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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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91話:苛政

宇宙歴794年 帝国歴485年 8月上旬
カストロプ星系 惑星ケーニッヒグラーツ 
ワルター・フォン・シェーンコップ

「シェーンコップ少将、中心人物からの聞き取り調査は完了しました。詳しいデータ分析は本部で行ったほうが早く対応できますので、我々も一足先にオーディンへ戻ろうと思います。何か踏まえておくはございますでしょうか?」

「うむ。2点だな。ひとつ目は調査の進捗とデータはリヒテンラーデ候に伯のお名前を添えて、ミューゼル卿から報告するように。政府系はかなり譲歩した形だし、せめて膿を出す機会として活かす支援はしておいた方が良い。二つ目は、この惑星の現状は、ある意味、責任ある立場に責任を果たさない人間が就いた時どうなるか?という最悪の一例だろう。卿にそのような心配は無いと思うが、いずれは任命する側にもなろう。見るに堪えぬかもしれんが、よく目に焼き付けておくことだ」

「ご鞭撻ありがとうございます。調査の過程で領地の各所に足を運びましたが、とても同じ帝国内だとは思えませんでした。嫌悪しか感じぬ日々でしたが、こんなことが無い帝国をつくる一助になれればと思います」

ミューゼル卿は俺が答礼すると、執務室から退室していった。坊やたちはまだ18歳だ。社会勉強を兼ねてとはいえ領民への責任を果たそうともしない人間が統治を行うとどういうことになるか......。その極端な例がこの旧カストロプ公爵領だ。領民はほぼ農奴のような扱いを受け、教育も医療も最低限。『公爵』という地位に配慮されて徴兵対象から外されていたが、むしろ教育する手間から敬遠されたのではないだろうか?領民たちにすれば最後の苛政からの脱出手段を奪われた形になったやもしれんが......。

「シェーンコップ少将、超高速通信がオーディンから入っております。通信室へどうぞ。リューデリッツ伯爵から、現状の確認のご様子でした」

通信兵に答礼すると、通信室へ急いだ。おそらく治安回復と復興に向けた連絡だろう。だが、この現状を、伯が直接ご覧になる事態にならなくてホッとしている自分がいる。自領だけでなく辺境星域全体をどう富ませるか?に心血を注いてきた伯がこのありさまを見れば、激怒されるに違いない。さすがにそんな場に居合わせるのは遠慮願いたいところだ。通信室に入り、通話開始のボタンを押す。画面には普段と変わりない伯の姿が映しだされる。

「シェーンコップ男爵、そちらの状況はおおむね数字でだが認識していたが、卿がその表情だと、思った以上にひどいようだな。ケジメを付ける為とは言え、いささか損な役回りだったやもしれぬ。悪く思わないでくれれば助かる」

「はっ!私自身は世慣れているつもりでしたので多少の刺激では動じるつもりはありませんでしたが、いささか眉をひそめざるを得ない状況ですな。特に青少年には刺激が強かったやも知れません。感受性が強い部分もありますが、もともと軍部系貴族は帝国の中でも比較的まともですから。帝都に近い星系でこんな有様を放置していたとなると、政府系貴族への不信感はつよまるばかりでしょうな」

「うむ。政府系貴族の対応は別にして、直近の問題は惑星ケーニッヒグラーツの復興と開発だ。既に1000万人分の支援物資は手配済みだ。数日以内にそちらに到着するだろう。必要な物があれば遠慮せずにメックリンガー中佐に一報を入れてくれれば手配されるようにしてある。治安維持部隊も何かと感じる所があるだろう?酒も多めに手配し置いたから領民たちを含めて、振る舞ってやってくれ」

「ありがとうございます。復興と開発とのことでしたが、復興プランは確認しましたが、開発までこちらで担当するのでしょうか?てっきり接収が終われば後は政府が担当するかと存じましたが......」

「その件だがな、ベーネミュンデ侯爵夫人と相談して、惑星ケーニッヒグラーツはディートリンデ皇女殿下の化粧料とする事にした。どのみち政府に追加予算を組める余裕はないし、惑星ひとつを再開発できる人材を割くこともできないだろうからね。先ほど陛下の内諾を頂いた所だ。兵士たちも復興支援任務で身体を動かせば、多少は気がまぎれるだろう?既にアルブレヒトとシルバーヴェルヒに開発プランを練らせているし、隣接するマリーンドルフ伯と合資会社を設立する契約を取り交わした。5年もすれば皇族の領地として恥ずかしくないものとなろう。政府の尻ぬぐいをするようで癪だが、領民には関係ない事だ。後見人としても、皇女殿下のご領地が荒れ果てたままにしておくにもゆかないだろうからね」

伯の財布は本当に底がしれない。本来ならお取り潰しとなったカストロプ公爵家の財産を使って復興予算とすべきところだが、その財産のほとんどは汚職によって得たものだ。政府は国庫に納めるのが順当だと考えただろうし、そうなると思いきった復興予算はつかない。だが、このままでは軍部系貴族と辺境領主のみが、帝国への貴族としての責任を果たしているように兵たちには映るが、その辺りは配慮しなくて良いのだろうか?

「伯、このままでは兵たちの政府と門閥貴族への不信感は強まる一方ですし、兵はともかく青少年には多少はケアが必要かと存じますが......」

「代々の稼業だからといって、適性も自覚も無い人間が責任ある役職に就くことは帝国にとってプラスにはならないと、もっと多くの臣民が気づくことになればそれで良い。宇宙の統一の為には、少なくとも適性と自覚がある人材がしかるべき役職に就くようにならなければ無理だ。あまり大声で触れ回る必要もない。そんな事は皆が日々うすうす感じている事だからね。それとミューゼル卿にも復興・開発に関して自分なりに見解を用意しておくように伝えてもらえるかな?見るべき所があればもちろん採用する旨も伝えて欲しい。イライラしながら戻ってくるのが目に見えるからね」

「承知しました。たしかに顔をしかめながら領内を調査しておりました。彼らも前向きな話に意識が向けば少しは気が晴れましょうな。物資の手配の件もありがとうございます。民心が落ち着くまでは十分な物量かと存じます。兵たちもしっかりと復興計画が動き出しているとなれば少しは気も晴れましょう。兵たちに変わりましてお礼申し上げます。では」

俺が敬礼すると、伯も答礼をされ、通信が終わった。正直に言えば、ホッとした気持ちがある。この惑星だけが、歴史の中でいう中世のような有り様だった。星間国家の『公爵家』の領地がそんなことになっているなど想像できなかった。領地の統治は領主の専権事項とは言え、命を懸けて守っている祖国にこんな一面があるなどやりきれない。おそらく伯の財布から予算が出ているのだろうが、手厚い復興予算がついている事だけが領民たちの慰めになるだろう。

通信室から司令室に戻ると、装甲擲弾兵を引き連れて押しかけるように参戦したオフレッサー大将が、少し沈んだ感じで佇んでいた。閣下を良く知らないものは、勇猛な戦士としての一面しか知らないが、身内には手厚い漢だし、戦場以外ではなにかと感じやすい部分もある。おそらく俺の懸念は的を得ているのだろう。

「おお!シェーンコップ男爵、リューデリッツ伯と通信していたとのことだが、復興計画は大丈夫なのか?さすがの俺でも、この状況を見るとな。装甲擲弾兵は命を懸けて帝国を守ってきたが、帝都のすぐそばでこんなことになっておるとはな。俺は少し悲しくなったし、部下どもも復興の役に立ちたいとのことだ。もうしばらく世話をかけるが、何かしら役に立ってから戻らねば寝ざめが悪いからな」

「閣下らしいお言葉ですな。一両日中に支援物資は届きますし、復興計画は用意してあります。土木機械が来るまでは間がありますし、小官も久しぶりに土木作業に参加しようと思いますが、ご一緒に如何です?」

「それはよい。筋力自慢が揃っておる事だし、部下も喜ぶであろう。それにしてもあっけないものだな。20年近く尚書職を務め、汚職を極めた人物とは言え仮にも『公爵家』が、いざとなれば領民の叛乱で自滅するとはな。陛下のご下命に背いた以上、『大逆犯』だが、当主と嫡男を筆頭に、領内にいた一族は領民に背かれて殺されてしまうとは......。実戦はほぼなかったに等しいし、領内の有り様を見るとなにやら虚しくなってしまった。男爵と任務を共にできた事がせめてもの救いだな......」

「閣下、私も似たような思いがありますが、伯からの連絡では、この惑星はディートリンデ皇女の化粧料となるそうです。皇女殿下の後見人として、その化粧料を『荒れ果てたままにはしておけぬ』とも仰っておられましたので、数年もすれば見違えるようになりましょう」

「そうか、伯が担当されるなら間違いあるまい。オーディンからもそこまで離れておらんし、装甲擲弾兵の訓練施設でも作ってもらい、訓練を兼ねた土木作業をしてもよいかもしれんな。もっとも伯が計画を用意されたなら余計なことやもしれんが......」

「上申はしておきましょう。確かに自然はかなり残っておりますし、鍛錬にはちょうど良い場所です。さすがの伯でも装甲擲弾兵が復興支援に協力したいと言い出すなど想像されないでしょう。きっとお喜びになられると存じます」

「そうか。男爵にそう言ってもらえれば千人力だな。では部下たちに指示を出してこよう。塹壕堀りの訓練などをするより余程励み甲斐があるというものだ」

少し気が晴れたのかいつもの雰囲気に戻ったオフレッサー大将がのしのしと司令部を後にする。俺の部下たちにも配慮をしておかねばなるまい。悩ましい事だが、物資と予算はある。憂鬱な始まりとなったが、振り返った時に誇れる任務にしてやらねばなるまい。伯から事前に渡されていた復興計画書を改めて確認する。この計画書の綿密さだけが、おれの心を少し軽くしてくれた。 
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