遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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File1-裏デュエルコロシアム
ターン1 古生代不知火流、参る
前書き
というわけで新連載。
えらく気の長い不定期投降になりそうですが、途中で放り出す気はありませんのでのんびりお付き合いくださると幸いです。
「ん……」
あるオフィスの一角。左右には山と積まれた書類に挟まれた状況で、その書類の主がふと目を覚ました。燃えるような赤髪とお揃いの赤いタンクトップの胸元をこんな薄着では足りんと言わんばかりに自己主張の激しい双丘が内側から押し広げる、やや目つきの悪い長身の美女である。
突っ伏していた姿勢からよろよろと上半身を起こして窓の外に視線をやるも外はいまだ闇深く、照明の中でしれっと時を刻む壁際の時計の針は現在時刻が「美容」や「早寝早起き」という概念に真っ向から喧嘩を売っていることを示していた。どうやら、仮眠のつもりが随分と寝過ごしていたらしい。
それまで腰かけていた椅子の背にひっかけてあった制服を袖も通さずに羽織ったところで、突然後ろのドアが開き1人の若い男が深夜のオフィスに入ってきた。彼女と同じ制服をボタンまで止めてきっちりと着込むその手には、コンビニのものらしきビニール袋が握られている。男は自分のことを見つめる彼女を見て、少し意外そうな顔をした。
「あれ糸巻さん、起きてたんすか」
「たった今な。で、今目が覚めたのを後悔してるとこ。やっぱアタシ、書類みたいな仕事は向いてないんだよなー」
糸巻と呼ばれた女が、背伸びしながら心底嫌そうな声色でそう返す。その仕草は当の本人こそ無自覚ではあるものの、薄手のタンクトップの内側から強調される膨らみとその深い谷間の存在も合わさって人前ならば非常に好色な視線を集めるであろうものだった。だが男はそこに目を奪われる様子もなく、慣れた手つきでビニール袋から取り出したアルミ缶を投げ渡す。
「またその話ですか?そんなこと言ってるから報告書ばっかり溜まってくんですよ。ほら、甘酒買ってきましたからもうちょっと気合い入れてください。マジで本部から怒られますよ」
「おっ、サンキュ」
キャッチしたそれのプルタブを器用に左手の親指だけでこじ開け、中身を一息に飲み干す。後ろも見ずに放り投げられた空缶がゴミ箱の中に落ち、ガコンと思いのほか大きな音を立てた。隣近所からの苦情を思い眉をひそめる男に対し、ようやく寝起きの状態から頭が回り始めたらしい糸巻がさらに言葉を続ける。
「そうは言うけど鳥居、ほら今って月初めだし?月末までに提出すれば問題ないだろ?」
「それ今月分の話でしょ?期限過ぎてんのは先月の報告っすよ」
鳥居と呼ばれた男にとって糸巻の書類作業への抵抗はよほど慣れたものなのか、どちらが年上かわからないような態度で軽くいなして自分用の缶ジュースを開ける。それでもまだ何か抵抗のネタを探して左右に目を走らせる女上司の姿に、本人から見えないように小さくため息をついた。全くこの人は、有事の際には有能なくせにそれ以外はいつだってこの調子なのだから。そしてだからこそ、上層部もここの扱いには手を焼いているのだろう。本来この地域は危険区域ど真ん中、本当はもっと人員も予算も回されてしかるべき場所のはずだ。
……鳥居には、今の上層部の考えが予想できていた。腕っぷしだけはやたら強いが、書類には常に真面目に取り組まないうえ独断専行の気が強く協調性も薄い糸巻。そして新人の自分。少数精鋭といえば聞こえはいいが、要するにただの厄介払いを兼ねた捨て石だ。おそらく自分たちは遅かれ早かれ「BV」の餌食になり、その知らせを聞いた上層部は犠牲者が出たという名目で政府予算をさらに巻き上げる。そうとでも考えなければこの「BV」戦線の最前線ともいえる町に、戦闘技能のない一般事務員を除くとわずか2人しか実戦部隊を配属しないなんて馬鹿げた話があるはずがない。
ただ、たとえそうだとしても、鳥居は今自分にできることが糸巻に未提出の書類を催促することぐらいしかないこともよくわかっていた。彼女の素行不良が彼女自身の査定に響く程度なら知ったことではないが、自分の給料までも連帯責任によりその減額の対象となりうることに気づいてしまったからだ。そしてこのご時世、他に仕事の当てもない。
「ハァ……わーったよ。仕方ないなあ、チャチャっと片付けるか」
「もう30回は聞きましたけどね、そのセリフ」
結局何も思いつかず、抵抗を諦めた糸巻が自分の席にもう1度座りなおす。だが、その手が放り出されたペンを掴むことはついになかった。突如オフィスの空気を切り裂くように、鋭いサイレンの音が鳴り響いたのだ。
「なんだ、強盗か!?」
これ幸いとばかりに素早く立ち上がった糸巻が、口元に隠し切れないかすかな笑みを浮かべながらも手元のデバイスを操作する。ボタンを押すと同時にホログラムによって彼女の目の前に浮かび上がったこの町の地図には、自分の現在地を示す緑の光点と急行地点である赤い光点がリアルタイムの位置情報をもとに示されている。さっと目を走らせた彼女が、感心するかのように口笛を吹いた。
「へえ、いい度胸してんじゃん。鳥居、お前の行ってきたコンビニだろここ」
「え?あ、ホントですね。随分うちの近くですねえ」
「多分、深夜ならアタシらもいないと思ったんだろうな。でも残念、ちゃーんといるんだな。じゃ、軽くシメてきますかね」
「どっかの上司の残業のせいで、でしょう?どうせその辺のチンピラでしょうし、俺が行きますから糸巻さんは書類やっててください」
「いいや、これは正義のためだ!アタシが行く、そして終わったら流れで直帰する!」
「本音漏れてますよー……じゃあもう勝手にしてくださいよ、どうせ止めても聞かないでしょうし」
あまり言い争っている時間もないと鳥居が折れ、それを見て我が意を得たりとばかりに逆巻が制服を羽織ったままの格好で飛び出していく。嵐の後のようなオフィス内の惨状と彼女が残していった手つかずの書類の山を見て、1人残された彼は今度こそ深く大きいため息をつくのであった。
一方、意気揚々と飛び出していった糸巻は。意外にもその表情に先ほどの笑顔の色はなく、それなりに険しい顔で手元のデバイスをのぞき込んでいた。賊は今、通報地点におよそ3分と30秒間留まっている。彼女の予感が正しければ、既に目的は達成できている時間だろう。
……この付近の住民は、決闘者の恐ろしさは身に染みてよくわかっている。台風が近づいているからといって、海辺に出向き仁王立ちでそれを受け止め向きを逸らそうとする馬鹿はいない。むしろ強盗の真っ最中に通報できただけ、このコンビニの店員には根性があるといえるだろう。
「と、なると。こっちか」
コンビニへの最短距離を行くルートから外れ、街灯もない入り組んだ路地にふらりとその身を翻す。その直後、コンビニで停滞していた赤い光点も動きを見せた。追っ手を攪乱しようというのかジクザグに路地を走りながらも、まるで昆虫が光に誘われるかのような確実さで同じく走る彼女に向けて近づいていく。
そして、2つの光点の位置はついに路地1本を挟むのみのところまで近づいた。そこで彼女は1度足を止め、制服に無造作に突っ込んであった煙草を1本取り出し火をつける。それを口にくわえ一呼吸おくと、風のない空に立ち上る紫煙が月光に照らされたなびいた。その軌跡を見つめながら、タイミングを見計らって声をかける。
「……よお、強盗クン。なかなかどうして、いい夜じゃないか」
建物に囲まれる影の世界から、月光の照らす元へ。まさに彼女のいる通りに飛び込もうとしていた人影が、不意を突かれ完全に硬直した気配が闇の中から伝わってきた。その初々しい反応から十中八九場慣れしていない、それも今回が初犯ぐらいのつまらないチンピラだろうと予感を確信に変える。固まったまま動かない人影に近づき、残り5メートルという地点でまた足を止め向かい合う。
「だ、だ、誰だアンタは!?」
ようやく聞こえてきた声はまだ若く、多めに見積もっても成人したかどうかといったところだろうか。早くも声に余裕がなく、先ほどの評価に小心者と内心で付け加えておく。
「アタシか?しがない公務員、ゴミ処理業者のおばちゃんだよ。定時はとっくに過ぎてるけどな」
「な、なんだと!?いいか、それ以上近寄るとな……な、なんだ!?なんで実体化しねえ!?」
「『BV』だろ?」
強盗がその唯一の拠り所らしき左腕にはめた機械、通常モデルよりやや大ぶりのデュエルディスクを起動したところで、さらに先回りして忌々しいシステムの名を怒りを込めて吐き捨てる。今度こそチンピラがフリーズしたところで、気を落ち着かせるために煙を強く吐き出しながら畳みかけた。
「あいにく、アタシのデュエルディスクは特別製でな。不完全な携帯式程度なら、妨害電波で無効にできちまうんだよ。さ、わかったら観念しな」
「妨害電波だと?まさかアンタ……デュエルポリス……」
「なんだ、制服まで着てきたのに気づかなかったのか?言ったろ、ゴミ処理業者だって」
デュエルポリス。いまだ不完全な試作品である「BV」システムの脆弱性をついた妨害電波発生装置をデュエルディスクに組み込み、ソリッドビジョン実体化による物理的な危険を中和したうえでデュエルによって犯人の鎮圧を図る、人類に残された最後の切り札となりうる組織。
もっともその性質上人員の大多数は「BV」の影響によりデュエルモンスターズが危険視された結果職を失った多数の元プロやその関係者により占められており、彼女に言わせれば『自分たちの馬鹿な研究のせいでくだらないシステムを作った挙句、その後始末に雇用対策の名目で何もしてないアタシらを、それも犯人鎮圧なんて一番危険な仕事に体よく駆り出した嫌味な組織』ということになる。
恐れを込めた声色で放たれたその単語を彼女があっさりと肯定すると、闇の中から伝わる恐怖と狼狽がより一層激しくなる。そして彼女の経験から考えると、この後に考えられるパターンは大まかに分けて2つ。1つは完全に戦意喪失し、この場で自首に走る場合。彼女にとって楽ではあるが、その場合相手の評価に根性なしの一文が追加される。そしてもう1つは、それでも一縷の望みにかけて抵抗する場合だ。どうやらこのチンピラは、若さゆえの無謀さか後者を選ぶらしい。
「クソッタレ!だったらカードで勝負だ、アンタを倒して逃げ切ってやる!」
やぶれかぶれになり、デュエルディスクをそのまま構える強盗。その仕草に好戦的な笑みを浮かべ、彼女もまた自身のデュエルディスクを起動した。
「仕方ねえな。コイツを吸い終わるまでの間なら、アタシも相手してやるさ」
言葉とは裏腹に、彼女の声は明るい。仕事柄投降を勧めてはいたが、彼女は心の底から闘争に魅入られている。ただそれだけの理由ゆえに文句を言いつつも今の立場に居座り、煙草を吸い甘酒を飲み、こうして「BV」を手にしたことによる全能感からかくだらない犯罪に走るチンピラを締め上げ、時にはさらにその先にも手を出す女として敵味方から一目置かれているのだ。
「「デュエル!」」
互いのデュエルディスクが同期し、それぞれランダムに選ばれた先行、そして後攻の文字が表示される。
「先攻はアタシか、なら遠慮なくやらせてもらうよ。来な、不知火の陰者!」
不知火の陰者 攻500
先手を取った糸巻が呼び出したのは、山伏衣装に身を包む人型のモンスター。手にした錫杖を地面に叩きつけると、その部分を中心に焔が円状の模様を描き始めた。
「そのまま、陰者の効果を発動。自分フィールドのアンデット族1体をリリースすることで、デッキから守備力0のアンデット族チューナー1体を特殊召喚できる」
「させるかよお!この瞬間、手札から灰流うららの効果を発動!デッキからモンスターを特殊召喚する効果は、これを捨てることで無効にできる!や、やったぜ!」
山伏の炎が、突如あたりに舞い散った花吹雪にかき消されて消えていく。貴重な召喚権とリクルーター、そしてデッキエンジンを1度にカウンターされ、小さく舌打ちする糸巻。
「ならアタシは、手札を3枚伏せてターンエンドだ」
「へへへ、俺のターンだ!俺はライトPゾーンにスケール1のメタルフォーゼ・シルバード、レフトPゾーンにスケール8のメタルフォーゼ・スティエレンをセッティング!」
「ほぅ、ペンデュラムか」
ちらりと伏せカードのうち1枚に目を落とし……結局、その後の行動を黙って見守る糸巻。そのわずかな動きにまるで気づかない強盗が2枚のカードをデュエルディスクの両端にそれぞれ表側で発動すると、ソリッドビジョンでもそれぞれ1体ずつのモンスターを内包した青い光の柱がフィールドの両端に現れる。それぞれの光の柱にはモンスターの下に独特な字体で「1」、「8」とそれぞれ刻まれていた。
「これで俺は、レベル2から7のモンスターが同時に召喚可能だ。赤熱の軌跡描き駆け抜けろ、ペンデュラム召喚!行くぜ、メタルフォーゼ共!」
光の柱に挟まれた空間の上部に穴が開き、そこから2筋の光が地面に落ちる。光はそれぞれバイクに乗った2体の人型モンスターとして、騎乗状態のままフィールドに降り立った。
メタルフォーゼ・ゴルドライバー 攻1900
メタルフォーゼ・シルバード 攻1700
「オラオラオラ、バトルだ!行けゴルドライバー、シルバード!」
主人の指示に従い、男女のライダーが赤熱の軌道を後に引き距離を詰める。咄嗟に体の前で両腕をクロスさせることで突撃に備える彼女に、2度の衝撃が襲い掛かる。携帯式「BV」が未完成品の劣化コピーならば妨害電波発生装置もまた不完全な代物、実体化による周辺被害こそ辛うじて打ち消せても物理ダメージの全てを幻影に帰すことはできない。それだけ「BV」のシステムはオーパーツ的産物であり、偶然に偶然が重なり生み出されたそれは未完の状態であってなお人類の手には余る代物だった。
そして、だからこそ日頃からマスコミにデュエルマッスル、などと揶揄されようとも日常的に体を鍛え高い身体能力、及び精神力を持つことが常識となっていたプロデュエリストにこの仕事という白羽の矢、彼女に言わせると貧乏くじが回ってきたのだ。今回もライフの大半をごっそり持っていくほどの激しい連撃を前に、その場で膝をつくこともなく彼女の肉体は耐えきってみせた。
メタルフォーゼ・ゴルドライバー 攻1900→糸巻(直接攻撃)
糸巻 LP4000→2100
メタルフォーゼ・シルバード 攻1700→糸巻(直接攻撃)
糸巻 LP2100→400
「どうだ!勝てる、このまま押し切れるぜ!」
「……ハッ、ありがとうよ。おかげでアタシも少しは目が覚めた、なにせもう夜遅かったからな」
耐え切ったとはいえ、ダメージは決して無視できるほど浅くはない。だが彼女は口の端に加えた煙草もそのままに、ふてぶてしく笑って呟いた。
「リンク・スパイダー」
「何?」
突然目の前で追い込んだはずの相手が口にしたモンスターの名前に、強盗が困惑する。その態度を見て呆れたように紫煙を吐き、仕方がないという態度もあらわに言葉を続ける。
「ゴルドライバー、それかシルバード。どっちでもいい、そいつらレベル4と3だろ?先に通常召喚して攻撃力1000のリンク・スパイダーをリンク召喚、改めて手札とエクストラデッキからペンデュラムすれば総攻撃力は4000超えてたんじゃないのか?」
「え?あっ、う、うるせえ!」
「んだよ、アタシの伏せを警戒したんじゃなくてマジで気づいてなかったのか?だったら呆れついでに言わせてもらうが今、ゴルドライバーから攻撃してきたろ。攻撃力は低い方から殴る程度のセオリーもなってない、足し算もまともにできやしない。やだねえ最近のチンピラは、教育水準がどんどん落ちてきちまって」
「ぐ……」
半ば本気で呆れ気味に、半ば挑発込みの頭から馬鹿にしたような発言。彼女の読み通り人生経験の少ないこのチンピラは煽られることにも慣れていないと見え、強盗の顔がみるみる怒りに赤く染まる。
「うるせえ!デカい口叩いたってなあ、最後に俺が勝てばいいんだよ!俺はライトPゾーンから、メタルフォーゼ・シルバードのP効果発動!俺の場で表側のカード1枚を破壊して、デッキからメタルフォーゼ魔法か罠をセットするぜ。俺が選ぶのは、レフトPゾーンに置いたスティエレンだ!」
「……勝手にしな」
また1瞬だけ自分の伏せカードに視線を送るが、結局その中の1枚たりとも発動することなく強盗の動きを見つめる糸巻。手札にはまだ1枚、未知のカードがある。どうせこれ以上ライフを削られるわけでもなし、まだ止める時ではないと考えたのだ。
「俺がセットするのは魔法カード、錬装融合。そしてこのセットした状態から、即座に発動!俺の場のメタルフォーゼ2体を素材に、融合召喚だ。赤熱の奇跡呼び覚ます溶媒よ、この世の全てを溶け合わせちまえ!融合召喚、フルメタルフォーゼ・アルカエスト!」
2体のライダーが空中で渦を描きながら混じりあい、卑金属が貴金属へと物理法則を飛び越え変化するように全く新たなモンスターへと生まれ変わった。バイクを降りてただの人型となったそのモンスターが身に着けた緑色の装甲の背面からは衰えを知らぬ炎がエンジン音と共に吹き上がり、右手に握る本人の背丈ほどもある巨大な杖の先端には無限の力を秘めて自発的に回り続けるタイヤらしき回転物質が備え付けられている。
フルメタルフォーゼ・アルカエスト 守0
「アルカエスト、か」
「まだだぜ、墓地から錬装融合の更なる効果を発動!このカードを墓地からデッキに戻し、カードを1枚ドローする。カードを1枚伏せて、ターンエンドだあ!」
ターンエンド。そう宣言した瞬間、ゆったりと事の成り行きを見つめていた糸巻の目がギラリと獲物を見つけた肉食獣のように光った。自由にさせる時間は1度終わりを告げ、ここからは狩りの時間だった。
「ならエンドフェイズにトラップ発動、バージェストマ・オレノイデス。このカードの効果で、相手の場の魔法か罠1枚を破壊できる。アタシが選ぶのはそれ、今伏せたばっかのそのカードだ」
「お、俺の無限泡影!」
「残念だったな。ま、運が悪かったと思って諦めろよ?そしてアタシのターンにもう1枚伏せカード、バージェストマ・マーレラを発動。デッキからトラップ1枚……そうだな、リターン・オブ・アンデットを墓地に。だけどアタシの狙いはそれじゃない、今発動されたトラップに直接チェーンして墓地からオレノイデスの効果を発動!このカードは通常モンスターとなり、アタシの場に特殊召喚される」
2枚目のトラップが発動されたことにより、通常、の一語をいやに強調させながら薄赤色をした平べったい古生物が彼女の場へと呼び出される。
バージェストマ・オレノイデス 攻1200
「おっと。さらに永続トラップ、シェイプシスターを発動!このカードは発動後、通常モンスターのチューナーとなってアタシの場に特殊召喚される。この発動にチェーンし、ついさっき墓地に送ったマーレラをオレノイデスと同じく蘇生する」
さらに2体のモンスターが、召喚権すら使わないうちに場に並ぶ。この効果をフルに使っていれば、先ほどのターンを無傷で凌ぐこともできただろう。だが彼女は自らの身を蝕む物理ダメージをものともせずに、ただの1度の迷いすら見せることなくそれをしなかったのだ。そのことに気づいた強盗の顔が、理解できないものを見た恐怖に歪む。
シェイプシスター 守0
バージェストマ・マーレラ 攻1200
「さあ、これでアタシの場には同レベルのモンスターが3体揃ったからな。レベル2のバージェストマ2体と、シェイプシスター1体でオーバーレイ!」
3体のモンスターが光となって螺旋を描きつつ天に昇り、無音の爆発と共に1つの新たなモンスターへと変化する。その全身はほとんど黒といってもいいほどに濃い紫色をした棘だらけの外骨格に隙なく包まれ、両腕は鋭い鎌のようにカーブした巨大な鋏がわきわきと生物的にうごめいている。頭部の2つの球体はそのまま全方位を一度に見渡し獲物を探す巨大な目であり、ガラス体がその内側から放つ光にはかすかな知性の色と捕食者の冷徹さが垣間見えた。
「戦場呑み込む妖の海よ、太古の覇者の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス!」
☆2+☆2+☆2=★2
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400
「効果モンスターを出したな!ならこの瞬間に、俺のアルカエストの効果を発動!相手ターンに1度、効果モンスター1体を装備カードとして吸収しその攻撃力を守備力に加える!」
アルカエストが杖を掲げると、先端のタイヤがより一層高速回転を始める。回転はさらなるエネルギーを生み、杖から夜空を裂く赤い光線がアノマロカリスめがけ放たれた。
だが、糸巻の目に焦りの色はない。それどころか余裕の表情でそれを眺めていると、アノマロカリスが腕の鋏を無造作に一振りし怪光線を横の壁に弾き飛ばした。
「残念だったな。アノマロカリスはモンスターの効果を受け付けない、よってその効果は不発だ……ってうわっ、これお前が弁償しろよ?」
アノマロカリスが弾き飛ばした光線の着弾点。そこにかすかについてしまった焦げ跡が目に入り、彼女の表情からさっと余裕が消えた。壁のペンキ代は絶対に何があってもこのチンピラに払わせるという決意こそ抱いたものの、結局彼女が書かねばならない要提出の始末書が1枚増えたことに変わりはないからだ。
だが彼女にとってはそれなりに大きな問題も、強盗にとってはその怒りを逆なでするだけに終わってしまう。
「ふざけやがって、ちょっと効果を無効にしたからってなあ……!」
「あん?黙れ馬鹿!アノマロカリスの効果発動!自身のオーバーレイ・ユニット1つをコストに、カード1枚を破壊する!アタシが選ぶのは当然、フルメタルフォーゼ・アルカエストだ!」
もはや当初の飄々とした態度はどこかに消え去り、完全にヒートアップした彼女が始末書への怒りを込めて吐き捨てるように宣言すると、アノマロカリスの周囲を回る3つの光球のうち1つが軌道を変えてその口元へと消えた。すると両手の鋏をクロスさせたアノマロカリスが、そこからお返しとばかりに青い光線を放つ。耐性を持たないアルカエストにその衝撃が耐えきれるはずもなく、あっけなくその場に崩れ落ちる。
強盗の場に、もはやその身を守ってくれるモンスターはいない。捕食者の冷たい瞳が青く輝き、何者も遮ることのないその一本道を大量の節足をワキワキと動かし意外なほど素早く滑らかな動きで迫る。
「ひ、ひいっ!」
「まあなんだ、悪く思いなさんな。アノマロカリスでダイレクトアタック、抜刀乱舞カンブリア!」
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→強盗(直接攻撃)
強盗 LP4000→1600
「あ……ぐ……」
「なんだ、まだ意識あるのか?少しは見直してやるよ、カードを1枚セット。さ、かかってきな?投降ならまだ受付期間中だけどな」
1発きつい一撃を入れて少し気分が晴れたのか、また当初の落ち着きを取り戻す糸巻。戦いの間にだいぶ短くなった煙草を未練がましく咥えつつ、またしても紫煙をゆっくりと吐き出した。
「……ああそうかい、ならまあせいぜい頑張りな。心の底から馬鹿だとは思うがね、少なくとも玉無しじゃないみたいだね」
強盗はあくまでデュエルディスクを構え、戦闘続行の意志を示す。追い込まれながらも勝負を捨てないその姿勢に多少表情を柔らかくしつつも、敬意を示したうえで叩き潰さんと腕を組み待ち構える。
だが当の強盗本人には、そんな彼女の変化に気づく余裕はない。迫りつつある逮捕の恐怖と敗北の足音に震える膝、そして先ほどの攻撃による物理ダメージが体の自由を奪っているからだ。
「お、俺のターン!魔法カード、ペンデュラム・ホルト!俺のエクストラデッキに3種類以上のペンデュラムカードが表側表示で存在するとき、カードを2枚ドローする!」
「ふーん、やるじゃないか」
フィールドのカードを根こそぎ失った強盗が手にしたのは、発動後のあらゆるデッキからカードを手札に加える行為が制限される代わりに1枚から2ドローを行う強力なドローソース。共通P効果がデッキから特定カードをフィールドに直接セットするメタルフォーゼにはデメリットの影響も少なく、使い勝手のいいドローソースだろう。
そこまで考えたところで、強盗がさらに2枚のカードを引いたところが目に入った。注意深く観察を続けていると、その表情がパッと明るくなる。
「来たぜ!来い、レスキューラビット!そしてそのまま効果発動だぁ!」
レスキューラビット 攻300
安全帽をかぶった1羽の兎。その姿がふっと消え、同じ顔をした2体のライダーが代わりに呼び出された。
「レスキューラビット……フィールドから自身を除外して、デッキのレベル4以下かつ同名通常モンスター2体をエンドフェイズまで特殊召喚する、か」
「ああそうさ。来な、メタルフォーゼ・スティエレンども!」
メタルフォーゼ・スティエレン 守2100
メタルフォーゼ・スティエレン 守2100
そんな素振りこそ見せなかったものの、ここで1度糸巻は心中逡巡していた。レスキューラビットの召喚あるいは効果発動時、スティエレン2体の展開時……ここで、アノマロカリスの破壊効果を使うべきだろうか。アノマロカリスの起動効果は、トラップをエクシーズ素材としているときに限り相手ターンであっても発動できる。やろうと思えば、どれかを破壊することも可能だ。
だが、迷った末に彼女はその判断を先送りにした。まだ、あの強盗の手札は2枚ある。それを見極めてから、あるいは無視できないほどのモンスターが出てきた段階でこの効果は使えばよい。そう決めた彼女の判断を、いったい誰が責められるだろうか。だがこの日この時この状況に限り、彼女の判断は間違いない悪手であったのだ。
「そして俺の切り札、超融合を発動!手札1枚、このメタルフォーゼ・ゴルドライバーをコストに、場のモンスター3体全部使ってチェーン禁止の融合だ!」
「くっ……!」
圧倒的優位を強引にひっくり返したことで、険しい顔の糸巻とは対照的に強盗の表情がパッと明るくなる。同時に、街灯すらもまばらな路地裏が明るいオレンジ色の炎に照らされた。3体のモンスターが先ほどよりも強大な渦に巻き込まれ、1つのモンスターへと変異していく。
「赤熱の奇跡呼び覚ます枢機よ、この世全てを緋色に染めちまえ!融合召喚、メタルフォーゼ・カーディナル!」
それはもはやバイクや車というよりも、2足歩行し人が乗って操るパワードスーツのような姿だった。大きく開いた上部ハッチからはヘルメットとライダースーツで全身を覆う搭乗者の姿が見え、かつてはタイヤを備え地を駆けていたのであろう両手両足からはエネルギー源でもある無尽蔵な赤熱の炎が吹き上がる。両腕がそれぞれ握りしめる炎の刃がその熱量で空気を揺らし、赤熱の軌跡が後に続いた。
メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000
「行けえ、バトルだ!メタルフォーゼ・カーディナルで攻撃!」
「2回も伏せカードを気にしないで突っ込んでくる根性は誉めてやるが、まだ温い!トラップ発動、バージェストマ・ハルキゲニア!このカードでカーディナルの攻守はこのターンの間半減するが、それだけじゃ終わらないさね。チェーンして墓地からバージェストマ・マーレラをモンスター化して蘇生する」
地中から姿を現した次なるバージェストマは、全体的に緑がかった色をした背骨を軸に海中を自在に動き回るための葉のようなヒレと無数の細長い節足を持つ平べったい生き物。
メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000→1500 守3000→1500
バージェストマ・マーレラ 守0
「させるか!速攻魔法、エネミーコントローラー!このカードの効果で、その気持ち悪いなんかには攻撃表示になってもらう。そのままカーディナルで攻撃だ!」
巨大なゲームコントローラーからケーブルが伸び、マーレラに接続されたそれが何らかのコマンドを送り込むことで強制的にその姿勢を変えさせる。無理矢理臨戦態勢を取らされたマーレラに、やや勢いを減じたとはいえまだまだ燃え上がる炎の刃が深々と食い込んだ。
メタルフォーゼ・カーディナル 攻1500→バージェストマ・マーレラ 守0→攻1200(破壊)
糸巻 LP400→100
「どうだ、ポリ公め!もう諦めな、ターンエンドだ!」
メタルフォーゼ・カーディナル 攻1500→3000 守1500→3000
糸巻のライフは風前の灯火。かつてのプロ、デュエルモンスターズの精鋭揃いと名高いデュエルポリス相手に終始優位に立ちまわって勝利が目前に迫っているという自信と深夜ゆえの高揚感が、若き強盗のテンションをさらに高めていく。
その姿に、糸巻が怒りに満ちた目で強く歯ぎしりする。その拍子に唇から落ちた煙草の吸殻をすかさずその残り火ごと全体重をかけて踏みつぶし、地獄の底から響くかのような低い声で強く唸る。
「……じゃねえ……!」
「あ、ああ?なんだよ、文句あんのか!」
目の前で突如激しく燃え始めた怒りを目の当たりにし、強盗の高揚感が嘘のように引いていく。むくむくと頭をもたげてきた恐怖をかき消すように大声を上げるも、そこに含まれた怯えの感情は隠しきれていなかった。
そしてそのなけなしの虚勢を叩き折るかの、恫喝の声が路地に響き渡った。
「いい加減にしろタコ!とどめ刺せるわけでもないくせにライフ500切った奴相手の、それもたかだか300ダメのためにエネコン切る馬鹿がどこの世界にいる!温存しろよ、伏せとけよ!アタシの場の伏せがハルキゲニア1枚なのは見てただろうが、トップ羽根帚でも警戒してんのかお前は!」
「な、なんなんだよ……」
よほど強盗のプレイングが気に障ったらしく、怒りもあらわに大噴火しつつデュエル中であることも忘れて喧嘩腰に詰め寄ろうとする糸巻。その気迫に完全に気圧された強盗が無意識に後ろに下がり、数歩進んだところで無情にも壁に突き当たった。
「なんなんだよ、じゃねえ!確かにアタシがプロの時だってプレミはあった、別に全員がいつだって最適解ばっかりできるわけじゃない。だがな、チンピラ!この際だからお前に言いたいこと全部言わせてもらうがな。お前らのデュエルはどいつもこいつも温い、まるで基本がなってない!カードってもんはな、1枚1枚リスクとリターンを考えたうえで使うものなんだよ。その足りない脳みそで少しでもその辺考えたうえで動いてんならアタシも何も言わない、でもお前らのデュエルはどっからどう見ても将来のことを考えてないだろうが!今だってどうせ、守備表示でアタシが出したから条件反射でそのエネコン使ったんだろ?当然次のターンがアタシに回ってくるわけだが、その時のことなんて一切考慮してないんだろ?つまり、目の前10センチのところで視界が切れちまってんだ。アタシらは腐ってもプロ、デュエルモンスターズで飯食ってきた本職だったんだぞ?それをこんな毎日毎日毎日毎日お前みたいに幼稚園児以下のプレイングのド三下ばっっかり相手させやがって、そのくせカードだけは一丁前にレアカード用意しやがるから一層性質が悪い!チンピラならチンピラらしく大人しく逃げ帰ってもっと骨のある奴連れてこい!……はぁー」
一息にまくしたてるだけまくしたて、ようやく積もり積もった不満由来の怒りの嵐もピークを過ぎたらしい。先ほどこぼれ落ちた吸殻を、さらにぐりぐりと靴の底で念入りに踏みつぶす。
「アタシらも慈善事業やってんじゃないんだよ……」
うってかわって弱々しい、諦めたような声音で最後にそれだけ小さく呟く。常人には決して理解できない感情ではあるが、強者との闘争こそがその本質であり存在意義であり、強制的にその生活を奪われた彼女にとってそれはまぎれもない本音の言葉だった。
「はぁ……もういいや、アタシのターンな。考えてみりゃ、お前に言ったところでどうにもならないもんな」
心底つまらなさそうな表情と態度のままに、カードを引く。引いたそのカードを一瞥すらせず、流れるような動きでそのままデュエルディスクに置いた。
「不知火の物部。このカードは召喚時に、デッキから妖刀-不知火と名の付くモンスターを特殊召喚できる。ただしこのターン、アタシはアンデット族しか展開できない」
薙刀を手にした和装の少女が手にした得物をひと振りすると、その刃を包み込むようにしてこの世ならざる妖の焔が灯る。そして1本の妖刀が、天から飛来して音もなく地面に突き刺さった。その段階でようやくこの手のモンスターは道路にいちいち穴が開いて修繕費がかさむから控えてくれと請求書片手に半泣きで訴えてきた部下の顔を思い出したが、もうやってしまったものは止められない。
不知火の物部 攻1500
逢魔の妖刀-不知火 攻800
「レベル4の物部に、レベル3の逢魔の妖刀をチューニング。戦場貪る妖の龍よ、屍闘の果てに百鬼を喰らえ。シンクロ召喚……真紅眼の不屍竜。そしてこいつの攻守は、互いの場と墓地すべてに存在するアンデットの数だけアップする」
「な……な……」
無数の死霊を従える、争乱極まりしアンデットワールドの首領。かつて誇り高き空を飛ぶ龍であったのだろうその体は、すでに地に堕ちて長い。鱗の隙間から覗き見える腐肉はもはや紫色に染まりきり、生前瞳のあった場所からはとうに腐りきった目玉に代わり鬼火の紅が風に吹かれてもいないのに揺らめきを放つ。そしてその死に絶えたはずの体を動かすエネルギーの源が、全身から常に漏れ出てなお余りあるあの強大な瘴気だった。
真紅眼の不屍竜 攻2400→2900 守2000→2400
「は、ははは!なんだ偉そうに、そんなものいくら出したってカーディナルの方が強いぜ!」
「アンデットワールド」
「ははは……は……」
無感情に放たれた死の宣告によって強盗の笑いが乾いたものに変わると同時に、周りの風景が一変する。どこからともなく湧き上がる血のように赤い沼地、腐りきっているにもかかわらずなぜかその形を維持する枯れ木、あたりに散らばった大量の骨の上には同じく自らの骨を一部むき出しにした骨ネズミや死体漁りの蟲の成れの果てが蠢いている。
殺風景でありながら、この上なく動乱に満ちている。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。それこそが、アンデットワールド。糸巻の最も得意とする、ホームグラウンドともいえるフィールドだった。
「アンデットワールドがある限り、互いの場と墓地のモンスターはすべてアンデット族になる。つまりアタシのアノマロカリスも、お前の融合メタルフォーゼ2体も真紅眼の糧になる」
メタルフォーゼ・カーディナル サイキック族→アンデット族
真紅眼の不屍竜 攻2900→3200 守2400→2700
「攻撃力、3200……!」
「もう帰らせてもらうよ、アタシは。真紅眼の不屍竜でメタルフォーゼ・カーディナルに攻撃、獄炎弾」
真紅の鬼火が、青い瘴気が、勢いを増し膨れ上がる。ゆっくりと開かれた口内から放たれた火炎弾の一撃を、カーディナルが出力を最大まで引き上げた機械の両腕で防ごうとする。
死霊の青と錬金の赤熱、相反する2色の炎が正面からぶつかり合い互いをその熱量で焼き滅ぼさんと燃え盛り、その炎の勢いはほぼ互角……しかしカーディナルの気力だけで支えられる赤熱の炎と違い、死霊の炎はアンデットワールドに立ち込める瘴気を燃料として無尽蔵にその力を増していく。かたやその勢いを加速度的に減じていく赤、相対するは時を経れば経るほどに燃え上がる青。やがてそのバランスが完全に崩れた時、力尽きたカーディナルの巨体は不浄の炎に包まれる松明と化した。
真紅眼の不屍竜 攻3200→メタルフォーゼ・カーディナル 攻3000(破壊)
強盗 LP1600→1400
「ま、まだだ!まだ次のドローで!」
「もう遅いんだよ、全部な。効果発動……真紅眼の不屍竜がいる限りアンデット族モンスターの戦闘破壊はその仲間を、次の死霊を生み出す糧になる。まあここはなんでもいいが、アタシの墓地からアンデット族のアノマロカリスを蘇生する」
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400
「ひ、ひぃっ!」
腰が抜けて動けないらしく、その場にへたり込んで顔いっぱいに恐怖を張り付けた強盗。その無様な姿を無感情に一瞥し、最後の攻撃指令を下した。
「アノマロカリスで攻撃、抜刀乱舞カンブリア」
バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→強盗(直接攻撃)
強盗 LP1400→0
「う、うわあああーっ!」
絶叫が夜に響き、そしてまた静寂が訪れる。ソリッドビジョンが、ゆっくりと消えていく。たった1人その場に立っていた糸巻が月光のかすかな輝きを頼りに煙草を吹かそうと口元に手を伸ばし、先ほど目当てのものを自分で吐き出したことを思い出した。
制服のポケットに放り込んである箱の中には、あと何本残っていただろうか。給料日までの日数と心もとない財布の中身をざっと計算し、結局それ以上の喫煙は諦める。その代わりに彼女が手にしたのは、先ほど追跡に使用したデバイスだった。慣れた手つきで番号を入力し、画面に向かい語り掛ける。その表情からはもう、先ほどの諦めやどうにもできない苛立ちの入り混じった色はすっかり影を潜めていた。
「おう鳥居、アタシだ。こっちは終わったから、適当に夜勤の事務員集めてくれ。事後処理?んなもん明日で……え、ダメ?わかったわかった、こんな夜中にそう怒鳴るなっての。とりあえずここで見張ってるから、まずこのガキにつける手錠と車転がしてこれる奴頼むわ。アタシ?いやー、急だったから持ってくるの忘れちまってよ。んじゃなー」
雷を落とされる前にさっさと通話を切り、流れるような動きで電源ごとオフにする。つかの間の静寂が戻った路地で気を失った強盗の手元に手を伸ばし、その腕のデュエルディスクからデッキを没収する。このカードが持ち主の手元に戻るのは、この男が娑婆に戻ってからだろう。何気なくその1番上のカード……もしも先のターンでエネミーコントローラーを温存し自分の身を守るために使用していた場合、その稼いだ1ターンで何を引いていたのかを確認する。無論、勝負の世界に「もし」はない。ただの暇潰し、ちょっとした実験程度のお遊びだ。
「永続トラップ、メタルフォーゼ・コンビネーションねえ」
1人呟き、次いで自分のデッキを確認する。デッキトップは魔法カード、おろかな埋葬……無論彼女のデッキには、墓地から効果を発動する蘇生札である馬頭鬼が存在する。
「結局、お前じゃ力不足ってことか。なあ?」
無論、強盗からの返事はない。地面に伸びたままのその姿を見下ろして乾いた笑みを漏らし、誰にも聞こえないような声量で静かに呟いた。
「誰か、たまにはアタシを倒してみてくれよ……」
風に流れたその言葉は、ただ夜だけが聞いていた。
後書き
主人公のスタイル、カードプール等基本的に「前作でやらなかった、できなかったこと」を色々詰めてみる形でやっていきます。なんのこっちゃという人はぜひ前作へどうぞ(宣伝)。
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