稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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83話:義眼陥落
宇宙歴792年 帝国歴483年 3月上旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
パウル・フォン・オーベルシュタイン
「時間を作ってもらってすまないね。まあかけてくれ」
イゼルローン回廊の向こう側で、叛乱軍の動きが活発化したため、本来なら年末年始にお戻りになられる予定だったリューデリッツ伯が久々にお屋敷に戻られた。その翌日、事前に内密に相談がしたいと打診を受けていたので、予め決めていた時間に伯の執務室にむかった。ご嫡男アルブレヒト様の婚約者の素行調査か確認できているし、ご次男フレデリック様とマグダレーナ嬢の件は、さすがに私が口出しする案件ではない。フリーダ様とのご縁談はお断りされているとの事だし、何か急ぎの案件でもあるのだろうか?伯みずからお茶を入れて下さり、良い香りが執務室に漂う。
「それで伯、相談事とはどのようなことでしょうか?今の所、伯から急ぎでご相談いただくようなことは心当たりがないのですが......」
「うむ。大きくは2点ある。一点目は、私の被後見人たちの事だ。もう一年、私の手元で実務をさせれば、軍と言う組織の中での働き方は十分身につくだろう。その後の事だが、情報部で情報収集とその分析。憲兵隊で証拠固めと検挙までを経験させたいと考えている。早くて18歳、遅くとも20歳でメルカッツ提督の艦隊司令部に参謀として配属したいと考えているが、2年で昇進させるだけの功績を立てさせることは可能なのだろうか?」
「そうですね。あの両名なら何とかなると存じます。ケスラー大佐も来期から准将に昇進しますし、ひととおり検挙まで経験させる手配なら問題なく対応されると存じます。私の分室は、情報部の中でも前線総司令部基地司令部専任のようなところがありますから、短期で異動させても特に問題は無いかと」
「そうか。ならこのキャリアプランを想定しておこう。卿に確認できて助かった」
伯のお力添えもあり、私もいつも間にやら少将だ。特に艦隊司令に興味は無いし、預かる分室の人員が増える一方なこと以外は、すべきことに変化もない。そろそろ退役してRC社へ入社したいところだが、准将になったシェーンコップ卿も、伯が前線総司令部基地司令の間は、現役でお支えするつもりのようだ。それを知って私だけがRC社に入社するわけにもいかない。情報部の任務は私の適性にもあっているし、ここで伯のお役に立つのが、今できる恩返しだろう。
「それと、もう一つの相談なのだが、フリーダの事なのだ。伯爵家ともなれば婚姻は政略を含むものにならざるを得ない。ところがな、既に心に決めたものがいるらしいのだ。貴族社会で恋愛結婚などなかなか認められるものではないが、話を聞くとな政略的な面でも十分に意味があるようなのだ。それに私も、嫁に出すなら彼にしたいと考えていた人物だ。卿はどう思う?」
「私自身は結婚を考えた事がございませんので回答に困りますが、フリーダ様がお幸せになられるなら、それが一番なのではないでしょうか?もちろん私の方で動く必要があるのならお力添えさせて頂きます」
フリーダ様が心を寄せるとなると、身近な男性だろう。年を考えればミューゼル卿はさすがに若い。キルヒアイス少尉も同様だろう。となると、シェーンコップ卿かロイエンタール卿というあたりか。歓楽街の魔王と魔眼などとささやかれていると聞くが、そろそろ実を固めても良い年齢だ。説得は容易ではないが、幼いころからよく知っている仲だ。何とかできるだろう。
「うむ。まあ、相手のあることだからな。フリーダの婚約担当を卿に頼みたい。一人娘が胸に秘めた想いだし、なんとかかなえてやりたいのだ。もし費えがかかるようならこちらで手配するので、フリーダの要望がすべて適うように手配してもらいたい」
「承知しました。それで、お相手はどなたなのでしょうか?候補はいるものの、お恥ずかしながら確信が得られないものですから」
「うむ。それなのだが、フリーダにとっては卿は家族も同然であろう?自分の口から伝えたいとのことでな。サロンに控えているから顔を出してやってくれ」
こういうお話なら執務室ではなく、遊戯室でご同席されても良いはずだが余程言いにくいお相手なのだろうか?ご指示通り執務室を退室してサロンへ向かう。退室する前に『良いな?婚約担当でフリーダの要望が適うように手配を頼むぞ』と伯に念押しされた。どんな大事でも念押しなどされたことは無い。少し違和感を覚えたが、フリーダ様をお待たせするわけにもいかない。サロンに歩みを進めるとフリーダ様がお茶を嗜まれていたが、人払いがされていた。
「パウル兄さま。お待ちしておりましたわ。お茶の用意が整っておりますわ。こちらへ」
フリーダ様にうながされ席に付く。このお屋敷に出入りしていれば自然に紅茶に詳しくなる。そして少しずつだが、皆さまのお好みが違う事もある程度すると分かる。この香りはフリーダ様の好みに合わせたものだし、私の好みでもある入れ方をしたものだ。
「美味しいお茶をありがとうございます。このお屋敷では皆さま茶道楽ですが、私の好みに一番合うのはフリーダ様のお茶です。特に香りがよいですね」
「ありがとうございます。パウル兄さまにそう言って頂けると嬉しいです。それで、お父様とはどのようなお話をされたのですか?」
いつもは温和なフリーダ様から何やら鬼気迫るものと言うか決意のような物を感じる。特に隠す話でもない。
「はい。お相手は伺っておりませんが、私がフリーダ様の『婚約担当』になる事と、『フリーダ様のご要望は適える様に』と承りました。思いを寄せられておられるとのことでしたが、どなたなのでしょうか?私が説得役になるとすれば、シェーンコップ卿かロイエンタール卿だと思うのですが、色恋沙汰にはあまり長じていないので、確信を持てる候補がおりません。伯からはフリーダ様から直接聞くようにとのことでしたが......」
「やはりお分かりにならないのね。思っていた通りですわ。お父様が一人娘を嫁に出してまで繋がりを持ちたいと思うのは、将来アルブレヒト兄様が伯爵家を継いだ際に、その右腕が務まる方......。つまりRC社の番頭役が務まる方ですわ。そして音楽では超一流になるかもしれませんが、そのほかの部分はボロボロのフレデリックの手綱をそれなりに握れる方です」
そこで一度、お茶を口に含まれる。私もお茶を口に含んだ。
「私が思いを寄せた方は、男性が多いこの屋敷で、いつも私を気づかってくれました。他の方々が『自分のしたい事』を優先されている中で、『自分がすべき事』を常に意識されていました。近くで観ていなければわからない優しさをお持ちの方です。そして、私のつたない料理を、美味しそうにいつも食べてくれました。
パウル兄さま、私が思いを寄せているのは、貴方です。私はしわくちゃになるまで心を込めて料理を作るわ。パウル兄さまはしわくちゃのお爺さんになるまで美味しそうに食べて頂きたいの。私の『婚約担当』として、要望をかなえて頂きたいのです」
「しかしながら私は先天的に義眼を必要とする生まれでした。劣悪遺伝子排除法は有名無実化されているとはいえ、伯爵家の唯一のご令嬢の嫁入り先としてふさわしいとは思えません。それに貴族にとって血を繋ぐことは至上命題です。自分の子供が、私と同じように義眼を必要とするような生まれになると思うと、正直、怖いのです。本心を申しますが、オーベルシュタイン家は私で途絶えさせるつもりでした」
「それなら大丈夫です。劣悪遺伝子排除法は既に廃法になる方向で動いておりますし、お父様も婚約の祝儀代わりに陛下にお願いすると申しておりました。子供の事も、パウル兄さまがどうしてもとおっしゃるなら養子縁組をすれば良いだけです。それに、劣悪遺伝子排除法が廃法になれば遺伝子治療の分野も発展するでしょう?実際、宇宙放射線に曝される船員が多いフェザーンでは、そう言った治療も行われています。パウル兄さま、私の要望をかなえて下さい。この要望をかなえられるのは、宇宙に貴方だけなのですから......」
リューデリッツ伯には、生まれついての呪いを解いて頂いた。さらにそのご令嬢に当たり前の家庭を持つ幸せを頂くなど、本当に良いのだろうか?
「私は共に人生を歩む相手として、パウル兄さまを選びました。事情は分かっているのです。年下の淑女に、これ以上恥をかかせないで。こういう時は黙って抱きしめて下さい」
気づいた時は。フリーダ様を抱きしめていた。義眼でなければ涙を流していたに違いない。生まれついての呪いに感謝する事は出来なかったが、この呪いが無ければリューデリッツ伯にもフリーダ様にもここまで良くして頂けなかっただろう。いつか、この御恩をお返しできるように励む事にしよう。もっとも伯は、『そんなに思いつめる必要はない』とでもおっしゃりそうではあるが......。
宇宙歴792年 帝国歴483年 6月上旬
アムリッツァ星域 前線総司令部 歓楽街
オスカー・フォン・ロイエンタール
「すまんな、ロイエンタール卿。卿も忙しいだろうに......」
「いえ。たまにはシェーンコップ卿とこういう場に来るもの悪くはないかと。伯からは色々な司令部を経験したうえで、参謀か戦闘艦の司令が志望を決めるようにとのことでした。まだしばらくは異動が続きそうですから」
イゼルローン回廊の向こう側でシュタイエルマルク艦隊の参謀として哨戒任務に参加し、前線総司令部に帰還して補給の手配が終わった頃合いでシェーンコップ卿から久しぶりに一献傾けようと声をかけられた。彼はこの基地司令部の防衛責任者だ。俺が『基地司令付き』だった頃は何かと一緒になる機会があったが、異動して以来、ご無沙汰になっていた。俺にとって兄のような存在だし、同席して気持ちの良い男だ。異存は無かった。
「一先ず、卿の無事な帰還に」
少し高めのワインをグラスに注ぎ、乾杯をする。このバーは俺が帰還した際に必ず顔をだす場所だ。良いプロシュートを出すし、ワインもそれなりに揃っている。前線から戻ったと節目を作る場でもあった。
「それで、艦隊司令部に異動してみて、どんな様子だ?俺はどうも地に足がついている方が性に合う気がしてな。卿とミッターマイヤーに正式艦隊司令を目指すことを押し付けてしまったような気がしていたのだが......」
「私自身は楽しくやらせて頂いています、最も来期にはルントシュテット艦隊の司令部に異動になります。『色々な司令部を経験して自分なりの司令部を作る時の材料にするように』というご配慮でしょうし、ありがたく思っています。ミッターマイヤーは入れ替わりでシュタイエルマルク艦隊に異動になるでしょう。すこし下の者に甘い所があるので、その辺は先に一言伝えておくつもりです」
『そうか、なら安心だ』とほほ笑むと、シェーンコップ卿はグラスを傾けた。おれも一杯目を飲み干し、グラスにワインを注ぐ。酒の席での立ち居振る舞いは『大奥様』から仕込まれた仲だ。同席すればお互いの機微はなんとなくわかる。テーブルに並んだチーズを一口摘まんだ所で頼んでいたプロシュートが2皿、それぞれの手元に置かれる。
「今回声をかけたのは、伯から内々に卿の説得を頼まれたからだ。伯としては俺と卿にも男爵株を用意したいらしい。シェーンコップ家はともかくロイエンタール家はそれなりの資産があるからな。幼少の頃から父親代わりをされたのだ。我ら3人に差をつけるような事はされたくないそうだ」
「既に多大な配慮を頂いているはずですが、あの方には限度と言うものが無いのでしょうか?お返しする前に御恩が貯まる一方ですが......。ただ私だけが受けないとなると、逆にお気にされるでしょう。光栄な事ですし私の場合はマールバッハ伯爵家との兼ね合いもありますから......」
母方の血縁であるマールバッハ伯爵家は完全に没落しつつある。ロイエンタール家の資産と、俺のリューデリッツ伯との縁を活用しようと画策していたが、そちらも伯が対応して下さった。不義の子を養育しただけでも義理は十分に果たしたと思うが、追い込まれた連中からすると『起死回生の一手』に見えるらしい。伯のお手を煩わす度に、マールバッハ伯爵家への印象は悪化の一途だった。
「それにしても我らが姫も、やっと思いを口にできたようだな。オーベルシュタイン卿にとっては望外だったやもしれんが、人生最大の戦果かもしれんな」
「むしろフリーダ嬢に見る目があったと言うべきではないでしょうか?そういう意味では見た目やら宝石やらに夢中の空っぽ令嬢とはふた味は違うと示されたわけです。リューデリッツ伯の一人娘としては上出来でしょう」
リューデリッツ伯の一人娘の結婚相手という立場は、帝国で門閥貴族を含めて行列が出来るほど望むものがいるだろう。縁談の話もかなり舞い込んでいたらしいが、伯は全てお断りになられていた。俺の中ではオーベルシュタイン卿かシェーンコップ卿が候補だと思っていたが、有名無実化されているとは言え、劣悪遺伝子排除法の事がある。先天的に義眼を必要とする生まれがマイナスに働くのでは......。とも思ったが、伯はそのようなことは気にされなかったようだ。
「おれは卿とオーベルシュタイン卿が候補者だと思っていたが、目の事があったからな。卿が最有力だと思っていたが......。あの時のお言葉は本心から言われたものだったのだろうな」
そう言うと、シェーンコップ卿が初めてオーベルシュタイン卿と晩餐を共にした際の話を聞かせてくれた。幼いなりに俺も自分の生まれを呪っていた時期もある。伯は自分の言質を通された形になる。オーベルシュタイン卿もさぞかし嬉しかったに違いない。
「私は卿とオーベルシュタイン卿が候補だと思っておりました。そういう意味ではお互い自分が候補ではないと思っていたあたり、自己評価はあながち間違っていないようです」
「それもそうだろう。男性が多かったあの屋敷で、何かとあぶれる事が多かった『お姫様』をいつも気にかけていた。俺たちが『したい事』をしている中で、『すべき事』をしていたのがあの男だからな。表情が乏しいから分かりにくいが優しい男だ。一人娘を安心して任せられるだろう......」
お互い見るべき所は押さえていたという所だろうか?それにまだ結婚するという気持ちが無いのも確かだろう。さすがに平民と結婚できる立場ではないし、俺は貴族のご令嬢はどうも信頼できない。シェーンコップ卿も歓楽街の『魔王』などと呼ばれ浮名を流してはいるが、特定のお相手は作られていない。伯から縁談を持ち掛けられないのが救いだが、爵位をもらうとなるとさすがに未婚で通すわけにもいかない。だがまだ猶予はあるだろう。おいおい考えればよい事だ。
後書き
非会員の方から24話の修正をご指摘いただきました。修正しました。お礼を含めてこちらに記載します。
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