黒い機関員
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第三章
「船長も聞くかね」
「船長も御前を優れた機関員って思ってるだろ」
「しかし俺は黒人だ」
このことは絶対のことだというのだ。
「だからな」
「聞くとはか」
「思えないんだよ」
自分の腕は信じていてもというのだ、自分の話を聞くかどうかはわからない。こう言うのだった。そして実際にだった。
船長に話すとだ、こう言うだけだった。
「御前の意見は聞いたがな」
「それでもですか」
「別にいいだろう」
素っ気なく言うのだった。
「見張り員は充分だ」
「夜もですか」
「そうだ、だからな」
それでと言うのだった。
「見張り員はこのままだ、それよりもだ」
「それよりも?」
「御前は機関室とその周りから出来るだけ出るな」
「そのことですか」
「そうだ、御前を見て何でこの船に黒人がいるんだってな」
「お客さんが言いだすんですね」
「船の上の方で働いている連中も言っている」
オーケストラの者達やボーイといった着飾った者達、言うならばこのタイタニックで働いている者達の中でも花形の者達がというのだ。
「だからな」
「船の底の方で、ですね」
「そのままいろ、いいな」
「航海の間もですね」
「そうだ、この船にいる間はな」
シャインにこう言って帰らせた、そしてだった。
シャインは機関室に戻ったがアッシュに密かに囁いた。
「いいか、ここはな」
「どうしたんだ?」
「俺は夜に暇があれば船の中を歩いて回ってだ」
そうしてというのだ。
「船内の状況を完全に頭に入れておく」
「そうするのか」
「図も見てな」
船内のマップ、それもというのだ。
「じっくり頭に叩き込む」
「そうしてだな」
「いざとなればな」
万が一の時はというのだ。
「逃げるからな」
「死なないんだな」
「死んでたまるか、生きてな」
そうしてというのだ。
「アメリカに帰ってみせるさ」
「そうか、じゃあ何かがあったらな」
「俺は生きるからな」
「そうしなよ、俺だってな」
アッシュも笑って言った、シャインと共に石炭を燃え盛る中にシャベルでどんどん入れながらそうした。
「何かあったらな」
「生きるな」
「そうするかなら」
「そうしろ、船が沈んでも死ぬなんてな」
「馬鹿々々しいな」
「そうだ、折角生きているんだ」
それならというのだ。
「天寿を全うしてやるさ、身体も頭も使ってな」
「そのうえでだな」
「最後の最後まで生きてやるさ、そして俺を馬鹿にしている連中が先に死んでいくのを見てな」
「笑うか」
「そうしてやるさ」
シャインは働きつつアッシュに不敵な笑みで言った、豪華な船の底にある暗く熱い機関室の中でそうしていた。
やがて彼の危惧が現実のものになった、何と。
タイタニック号に氷山が当たってしまったのだ、しかも夜に。
船が傾く中でだ、シャインはアッシュに言った。
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