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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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不安


 イゼルローン要塞内部。
 駐留艦隊司令部と要塞司令部のちょうど中間にあたる一室だ。
 先日のイゼルローン要塞攻防戦で、回らぬ会議が繰り広げられた一室でもある。
 これから同盟軍領地に向かうメルカッツ中将の慰労を兼ね備えている。

 大々的な酒席はこの後に予定されており、司令官との実質の顔合わせだ。
 室内にはまず、階級が最も低いメルカッツが案内された。
 とはいえ、横長のテーブルを二つに挟む構造。

 その一角にメルカッツが座れば、彼の副官であるメッサー中佐が背後に控えた。
 元々あったカイザーリンク艦隊の外から彼が連れてきた直々の兵だ。
 まだ若いながらも、辺境警備に功績を持ち、今回の異動でメルカッツが引き抜いた形となる。待つこと少し、長い時間を待ったであろうが、カイザーリンク大将が姿を見せた。

 まだ予定されていた時刻の十分前だ。
 微動にせずに座るメルカッツを見て、カイザーリンクが静かに敬礼をした。
 同じように副官を背後に立たせ、メルカッツの脇に着席する。
 少しの緊張を見せて、言葉を選んだカイザーリンクは隣に座るメルカッツに声をかけた。

「どうだろう、イゼルローン要塞は」
「基地というには、些か街のようですな。兵たちが羽目を外さないか心配です」
「なに、兵たちの扱いにはこの要塞の住人の方が慣れているよ」
「だとよいのですが」
 メルカッツが小さく息を吐いた。

 彼が持つ街という印象は決して間違っていない。
 長期滞在を予定されているイゼルローン要塞は、街としての機能も併せ持つ。
 兵士たちの家族、そして、商売をするために来る一般人。
 軍人の数こそ多いものの、民間人が決していないわけではない。

「しかし……」
 メルカッツが声を出して、迷いを見せた。
 カイザーリンクを見る視線は、どこかはかるかの様子。
 そんな視線に、カイザーリンクは微笑で答えた。

「なにかありましたかな」
「バーゼル少将とは、どのような人物でしたかな」
 言葉に、カイザーリンクが微笑を解いた。
 わずかに片眉をあげて、しかし、言葉はすぐには見つからない。

 迷ったように。
「彼とは士官学校の同級でしてね。私とは違い明るい性格で、友人も多かった。それに」
「それに?」
「いえ、何も。確かにメルカッツ中将に比べれば華々しい戦歴には薄いかもしれませんが、実直に任務をこなす男ですな。彼が何か?」
「いえ。ならば、良いのですが。彼とは初めての勤務でしてな、副司令官の人となりを知らぬと良い仕事はできぬので」

「で、あれば、中将のご期待には十分応えられ」
 途中で言葉をやめたカイザーリンクに、メルカッツが怪訝な表情を向ける。
 咳払いをすれば、扉が開く音がした。
 これも予定された時刻よりも遥かに早い――五分前だ。
「ヴァルテンベルク大将がご到着されました」

 士官の声とともに、室内に入ってカイザーリンクの姿に、ヴァルテンベルクは驚いた表情を浮かべた。
「これはカイザーリンク大将――お待たせしたようで」
「いえ。メルカッツ中将と話しておりましたので、お気になさらず」
「で、あればよいのですが。これはメルカッツ中将――戦巧者と名高い閣下をイゼルローンに迎えられて、嬉しいものです。歓迎いたします」
 笑顔を浮かべて近づいた様子に、カイザーリンクとの会話は打ち切られた格好だ。

 それにどこかほっとした様子を見せるカイザーリンクを、メルカッツはわずかに見て、苦い顔をした。

 + + +

 イゼルローン要塞の通路を、メルカッツとメッサーは進んでいた。
 わずかばかりの会議が終わり、宇宙港へと続く通路だ。
 散歩後ろから静かにメルカッツの背後を歩きながら。
「いかがいたしましたか」

 メッサーが静かに声をかけた。
 わずか数十分ばかりの会議で、しかし、メルカッツが求めていたものは得られなかったようだ。
メルカッツはどこか足早に、難しい顔をして進んでいる。
「君は艦隊の様子をどう見るかね」
 短い言葉に、メッサーは即答しなかった。

 沈黙と、足音だけが鳴り響き。
「僭越ながら――閣下にとってはあまり気分のよろしいものではないようです」
「言葉を飾るのはあまり好かないな。報告はわかりやすくあるべきだ」
 そう答えながらも、メルカッツにとっても意図は伝わったのだろう。

 メルカッツが艦隊司令に就任して、数か月。
 感じていた違和感を、メッサーも同じく感じていたようだ。
 元々司令部にいた人間はどこかよそよそしい。
 決してメルカッツに敬意を払っていないというわけではない。

 だが、言葉や態度に、最上位の人間を前にする違和感がそこにあった。
 彼と一緒に来た人間はそうではない。
 例えるなら、背後にいるメッサー中佐だ。
 先ほどの迷いの様に、わずかでもメルカッツの機嫌を損ねたらどうなるかという損得を考える頭がある。そこで黙っているか、ありきたりな発言で濁すか、あるいはメッサーのように言葉を飾りながらも本音を言うか、それは人それぞれであろうが、そこに考えがあってしかるべき。

 決してメルカッツは、誰もが自分の下でへりくだれといいたいわけではない。
 だが、上官を気にしない態度に、長く軍にいたメルカッツは違和感を抱いていたのだ。
「私は新任の司令官であるからと思っていた」
 それは実力不足か、あるいは外様であるのか。
 そうであるならば、答えは簡単だ。

 上は誰かということを、わからせればよいだけの話。
 穏健派とは言われても、それを許すほどメルカッツは甘くはない。
 だが。
「根は深そうだな」
 先ほどのカイザーリンクの様子から、ことはそう簡単ではないと理解させられた。

 先任の司令官が、どこか副司令官に甘いところがある。
 それが増長へとつながったのだろう。
「厄介なことだ。君ならばどうする」
「増長は――おそらくは、副司令官への信頼にあるのかと」
「だろうな。かといって、罪もないのに首にするわけにもいかぬ」
「罪ですか。閣下――バーゼル少将については、黒い噂を聞いた覚えがあります」

「悪い噂?」
 メルカッツが立ち止まって、振り返った。
「ええ。それで憲兵が動いているというものです、真偽はわかりませんが。閣下は聞いておりませんか?」
「知らないな。だが、あと一年は司令官の目はないと思っていたが、納得がいった」

 いつもならば我先にと手をあげる門閥貴族が、静かなわけである。
 黒い噂とやらがある場所に、わざわざ手をあげて立候補する人間もいないはずだ。
 メルカッツは苦さを、さらに強くした。
「かといって表立って動くわけにもいかないか」
「噂の段階で調査をすれば、兵たちの信頼はより損なわれましょう」

「だが、それを見過ごしておくわけにもいかない。メッサー中佐――今回異動になった人間を選抜して、対応できるか」
「何名か心当たりがあります」
 頷いた様子に、メルカッツは小さく謝罪を言葉にする。
「すまないな。嫌われ役にして」
「元々、この艦隊では外様は嫌われ者です。で、あれば――せいぜい嫌われる行為を楽しむことにします」

 唇を曲げて、笑う様子に、メルカッツは笑みを浮かべようとして失敗した。
 表情を隠すように頭を下げ、呟いたのはお礼の一言だ。
「感謝する」

 + + +

「少し歩きたい」
 黙っていれば、部屋までついてくる副官に声をかけ、カイザーリンクは自室へと向かう通路から外れた。
 先ほどメルカッツに言った言葉は、間違いではない。
 長年に渡って前線基地としてある施設は、ともすれば一つの街のようだ。
 要塞司令官であるカイザーリンクですら、街の大半を理解しているとは言えない。

 遠征軍を歓迎する式典までは、数時間ある。
 それならば部屋で無駄に時間を過ごすよりも、街を理解したい。
 そう思う気持ちは、半分。
 残すはメルカッツに問われた言葉だ。

 人前で見せる朗らかな顔で、カイザーリンクは街を歩いた。
 果たして、黙っていてよいのだろうかと。
 おそらくは――いや、カイザーリンクに聞くくらいなのだ。
 彼は何も知らないのだろう。

 だが、とカイザーリンクは要塞に備えられた公園の一角で立ち止まった。
 学校帰りの子供たちが――まるで普通の時の様に平穏に過ごしている。
 全ては軍属の少年たちだ。
 だが、親が軍であるからと言って彼らに違いがあるわけではない。

 彼らは育ち――やがては。
 そこでカイザーリンクの顔が歪んだ。
 泣きそうな――ともすれば、馬鹿のような表情だ。
 強い自己嫌悪が、彼の心を蝕む。

 胸を押さえ、力を込めた。
「すげー」
 そんなカイザーリンクの耳に入ったのは、子供の純粋な尊敬の言葉だ。
 何か。
 疑問を感じて、近づけば木々の隙間。

 広場に、赤毛の青年がボールを蹴っていた。
 それはともすれば、プロの様に自由にボールを操っている。
 少年たちが幾人も集まって、そのボールを取ろうと試みるが――誰一人としてボールにたどり着くことはできない。足を手のように操りながら、笑みを見せる青年は――まるで子供のようだ。
 そこまで来て、カイザーリンクは青年の名前を思い出した。

 ジークフリード・キルヒアイス。
 イゼルローン要塞での有名人だった。
 しばらくの間――それを見ていれば、やがてキルヒアイスは視線に気づいたようだった。
 一瞬だけ怪訝に、しかし、すぐに敬礼を返せば――ボールはあっさりと奪われた。
 喜ぶ少年たちに、小さく苦笑を浮かべれば、すぐに取り返し、ボールを蹴った。

 我先に少年たちがボールへと集中する。
 それを嬉しそうに見送れば、再びキルヒアイスが振り返った。
「失礼いたしました」
「いや。子供たちが楽しそうで何よりだ。謝ることはない」

 謝罪をするキルヒアイスを止めて、カイザーリンクはボールの行方を追った。
 既にボールを手にした子供たちへ、少年たちが殺到している。
 楽し気な声を前にして、カイザーリンクの頬も緩んだ。
「見事なものだね」

「お恥ずかしいものです」
「謙遜することはない。君ならばプロにも慣れたのではないかな」
「どうでしょうか。考えたこともなかったです」
 丁寧に、キルヒアイスは答えた。
 童顔の赤毛の青年が、カイザーリンクを見ている。
 そんな視線に、カイザーリンクは彼の噂を思い返した。

 金髪の小僧――皇帝の寵姫の弟の腹心。
 悪い噂の主役にすらならない。
 そんな人物であったが、違うなとカイザーリンクはすぐに否定をした。
 その身のこなしは常人を超え、そして見どころのある好青年。

 金髪の小僧という人物に会ったことはないが、決して「おまけ」などで収まる人物ではない。
 だが。
「ミューゼル殿は元気かな」
 カイザーリンクが言葉にしたのは、彼の主人とされる人物のことだ。
 言葉に、キルヒアイスは驚いたようだった。

 しかし、わずかに微笑。
「ええ。今も任務を待ち望んでおります」
「まるでマグロのような男だな」
 泳がなければ死ぬ魚を思い浮かべ、カイザーリンクは苦笑を浮かべた。
「似たようなものかと――ミューゼル中佐は常に帝国のことを考えておりますから」

 微笑で答えた言葉に、わずかな間があったことをカイザーリンクは感じた。
 だが、そのことについて深くは問わない。
 むしろ。
「では、君はどう思うのかね」
「私も同じです」

「それは。ミューゼル中佐がそう思うからかね」
 意地悪な質問であっただろうか。
 しかし、問うたのは今まで行ってきた駆け引きとは離れた――本心だ。
 それが言葉にできたのは、少年のようなキルヒアイスの性格か。

 あるいは。
 ――自分の似た境遇を感じたからか。
 自らの心を殺しても――愛したい人がいたから。
 問うた言葉に、即答はなかった。
 カイザーリンクが見つめる先に、キルヒアイスが驚いたような顔をしている。
 答えを探している様子。

 先ほど同じだと即答した言葉ではなく――見つめる先で、キルヒアイスが頷いた。
「はい。ミューゼル中佐も私と同じ思いを思っているからです」
「では。それが違えた時に、君はどちらを選ぶのかね」
 それまで浮かんでいた微笑が消えた。
 そんな様子に、初めてカイザーリンクはキルヒアイスの表情を見た気がする。

 だが、沈黙は悪手。
 そう考えたのだろう。
「私もミューゼル中佐も、きっと同じ道を目指すと思います」
 言葉は、カイザーリンクの心を何ら動かさなかった。
 そうかとカイザーリンクは呟き。

「それが帝国にとって良い道であることを期待しよう」
 そんな在り来りな言葉を告げて、カイザーリンクは踵を返したのだった。
 
 

 
後書き
遅くなりまして、申し訳ありません。
純粋にまた時間が取れなくなっているためです。

お待たせるするかもしれませんが。
気長に待っていただければと思います。 
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