魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。
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第一部
第2話 被検体
レンを第一魔法刑務所が保護する理由。
それは、一〇年前に起こった"第三次世界大戦"が原因である。
第三次世界大戦が起こった理由は、誰にも分からない。何故なら、大戦の始めの時点で、大戦に関わっていた者達が、全て死んだから。
ただ、其処で魔法が発見されたことは分かっている。何度も研究が繰り返され、その研究に人間が利用されていたことも。
魔法の研究は現在も続いている。今では、魔法学院が設立され、魔法を使用する者が増えていると聞く。魔法は使える者と、使えない者がいるが、その区別を無くす魔法も開発されてしまっている。
御陰で、私"達"がこうやって匿うヤツが増えているのだ。
「……失礼します。翁、レンを連れて来たよ」
"医務室"と書かれた看板の下にあるドアを開き、その中で本を読んでいた老人に声を掛ける。白衣を纏った其奴は医者である。
「嗚呼、変人か。奥に連れてっとけ」
「ねぇ怒るよ?」
本から少し目を逸らし、そう命令する老人、七瀬―――名前は知らないので、翁と呼んでいる―――は、レンを見てから本に目を戻す。苛つく台詞に、私は溜息を吐き、医務室の奥の部屋へ繋がるドアを開ける。
その中にあるのは白いベッドと点滴、そして心拍数等を示すモニターだけだった。
少し濁った水色に壁と床が統一された医務室とは変わり、純白が視界を満たすこの部屋のベッドには、既に六人の子供が寝息を立てていた。
空いているベッドにレンを下ろし、隣に腰を掛ける。今、この部屋は内側から鍵を掛けている状態なので、誰も入って来れない。
「大丈夫? レン」
この部屋で眠る六人とレンは、第三次世界大戦の時、魔法開発のための人体実験に使われていた、"被検体"なのである。
「俺は大丈夫……アンタは早く仕事に戻んなよ。忙しいんでしょ」
被検体は魔法開発のために、とある組織に捕まり、其処で日々実験を受けていたらしい。それは、身を焼かれたり、体の一部を切断されたり、殺されたりと、過酷な物だったそうだ。
私が知っている被検体は、感情や記憶を失っている。此れまで、何十人もの被検体を見てきたが、感情を全て失い、刃物で刺されても「痛い」とも、炎に包まれても「熱い」とも言わなかった者も居た。記憶を全て失い、まるで生まれたばかりの赤ん坊の様になった者も居た。
レンは被検体の中でも特別。組織から奪うのが早かったこともあり、記憶も、感情も、それなりには残っている様だ。だから、こうやって私と会話が出来て、体を動かして、皆と共に此処で囚人のフリをしながら生きる事が出来る。
だって、残っていないのなら―――
「いや、私は忙しくなんてないよ。レンが落ち着くまで、此処に居るよ」
「何言ってんだ主任看守部長サマが。さっさと仕事に戻りやがれクソが。昨日だって仕事終わらずに徹夜してやがった馬鹿が何言ってんだい」
「うるさい私のミジンコ以下の優しさを使ったのに邪魔しないで!!」
「へいへい、悪かった悪かった」
扉が開き、ひょこっと翁が顔を出す。一発殴ってやりたいのだが、その怒りは後で上手く処理しよう。
横を向くと、案の定レンが心配した様な表情で、私の顔を覗き込んでいるが、この際どうでもいい。
今はただ、レンが生きられるのならば、何でも良い。
「……まぁ一応、お前さんも、無理はすんなよ。打っ倒れられたら、流石に俺一人じゃ看病できないかんな」
翁が溜息混じりの声を出す。どうやら、私の真剣な表情を見て、折れた様だ。
と言うか、翁一人で看病できない? それは「お前はクソ面倒くせぇんだよ」と言ってるようなものじゃぁないか。そろそろ一発殴ってやろうかな。
だが、その怒りは一つの言葉に因って一瞬の内に消し去られた。
「大丈夫だ。此奴が倒れたら、今度は俺が看病する」
翁も、恐らく私も、目を一杯に見開いて、レンを見詰める。レンが不思議そうな顔をするが、其れに負けないくらい不思議そうな表情を、数秒遅れて翁が浮かべる。
「……何か、おかしいこと言ったか?」
「「………………………………言ってない」」
九〇四番には絶対に惚れない自信があるけど、レンだったら一無量大数分の一くらいの確率で惚れるかもしれない。
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