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ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~

作者:紫水茉莉
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アインクラッド編
  18.花咲く庭で

ギルドホームのそばに生えている桜が蕾を膨らませる、4月某日の事だった。




目覚めると、いつも俺より起きるのが遅いはずのリヒティがすでに起きて準備をしていた。何かあるのかと聞くと、リヒティは少し照れ臭そうに笑った。
「今日は、クリスとちょっとな」
「・・・あぁ、そうか。楽しんで来い」
「うぉ、お前がそんなこと言うとはな・・・。お前結構変わったな」
「そうか?」
「そうだよ。んじゃ、行ってくる」
ひらりと手を振って、リヒティは部屋から出ていった。


寝巻から普段着に着替えてリビングに行くと、ミーシャがコーヒーを飲んでいた。ミーシャは俺に気付くと「おはよう」と言って笑った。
「二人はどこへ」
「47層の巨大花の森だってさ。相変わらず仲いいよねあの二人」
「だな」
このデスゲームが始まる前から付き合っていると公言するリヒティとクリスティナは、休日になるとたまに二人でどこかに出かけていく。俺がこのギルドに入る前からある光景だそうだ。
ちなみに巨大花の森は、47層にあるミーシャ曰く定番デートスポットらしい。日の光を遮るほど大きく成長した花が生い茂っている、いわば《花》でできた《森》だ。
「アルトは今日何するの?」
「タクミと、ナツに付き合って市場に行く。今度やる花見のために、新しい食材を見つけたいらしい」
「なるほど。じゃあ今日は別行動だね。女子はみんなでカフェ巡りするから」
基本的な空腹以外は、胸やけもなにもないこの世界では甘い物巡りにちょうどいい。
やがて、アン、シルスト、ナツも起きてきた。
「タクミは?」
「努力はしたけど、起きなかった」
ややばつが悪そうにナツが笑う。
そろそろタクミ起こさないといけないんじゃない?というミーシャの助言に従って、俺はタクミを起こしに行った。このギルドで一番寝起きが悪く、朝の機嫌も悪いのがタクミだった。


「うわ!この草コリアンダーっス!タクミ先輩ちょっと!アルトも見て!これ買いましょうよ!」
「パクチー嫌い」
「俺も別に好きじゃない」
「え~せっかく見つけたのに・・・」
がくりと肩を落として、ナツは草を棚に戻した。間髪入れずに次の掘り出し物を求めて店をぐるぐる歩き回る。正直に言って料理のことなどさっぱりな俺とタクミは、店の端っこでぼんやりと棚を眺めていた。
左端にちらりと目を走らせると、いつものように俺を含めた七人分のHPバーが表示されている。ミーシャ、シルスト、アンのHPバーに変化はない。主街区を中心に店を回ると言っていたので、そもそも圏外には出ていないはずだ。リヒティとクリスティナのHPバーは時々減ったり戻ったりしている。2人の今日の目的地である巨大花の森は、47層の主街区を出てフィールドを突っ切るため、戦闘は避けられない。まぁこちらも、レベル的に言うと大丈夫だろう。
「シナモン!?」
「ナツ、うるさい」
タクミが小声でナツをたしなめた。
一通り店を回り終わった俺たちは、次にフィールドに出た。経験値稼ぎと食料収集を兼ねているので、勿論ナツが主導である。今回の目的は45層にいる鹿っぽいモンスターの肉だった。ただし、本当に鹿肉の味がするのかどうかは謎である。
「ジビエ料理に挑戦したいんで!」
楽しそうにナツが言った。普段の料理に使っている肉は大体狩りでドロップしたものを使っているから全てジビエ料理といえばジビエ料理なのだが、そこは突っ込まなかった。



***


「スイッチ!」
リヒティが叫びながら後ろに飛びのく。前に飛び出したクリスティナは槍スキル《ダンシング・スピア》を発動。槍の穂先が花の頭を持ったモンスターを正確に抉り、モンスターは青いガラスとなって砕け散った。
「お見事」
「当然」
2人は顔を見合わせてにっこりと笑いあう。
「巨大花の森って綺麗だけどちょっと薄暗いわね。まだ3時なのにもう夕方みたい」
「確かになぁ」
リヒティがそう返事をしつつ左手を差し出すと、クリスティナは右手を絡めた。そのまま花と花の間を歩いていく。
「この辺はゆっくり回ったことがなかったからなぁ。今度はあいつ等もつれてくるか?」
「・・・正崇(まさたか)
「はい!」
急に本名を呼ばれてリヒティは思わず背筋を伸ばした。クリスティナは目を細めてじろりとリヒティを睨む。
「せっかく2人だけなのに、皆の話をするの?」
「・・・悪かったよ、有世(ありせ)
ぽんぽんと頭をなでると、満足そうにクリスティナは笑って顔を寄せた。リヒティも答えようとした、その瞬間。
クリスティナの背後で何かが光ったのを、リヒティは見た。
「ッツ!」
クリスの体をあらん限りの力で左に突き飛ばし、右手でメイスを体の前に運ぼうとする。しかし間に合わず、何かが右肩に突き刺さった。
「正崇ッ!」
クリスティナが悲鳴をあげる。大丈夫だと言おうとして、不意に全身の力が抜けた。
HPバーの横に、雷マークのアイコンが点灯している。麻痺だ。
ガサガサと茂みの向こうからプレイヤーがやってくる。
そのアライメントの色はオレンジ色。
つまり、犯罪者プレイヤーだ。
「クッソ・・・!」
「リヒティ、早く!」
解毒結晶で麻痺状態を解除し、クリスティナはぐいっとリヒティを引っ張って立たせた。巨大化の森の出口に向けて逃げようとするが、既に犯罪者プレイヤーに囲まれていた。
「いやぁ、浮かれたカップルを襲うのは実に簡単だぁ。なぁ皆?」
リーダーらしき人物がニヤニヤ笑う。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、リヒティとクリスティナは背中合わせに立ち、得物を握りしめた。
「・・・クリス、隙を見つけて転移結晶で離脱するんだ」
「あなたもよ、リヒティ」
そっと手を触れ合わせる。直後、オレンジプレイヤーが一斉に襲い掛かってきた。
「うおおおおっ!」
「せああっ!」
メイススキル《シャイニング・フォール》と槍スキル《スプレッディング・サン》。どちらも範囲攻撃で、相手を吹き飛ばすことを狙った攻撃だった。予想通り、オレンジプレイヤーは吹き飛ばされていく。その隙を狙って、2人は転移結晶を取り出した。
「転移!キルベル」
カアンッ!と高い音が響く。最後まで《キルベルグ》ということはできなかった。オレンジプレイヤーの投げたピックが突き刺さっていた。
「読めてんだよ、それくらい」
オレンジプレイヤーはニタリと嘲笑う。
手慣れている。
「ちっ・・・」
舌打ちを漏らして、リヒティはクリスティナを一瞬だけ見た。かすかに顔が青ざめていた。
(頼む・・・誰か気付いてくれ・・・!)


***


「けっこうたくさんドロップしたっスね。今日は鹿肉のローストにするっス!」
「へえ、おいしそう」
そんな会話をしていた時のころだった。
リヒティのHPバーにアイコンが点灯したので、俺はわずかに疑問を持った。
「タクミ、巨大花の森に麻痺攻撃をしてくる奴はいたか?」
俺と同じ疑問をタクミも抱いたのだろう。眉を寄せながら首を横に振る。
「記憶にない」
とても嫌な予感がした。
「タクミとナツは、ミーシャたちと合流してくれ。俺は巨大花の森に行く。なるべく早く来てほしい」
「へ?」
返事を待たずに俺は駆けだした。石畳を蹴り飛ばし、転移門に飛び込んだ。
「転移!」
一瞬の浮遊感。転移が済むとすぐに走り出す。嫌な予感は、的中した。してしまった。
2人のHPが、みるみるうちに減少していく。リヒティはすでに5割を切っている。
「間に合え・・・!」
思わずそう声に出しながら、俺は必死で走った。



槍という長物を持つクリスティナは、懐に入られると弱いという弱点を持っていた。だから、リヒティはクリスティナを守りながら戦っていた。そうでなくとも、2人に本物の対人戦の経験は少ない。圧倒的に不利な状況だった。
「おらあああっ!!」
リヒティがメイスを振り回す。2人のプレイヤーが巻き込まれて吹き飛ばされたが、躱したリーダーが手に握ったカタナでメイスを上に弾いた。
「ぐあっ」
「ヒャハッ!」
嫌な笑い声をあげて、カタナで追撃を浴びせる。ザシュ、と嫌な音が響く。
「ぐ・・・あああああっ!」
喉から絶叫を絞り出し、リヒティはメイスを叩きつける。
(クリスティナだけは!)
それだけを念じ、クリスティナの腕を掴む。
「リヒ」
「有世」
一瞬だけできた空白。リヒティは、そっとクリスティナに向けて微笑み、囁いた。
「愛してる」
クリスティナが何かを言う前に、両手でクリスティナの腰を掴むとあらん限りの力を振り絞ってオレンジプレイヤーたちの向こう側へと投げた。
「走るんだ!!」
彼女が悲痛な顔で自分の名前を呼ぶのが見えた。落としたメイスを拾い、クリスティナを追おうとした犯罪者を殴りとばす。
「させるかよ」
鬼のような形相を浮かべ、リヒティはオレンジプレイヤーに掴みかかった。一瞬、オレンジプレイヤー達に動揺が走った。
ドス、と背中に衝撃が走った。リーダーのカタナだった。HPが減っていく。
「絶対に」
1割を切る。
「やらせは」
そして。



「正崇ぁ!!!」 
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