稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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95話:皇女の闘い
宇宙歴795年 帝国歴486年 8月上旬
首都星オーディン 新無憂宮 バラ園
ディートリンデ・フォン・ゴールデンバウム
「ディートリンデよ。そちの婚約者は無事に戦功を上げた様じゃ。メルカッツは宇宙艦隊の宿将でもあるし、何かと若手の育成に長けた男じゃ。宇宙艦隊に異動してどうなるかと思ったが、良い形になったようじゃな。帰還した折には、労ってやるようにな」
「陛下、お気遣いありがとうございます。ディートリンデも自分なりに労いたいと料理を励んでいるのです。一度ご賞味いただければ光栄に存じます」
「うむ。婚約者の為に励む娘の料理の味見役とはな。この歳になって普通の温かな家庭にありそうな経験ができるとは嬉しい限りじゃ。儂も美食の面ではそれなりに経験を積んでおる。何か気づく事もあるであろうから、味見させてもらうとしよう。楽しみにしておるぞ」
「陛下、お母様。料理の件はまだ内密にしておきたいので、あまり大きな声でお話にならないでください。ラインハルト様がお召し上がりになられながら育ってきた、グリューネワルト伯爵夫人とオーベルシュタイン男爵夫人は、共にお料理がとてもお上手なのです。幼少からご教授いただいた講師役のお料理が基準になるのですから、少しでも励まねばと焦っておりますのに......」
「本当の美食だけを求めるならプロの料理人に勝てるわけがなかろう。しっかりとミューゼル卿の事を考えて、自分なりにもてなす事を考えた方が良いじゃろうな。それにまだ婚約者の段階で完成してしまっては、それこそ今後の楽しみが薄れてしまう事にもなろう。あまり焦らぬことじゃ」
陛下とお母様が嬉し気に笑いながらティーカップを口に運ぶ。ほのかにバラの香りに包まれながらの団欒のひとときは、今では恒例になりつつあるが、リューデリッツ伯が私の後見人になるまでは、行われる事は無かった。皇帝の寵姫となったお母様は、今ではベーネミュンデ侯爵夫人の称号を頂いてはいるが、もともとは没落しかけた子爵家の出身だ。その子爵家とのやりとりは、金銭の無心くらいしか無かったし、それまでのベーネミュンデ侯爵家は、陛下が静かに年配の父親になれる隔離された世界だった。
当時の静かな生活も嫌いではなかったが、そうなれば世間の事に疎い、文学と音楽だけがすべての皇女になっていただろう。今ならわかるが、新無憂宮の外の政局は、そんな事は許されない状況にあった。もし、伯が後見人にならなければ、幼い頃から兄のように接してくれたラインハルト様と婚約する事も無く、稀に参加する宮中行事で、舐めるような嫌な視線を向けてくる方々の誰かに嫁ぐことになっただろう。
「それにしてもこれで少将か。20歳を前に大したものじゃ。あの者に後見人を頼んだのもこの場であった。今となっては懐かしいが、あの時の決断は間違ってはおらなんだな。『将来、軍の重鎮となるべく教育する』と申しておったが、昔から期待に応えてくれる男じゃった。そちの下にも家柄だけではなく、実績をしっかりあげている者どもが出入りするようになった。昔から周囲を巻き込んで楽し気なことをするのが得意であった。今でも変わらず楽し気なことをしておるし、優秀な後進も育ちつつあると聞いておる。軍部系貴族と辺境領主達の未来は明るいものとなろうな」
「陛下、リューデリッツ伯は不思議な方でございますね。色々と配慮は欠かざす、かといって配慮した事を公言するわけでも、恩に着せる訳でもございませぬ。お返しする機会があればと思っているうちに、他の面でも実は......。という事が多々ございました。伯爵家と子爵家で財務状況は異なるとはいえ、当初は戸惑ったことが懐かしく存じます」
私がお付き合いのある貴族と言えば、後見人であるリューデリッツ伯とそのご兄弟のルントシュテット伯とシュタイエルマルク伯位だ。そのお二人も頼られることをむしろ喜びとしている所があるし、頻繁に足を運んでくださる伯爵夫人方も、気持ちの良い方々だ。貴族とはそういう物だと思っていたが、むしろ少数派らしい。
「今更の事であろうな。幼少期には先代のルントシュテット伯が門閥貴族の横槍からなんとか軍部を守ろうと四苦八苦しておるのを見ながら育ったのだ。第二次ティアマト会戦の大敗で、多くの軍部系貴族が没落しかけたが、自家も『次期宇宙艦隊司令長官』と目された当主が戦死したにも関わらず、他家の支援に奔走しておったからな。長兄と次兄も、幼いころから知っておるが、しっかりした人物であった。そういえば、青年の頃からメルカッツは堅物であったな」
「私も、もともとは皇太子時代からのお付き合いと聞いておりましたが、お忍びで歓楽街で食事を共にしていたと聞いた時はびっくり致しました。メルカッツ殿も含めれば、当時のお忍び仲間が4人も元帥になっているというのも、今更ながらすごいお話でございますね」
「そうであろう?お忍びの場であった店は、今では縁起が良い店という事で、かなり繁盛しておるそうじゃ。特に戦勝の際は賑わうらしいが、部下に酒をふるまうのに無理する事が無いように、店のオーナーがなにかと費えを賄ってくれる事もその要因だそうじゃ。言うまでもないであろうが、そのオーナーはリューデリッツ伯なのじゃがな」
陛下が嬉しそうに話をされる。私たち3人だけの時にしかされない表情だ。そして少し雰囲気が違うが、リューデリッツ伯と話をするときも同じように嬉し気にされる。そして聞き及ぶ限りでは、公務の際にはそのような表情は出さないとのことだ。本当は『皇帝』になりたくなかったという話を聞いた事があるが、事実なのだろうか?母上から表向きの話は禁止されているので控えているが、本心を聞いてみたい気持ちもあった。
「ちなみに婚約祝いの事じゃがな、そちの後見人は養子に等しい者たちに少将への昇進祝いに『男爵株』を添えたそうじゃな。さすがに皇女の婚約祝いに何もせぬわけにもいかぬ。『伯爵』が『男爵株』を贈るなら、『皇帝』は『公爵株』を贈るべきなのであろうが、空いている公爵株は、カストロプじゃからな。さすがに慶事にはふさわしくなかろう......。
宮内省に候補を上げさせたのじゃが、断絶した武門の家柄で『ローエングラム伯爵家』があってな。軍部の重鎮となる家柄として丁度良いと思うのじゃ。異議がなければ帰還した際に継承の議を行う事にするが、それで良いかな?」
「陛下、ディートリンデへのご配慮、ありがとうございます。武門の家柄ともなればミューゼル卿も喜ぶでしょうし、伯爵ともなればさらに自重も意識いたしましょう。グリューネワルト伯爵夫人もなにかとご心配のご様子でした。これで少しはご安心されると存じます」
「陛下。ご配慮ありがとうございます」
陛下は確認すべきことが終わったという感じで、再び和やかにお茶を飲み始めた。ただ、一瞬雰囲気が変わったし、お母様もお礼を述べつつも、一瞬わたしに視線を向けた。本来ならラインハルト様が『ベーネミュンデ侯爵』となり、2人で盛り立てるのが本筋だ。わざわざ別の家を継承させるという事は、万が一の場合、ベーネミュンデ侯爵家だけでも生き残れるようにという事なのだろう。
ここで色々なものがつながった。芸術の講師役でもあり、天才ピアニストのフレデリック様と婚約されたのを機に男爵家を継がれたマグダレーナ姉さまや、経営や政務の事を教えてくれ、今ではマリーンドルフ家の新規施策の旗振り役でもあるヒルデガルト姉さま達とたびたび話していた事だ。皇太子であった異母兄の遺児、マクシミリアン殿は、いないもののように新無憂宮の一角で養育されているし、立太孫もされる気配がない。
門閥貴族の領袖として、降嫁を許したブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯を冷遇はしていないが厚遇する訳でもない。そしてリューデリッツ伯が私の後見人についた途端に、屋敷の中だけに留めていた私たちとの団欒を後宮の公の場である『バラ園』でも行い始めた事。陛下は『内戦』を起こさせるつもりなのだ。でもなぜ......。
「この宇宙から戦争を無くすためには必要なことなのだ、儂はそんな世界を生きて見る事は敵わぬだろうが、叛徒たちの社会が崩壊する前に宇宙を統一せねばならぬ。おそらく間違いは起らぬと思うが、もしアマーリエとクリスティーナが困る事になりそうであれば、口添えしてやってくれ」
ここで今更ながら、現在はなしている話題が『表向きの話』であることに気づいた。婚約するからには一人前の『皇女』として扱うとなのだろうが、なぜお母さまが『表向きの話』を禁じていたのかやっとわかった。団欒の場であるはずなのにあまりにも冷酷な話がさりげなくなされている。皇族の子女としては確かに必要なことだが、お母様はこういう冷たさから私を守ろうとしてくれていたのだろう。
だが、万が一わたしだけがベーネミュンデ侯爵夫人として生き残る展開になった場合、どこの馬の骨かもわからない嫌な視線を向けてくるような方に嫁がされることになるだろう。そんな未来にならない為にも、ラインハルト様と連携を取りながら、マグダレーナ姉さまやヒルデガルト姉さま達とも連絡を密にする必要がある。
それにしても陛下がそんなことを考えていたとは想像もしなかった。望んで帝位に就かなかったにもかかわらず『宇宙から戦争を無くす』事をお考えになられるとは、それこそ統治者の鏡なのではないだろうか。そしてリューデリッツ伯はなにをお考えなのだろうか?すべてをお話頂けるとは思わないが、私の未来がかかっている。少しでもご意向を聞いておかなくては。
後書き
今作はミスして消えてしまい書き直しました。『保存』って大切ですね......。
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