永遠の謎
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84部分:第六話 森のささやきその七
第六話 森のささやきその七
「それもなのです」
「主役の二人ですか」
「楽譜を見ました」
王は楽譜を理解できる。その音楽に対する造詣は尋常なものではなかった。王の教養はそうしたところにまで及んでいたのである。
「それを見る限りはです」
「困難な役ですか」
「トリスタンもイゾルデも」
そのどちらの役もだとだ。王は話すのだった。
「どちらも人が歌えるかどうか」
「そこまで困難な役だと」
「そうです」
王はまた語る。
「それでウィーンの上演は果たせなかったのですね」
「歌手が自信をなくしてしまったと聞いています」
皇后がここでまた語る。
「そのトリスタンを歌う歌手が」
「その様ですね。そしてその結果」
ウィーンでは上演できなかった。そういうことであった。
それを話しながらだ。王は皇后にこんなことを話した。
「それで私はです」
「貴方は?」
「彼の思うままにです」
全てワーグナーに委ねると。こう言うのだった。
「上演させることにしました」
「そのトリスタンとイゾルデを」
「予算を保障し」
何につけても予算であった。それがなければ何も動かない。そういうことだった。
「そして人を選ぶのもです」
「彼に任せたのですか」
「まず指揮者が来ました」
最初はそれであった。
「彼の愛弟子であるハンス=フォン=ビューローです」
「プロイセン出身のその指揮者ですね」
「彼には奇妙な縁がありまして」
王はビューローについてもだ。話を続けるのであった。
「実は彼の妻は」
「フラウ=コジマですね」
「そうです。御存知でしたか」
「フランツ=リストの娘でしたね」
この者の名前も出て来た。彼こそはだ。
「あのワーグナーの最大の理解者とも呼ばれている」
「はい、彼にとってはもう一人の自分です」
そこまでの存在だと。皇后に対して話す。
「そうローエングリンの総譜にも書いています」
「彼を何かと助けたとか」
「そのリストの娘なのです」
「それもまた縁ですね」
「顔立ちは彼にそっくりです」
コジマのその顔がだというのである。
「本当に何もかもがです」
「その娘が弟子の妻である」
「まことに奇妙な縁です」
「縁はあらゆる人を招き寄せますね」
「そうですね。その縁によって私と彼は会えましたし」
それは王自身もだというのだった。
「そして歌手も呼ばれています」
「歌手もまた」
「はい、そうです」
今度はだ。歌手のことであった。それについても話されるのだった。
「歌手もまた彼が選び招き寄せたのです」
「誰でしょうか」
「カルロスフェルト夫妻です」
王が名前を出したのはだ。夫婦であった。
「その二人が主役の二人を演じることになります」
「カルロスフェルト夫妻といいますと」
「御存知でしょうか。ワーグナーも認めるこのドイツ屈指の歌手の夫婦でして」
「そこまでの人物なのですか」
「はい、その二人が主役の二人を務めます」
こう皇后に話していく。
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