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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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急報、そして出撃

「提督~!大変じゃあ、大変なのじゃあぁぁぁ!」


 その一報は、血相を変えて執務室に飛び込んで来た利根からもたらされた。

「どうした?『蒼征』の野郎は見つかったのか?」

 通信手段の破壊されたブルネイ鎮守府の取った、ニライカナイ艦隊との合流手段。それは、水上機母艦や航空巡洋艦を用いて索敵機を飛ばし、ニライカナイ艦隊を発見・合流するという物だった。たった今駆け込んで来た利根も、ニライカナイ艦隊捜索の為に海へ出ていたハズの一人だった。

「見つかったどころの話ではない!すでに沖合いでドンパチが始まっておるのじゃ!今の所は航空機ばかりで、『リバースド・ナイン』の姿は確認できておらん」

「それで?ニライカナイ艦隊の状況は?ヤバそうなのか」

「それが……敵の攻撃は激しいが、直俺の数が少ない。恐らくはニライカナイ艦隊に配備されとる五航戦……翔鶴と瑞鶴しか発艦させておらんのじゃ!どうにか今は凌いでおるが、いつ敵の物量に押し潰されるか!」

 利根からは焦燥感がはっきりと伝わってくる。恐らくは未だに現場海域に偵察機を留まらせ、リアルタイムに通信をして現況をチェックしているのだろう。そこでふと、提督は妙な事に気が付いた。

「翔鶴と瑞鶴の直俺しか出ていない。それは確かなんだな?」

「恐らくは、じゃがの。そうでないとあの艦戦の数に説明が付かん。それがどうかしたのか?」

「……いや、それさえ解ればそれでいい。正確な位置は判るか?迎えを出さない訳にはいかんだろ」

 そう言うや否や、大淀がこの鎮守府の近くの海域の海図を拡げる。

「ニライカナイ艦隊の母艦が……ここと、ここ。その周りに艦隊が展開しとるようじゃ」

 利根の言葉に合わせて、海図の上に駒を配置していく。と、

「なんじゃと?」

「どうした?利根」

「それが……『みのぶ』の艦橋の上にある探照灯が点滅しとるらしい。モールスかも知れん、と」

「読み上げさせろ!」

「ちぃと待ってくれ……『ラフィンフォックス、リクエスト、アタックミッション、ターゲットコード、《リバースド・ナイン》、グリッド……』」

 利根が読み上げる妖精さんの言葉をそのまま口に出して伝える。読み上げられる数字は緯度や経度を表していた。ラフィンフォックス……【笑い狐】とはまたふざけた暗号名だ、攻殼機動隊の笑い男じゃねぇんだぞ?と金城提督は心の中で毒づいた。だが、嘲笑うようにほくそ笑む壬生森の顔が目に浮かぶ辺り、笑い狐という呼び名はピッタリかもしれない。そして攻撃要請という言葉の後に座標を示す数値。そこから導き出される結論はーー…

『奴がこの辺りの海域にいるハズだから、俺達に攻撃して仕留めろ、って事か。その上自分達を囮にして敵の戦力を分散させた上で……』

 その態度は一般的な提督ならば大助かりだと大喜びする所だろう。だが、長年提督を務め上げ、それなりにこの仕事に対しての自負があったこの提督は違う受け取り方をした。否、してしまった。提督の脳裏には、

『ここまでお膳立てしてやったんだ、まさか、倒せないという事はあるまい?』

 と厭らしい嘲笑を浮かべた壬生森の顔がチラついていた。全く、笑い狐とは良く言った物である。

『やってくれるじゃねぇか、狐野郎。いいさ、乗ってやるよ、その策に。元々奴にはやられた分を熨斗付けて返す予定だったんだからな……』

 イライラの許容限界を越えて変なスイッチが入ってしまい、悪い笑顔でクックック……と嗤う提督はさぞ不気味だった事だろう。見てはいけない物を見てしまったような顔をしている大淀など気にも留めず、提督は内線連絡用の受話器を掴むと、臨戦態勢で待機している愛妻に連絡を入れた。



「金剛、俺だ」

『darling?……何かあったネ?』

 提督の声色から事態の進展があった事を察する金剛。その辺りは夫婦としての阿吽の呼吸か、はたまた長年連れ添った提督と筆頭秘書艦の為せる業か。

「あぁ。現時点を以て警戒態勢を解除。『ラフィンフォックス』からの攻撃支援要請が入った……標的は『リバースド・ナイン』!」

『オーライ……待ってた甲斐があったネ』

 提督もまた、金剛の言葉から伝わる感情を汲み取っていた。緊張、不安、そして焦燥。無理もない、と提督は苦笑する。20年以上の歴史を刻むこの鎮守府に於いても史上初のネームレベル討伐作戦への参加。不安に駆られるのは仕方の無い事だ。しかし、そんなマイナスな感情よりも腹の奥底で煮えたぎる思いが伝わってくる。大丈夫だ、と確信する。

「第一・第二艦隊の編成は任せるから先行しろ……俺もおっつけ追い掛ける」

 少し間を置いて、しかしはっきりと提督はそう宣言した。




 受話器の向こうで、金剛の背後がざわめいているのを感じる。この鎮守府のスタイルからすると、『提督が現場に出向く』というのはそれだけの異常事態だからだ。

 金城提督の方針は、『艦娘による現場での判断を優先する』というのが大前提の戦法を採る。提督自身は鎮守府の執務室でドンと構え、大局的な判断のみを通信でやり取りして下す。それ以外は現場任せという端から見れば無責任にも思えるやり方だが、『艦娘は提督の操り人形じゃねぇんだ、何の為に脳味噌は付いていると思ってやがる』とその意見を一蹴した。提督の指示のみに従えば良いというのなら、艦娘ではなくアンドロイドでいいのだ。艦娘は人間同様、感情が有り、思考が出来て、高度な知能がある。ならば現場での判断に任せた方がスピーディだし柔軟な対応が出来る、というのが金城提督の言だ。勿論、現場に出向く為のCICを載せた艦はこの鎮守府にも存在しているし、常日頃から整備班の整備を受けていつでも出撃させられる状態にある。しかも、悪ノリ大好きな妖精さんと明石、夕張等の『ヤバイ面子』が好き勝手に弄くり回したトンデモ艦があるのだ……ドックの奥底で埃を被っているが。今回はそれを引っ張り出してでも現場に出向くと言っているのだ。

『darling……本気?』

「たりめーだ。大体、お前らと通信しようにも鎮守府の設備は使えねぇんだぞ?そしたら俺が艦で指揮執るしかあるめぇよ」

 言われて見れば尤もな話ではあるのだが、馴れない事をすると大失態に繋がったりするのだ。金剛はそれを危惧していた。

『Oh……止めても無駄っぽいネー。なら、艦の護衛にサラとジャービスを忘れずに加えてくだサーイ』

「その心は?」

『……darlingに、少しでも幸運があるようにってネ?』

 冗談めかして言っているが、あれでも経験豊富な艦娘だ。何かしらの意図が込められている。なら、それを聞くのは野暮ってモンさ。

「解った、そうしよう。向かってもらう海域だが……」

 金剛に口頭で出撃海域を伝え、準備を急がせる。受話器を置いたら、今度は俺の支度だ。

「大淀、お前は工廠に行って指揮艦の出港準備をするように明石に伝えろ。利根は俺の側に付いてろ、伝令をやってもらう」

「了解です!」

「うむ、任された」

 大淀はバタバタと駆け出して行く。思えば、執務室が就業時間中に無人になった事などこれまでにあっただろうか?昼飯時などに一時的に空になる事はあっても、誰かしらは居たハズであろう執務室が、初めて無人になる。逆に言えば、たった1隻の深海棲艦にそこまで追い詰められてしまったという事だ。

「やれやれ、笑えねぇ……笑えねぇよ全く」

「どうしたのじゃ提督?苦笑いなぞしおってからに」

「……なんでもねぇよ」

 ガチャリ、と執務室のドアに鍵を掛ける。帰って来る時は奴の首を持ち帰る時だ。

「さぁて、落とし前をつけに行くとするかーー!」

 
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