ツインズシーエム/Twins:CM ~双子の物語~
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ツインレゾナンス
第21話 止まらない奔流
一方、その頃のフォンバレン家では、ほんの一瞬で行われた襲撃のあと、ミストはエースの治療を行っていた。
といっても傷がつくような攻撃は一切行われておらず、エースの症状は魔力流出状態であることのみ。それを引き起こしたドレインに関しては風属性の中で唯一回復魔法に分類される魔法を使用することでそれが緩和してはいるものの、あくまでも魔力の回復を早めて流出を帳消しにしただけでエースの症状がすぐに改善するものではない。
そのため、結局のところ最善の策がとれない状態でいたのだった。なおも苦しむ様子のエースに対して、ミストは自分の力不足を嘆くしかなかった。
「すまない、エース。僕の力じゃこれが限界だ。せめてスプリンコートさんか、ソレーラさんがいてくれれば……」
「問題ない……。さっきよりは……少し、マシになった」
エースはそんなミストに慮ってか息も絶え絶えに慰めたが、ミストには言葉を聞くことすら痛感するものでしかなかった。
傷に関してだけでなく、この世のすべての魔法による身体異常は、回復魔法の多くが分類される水属性の使い手がいれば治療が出来る。
ということは、この場にフローラがいれば万事解決なのだ。彼女の回復魔法の質が高いのは先ほどまでこの家にいた全員が知っていることであり、彼女が魔力流出を根本的に止める術を持つことも、ミストは経験上知っていた。
しかしながらそのフローラがさらわれているため、エースに治療を施せる人は今ここにはいない。学校に行きソレーラを呼んで来ればなんとかなるが、ここからでは往復15分はかかる。呼びに行けばエースの治療は出来るものの、その間フローラの救出をセレシア一人にずっと任せるのは酷な話。セレシアが属性相性上最も苦手とする森エリアで追跡している以上、下手をすれば彼女も死ぬ可能性がある。
たどる可能性のある様々な結末が、ミストの決断を鈍らせる。どの選択肢が最高の結末になるのか、1つ1つにのしかかる責任が重すぎて1人では決められない。
「もし俺のこと気にしてるんなら……そんなことは置いとけ」
「エース?」
「先に行け。依頼、ダメになるから……」
そんな悩むミストを諭すように、エースは先ほどよりも少しだけ安定した声でそう言った。
護衛が出来なかった時点で、依頼そのものは失敗。そのことはエース、ミスト共に百も承知である。
だからエースの言葉は、依頼の失敗による被害を最小限にしてくれ、という意味のものだろう。
「その前に、あそこで何があったのかだけでも、話してくれる?」
しかし、ミストが言ったのは、話題を全然変えてしまうものだった。意図は分からなかったが、エースは全く拒むことなく少し前の衝撃を言葉にした。
「あの二人さ、俺たちと同じ、双子だったんだ」
「それは僕もプラントリナさんから聞いたよ。そこに関してはだいたい分かってる」
ミストがセレシアからそのことを聞いた時、ミストはやはりか、という気持ちになった。薄々感づいていたものが、現実になっただけで、特に何かが変わるわけではないのだから、驚くこともない。
「で、それを知った後に……スプリンコートさんから、想いを伝えられた。告白されたんだ」
「そっか」
平常時にミストが驚きを覚えるとするならば、むしろそっちの方だった。
いつも見ているわけではないのだが、フローラが自分の想いを伝えるのが下手なことと、非常に純粋なのはミストも知っている。今日に至ってはエースと自分が『大事な人をこれ以上作れない』とまで言った。障害を多く積み立てた。
それなのにも関わらず、今日フローラがエースに告白したのは、驚き以外の何物でもないだろう。エースの言葉に返した短いその一言は、色々と思いがこもり過ぎ、綺麗にまとまる言葉がなかったが故のセレクトであった。
「でも俺、答え、言えなかったんだ。全然言葉を飲み込めなくて、ちょっと迷っただけなんだ。想いを向けられてるって分かって、その事実がそこにあるって分かって、戸惑った自分がいた」
必死に言葉を紡ぐエースから声の震えが時々感じられるのは、悔いのためだろうか。何となくだが、ミストはそう思った。
だがその悔いの理由に関しては、少し戸惑っただけで思わぬ方向へと物事を向けてしまった責任とは思えなかった。もっと別の、個人的なものに思えた。
「だから反応が遅れた。ここぞで、全然役に立てなかった。想いにも、期待にも、全然答えられなかった……」
自分を責めるセリフが、エースの口から溢れ出る。それはきっと抱えていた想いの奔流が、黒く形を変えて現界した姿。見たくなくともこの目に焼き付けなくてはならないと、ミストはそう感じた。
「それが、死ぬほど悔しいんだ……」
いつもならば、死に掛けの奴が言うセリフにはピッタリだ、などという少し過激なからかいの文言が浮かぶかもしれない。しかし、その言葉は浮かんですぐに霧散し、最初にエースに向けたのはただの視線。何を言ってもきっと慰めにもならないだろうという、ミストの直感による行動だった。
「エースの答えは聞かないでおこう。僕に言ってしまえば、エースのためにならない」
少しだけ会話に空白が出来た後、ミストはそう言った。その答えを最初に言うべき人が誰なのか、伝えたい文言が何なのか、これまでの中でミストは十分に理解している。
「行ってくる」
エースの姿を見て、すぐに治る見込みのないエースをあえて見放す、という選択肢をとったミスト。
「ああ、不甲斐ない兄貴の代わりに……頼む」
自虐交じりの言葉が背中に向けて告げられると、ミストは思いを胸に森への移動を開始した。
* * * * * * *
エースに対して背中を見せていたため、言葉の後の僅かな震えの理由はもう永遠に分からない。しかしながら、きっとミストならやってくれるだろうと、エースはそう思っていた。その十数秒後に窓枠の中の世界にあった、頼れる弟の姿は、きっちりと目に映っている。
それを見て安心出来たエースは仰向けに寝転がった姿勢のままで目元を隠し、息を細く長く吐き出した。自分の心を落ち着かせるための深呼吸だ。
少しの間、部屋には静寂が訪れていた。心地よい夜風が吹いてくる中、少し前の部屋でのフローラのやりとりを思い返す。始めて面と向かって言われた『好き』の2文字を、思い出す。
すると、それまで凪のように落ち着いていた心が、急に騒めきだした。落ち着こうとしても深呼吸が上手くいかなくなり、様々な思いが逡巡する。ぼんやり色々と思い浮かべて落ち着こうとする。
「これで……いいんだ」
それでも落ち着けない自分に、そう言い聞かせる。今の状態では足手まといにしかならないのだから、ミストとセレシアに任せればきっと事は上手く運ばれる、と、そう繰り返す。まるで魔法の言葉であるかのように、それを心の中で復唱していた。
「これで……いいんだ…………」
繰り返して、自分に言い聞かせて、これでいいんだと何度も言って、これが最善だと何度も呟いていた。ただそれだけを繰り返す機械のようになろうとして、それだけを唱え続けていた。
しかしそれでも、心に落ち着きは訪れない。
「これで…………いい…………」
諦めの言葉で自分を貶めて、足手まといになる自分の現状を自分に突きつけて、何も出来ない自分の無力さを何度も頭に書きこんだ。現実をしっかり見ろ、いつも出来ていることだろ、と落ち着かない自分の心に向けて、延々と矢を放ち続けた。心を壊そうと、放ち続けていた。その奥に、何かをせき止めようとしている、心の中の堤防があることも知らずに。
「わけないだろ…………っ!!」
散々言い聞かせて、否定し続けたエース。それでも、自分の素直な気持ちに抗うことは、出来なかった。
ついに、腕で隠した目元から涙が隠せなくなった。自分の感情を理屈と現実で押さえつけて、それでも出てくる感情を押し込むように言い聞かせた分だけ、反動としてそのまま溢れ出てしまう。自分の心を壊そうとして、壊れたのは心でなく心にたまった想いを溢れないようにせき止めていた堤防の方だった。
想いをきちんと受け止められなかった自分、何も出来ず誰かに未来を託さざるを得ない自分、そのどちらもがエースにとっては悔しく、自分の無力さを呪う材料だった。自分に対して真剣に想いを伝えてくれた少女に、何もしてあげられない自分がいることが、とても情けなく思えた。
と同時に、その悔しさと情けなさを自分の手で振り払いたいという思いが芽生えて来た。それは驚くほどの早さで未来を求めるべく枝を伸ばす木となり、その枝に無数の果実をつける。今のエースにとって簡単に取れる実もあれば、1人では手を伸ばしても絶対にとれない実もある。そのとれない実が、今自分が求めている未来なのだと、何故かはっきり分かる。
エースは、1人静かに涙を流した後、その身体を床から引きはがした。まるで限界ギリギリの動作をするかのように辛く感じ、今の自分の情けなさを痛感する。
「頼むから……もっとちゃんと動いてくれよ……」
壁に寄りかかったまま歩く、という少しの動作をこなすだけでも、体が悲鳴をあげるような状態。体力と魔力どちらも底が簡単に見えるようなその様では、今のように悪態をつくことは出来ても戦うことは出来ない。今森の中に突入したところで、間違いなく戦力にはならないだろう。
「行かなきゃ……」
しかし、そんな建前の理由など、エースにはどうだっていいのだ。ある種の衝動が、エースの身体を少しずつ玄関へ、そしてその先へと動かしていく。
「いけないんだ……」
それは渇望にも似た、エース自身の意思。ある意味では欲望に忠実に動く獣のような姿である。取られたくない、という子供じみた願いが、今のエースの原動力。
「頼むから……」
その身体にのしかかる現実は確かな重みとなり、エースを押し潰そうとしてくる。それでも、エースは必死に前へと進み続ける。
前以外を向けば、そこにはきっと望まぬ未来がある。それを見てしまえば、きっともう一度立ち上がることは出来ない。自分の勘にそう告げられたが故に、前しか向けないのだ。
「もう一度だけでも……」
直感と渇望。もはや思考がほとんど関与しない領域からの命令が、エースの身体を夜の森の中へと動かしていく。忘れないようにとミストは玄関に置いたものであろうマジックペーパーを持ったのは、僅かに残った思考が発したサインなのか。
「……会いに、行くんだ」
苦痛がなくなったわけでは決してない。しかしながら、身体を動かすことに迷いはなかった。
あの想いを告げるためにフローラがどれだけのことを考えたか、エースには分からない。どれだけ迷ったかも分からない。どれだけ心を痛めたかも分からない。
だからこそ、前に進むのだ。ここで諦めては、永遠に聞けないままかもしれない。
分からなかった彼女の心を聞くため、告げられたあの想いに自分の答えを出すため、エースは、森の中へと体を引きずり続けた。
後書き
溢れ出る悔しさが、彼の秘めていた想いへと刺さり、そして突き動かす……。
こんばんは、KZMです。今回は、冒頭に述べたことがメインとなっております。特に後半部分には、そういう展開があふれています。今の自分では足手まといにしかならないことはもちろん、誰が助けても一緒であることもエースは分かっているのですが、それでも、自分以外の誰かに助け出されることを嫌がったのは、彼自身の考え方の変化なんですよね。他の誰でもない自分が助けたいという、これまでならあり得なかったことです。体を引きずってまで動こうとするエースの姿は、ちょっと気合いを入れて書いております。
それと、ミストもミストで何か思うことがあったようです。やっぱりそれは、今までずっと身近で見て来た兄の変化を少しでも感じ取ったからではないでしょうか。それがいい方向へいくのかどうかは、今後を見ないと分かりませんけどね。
さてさて、エースが自分の想いに嘘をつくのを止め、気になるのは次回ですが、少しだけ時間を前後させたいと思います。その方が、話のつながりがいいですしね。といっても、ほんの少しだけですけども。
では、また次回お会いしましょう。以上、KZMでしたっ!
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