許されない罪、救われる心
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121部分:第十一話 迎えその十
第十一話 迎えその十
「ゆっくりとね」
「わかりました」
「幾らでも食べていいから」
如月にこうも話すのだった。
「本当にね」
「幾らでもですか」
「だって。久し振りに美味しいと感じられたのよね」
「はい」
「それならね。その感覚を楽しんで」
だからだというのだ。
「それはとても素晴しいことだから」
「美味しいと感じることが」
「そう。今心が落ち着いてるわよね」
「とても」
その通りだった。今の彼女はだ。その心にはっきりとした安らぎも感じていた。その感覚も長い間感じたことのない、忘れていたものだった。
「その通りです」
「だからね。もっとね」
「わかりました。じゃあ」
「そうだよ。美味しいと感じることは素晴しいことなんだよ」
師走も言ってきた。彼もケーキを一切れ置いた皿とフォークを持っている。
「とてもね」
「先生はです」
「あれ、僕はどうなんだい?」
「甘いものは控えて下さい」
水無の言葉は彼には厳しかった。
「糖尿病になりますよ」
「おいおい、ここでそんなことを言うのかい」
「ただでさえ日本酒がお好きなのに」
「お酒は百薬の長だよ」
「それでも飲み過ぎたら駄目です」
実によく言われていることである。
「お酒だけでなく甘いものもですし」
「明治天皇だってそうであられたじゃないか」
「カステラ、羊羹、アンパン、アイスクリームですね」
「僕はどれも好きだよ」
「その結果明治天皇はどうなられました?」
水無の言葉はここでも厳しい。
「一体。どうなられましたか」
「糖尿病に」
師走は少し憮然となって述べた。
「なられたね」
「そういうことです。皇室はそれから糖尿病には気をつけておられます」
皇室の方々の健康管理もまた宮内庁の仕事である。その厳しさには定評がある。少なくとも宮内庁は勤勉な官庁ではある。
「ですから先生も」
「やっぱり厳しいなあ、君は」
「これも先生の為です」
「やれやれ。妻や娘よりも厳しいよ」
こんな言葉を溢しながらも結局そのケーキを食べる師走であった。如月はそんな二人を見ながらケーキを堪能した。そんな中でだった。
ふとだ。このことに気付いたのだ。病室のべッドから上体を起こして水無と話をしている時に。
「あの、私やっぱり」
「どうしたの?」
「誰も来てくれませんよね」
ここでも俯いて言った。
「お見舞いに」
「そうね」
「お父さんもお母さんも」
その絆が壊れてしまっていることは彼女自身がよくわかっていた。もう家族ではないと、母に言われたことはまだ耳にそのまま残っている。
「それに睦月も」
「睦月?」
「弟です」
こう水無に答えた。
「私の」
「そう、弟さんいるのね」
「そうなんです。その家族も来ないし」
俯いたまま話すのだった。
「それに。友達もいなくなったし」
「そうなのね」
「やっぱり。そうですよね」
俯いているその表情はだ。話せば話すだけ暗くなっていっていた。
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