人類種の天敵が一年戦争に介入しました
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第15話
自分自身が汚染されて死ぬことをあっさりと肯定してみせる野良犬に対し、マ・クベはかける言葉を持たなかった。狂犬狂犬と言ってきたが、まさかこれほどだったとは。マ・クベは内心で戦慄するとともに、狂犬の狂いっぷりに得心がいった部分もあった。野良犬は初めから自分を捨てている。最も大切なものを投げ出しているのだ。それを思えば、他人を幾ら殺そうと気にするそぶりもなく、平然としていられるのにも納得がいく。
「これは相当だな……」
マ・クベは目眩を感じずにはいられなかった。戦いに身を置く者として、敵を殺すこと、部下に殺させること、部下を殺すこと、自分が死ぬことなど、一通りの覚悟も思慮もある。その上で戦争に参加しているマ・クベだが、野良犬の在り方はそういった軍人としての在り方ではない。
自分は確実に死ぬ。それを前提として戦うなど、バンザイアタックや自爆テロも同然だ。不確実な生と死の狭間であがくのが人間だとするなら、野良犬は命どころか自分が人間であることすら棄てている。
そんなリリアナへの出向というのは、まともな軍人なら悲鳴を上げる任務だ。果たして誰を選ぶべきなのか。
「野良犬、貴様の下にはどういった人材を送るべきだ? 不用意な人間を送り込んで関係悪化というのは避けたい。可能な限り考慮したいのだ」
「……そんなこと言ったってなぁ……」
スモウレスラーの腕が上がり、まるで頭をかくような動作を示す。会話の中でしきりに頭を動かしたり、身ぶり手振りが混じったり、野良犬の乗機はまるで意志があるかのように人間くさい。外見ならザクの方が人間に近いが、ザクで動きにこれほどの表情を持たせることは出来ない。
――機体の操作方法にも違いがありそうだな。あるいは――。
そこまで考えたところで、マ・クベはそちらに思考を割くのを止めた。今は野良犬につける首輪をどうこうするのが先だ。どうこうすると言っても、不審者の如くウロウロし始めた野良犬が何らかの指針を示さないことにはどうもこうもない。その不審者はぶつぶつと何かを呟いている。
「出向か……出向な……出向……よし、出向だ!」
「こちらから送る人間の希望だぞ? そちらの人間を受け入れるわけではないからな? それで、どんな人間を希望するのだ?」
「私達の邪魔をしない奴がいいな!」
「……それはどんな奴だという話なのだが」
「……むっ……そりゃあ、なんと言ってもまともな奴さ。街を吹き飛ばしたくらいでピーピー騒ぐようなヘタレは御免だな」
騒ぐ方が普通なのだが、今は言うまい。こういった『あちら』と『こちら』の差を学ぶための出向なのだ。それが終われば野良犬の戦力を有効に利用できるようになるのだから、今は野良犬の要請に応えて、野良犬視点でのまともな人間を――マ・クベ視点ではかなりの強硬派の中から探さなくてはなるまい。
そう考えたマ・クベは、ある軍人達のことに思い至った。幸か不幸か、スペースノイドの中にはアースノイドを憎悪している人間が一定の数だけ存在している。この層は主張の触れ幅が他の層に比べて狭く、主張はほとんど統一されている。この層の基本的な主張、他の層からすれば極限まで振り切ったソレは、アースノイドを絶滅させるというものだ。
タカ派の枠からも逸脱した過激派として軍内部でも問題視されている連中だが、彼らの多くは特定の派閥に所属していない。極端過ぎる主張の彼らを好んで抱え込みたがる上級将校がいないためだ。
主張が過激な為に本人も影響されてしまうのか、はたまた持って生まれた性状か、彼らは徒党を組んで影響力を発揮するだとか、軍内部で台頭して派閥を形成するだとか、そういった政治的行動を取ろうとしない。協調性過少で孤立しているのだ。同意見の者とも連携しようとしないのだから、彼らの政治的無関心さはマ・クベのような人間には理解出来ない。
理解出来るのは、孤立している過激派は他者の紐つきではないということだ。これは、情報の流出を抑えたいマ・クベにとって非常に都合が良い。
ほとんど咄嗟に、過激派から選抜しようとマ・クベは決めていた。在庫整理も兼ねて全員送ってやりたいくらいだが、過激派は総じて能力が高く、軍全体で見れば爪弾きにされていても、その攻撃性、積極性から、部隊の中では頼られることも多い。ここは部隊の中でももて余すような問題児を送るべきだろう。
「……わかった。貴様の言う人材には心当たりがある。選りすぐりを送ってやる」
マ・クベはそう言うと、大きくため息を吐いた。
ザクⅡを一機失った。地上での生産体制を構築出来ておらず、手持ちの戦力でやりくりしなければならない降下部隊にとっては大きな痛手だったが、連邦軍戦車大隊と引き換えと思えば高い買い物ではない。優秀なパイロットの喪失はそれ以上の損失だが、他派閥の犬(誤解)を始末し野良犬を利用しやすくなったのだから、こちらも得をしたと考えて良い。問題は野良犬がどこまでこちらの指示に従うかだが、もともとリリアナは反地球連邦を掲げているのだし、敵がいる間は協力しあえる筈だ。
驚愕と心労で寿命は何年も縮んだし、ザクとパイロットを1セット喪った。オデッサ基地に帰れば全力で投げ棄てた仕事の山が待っている。各方面軍を編成中の少将や准将、直属の幕僚団。置き去りにしてきた関係者へのフォローなどを考えると頭が痛いが、野良犬との協力関係はそれ以上のリターンが見込めるのだ。大勝利と言って良い。
賭けに勝ったと内心で涙したマ・クベだが、彼は一つ忘れている。交渉下手な野良犬相手の賭けに勝ったのは事実だが、決まったのはこれからのことで、これまでのことが精算されたわけではないのだ。舞い上がるマ・クベを野良犬が地面に引き摺り降ろす。
「OK、司令官。今回の件は不幸な事故ということにしておこう。だからその緑色のオモチャをくれ。とりあえず、さっき壊したのを含めてここにあるやつ全部な」
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