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ダン梨・F
前書き
なんかこう、個人的には「ダンジョンに潜るのは意外と楽しい(ハーメルン・現在失踪中)」みたいなスタンダード転生オリ主ものが読みやすくて好きなんですが、意外に少ないんですよねああいうの。
女神テュケーについて俺が知っていることは少ない。
運命の女神といったが、実際には都市の繁栄や財産を司ることを考えれば正確には「幸運の女神」だ。神話にはこれといって出番はなく、少々移り気なことから移ろいやすい運、つまり運命の女神としてフォルトゥナという別側面が生まれたみたいな感じらしい。
ただ、この神はギリシャ神話系統の神である。
繰り返す、ギリシャ神話系統の神である。
世間だと某国民的ロボットアニメや世界的ネズミー会社のアニメのせいで悪者イメージあるハーデスがまとも扱いで(実際かなりまともな方)、ヘスティアとテティス以外は軽度の屑と普通に屑と重度の屑しかいないとか言われている(※バミューダの偏見を多分に含んでいます)あの悪名高きギリシャ神話の神である。まぁ他の神話にも屑山ほどいるけど。
神話ほどやりたい放題ではないにしろ、最初から安心してかかっていいほど、この女神に対して無警戒ではいられない。
と思っていたのだが、なんというかテュケーは妙に達観したところがある以外は普通だった。
「ふーん。じゃあアレなんですか。こう、ティン!と来たらそういう名前をつけると」
「そんな感じかな。ここの入り口に一人いたでしょ?彼は『満ちぬ幸壺』の名前を与えあげたわ。何でか私がティン!と来た子って名前がない子が多いから、彼もギルドにはヴェースの名前で登録されてるわ」
恐らくコルヌーとヴェース以外にも舵、球、羽靴、帆、糸車がいるんじゃないだろうか。
というかヴェースは底抜け壺でオレ運命の車輪て、字面だけ考えると格差すごいな。
「ちなみに名前つけたから君は私の物、みたいな豚狂いクソ女神みたいなことは言わないから安心してね?実際名前つけた後も普通に他所でファミリアやってる子もいるから」
「ちなみに評判あんまり知らんのですけど、このファミリア規模的にはどんなもんなんですか?」
「30人くらいしかいないわよ?案外小規模ファミリアの方が維持費が安くて経営的には安定するしね」
「なるほど、メモメモ」
「ふふ、勤勉ね」
大企業が金食い虫というのはよくわかる話だ。大きな組織には利点も弱点もある。オラリオ内で大規模ファミリアかつ大きな黒字を出しているファミリアは、実はロキ・ファミリア含め結構少数ではないかと思う。アポロン・ファミリアも意外と持ってる資産しょっぱかったし。
「となると、テュケーさんは基本的に俺に名前つけただけであって不干渉だと?」
「特別何かを強いる気はないわ。もちろん遊びに来る分には歓迎するし、世間話も好きよ?」
「助けを求めてきた場合は?」
「時と場合によるかしら。貴方のことは興味深いけれど、相応のものを求めるならファミリアとして対価は必要になるわ」
「ビジネスには応じると」
「コルヌーをお嫁さんにするのにも応じるわ」
「いらねっす」
(わぉ、ガッツリ本心100%。コルヌーったらボーイフレンドいないから、アピールの仕方が分かってないのね……黙って見守る気だったけど、ちょっとアドバイスした方がいいかしら)
テュケーさんがさも残念そうにほう、とため息をつくが、今のところ俺にとってコルヌーに対して好感度が上がるイベントが一切起きてない気がする。
とりあえず、テュケーさんはヤンデレメンヘラ豚狂いクソビッチ神(名前長くなったな)ことフレイヤが余計なちょっかいを出すようなら牽制してはくれるが、全面的に味方になる気はないらしい。俺の態度次第では無理ではないが、それをするほど状況が逼迫してはいない。
なお、今のところヘスティア・ファミリア内で目をつけられているのは俺だけのようだ。ヘスティアの名前くらいは辛うじて挙がったが、明らかに「バミューダの今の主神」以上の価値を見出していないように思える。つまるところ、俺個人には配慮しても、他のメンツについては知ったこっちゃないと言い出す可能性はある。色々と考え物だ。
そして――この女神を信頼するほどまだ俺は楽天的になれない。
特に不信感がある訳ではなく、ただそこまで親しくなれる理由がないからそうするだけだ。
そう判断した俺に、女神テュケーは悪戯っぽく微笑む。
「疑ってるんだ、私のこと」
「疑っちゃいませんよ。ただ信じてるとも気楽に言えるほど仲良くないだけです」
「仮にも神を前に、二十歳にもならない子供がずけっと言うよね。ふふ……やはりそうね。貴方はこの世界において自分で自分の運命の向かう先を定める確固たるものを感じるわ」
「そうですかね?人間なんて、大小の差はあれど自分の運命を決める力はあるものです。それの使い方と行使する勇気があるかないかじゃないですか?」
「それだけ?」
「知恵と勇気だボウケンシャってことで一つ」
こうして俺は適当に誤魔化してその場を後にした俺は、ため息をついた。
俺は、フレイヤの話を他人にそれほど聞いたこともなければ見たことも当然ない。フレイヤが俺に関心があるかどうかなど、今の俺には転生知識なしには本来知りようもない話だ。なのに俺はそのことについて言及しなかった。そしてあの神も、俺が知っていることを前提にするように喋っていた。揺さぶりのつもりでスルーしたが、隙はなかった。
「神様ってやつを甘く見過ぎたかな……」
もしかしたらあの神、俺が転生者もしくはそれに類する存在だと気づいているのかもしれない。
時は飛んで、ヴェルフと邂逅。そしてそのままなし崩しダンジョン。
原作だと武器や防具担当としてベルにとってよき鍛冶屋兼仲間だったヴェルフだが、俺は別に彼の作品を買ってはいない。
理由は二つ。
一つは名前が絶望的にダサくて流石に躊躇したこと。
もう一つが、ヴェルフの防具は俺にとっては80点止まりの評価なのだ。
ベルは前衛でガンガン突っ込むのが仕事ではあるが、いわゆるタンクではないので機動力は求められる。機動力と前衛を張るための防御力、それを両立させるのにヴェルフの防具は丁度いい。ベルにとっては100点に近いだろう。
しかし、俺にとってヴェルフの防具は若干重く、若干大きい。その辺の安物より遥かにいいのは確かなのだが、俺の求めるベストとは逸れている。
まぁ、それは彼の売る防具がハンドメイド品であるからであって、オーダーメイドできれば多分100点の防具とか作ってくれそうな気はする。
ともかく、ベルが連れてきた一時契約の鍛冶屋というのが今の俺にとってのヴェルフ・クロッゾだ。彼は便利鍛冶屋ではないし、他所の冒険者だ。あちらにとってもそうだろう。だからそんな距離感で一緒にダンジョンに籠っていると、不意にヴェルフがぽつりと呟いた。
「………なんというか、聞いてたより全然普通だな、お前」
「え?俺になんか変な噂でも?」
「フリーダムで人をおちょくりまくるとか、ノリでとんでもないことをしているようで悪代官ばりの壮大な悪巧みをしてるとか色々だ」
「俺の悪評を流すヤツ。一体何ル・クラネルと何ルカ・アーデなんだ……」
ちらっと目をやるとリリはあさっての方を向き口笛を吹き、ベルは満面の笑みで「誰なんだろうね!」と開き直ったとしか思えない態度でしらばっくれている。まぁ別に責める気はないのだけれど。俺とお前の仲だもの。
とはいえ、少々の誤解があるなら言っておこう。
「ベルとは気が知れた仲だからおちょくったりするけど、ダンジョン内であんまフザケすぎると死ぬからな。真面目にやるさ。それに悪だくみっつったって、後でファミリアが得する話を考えてるだけだし。俺程度の悪知恵、他のファミリアだって多かれ少なかれ働かせてるもんだ」
いやいやお前初代ミノたんに追われてたとき漫才やってたろって思うかもしれないが、あれだってベルの思考がテンパりすぎないよう誘導していることと、長い付き合いでの理解が互いにあったからあれをやっていた。リリ発見時にヤンチャした件は多少転生者知識に頼った面はあったかもしれないが、先に仕掛けてこようとしたのに対して迎撃の姿勢を見せたうえで、トンズラを防いだだけだ。そこまで変なことではない。
俺の回答にヴェルフは「そういうもんか」と大して気にした様子もなく納得したようだった。
= =
ヴェルフはバミューダ・トライアングルについてよく知らない。
断片的には知っている。ベルとは兄弟同然に育った同郷であること。ベルと違って手先が器用で近・中距離を担当していること。現在のヘスティア・ファミリアの頭脳であること。そしてベルと一緒にミノタウロスを討伐してレベル2に至り、二つ名は『運命の車輪』であること。自らの主神が作った不思議で興味深い武器を使っていること。
そしてフリーダムな人物であるということ。
ヴェルフはてっきり派手好きの目立ちたがり屋かと若干の不安を覚えていたが、実際に会ってみるとそんなことはなく、自然体で笑う少年だった。
ヴェルフはこの笑顔を見たことがある。自分の作品を見て「次に来たら買うよ」と言ったのちに二度と来なかった連中の笑顔だ。張り付いた笑み、心から笑ってはいないビジネスライク。ヴェルフに関心がそれほどないのだと思った。不信感を隠さないリリスケの方が可愛げがある。
邪険には扱われない。代わりにこちらの心に踏み入る気も感じられない、冷たい奴。しかしベルとの短いやり取りやアイコンタクトからはその印象からは想像もつかない信頼関係が見え隠れしている。
抱いた印象は、大人としてみれば普通。
親しい者と親しくし、親しくもない者とは無理に親しくしようとしない。とても、普通の対応だ。少々お人よしのベルと違い、極めてフラットな精神で冒険をしている。魔物処理の指示もバミューダが取っているが、ヴェルフの戦いを数度見てからは驚くほどいいタイミングで指示を飛ばすようになった辺り、ファミリアの頭脳は伊達ではないようだ。
しかし、年齢より幼く見えるベルと、年齢以上に大人びた対応をするこの二人が同じ環境で育まれたというのだから不思議なものだ。ともかくヴェルフにとって彼は、割と普通の人にしか見えなかった。
「………なんというか、聞いてたより全然普通だな、お前」
「え?俺になんか変な噂でも?」
「フリーダムで人をおちょくりまくるとか、ノリでとんでもないことをしているようで悪代官ばりの壮大な悪巧みをしてるとか色々だ」
「俺の悪評を流すヤツ。一体何ル・クラネルと何ルカ・アーデなんだ……」
リリスケはあさっての方を向き口笛を吹き、ベルは満面の笑みで「誰なんだろうね!」と開き直ったとしか思えない態度でしらばっくれる。やっと彼のフリーダムな部分の一端が垣間見えた。二人のノリのいいリアクションからして、ヴェルフのいないところではナイスジョークを飛ばしまくっているようだ。
そんな二人に若干苦笑しながら、バミューダはこちらを見る。
「ベルとは気が知れた仲だからおちょくったりするけど、ダンジョン内であんまフザケすぎると死ぬからな。真面目にやるさ。それに悪だくみっつったって、後でファミリアが得する話を考えてるだけだし。俺程度の悪知恵、他のファミリアだって多かれ少なかれ働かせてるもんだ」
「そういうもんか」
「本当はウチの主神とかがするべきなんだろうけど、生憎うちの女神さまはこの上なくお人よしなもんで。大人もいないし、賢しい頭を使っとかないとな」
とんとん、と自分の頭を指でつついてバミューダは笑う。
それを見て、何となくヴェルフは腑に落ちた気がした。
彼はベル、リリスケ、ヴェルフの関係を見て、自分はこういう態度でいるべきだと見定めているのだ。ここで自分がフザケ飛ばしているとヴェルフが浮くし、いい印象も持たれない。心象は即席チームに於いて大きな不和を呼ぶ可能性がある。
親しくしないのだって、ベルとヴェルフの信頼関係に無理に踏み込む気もメリットもないからそうしているのだろう。つまり、人間関係が拗れずこちらが余計な気を割く必要のない距離を保っているのだ。それが一番面倒がないというわけだ。
唯一つだけ、違和感を感じたとしたら。
(人としては普通だけど、少年としてはちょっと大人の対応すぎないか……?)
文句はないが、人間関係的には物足りなさがある。妙に気になったヴェルフは翌日、いつもより早い時間にホームを出てバミューダが毎朝通うという果物市に行ってみた。
「……もうマジで大概にしろよこの梨狂いクソガキ!!30ヴァリスだ!!もうこれ以上はビタ1ヴァリスもまけてやらんからな!!前の高級梨に飽き足らずどんだけ値切る気だマジで!!」
「いーじゃんいーじゃん。同情したギャラリーが後でいろいろ買ってくれるから内心オイシイって思ってる癖に」
「ギャラリー出来るほど梨値切ってるお前の頭のおかしさにはキレそうだがな!!」
「いやぁ、梨値切魔人は今日も朝から飛ばしてんなぁ」
「つーかレベル2になって収入増えてんのにまた安値記録更新したぞ」
「でもほらアイツの主神ってあの貧乏紐女神だから……」
「ああ、あの神じゃあ仕方ないな……」
鬼のような値切りで梨を激安購入しているバミューダの顔は、ダンジョン内よりイキイキしていた。余計にバミューダのことが分からなくなってきたヴェルフは、深く考える事を止めた。
後書き
F=FUTUU(普通)、それは全ての固有名詞が輝きを失う悪魔の言葉、のF。
ちなみに女神テュケーは気まぐれに人に幸運を与えたため、女神ネメシスがその幸運を本来持つべきでない相手から奪い、真に持つべき人に再分配してたとかいう話もあるらしいです。結果としてテュケーから幸運を受け取った人は後で地獄を見る。まさに気まぐれ女神ですね。
彼の神が鬼子母神の性質を持つというのは、鬼子母神の我が子を抱く姿の元の着想が、テュケーが豊穣角を持っている所から来ているから。つまり神話上ではなく実際に姿を描いたり掘ったりする上で密接に関わっているということらしいです。
この小説ではハリティーとテュケーは幼馴染同士で、姉妹同然に育ったから互いに互いの性質を持ってしまったという事にしています。
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