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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「そう驚いていただけると、わたしも非常に嬉しいです」

 
前書き
あけおめ(最速)。狙っていたわけではありませんが、新年で新章に突入とは縁起がいいですね 

 
「それじゃあ、ショウキさんとリズさんが来ることが少なくなるんですか?」

「はい。まだしばらくは来れるそうですが」

 アインクラッド第二十二層、リズベット武具店の店頭にて。二人の少女――ユイとプレミアが店の整理をしつつも話し込んでいた。議題は店長とその助手が、しばらくすると用事でログイン頻度が減ることについて。

「仕方ないとはいえ……プレミアからすれば、少し寂しいのではないですか?」

「そうですね。寂しくないと言えば嘘になります。ですが、大丈夫です」

 こうして引っ越してきてのは、プレミアのことをみんなで見れるようにという心遣いがあったのだろうと、プレミアは今なら分かっていた――ただし、プレミア本人にも何かは分からない、もやもやとした気持ちも多少ながらある。

「むしろ《アルバイト》として、やる気充分です」

「その意気ですよ、プレミア。わたしも手伝いますから!」

 とはいえそんなもやもやとした気持ちよりも、まずプレミアには任された仕事がある。武器を作ることはプレミアには出来ないが、それ以外のことなら出来るはずだと、ユイの応援のもとプレミアは熱意を込めてシャドーボクシングを初めだした。

「それに皆さんで選んだ、この『すぱっつ』があります。これで空中戦もバッチリです」

「……プレミア。そういうのははしたないですよ」

「気をつけます」

 空中でも大丈夫なように選んだスパッツを、プレミアはワンピースを捲って自慢げに見せつけるものの、どうやらこれは『はしたない』ことらしい。では空中戦の対策にはなっていないのでは、とは少し思いましたが、そこはおいおいと考えていくことにする。

「あれ……プレミア。お客様みたいですよ? 扉の前に」

「ほほう。では、出迎えにあがりましょう。いらっしゃいませ」

「うわっ!?」

 そして、ふとユイが周囲のプレイヤーを検索したところ、何やら一人のプレイヤーが店の前を右往左往している反応が見てとれた。そうして店の前にいるならばお客様だと、プレミアは今の決意をそのままユイにいいところを見せようと、自分から扉を開いていった。

「驚かせてしまいましたか、すいません。改めて、リズベット武具店へようこそ」

「お、おう……」

 突如としたプレミアの襲撃に驚愕の色を隠さないお客様は、どうにか深呼吸しつつ落ち着こうとしているサラマンダーの女性プレイヤー。上着は腰まで伸びたはっぴのみで、サラシとホットパンツ以外は肌を見せているという、随分と露出度の高い格好で。まるで祭りの太鼓を叩く係りのようだ、という印象を与えつつ、お客様はキョロキョロと辺りを見渡した後に、落ち着いてからプレミアを睨み付けつつ店内に入った。

「あんたがここの店員か? 随分とちっこいんだな……まあいい、こちとら時間がねぇんだ。この店で一番いい武器をよこしな」

「一番いい武器……というと、どんな武器でしょうか?」

「え、あ……一番いい武器って言ったら一番いい武器だろうが! それともこの店にはクズ鉄しかねぇのか!?」

「わかりました。『一番いいものを頼む』、というやつですね」

 いきなり高圧的に騒ぎだしたサラマンダーに、プレミアの仕事ぶりを眺めていたユイは不信感を隠さなかった。そんな人を入れてしまったのはユイ本人のため、注文通りにストレージを探すプレミアにひっそりと近づくと、お客様に聞こえないように耳打ちして謝った。

「ごめんなさい、プレミア。面倒な人なようです……」

「いえ。むしろ『なかま』です」

「仲間……?」

「お客様。こちらなどいかがでしょうか?」

 ただしプレミアは気にした様子もなく、むしろ仲間などと上機嫌な様子だった。怪訝な様子のユイには答えることはなく、プレミアはストレージからシンプルな両手剣を取りだし、お客様の机の上へと置かれていた。。それはショウキが以前に造っていた武器であり、確かにこの店でも最高級の武器といっても過言ではなく、お客様も少し目を見開いた。

「見た目はまあまあじゃ……ひゃっ!?」

 とはいえ最高級な武器だけあってステータスの要求値も最高級であり、両手剣を持とうとしたお客様はすぐさま床に転がることとなった。今まではサラマンダー特有の高い身長からプレミアを見下していたが、すっかりと逆の立場になって。

「な、んだよこれ、不良品じゃ――」

「やはりです。注文の時は『一番いいもの』ではダメです。扱えないのですから」

 またお客様が文句を言いつけようとする前に、プレミアがどこか懐かしげに語りだした。彼女もかつては店で『一番いいもの』を頼み、扱うことも出来ない重い斧を買ってきた苦い記憶があったからだ。ただしもはやそれはいい思い出であり、同じ勘違いをしている仲間であるお客様にも、同じ思い出を共有して貰おうと思ったのだ。

「なんでだよ! このゲームはレベルがなくて――」

「レベルがなくても要求ステータスはあります! ……初心者さんですか?」

 さらにユイからの追撃に、お客様は図星だとばかりに押し黙った。顔を羞恥に真っ赤に染めつつ、逃げようとしたのか扉の方をチラリと見たものの、あいにくとすでにユイがそちらを塞ぐように移動済みだ。プレミアに謝るまで通さないとばかりの気迫に、お客様は観念しつつ立ち上がった。

「すっ……すいませんでした!」

「なにがでしょう?」

 そうしてお客様が立ち上がるなり、見事な謝罪が炸裂していたものの、プレミアにそれは通用しなかった。


「どうぞ」

「あ……どうも」

 それから自然とお客様の都合を聞く流れになってしまい、ダイシー・カフェの一部スペースを間借りして、お客様を囲むようにした会話が始まった。ショウキが最近また作り始めたコーヒーを、プレミアはユイとお客様のを含めて三人分、ミルクに砂糖とともに出していく。

「あ、美味い……じゃなくて。とりあえず、アタシの名前はガーネット。さっきは本当に悪かった……です」

「ガーネットさん、ですか。どうしてあんなことをしたんですか?」

「え? だってこのゲーム、殺しあいが基本の殺伐としたゲームだから、舐められないように強気でいけって……友達に言われて……でも冷静に考えたら、そんなわけないなーって……」

 言葉が続いていくごとにどんどんとガーネットの調子が低くなっていき、心なしか身体が縮こまっていく。友達とやらから恐らくは冗談でそんなことを言われ、本当かどうか店の前で迷っているうちに、プレミアに店内に入れられたということらしい。

「いえ、ガーネット。気にしないでください。誰でも通る道です」

「いやいや! アタシが悪いだけだからよ! 友達も、初心者のアタシにこんないい装備くれるくらいイイ奴なんだぜ!」

 初めて上から目線でアドバイスが出来るという経験が新鮮なのか、プレミアは特に気にした様子もない。ただしガーネットは冗談を吹き込んだ友達とやらでもなく、あくまで自分が悪いのだと装備を見せつつ主張する。悪い人じゃないみたいです、とユイはミルクましましのコーヒーを飲みつつ思う。

 ついでに、確かに見たこともないレアな装備品であるが、肌を隠す部分がサラシとホットパンツだけと、随分と露出度が高いものだが。

「『友達』というのは素晴らしいです。わたしもユイやアルゴにはいつも助けられています」

「え、ええと、そのお友達はどうしたんですか?」

「それが……ケンカしちゃって」

 プレミアの裏表ない感謝の言葉に、ユイが照れ隠しに話題を変えた時。その友達について、ガーネットがとつとつと語り出した。

 このゲームを始めて意気揚々とサラマンダー領から出たはいいものの、当然ながら右も左も分からずに。そこをその『友達』に助けられ、装備を貰ったり冗談も込みで様々なことを教えてもらったものの、あるクエスト中にケンカ別れをしてしまったそうで。

「クエストで足手まといになっちまってよ」

 もちろん初心者であるガーネットがミスをするのは当たり前であり、その友達はガーネットのミスを勘定に入れつつクエストを遊んでいたわけだが、何度もミスを繰り返すガーネット自体が自分を許せなくなってしまい。

「あるクエストをクリアしてくるまで一緒に戦えねぇ! なんて……啖呵をきっちゃって……」

 ガーネットの声がどんどんと萎んでいく。そのクエストは口からデマカセで言ったものだったが、もちろん初心者であるガーネットが一人でクリア出来るわけもなく。そもそもこの浮遊城にも友達に連れてきてもらったので、初心者支援をしているサラマンダー領にも戻れず、せめて装備だけでもとこの武具店に来たがそれも空回りと。

「はぁ……妖精になって気持ちよく空を飛べるゲームだって聞いてたのに……もう辞めようかな……」

 全て自身の短気でうっかりとした性格によるものだというのが、ガーネットは余計に腹が立って――小さく、そんな言葉を呟いてしまう。

「ダメです」

 その呟きをプレミアは聞き逃すことはなく、コーヒーカップを置いたガーネットの手を強く握りだした。

「な、なんだよいきなり!」

「この世界はいいところです。わたしは、この世界が好きです。ガーネットにもそうであって欲しい。どうすればいいですか?」

「どうすればって……」

「では、わたしたちがそのクエストを少し手伝うというのはいかがでしょうか?」

 プレミアの熱弁と眼差しに耐えられずに目を逸らしたガーネットだったが、目を逸らした先ではユイが手を叩くとともに提案を申し出てきていた。をガーネットがクエストをクリアさえすれば友達の元に戻って共に遊べて、この世界のことを好きになってくれるはずだと、プレミアもユイの考えに拍手をして。

「え、いや、ちょっ……」

「流石はユイ。名案です」

「いえいえ。調べたところ、あまり危険はないクエストのようですし、わたしたちならきっと出来ます!」

「……あーもう! 一人でやらなきゃ意味ないんだっての!」

「残念ですが、それは無理だと思います」

「ぐぅ……」

 当事者であるにもかかわらず話に置いていかれたガーネットは、二人で盛り上がる少女たちに拒否するものの、あいにくとクエストを調べていたユイにバッサリと断言されてしまう。……とはいえ自分一人でクリア出来ないことは、ガーネット自身もよく分かっていて言葉を詰まらせる。

「ガーネット。一緒に行きましょう」

「……おねがいします……」

 結局は二人の少女の押しに負け、ガーネットはプレミアの手をとることとなった。

「だけどさ、疑うわけじゃないけど……あんたら戦えるのか?」

「わたしは残念ながら、ナビゲーション・ピクシーですので……戦うことは出来ません」

「え!? ナビゲーション・ピクシー……ってアレだろ、上級者しか持ってないやつ! じゃああんた凄いプレイヤーなんだな……!」

 とはいえ二人の申し出を受けたとはいえ、ガーネットの目の前にいるのは二人あわせて自分の背丈ほどの子供で。端から見ればガーネットが子守りをするようなものだろうと、少し疑り深い目でプレミアたちを見るが、その視線はすぐに尊敬の眼差しに変わる。

「すごいかはわかりませんが、わたしにはこんなことができます」

「うお、羽がないのに飛んでる……!?」

 ゲームの初期勢しか持っていないと聞いていたナビゲーション・ピクシーの存在に、ガーネットはプレミアの方にも何かを期待するように視線を送る。そんな初めて感じる視線に困惑しながらも、プレミアはひとまず浮いてみせた。

「な、なあ……ど、どうやって飛んでるんだ、いや、ですか……? アタシ空を飛ぶの苦手で……」

「……『きぎょうひみつ』です」

「あ……そうだよな。なんでもない」

 秘密も何も先に手に入れた浮遊の魔術書のおかげだったが、ガーネットから感じる尊敬の眼差しという初めて感じるものがプレミアには気持ちよく、ついついそんなことを口走ってしまう。とはいえそれをマナー違反とでも解釈したらしいガーネットの遠慮により、その眼差しは消えてしまったが。

「何にせよ疑って悪かった。二人がいれば百人力……いや、二百人力だな!」

「はい。頑張りましょう」


「でりゃぁぁぁ!」

 アインクラッド第一層、上空。ガーネットの雄々しい叫び声とともに放たれた大剣の一撃は、グリフォンを相手に見事に空を切った。そのまま大剣の重さに引きずられて、ガーネットは無防備に空中を落下する。

「わわっ!」

「そこです」

 ただしガーネットを攻撃しようとしたことが隙となり、グリフォンはプレミアの一撃にポリゴン片と化した。その正確無比な一撃は初心者のガーネットですら分かるほどで、大剣を鞘に入れつつゆっくりと滞空する。

「ありがとよ! そんな小さいのに、ずいぶんとやりこんでんだな……」

「いえ。師匠のおかげです」

「ガーネットさんは、どうして大剣を使ってるんですか?」

 細剣の師匠と飛行の師匠。二人のおかげでプレミアはモンスター程度ならば相手に出来ていたが、まだ補助コントローラーで片手が自由ではない上に、扱いづらい大剣を用いていたガーネットの命中率は悲惨だった。アスナに作ってもらったプレミアの胸ポケットから、妖精となったユイが顔を出して聞いてみれば。

「アタシの心情は一撃必殺だからな!」

「あー……えっと、そのー……なら、魔法なんていかがですか?」

「魔法か……使ったことなかったかも」

「では、少し試してみましょう!」

 ……どうにかガーネットを傷つけないで初心者にも扱いやすい武器を勧めようと苦心したユイが提供したのは、サラマンダーが最初から覚えているはずの炎魔法。これがレプラコーンやスプリガンなら目も当てられなかったが、幸いなことにガーネットは戦闘を得意とするサラマンダーであり、初期からそこそこ有用な魔法を覚えているはずだと。

「げ。おいおい、戦闘中にこんな早口言葉みたいなん言えるのか……?」

「そこは慣れですねー」

「え……エッグ、ばっバルパ……エイン、ブランドー……ムスピーリ!」

 システムウインドウに表示された文字をつっかえつつ丸読みしながらも、ガーネットはどうにかその掌から魔法を発射する。唱えた魔法は誘導つきの爆裂火炎弾であり、発射された火炎弾は空中をカーブするように曲がりつつ、ガーネットたちを視認しつつ旋回していたグリフォンに炸裂した。

「お……おお! すげぇ!」

「すごいです」

「アタシ魔法使いになるわ! 確か……っと」

 今の今までさっぱり倒せなかったグリフォンを一撃の元に葬り去ったことに気をよくして、ガーネットは一瞬で魔法使いへの転職を決意する。大剣をストレージにしまう代わりに、何やら違うクエストの報酬で手に入れていたらしい魔法使い用の杖を装備すると、プレミアが興味津々といった様子で近づいていって。

「うらやましいです。わたしは『まほう』が使えないので」

「え、そうなのか? なら、アタシも魔法なら役に立てるかもな……っし、余ってたポイント全部を魔法に……」

「見えてきましたよ!」

 そうして細々とした戦闘を数回こなした後、ガーネットが何に使うか分からなかったスキルポイントを全て魔法関係に振るとともに、目的のクエストが眠る町《ホルンカ》へとたどり着いた。小さな町だが宿屋や食堂など一通りのものが揃っていて、初心者を卒業してアインクラッドデビューしたプレイヤーたちの簡単な拠点になっているらしく、ちらほらとその姿が見える。

「じゃあクエスト受けてくるから、ちょっと待っててくれ」

 他のプレイヤーにビクビクしつつも、ガーネットはクエストが民家へと入っていく。パーティは組んでいるものの、一人用のクエストであるために受注するのはガーネットのみだ。待つことしばし、気合い充分といった様子のガーネットが家から出てきて。

「どうでしたか?」

「うん。クエストは受けられた。早くいかなきゃな!」

 いわく。この民家の娘が病気にさいなまれており、特効薬の材料は森の奥に潜むモンスターの実なのだという。代わりにその実を取ってくるという分かりやすいクエストだが、病気の少女という存在からガーネットのやる気は充分で。すぐさま補助コントローラーを使って飛翔していき、その実をつけたモンスターの群生地へと赴いた。

「ああそれと、気になったんだけど。ナビゲーション・ピクシーってことは、ユイさんってNPC……なんだよな?」

「そうですね。他のNPCとは違いますが、AIではあります」

「はー、話してて人間と全く変わらないけど。最近話題のエルフ? もそうらしいし、最近のゲームって凄いんだな……」

 そうして飛んでいく最中、ガーネットはふと気になったことをユイに問いかけた。民家の中にいたNPCは、クエストを受注させるための機械的な会話のみで……というより、NPCとしてはそちらが一般的なのだが。明らかにユイはそれらとは違うとガーネットが感心していると、その眼前にプレミアがふよふよと浮かんできて。

「では、わたしはどうでしょうか?」

「は? どうって……プレミアさんNPCなの!?」

「そう驚いていただけると、わたしも非常に嬉しいです。むふー」

 今更ながらにNPC特有の表示を見たガーネットの驚きように、プレミアはいたく満足した。『むふー』が出るほどの満足度は、ショウキに抱かれながら飛んでいた時以来の出来事だ。遂にNPCだとは思わなかったなどと知らない者に言われた嬉しさに、プレミアは空中をぐるぐると浮遊し始める。

「ガーネットさん、ここからは歩いた方が」

「お、おう! そ、そうだな……」

「相手はどんなモンスターなんですか?」

 群生地に飛んで乗り込むなど的にしてくださいと言わんばかりで、それが空中戦に不慣れなガーネットとプレミアならば言うまでもない。まだガーネットは先の衝撃から立ち直っていなかったが、ユイの忠告通りに適当な場所で降りると、そこは木々が生い茂る森の中腹だった。

「ああ、《リトルネペント》って言って、植物に口と足をつけたような……」

「それはあのモンスターのことでしょうか」

「そうそう、あんな感じっておわっ!?」

 今回のクエストの討伐対象は《リトルネペント》。ガーネットの言った通りに、見た目は口のついた植物といった様相で、触手や溶解液を使ってくる植物系のモンスターの基本とも言える敵である。とはいえリトルや基本型といえども、その体躯はプレイヤーたちとは比べ物にならず、プレミアは目の前にいた《リトルネペント》に、リトルとはなんでしょうかと疑問符を浮かべて。

「この……っ!」

 魔法を使ってる暇はない――というよりも、魔法使いになったことを忘れたかのように、ガーネットは携えていた杖で殴りかかろうとしたものの、吐かれた溶解液にたまらず距離を取った。とはいえそのおかげで、プレミアも細剣の突進距離まで離れることが出来たが、自由自在にうねる触手に弱点の一点狙いは出来そうもない。

「ガーネットさん! 魔法を!」

「あ、そか、ええと……」

 しかしプレミアに向けて襲いかかってきた触手は、ガーネットの杖から放たれた火の奔流が焼き尽くして。その隙を見逃すことはなく、プレミアの正確無比な一撃がリトルネペントを貫通する。

「やりました。楽勝です」

「あー……いや、こいつじゃないみたいだな」

 ポリゴン片の中で決めポーズを決めてみせるプレミアだったが、あいにく今しがた倒した《リトルネペント》は目標のものではなく。クエストの目標は森の中に稀に現れるという、花がついたリトルネペントだという。

「それと気をつけなきゃいけないのが、たまに敵についてる実を落としちゃうと、付近にいる連中が集まってくるんだと」

「なるほど」

 森の中に稀にしか存在しない敵を見つけだし、かつ囲まれる危険もあると、確かにガーネット一人では辛いクエストで、ガーネットはそんな説明をしながらも少し戦慄する。そんなガーネットの内心など気づかず、友達から聞いた知識をそのまま暗唱しているだけなども知らず、ガーネットの博識さにプレミアは感心しつつ。

「では、あそこに落ちている実はなんでしょうか」

「え?」

「……その《リトルネペントの胚種》です! 逃げて――」

 ユイの警告が間に合うこともなく。その特性を利用し、わざと《リトルネペントの胚種》を他のプレイヤーの近くで投げ捨て、リトルネペントにプレイヤーを倒してもらって自分は空に逃げる――なんて狩りが流行っているとも、友達に聞いたことをガーネットが思い出すとともに、三人の周りにこの森中とも思えるリトルネペントが集結していた。


「ん……」

 目標だったワークブックがようやく終わり、ショウキは椅子に座りながら身体を大きく伸ばす。特に決めていなかった将来の目標なんてものがようやくできて、少しは充実しているらしいなどと、他人事のように思いつつも、目線は自然と《アミュスフィア》の方へと向かっていた。

「…………」

 プレミアはどうしてるだろうか――と、やはり気になってしまって。まだログインしているようにはしているが、やはり頻度はどうしても下がってしまっていて、プレミアに悪いと思わないといえば嘘になる。こんなことだから過保護などと言われるのだろうが、と自嘲していれば電話が鳴って。

「もしもし……菊岡さん」

『ああ、もしもし。一条くん?』

 携帯に映る電話先の人物に、一瞬だけ電話を取ることに躊躇しつつ。最近は呼ばれることも珍しい名字を呼ばれながら、あのうさんくさい声色と雰囲気を再現できるとは、文明の発達というのも考えものだ。

『どうかな。先日の件、考えてくれたかい?』

「はい。今度の試験、受けてみようと思います」

『それはよかった! いやぁ、これで僕の面子も立つってものだよ』

 先日、菊岡さんから勧められた、自衛隊の試験。考えておいてくれと言われたものの、自分で調べて受けることを決めた。地方への出向などもあってリズの店とは合わない仕事だと思ったが、まさかすぐにリズも店を出せる訳もなく、それまでしっかりと稼いでいくのも悪くないと。いざリズが店を出したなら、任期制なのですぐ辞められるということもある。

「まだ面子を潰すか分かりませんよ」

『まあ一条くんなら大丈夫大丈夫。僕が保証するよ』

 ――などと、夢物語を想いながら。そもそも総務省の役人である菊岡さんが、どうして自衛隊の採用試験の話を持ってくるのかという疑問はあったが、「自衛隊の友人に将来有望な若者を頼まれた」などと言われれば何も言えず。

『いやあ重ね重ねよかったよかった……ああ、それと。もう一つだけ』

「はい?」

『……《ALO》の方で、凄い拾いものをしたそうだね?』

「プレミアのことですか?」

 声色が、変わる。電話先のことではあるが、明らかに菊岡さんの雰囲気が変わったことを感じた。拾いものというと語弊があるが、十中八九プレミアのことだろうと。

『そう、プレミアと名付けたんだったね。噂の彼女はどんな調子かな?』

「…………」

 その『噂』とやらの出所を聞いたところで答えはしないだろう。ただの電話だというのに、何か重大な未来の決断でも託されたかのようなプレッシャーを感じつつ、ショウキは菊岡さんに返答する。

「……いい子ですよ」

『いい子?』

「はい。優しいやつ、でもいいです。ちょっと食い意地は張ってますが」

 とはいえ返答は、嘘偽りのないものを言う他にない。最初はまるで人形のようだったが、本当に優しい人間に育ったものだと……少し食い意地は張っているが。

『ああ……一条くんと篠崎さんの子供みたいなものだからね、それは優しく育つだろう』

「じゃあ今も勉強中なので」

『おおっと。じゃあ自衛隊の友達には僕から言っておくよ。ぜひとも、頑張ってほしい』

 そんな評価に虚を突かれたのかは知らないが、菊岡さんの声色が普段の飄々としたものに戻っていた。ならばもう話すことはないと会話を打ち切ると、幸いなことに向こうから通話を切ってくれたようで、今までの勉強なみに気疲れしたと身体を大きく伸ばす。

「……はぁ」

 やはり目線はそのまま《アミュスフィア》の方に向かっており、つい今しがた話題になったこともあって、どうもプレミアの様子が気になって。今日のノルマは達成しただの、過保護ではなく話題になったからだの、さまざまな誰に向けてか分からぬ言い訳をショウキは脳内でしつつ、《アミュスフィア》をしっかりと装着する。

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後書き
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