白き竜の少年 リメイク前
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脱皮
彼女は、カナは未だにあの場から動けずにいた。レツの言葉を思い出しながらも、恐怖心が消える事はない。深く刻まれた彼女の恐怖は消えはしない。助けに行こうと思っても、身体は立ったまま動けず、既に戦いの音が周囲から消えた事すら気付いていなかった
どれだけその場所に留まっていたのだろう。気付けば空には月が浮かんでいた。そして彼女のすぐ後ろにはマントを羽織った暗部の忍がいた
「日向カナ。一人でいていいのか?」
彼はカナに声をかける。感情を感じる事のない、冷たい声色だ。彼女は後ろを振り返り、暗部を見た
「暗部が一体何の用?」
「お前が逃げ出した理由は何なのか確かめようと思ってな」
カナが顔を歪ませるのに構わず、彼は話を続けようとする。ボソッと呟かれた言葉にカナは肩を震わせた
「暴虐の嵐人・・・・」
「確か日向ではそう呼ばれているんだったか。日向に対してクーデターを起こした愚か者。そのせいで実の娘であるお前は日陰の道を歩んできた哀れなガキだな」
カナは暗部をキッと睨みつける。そのまま、反論しようとするが出てきたのは弱々しい声だけだ
「あなたに・・・・・・何が分かるのよ」
「俺も似たようなものだ。違う点は、迫害を受けないという事ぐらいか。お前は力が怖いのだろう?抗いようのない圧倒的な力が。そのせいでお前は最悪の結果を辿る事となった」
暗部の言葉を聞きながらカナは膝をついて両手で耳を塞ぐ
「やめて・・・・・・」
「同胞に刻み込まれた迫害の記憶がお前をそうさせ、そしてお前は二人の友を見殺しにしたのだ。お前の弱さが、弱さに抗ったお前の友を殺した」
しかし、それで暗部の声が聞こえなくなりはしない。淡々と話していく暗部の声に耐えきれなくなった彼女は苦渋に満ちた表情でやめてと叫んだ。四つん這いになり、涙が地面に落ちていく
「でも、あんな力にどうやって立ち向かえばよかったっていうの?あの獣に、王虎に。ハルが竜の力を使ってるのに?」
男は目の前に近付くとカナの髪を掴み、無理矢理上を向かせる。仮面の奥から覗く白眼から目を離せないカナに男は強い口調で言った
「それで大事な友を失ったのでは世話ないな。いいか?お前に刻まれた籠の鳥の印は証なのだ。父は日向最悪の謀反人。その罪人の娘であるお前に手を差し伸べてくれる者は同じ境遇の奴らと火影様のように甘い人間しかいない」
「お前の評価は上がるかも分からず、下がる事もない。掟を破ろうが、失うものはない。他人の目を気にする必要はないのだ」
カナの中に男の言葉が入ってくる。男が手を離しても、彼を見つめ、男の言葉を聞き逃さないようにしていた
「他人を気にする必要がない?」
「そうだ。日向の人間たちなど無視してしまえ。お前には力という強さはある。後は抗う強さだけだ」
「抗う強さ・・・・・・」
男の言葉はカナの何かを変えていく。足りないものを全てカナに突き付けているかのようだ
「本当に失いたくないものだけを手放さずに済むように、その方法だけを考えろ。さあ、どうする?大事なものを失わない為の強さを得るか、自分を守る為に弱いままでいるか。二つに一つだ」
しかし、それは確かにカナの覚悟を固めさせた。名前も知らぬ同族の言葉がカナを変えたのだ
「私は・・・・・・戦うわ。強くなる。ハルもレツも、ナルも失いたくない」
「良い表情(かお)だ・・・・」
しかし、カナは先程彼が言った言葉を忘れてはいない。もう二人はいないと思い込んでいた
「でも、ハルたちはもう」
「安心しろ。二人は向こうで俺の部下が見ている」
男が一つの方向を指差す。カナが白眼で彼が指差した先を見てみれば確かに二人は数人の暗部が見張っていた。安心したようにホッと息を吐く
「ありがとう」
「礼はいい。だが、もう見誤るなよ。さあ、さっさと行け」
カナは頷くと立ち上がり、二人がいる方へと向かっていく。その眼には強い覚悟が見て取れる。暗部の男はカナが去っていった方向を見ながら一人でに語り出す
「ある女は自身の子供を守る為に国に叛旗を翻そうとした。結局、その人は失意の中で死んでしまったが・・・・その子供は生き延びた。彼女は自身の命を捨ててまでも、宝を守ったのだ」
「彼女の事を裏切り者と呼ぶ者もいるだろう。しかし、誇り高き死を遂げた者として彼女を見る者もいる」
彼は仮面を外す。額には日向の人間である事を示す籠の鳥の印がある
「あんな風に言っておいて何だが、お前たちが同じ道を歩むことのない事を願っている」
柔和な表情を浮かべながら彼は一人呟く。その柔和な表情は仮面に再び隠されてしまうが、その声は穏やかに、ここにはいない誰かへの言葉を発していた
「さて、貴女に何と報告すれば良いのか」
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