銀河英雄伝説~其処に有る危機編
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第八話 士官学校校長って閑職だったよね?
帝国暦487年 9月 1日 オーディン 士官学校 ミヒャエル・ニヒェルマン
今日は夏休み明けの始業式だ。大講堂には見慣れた顔が幾つも有った。
「皆、元気だった」
「元気だよ」
と声が幾つも重なった。バウアー、トイテンベルク、ヴィーラント、……皆オーディンかその近辺の星系に家が有る人間だ。久し振りに見る顔は皆元気そうだ。
「釣りとか家族で旅行に行ったよ。五キロ太った」
「直ぐに痩せるよ、バウアー。白兵戦技で絞られるからね」
バウアーが“勘弁して欲しいよ”と情けなさそうな顔をする。皆で笑った。
「君達は如何だった? 何処か遊びに行ったの?」
ヴィーラントが訊いてきた。
「殆ど士官学校と寄宿舎に居たよ、ね」
同意を求めるとハルトマン、エッティンガーが“うん”と頷いた。
「じゃあ、詰まらなかっただろう?」
「そんな事は無いさ、結構楽しかったよ」
答えるとヴィーラントが“ふーん”と言った。あ、こいつ信じてないな。負け惜しみだと思っている。
「良い事教えて上げようか?」
「何?」
うん、喰い付いて来た。
「士官学校にゼークト上級大将とシュトックハウゼン上級大将が来たんだ」
“えーっ”と声が上がった。
「本当に?」
「本当だよ、ヴィーラント。校長閣下に会いに来たんだ」
“スゲー!”、“信じられない”って言ってるけど本当だもんね。見たんだから。
「それに校長閣下と話をしたりフィッツシモンズ少佐とシミュレーションをしたからね、楽しかったよ」
“えーっ”とまた声が上がった。
「本当にシミュレーションしたの?」
「本当だよ」
ハルトマンが答えると彼方此方から“良いなあ”と声が上がった。如何だ、羨ましいだろう。でもそれって一日だけなんだよね。
「勝った?」
バウアーが興味津々の表情で訊いて来た。トイテンベルク、ヴィーラントも喰い付きそうな表情で僕らを見ている。
「そんなわけないだろう、三人共負けたよ」
僕が答えると“残念”、“やっぱり”って声が上がった。
本当に残念、でも少佐は強いんだ。僕もハルトマンもエッティンガーも全然相手にならなかったよ。
「校長閣下とはしなかったの」
トイテンベルクが問い掛けてきた。
「お願いしたんだけど断られたよ。シミュレーションは嫌いなんだって。昔意地悪な教官が居て嫌いになったって言ってたよ」
僕が答えると皆笑い出した。多分嘘だと思ってるんだろうな。でもフィッツシモンズ少佐はなんか心当たりが有りそうだった。本当かもしれない。
「静粛に、姿勢を正しなさい。これより始業式を始めます」
あ、始まった。慌てて姿勢を正して前を見た。ボッシュ教官がマイクを手に持っている。
「最初に国歌斉唱」
音楽が流れる、それに合わせて国歌を歌った。皆で国家を歌うのは久しぶりだ。何となく嬉しくなった。
「続きまして校長閣下より御言葉が有ります。ヴァレンシュタイン校長、お願いします」
壇上にヴァレンシュタイン校長閣下の姿が現れた。マイクに向かう。
「おはようございます」
“おはようございます”、皆で大きな声で挨拶をした。
「こうしてまた皆の顔を見る事が出来て大変うれしく思っています」
やっぱり校長閣下の声は落ち着くよ。良いなあ。
「新学期にあたり皆に考えて欲しい事が有ります」
考えて欲しい事? 何だろう?
「帝国は今、自由惑星同盟と称する反乱軍と戦っています。では帝国が戦っている反乱軍とは何なのかを考えて欲しいのです。人口はどのくらい有るのか、兵力はどのくらいあるのか? 軍の組織はどのようなものが有るのか? 統治の組織はどのようになっているのか?」
えーっとどうなっているんだろ? 周りも皆困惑している。
「戦う以上、相手の事を知らなければ勝てません。そして相手の事を知ったらその弱点を調べ如何すれば勝てるか、勝つためには何が必要かを考えて欲しいのです。目の前に現れた反乱軍の艦隊を叩く事も大事ですが反乱軍そのものを降伏させる方法を考える事も大事です。諸君には少し難しいかもしれない。しかし考えて欲しい。お願いします」
始業式が終わり大講堂から教室に向かう途中、ハルトマン、エッティンガー、バウアー、トイテンベルク、ヴィーラントと話した。でも分かった事は僕らは反乱軍の事を何にも知らないって事だった。孫子には『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って書いてあるのに……、情けないよ。
帝国暦487年 9月 1日 オーディン 士官学校 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
始業式が終わり大講堂から校長室に戻るとTV電話にメッセージランプが点灯していた。誰だか知らないが朝から連絡して来た奴が居るらしい。ミュラーかな? 再生すると軍務尚書エーレンベルク元帥だった。ゲロゲロ。
『戻り次第連絡せよ、至急だぞ』
連絡が欲しいならもっとにこやかな顔をしろよ。そんな不機嫌そうな表情と声で言われても連絡なんぞする気にならん。どうせなら『おはよー』とか言ってみろ。大体何で『至急だぞ』に力を入れるかね。俺はすっぽかす様な事はしていないぞ。
溜息が出た。そんな俺をヴァレリーがクスクス笑いながら見ている。また溜息が出た。
「席を外した方が宜しいですね」
「そうして貰えますか」
ヴァレリーが部屋を出るのを確認してからエーレンベルクに連絡を取った。スマイル、スマイル、新学期なんだ、機嫌良く行こう。エーレンベルクの顔が画面に出た。……なんで今日は終業式じゃないんだろう。
『エーレンベルクだ』
「おはようございます、ヴァレンシュタインです。今日は始業式でしたので席を外していました」
にこやかに、晴れやかに……。
『そうか』
「……」
なんで大変だな、とか御苦労だな、とか言ってくれないのかね。それだけでも好感度が違うんだが……。
『今日は捕虜帰還の祝賀会が宮中にてある。知っているな?』
「はい、そのように聞いております」
『卿も出席せよ』
「先日欠席するとお伝えした筈ですが……」
俺みたいな平民の若造は祝賀会なんて居辛いんだよ。分かるだろう? エーレンベルクが溜息を吐いた。分かってないみたいだ。だから貴族は嫌いなんだ。
『卿は捕虜交換の発案者だ。その事は皆が知っている。その卿が祝賀会を欠席というのはおかしかろう』
「はあ、ですが……」
『出席するように、これは命令だ』
「……はい」
エーレンベルクが不機嫌そうに頷いた。何で? 言う事聞いたんだから普通は満足そうに頷くべきだろう。なんか不本意だな。俺ってそんなに嫌な奴なの?
溜息が出そうだ。しょうが無いな、後でミュラーに連絡して宇宙艦隊の連中に俺に近付くなと言って貰わないと。俺達が仲良くするとラインハルトが僻むんだよ。帝国が守勢をとるのも俺の所為だとか言っているらしい。勘弁して欲しいよ、俺ってそんな偉くないんだから……。
『ところで次のレポートだが何時頃になる』
今度はレポートかよ!
「その事ですがそろそろレポートの提出は勘弁して頂きたいと思っているのですが」
『……』
なんで喜ばないの。何時も嫌そうに受け取るじゃないか。不本意だな、ぶちまけてやろうか。
「ネタも有りませんし喜ばれていないようですので……」
『……帝国軍三長官は卿のレポートを高く評価している』
評価はしても喜んではいないだろう。前回のレポートは自信作だって言ったのに溜息を三回も吐きやがった。数えていたんだぞ。
「ですが軍務尚書閣下は何時も不機嫌そうになされます。前回のレポートは溜息を三回もお吐きになられました。小官としましても軍務尚書閣下の機嫌を損ねてまでレポートを出すのは気が引けます」
エーレンベルクが何か言いたそうにして口を閉じた。
『……もう一度言う、帝国軍三長官は卿のレポートを高く評価している。次のレポートは何時頃になる』
「……十二月頃には」
『分かった、十二月だな』
スクリーンが何も映さなくなった。なんか腹立つなあ。今年最後の嫌がらせにうんざりする様なレポートを送ってやるよ。スクリーンに向かって思いっきりアッカンベーをしてやった。虚しい……。
帝国暦487年 9月 1日 オーディン 新無憂宮 翠玉(すいぎょく)の間 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「いつも思うのですがヴァレンシュタイン中将は浮いていますなあ」
「そういうリューネブルク中将も浮いていますよ」
二人で顔を見合わせて小さく笑った。俺は平民で若過ぎる中将、リューネブルクは逆亡命者、どちらも歓迎されない。という事で祝賀会、祝勝会ではいつも一緒だ。適当に食べて適当に帰る。今も俺達の周囲には人がいない。
「宇宙艦隊の司令官達は来ないのですか?」
「来てはいますが近付くなと頼みました。ローエングラム伯の機嫌を損ねる事も無いでしょう」
「それは中将がですか? それとも司令官達が?」
「両方です」
ラインハルトは宇宙艦隊副司令長官だから上座で皇帝の傍に居る筈だ。ミュラー達もその傍にいるだろう。窮屈だろうな。その点士官学校の校長は閑職だから何処に居ても問題は無い。そういう点でもこの職は良い。
「財務尚書カストロプ公が亡くなったそうですな」
「ええ」
昨日、カストロプ公が死んだ。宇宙船の故障による事故死だが人為的なものだろうな。帝国は守勢を取る、つまり内政重視だ。評判の悪いカストロプ公はお払い箱というわけだ。
「大きな声では言えませんが謀殺だという噂が有ります」
リューネブルクが囁いた。眼は俺をじっと見ている。
「だとしても驚きませんね。殺しても何処からも苦情は出ないでしょう」
「そうですな」
リューネブルクが満足そうに頷いた。貴族からも顔を顰められるのがカストロプだ。俺にとっても両親の仇でも有る。ザマーミロと思っても罰当たりではないだろう。
「次の財務尚書はゲルラッハ子爵だそうです」
「そうですか」
このあたりは原作と同じだ。問題はマクシミリアン・フォン・カストロプだ。こいつが反乱を起こす。いや反乱にまで追い込まれる。アルテミスの首飾りを使うのかな? だとするとあのレポートが役に立つんだが……。
「そろそろ帰りますか?」
「そうですね、もう良いでしょう」
祝賀会も三十分以上経った。二人で帰ろうかと話している時に俺達を目指して人がやってきた。レオポルド・シューマッハ大佐、急ぎ足でやってくる。嫌な予感がした、思わず溜息が出た。
「ヴァレンシュタイン中将」
「はい」
「陛下がお呼びです、こちらへ」
シンとした。いや、周りに人は居ないんだけどそれなりにざわめいてはいたんだよ。そのざわめきが消えた。リューネブルクが口笛を吹いた。面白そうな表情をしている。おい、不敬罪だぞ。
「あー、何かの間違いでは?」
「間違いでは有りません」
「既に帰ったという事には」
「出来ません、皆が見ております」
確かに周囲の人間が俺達を見ている。でも俺が視線を向けると露骨に避けるんだ。何で?
「分かりました」
「ではこちらへ」
シューマッハの後について歩く。何の用だろう? フリードリヒ四世の気紛れかな? 多分そうだろう。爺様連中は俺がフリードリヒ四世に近付く事を喜ばない筈だし門閥貴族の連中だって喜ばない筈だ。俺も喜ばない。
上座に向かって進むにつれて視線がきつくなる。ヒルデスハイム伯、シャイド男爵、コルプト子爵、シュタインフルト子爵、ラートブルフ男爵、カルナップ男爵、コルヴィッツ子爵……。こいつらフリードリヒ四世に相手にされていないんだろうな。挨拶しても碌に会話なんて無いんだろう。俺が呼ばれた事が面白くないんだ。
更に進むとフリードリヒ四世が居た。椅子に座っている。周囲にはリヒテンラーデ侯を筆頭に政府閣僚、軍幹部、大貴族が居た。ラインハルトも居たが俺を見ると不愉快そうに唇を歪めた。何で? 俺はお前の敵じゃないぞ。ポストだって閑職の士官学校の校長だ。そんなに嫌わなくても良いだろう。なんか最近不本意な事が多過ぎるな。
椅子の前に進み片膝を付いた。
「ヴァレンシュタインにございます」
「おお、来たか」
もう良い加減に酔っているのが分かった。もしかするとここにも酔ったまま来たのかもしれない。珍しい事じゃない。
「此度の捕虜交換、そちの献策だそうな」
「はっ」
「うむ、良くやった」
「畏れ入りまする」
視線が痛い。俺を睨んでいるのは誰だ?
「間接税の軽減もそちの献策だと国務尚書から聞いた。臣民は喜んでいるとな。これからも頼むぞ」
「はっ、微力を尽くしまする」
「うむ、下がって良いぞ」
「はっ」
良く分からん、何なんだ、これは?
フリードリヒ四世から解放され元の場所に戻ったがリューネブルクは居なかった。どうやら帰ったらしい。俺も帰るかと思っていると“エーリッヒ”と名前を呼ばれた。アントン・フェルナーとナイトハルト・ミュラーだった。二人とも笑顔だ。帰ろうとすると人が来る。
「来るなと言った筈だぞ、ナイトハルト」
「分かっているよ、だから俺一人だ。あくまで士官学校の同期生として来たんだ。そうだろう、アントン」
「ああ、エーリッヒは同期の出世頭だからな」
「私は士官学校の校長だよ。出世頭はナイトハルトだ。宇宙艦隊の正規艦隊司令官、前途洋洋だな」
二人が笑い出した。
「誰もそんな事は信じないぞ。今だって卿は皇帝陛下から直々に御言葉を賜ったんだ。誰が見ても卿は帝国の重要人物だよ」
「そうそう、ナイトハルトの言う通りだ。周りは卿の事を帝国軍三長官の懐刀だと言っている」
「それは事実じゃないね」
また二人が笑った。真実を教えてやりたいよ。俺は憐れな下僕だって。
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