万歳
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第一章
万歳
中西寛太は艦内でいつも阪神の試合を観て阪神の記事を読んでいた、だがその彼への周囲の言葉は微妙なものだった。
「また負けてんじゃねえか」
「やっぱり定位置かよ」
「阪神が打つ筈ないだろ」
「どうせ今日も負けるよ」
こうしたものばかりだった、特に。
一分隊の先任下士官である三浦孝則は彼にこう言った。
「ホラ吹くんじゃねえ!」
「ホラですか」
「そうだよ、ホラだよ!」
こう中西に言うのだった、大柄で上半身が極めてしっかりした体格だ。きりっとした顔に太い眉がよく似合っている。五十の年齢に相応しい皺もある。
「阪神優勝なんてホラだ!」
「いや、あの戦力ならです」
「阪神今年優勝するっていうのか」
「はい、これから」
「あのな、そう言うけれどな」
三浦は中西に真面目な顔で語った。
「実際阪神何位だ」
「六位です」
「最下位じゃあねえか」
セリーグ六球団の中で六位、即ち最下位だ。
「堂々とな」
「ですからこれからです」
「大逆転かよ」
「どんどん勝ち進んで」
そうしてというのだ。
「優勝するんですよ」
「そうなる筈ねえだろ」
三浦は中西に強い声で言い切った。
「どうやって優勝出来るんだ」
「しませんか」
「する筈ねえだろ!」
こう中西に言う、そしてほぼ毎朝彼に言っていた。
「俺はホラが大嫌いなんだ!」
「そうなんですね」
「そうだよ、何が阪神優勝だ!」
中西に強い声で言う。
「最下位じゃねえか!」
「ですからこれからです」
中西は負けずに三浦に答えた。
「どんどん勝つんですよ」
「それで優勝か」
「はい、今年の十月には」
ペナントが終わる時にはというのだ。
「ノムさんの胴上げが見られますよ」
「そんな筈ないだろうが」
あくまでこう言う三浦だった、そして現実は彼の言う通りだった。
阪神は最下位だった、それで港に停泊している時に上陸許可を貰いにきた中西は許可を出す先任海曹室にいる三浦に言われた。
「おい、四連敗だぞ」
「阪神が、ですね」
「ああ、これでも言うのか?」
三浦は中西をジロ目で見つつ彼に尋ねた。
「阪神優勝だって」
「この前三連勝したじゃないですか」
「それでここでも言ったな」
「はい」
中西は三連勝の時実際にこの部屋で大喜びで言った。
「そうしました」
「それで俺言ったな」
「十連勝してから言えと」
「そうだったな、しかしな」
「三連勝で終わって」
「四連敗だぞ」
連勝の分は完全に消えて借金まで出来た。
「それで何か言うことはないのか」
「今日から十連勝します」
中西は三浦に笑って答えた。
「期待していて下さい」
「それ二軍の話じゃねえだろうな」
阪神の二軍はこの時代も強かった、岡田彰布が二軍監督として頑張っていたのだ。尚阪神は二軍監督から一軍監督になるが球界ひいては戦後日本の悪徳の象徴である巨人ではそんなことは一度もない。
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