士だった。名を伊達俊太郎といった。四国の山中には深い森があってそこには妖怪が住むとめったに人は入らない。そこに小屋をかまえ、いったいいつどんなところで生まれたかどんな育ち方をしたのかまったく分からないがその近くの村ではあれは、魔物の類だ、と百姓たちにはひどく恐れられた。侍のようだが太刀は小屋の奥にしまいこんでいる。俊太郎はこの日本刀というものは確かに侍の命だが、こんなものをこの国が騒いでるときに堂々とぶら下げてあるけばかならずいらん殺生に発展するとおもっていた。
おなじ理由で今、金のある藩が大量に武器を外国から買い込んでいるというのも風の便りで聞いた。世は、黒船の来航から尊王攘夷だとか騒いでる。俊太郎いつものように古武術の修練にいそしんでいた。

 このへんは、水を取るには山頂の泉まで天秤に瓶を二つ吊るして一日がかりで三日分の水を汲む。しかし俊太郎は山で育ったようなものでこれを一刻ですます。山中で俊太郎を見たものはみな、あんな重いものを背負って韋駄天のように走る俊太郎が少し化け物じみて見えた。それだけじゃない。むらで大熊が出たなんてときは、いつまにか山におりとる俊太郎が村で熊の話を聞いてその三日後体長十尺をこえる化け物熊を軽々と片手に村をおりてきて村人を大層驚かせた、俊太郎が言うには「たまたま、山でであってこいつは腹に種子島の傷を受けてえらく、気が立っておったからこれは危ないと少し大人気ないが、貫手で殺すしかなかった」そのときの俊太郎は少し機嫌が悪く、なぜそんなに怒っておるのか村人が聞くとこのへんの殿様がこいつにこの鉛弾を食らわせてちゃんと殺さなかったせいでこいつはずいぶん苦しんだと。そのときの勢いはこのまま、城下に入って殿様さえ、刀ももたずに殴り殺してしまいそうな勢いで村人たちが土下座してあやまるはめになった。

 すると俊太郎は「どうしておまいらがあやまるのだ」と少ししゅんとして山へ戻った。
その大熊、いっぺんの血肉も残さず俊太郎が捌いて村人に配った。絶対に残さずたべてくれそれがせめての供養だとそれでその夜はどこも熊鍋でたいそうありがたがったという。
俊太郎はそれからというもの、この国の殿様が憎く思えていた。んで四国のこの国の名を土佐といって殿様の山之内容堂は大層な立派な殿様らしいがおなじ上士どもには尊敬されとるが郷士という連中にはさらには郷士にもなれない下級武士はぞんざいな扱いを受けていると噂はこの山にも聞こえていた。
俊太郎は一応読み書きなどどこでおぼえたかなぜか、小屋には本の山があり字や教養はそれで身につけた。なんでも、町に行ったとき、山中で取れた松茸をうまく売りさばき、質屋にこれまた上士のやつらが家の整理をして一部読めなくなったり、その家のひいじいさんの代の家の長男がたいそうな学者で、一通りの読み物を書き記したのが残っていて、無学な家の子せがれが質屋に小遣い稼ぎに売りつけたのをたまたま目にして、おもむろに一冊とってみれば、なんだ、たしかにすこし字もかすれて読めなくなっているが立派な学術書だと見抜いて松茸の売り上げ全部それにつぎ込んだ。
そして、寝る間もおしんでとうとう全て読破してしまった。

 そうそうそのとき橋を通りかかったとき、殿様がそこをちょうど通りかかり、胸がむかついたがここは抑えて平伏して通り過ぎるのをまっとると、魚売りが魚を一匹逃がしてうまのまえに出てしまった。殿様の輿を止めてしまった。輿から顔をだしたのが噂の容堂公でなるほど、自分より下のものをまるでごみのように見る目に刀こそないが熊さえも打ち倒すこの手で血祭りあげてやろうか考えておると、「切れっ」と冷たく言い放ちもう我慢できないと立ち上がろうとしたとき、それを見た上士の一人が刀の柄に手をかけた。それをみた魚売りがあまりのことに逃げ出した。心の中でばかっと叫んだ。間が悪かった、上士の一人が刀を抜いていたのだ。焦った、おれは、もう一人に通せんぼされた。おれはそいつを、下からにらみあげた、激昂していたおれの目をみてそいつは思わず失禁した。だが、間に合わなかった。魚売りは切られてしまった。おれのなかでなにかがはじけた。殺す!
誰をかと聞かれれば殿様その人だ。だが別の声がこうもおれを諭した、殺すのか?俊太郎、鉛玉にやられた熊なら死なせたほうが情けだろう。だがおまえがここで殿様を殺したら。そのほかの並んで座るものも切られる、おまえがここで大立ち回りをして全員血祭りにあげてもこのものらは家も家族もいる、いずれ、突き止められ、拷問にかけられるぞ。
おれは、そこで、自分がとんでもない間違いをしたことを痛感した。おれの中には山の中での自由な暮らししかなかった。だから同じ仲間の熊が人間にやられて死ぬのに初めて憎しみを覚えた。そしておれは殿様を憎しみそれが当然と思った。しかしこの町でそれは通用しない、あの虫歯持ちのバカ殿は生まれたときからすんでいる世界が違う、身分の低い自分がその場でどう立ち回ろうとあいつ一人の命で何十人もの関係ない命が奪われる。

 だが、そこにいた、郷士の名も知らぬ弱味噌の小僧が自分の小太刀であろうことか殿様にめがけて突っ込んで、輿に一太刀入れた、その時、殿様は確実にその頭の弱そうな髪が変にちぢれた小僧にしり込みした。おれは、すこし様子をみて、その場を見ていると、なんと身分の高そうな女子やまわりのものが必死にそいつをかばうのだ。それはもう涙をしのんで必死にもうこのものは頭の弱い子で自分のしたことがわかっておりませんなどとのたまう姿はなんだか気の毒でしょうがない。だがこれでおれはこの場でこの殿様を血祭りにあげることが出来なくなった。この者らの必死の懇願がおれが出て行ったら、全て台無しだ。

 おれは、再度平伏してその場を見ていた。殿様もすこしきょうをそがれたようでそのまま言ってしまった。

 例の上士はおれにかかわりたくないのか何も言わず、ひそかに失禁しているのを隠していってしまった。

 そんなことを十六歳になり一人前の大人になった。今の自分は思い出していた。その時かった本はもう読み込まれて擦り切れてぼろぼろだが大切にいまでも小屋にある。おれはそのときからいままで、体を一身に練磨することだけをやりとおした。今では、そこらの剣士ふぜいでは到底およばないぐらいの腕だろう。なぜおれに古武術の知識があるのかというと、俺の父は当時八歳の俺を世を忍んで山に連れてきた。父は無手の武術の達人であった。日ごろから尋常じゃない鍛え方をされており、赤子のときには父の遊びで大人の指をつかめばあまりの握力に大人が飛び上がるほどの力があり、眼つきは尋常じゃなく大きくなるにつれてどんどん、技も力も上がっていった。
今なら、どんな剛の者だろうがおれの指の一押しで強烈な突きをくらったようにのびてしまうだろう。父は早くに病にかかりしんだ。

 で、十六歳の今自分の身の振り方をそろそろ考えんといかんと思った。そこでとりあえず、見分を広めに江戸へ行こうと決めた。
 
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