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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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69話:側近

宇宙歴786年 帝国歴477年 8月下旬
首都星オーディン グリューネワルト伯爵家・別邸
ジークフリード・キルヒアイス

「ジーク、これからもラインハルトの事をよろしくお願いしますね」

アンネローゼ様はそう言い残すと、宮内省の車に乗り込み、後宮へお戻りになられた。あの御歳で後宮に召し出されるのは、隣家の事とは言え、周囲が言うように幸いなことではないと思っていた。同い年だったラインハルト様が急に姿を見せなくなり、突然『幼年学校への入学を決めたから、一緒に来て欲しい』と言われた時は戸惑ったが、『軍で栄達して一日も早く、姉上を守れる立場になりたいのだ。力を貸してほしい』と言われた時、軍人の道を選ぶ覚悟を決めた。
私がせめて後8歳早く生まれていれば、御二人を連れてフェザーンにでも向かえたかもしれない。ラインハルト様がアンネローゼ様を守れる立場を一日でも早く得る為に励まれるなら、お役に立とうと思ったのだ。

それから父と母に事情を話し、幼年学校へ入学する事を話したが、父も母も困った様子ではあったが、特に反対はしなかった。と言うのも、司法省の下級官吏として働く父の下へ、ラインハルト様の後見人となられたリューデリッツ伯から内々に話が通っていたからだった。
リューデリッツ伯といえば臣民に知らぬ者はいない英雄だ。ラインハルト様に連れられて、ご挨拶に上がった際は、正直緊張した。『私の背中を任せる事となるジークフリード・キルヒアイスです』と紹介されたのも驚いたが、人払いを命じられ、ラインハルト様にサロンにいるように命じられると、椅子を勧められ、お茶とお菓子を伯自ら振る舞ってくださった。

「キルヒアイス君、ミューゼル卿は私の被後見人だ。ミューゼル卿が背中を任せると言うなら、君も私の被後見人みたいなものだ。困った事があれば遠慮なく相談するようにね。ミューゼル卿には皇室に連なる者としてふさわしい教養と、いずれ帝国軍の重鎮となるにふさわしい教育を用意する予定だ。君も同席するように。
そして何か一つでも良いから、ミューゼル卿に勝るものを身につけなさい。背中を任される側近は、本人と同じような人物ではむしろ危険だ。当人が気づかぬこと、見逃すことに気づかねばならぬ。ミューゼル卿もかなり優秀な男だが、少なくとも一つは、彼に勝るものを身に着ける為に励むと約束できるかな?」

なせか、この方にいつか認められたいと自然に思っていた。漠然とラインハルト様に協力しようと考えていたが、どうすれば力になれるのか?教えて頂いたのだ。

「はい。精一杯励むことをお約束いたします」

それからは私の生活は一変した。ラインハルト様と共に、リューデリッツ伯流の英才教育を受けることになった。軍事教練はリューデリッツ伯もしごかれたというフランツ教官が担当し、経済に関しては、帝大に在籍されているご嫡男のアルブレヒト様から、芸術に関してはアンネローゼ様の講師役でもあるヴェストパーレ男爵家のマグダレーナ嬢が、事業計画については、情報部のオーベルシュタイン卿が、戦術に関しては士官学校に在籍されているロイエンタール卿とそのご学友だというミッターマイヤーさんから、指導を受ける事になった。礼儀作法に関しても、たまに顔を出されるシェーンコップ卿からアレンジの方法を習ったり、リューデリッツ伯も修めているという秘伝のお茶の入れ方なども教わった。
特にフランツ教官の指導は厳しく、ラインハルト様とは内密で『鬼じじい』などと呼んでいるが、男性陣はみな彼にしごかれたらしく、実際に音楽学校へ進まれた次男のフレデリック様ですら、私たちの倍くらいの教練をこなしておられるので、負けてはいられぬと奮起する材料にもなっている。
教練にはさすがに参加されないが、マグダレーナ嬢とそのお知り合いだと言う、マリーンドルフ家のヒルデガルド嬢も、座学には参加されている。マグダレーナ嬢からは『リューデリッツ伯の銀の匙を贈られる者同士、一緒に励みましょう!』と嬉し気に言われたのが印象深かった。講師役の皆さまは幼い私でも凄い人物だと理解できるが、このまま行けば士官学校で学ぶことが無くなってしまう様にも思う。ラインハルト様はどうお考えなのだろう?

「キルヒアイス、フリーダ嬢がお前の分も晩餐を用意してくれるそうだ。明日はあの『機械男』の講義の日だからな。晩餐の時間まで予習の時間に充てよう。変なミスでもしたら、また宿題を増やされるからな......」

「ラインハルト様、そのようなことをおっしゃっているのが発覚すれば、フリーダ様のお料理をしばらく頂けなくなりますよ?」

「二人の時だけだ。フリーダ嬢は芸術も音楽もこなされるが、料理の腕前は姉上にも劣らない。あの方の唯一の難点は『機械男』に懐いている事ぐらいだな......」

そんな事を話しながら、今では勉学の為の部屋となっている別邸のリビングへ二人で向かう。決して楽な日々ではないが、充実した日々でもある。おそらく講師役の方々もいずれ名をはせることになるに違いない。そんな方々に教えて頂ける環境をありがたく思いながら、少しでも早くラインハルト様のお力になれるよう、励むだけだ。


宇宙歴786年 帝国歴477年 12月上旬
キフォイザー星域 惑星スルーズヘイム
フェザーン自治領主 ワレンコフ

「自治領閣下、お力添えのおかげで無事に除霊の第一弾は完了しつつある。もっとも目の向き先を増やしたから多少はテロの可能性を減らせたと思うし、もし、フェザーンに戻るというなら、警護の人材を貸し出すことも出来なくはないが......」

私の共犯者が心配げに尋ねて来る。彼も、フェザーンに戻ることは暗殺かテロのターゲットになる事と同義だと認識しているのだろう。それにずっと目指してきた自治領主の座が、歴史の亡霊どもの手先だと認識した時から、私の中にあった『フェザーン自治領主という地位の輝き』は失われてしまった。手元のティーカップを口元に運び、良質な紅茶の香りを楽しんでから口に含む。
視線を窓に向けると、冬であることを忘れるような、温かな日の光に照らされた庭園が目に入る。私たち夫婦の安全の為の隠遁生活だったが、その期間も一年を越えて妻のお腹にも命が宿った。このまま一生隠遁生活というのもどうかと思うが、この安らぎとゆっくりとした時間の流れに満たされた生活が、自分の身の振り方にもっと選択肢があるのでは?と考えるきっかけにもなった。

「そうですね。正直、自治領主としてフェザーンに戻りたいかという話でしたら、その意思はありませんね。もっとも帝国にとって必要だというなら、話は別ですが......。妻も臨月ですし、もうしばらくはこのまま今の生活を楽しみたいですね。ご配慮いただいたのでしょうが、ここの生活は時間がゆっくり流れている。色々考えるのにちょうど良いと感じていますし......」

「そうですか......。まあ、貴方は『フェザーン人としての生き方の一つの頂き』には既に登頂されたのですから。次は『ワレンコフとしての生き方の頂き』を探してみるのも良いかもしれませんね。候補になり得るなら、RC社の幹部の席はすぐに用意します。それと、フェザーン国籍の投資会社の方は顧問ではいてほしいと思います。貴方の能力は、まだこの宇宙には必要とされるものですし、預金残高がいくら豊富でも、減る一方と言うのは精神的に良くはないでしょうからね......」

思えば共犯者であるリューデリッツ伯と、膨大な資金を動かしながら利益を上げ、そこから報酬を得て、次期自治領主への階段を駆け上がった日々が一番楽しかったように思う。だが、全身全霊をかけて駆け上がりたいと思う頂きを、私はもう一度見つける事が出来るのだろうか?

「伯が私の立場なら、どんな頂きを目指しますか?参考までに聞いておきたいのですが......」

「そうですね。私なら『宇宙統一政体となった帝国の経済面での第一人者』でしょうか?もっとも宇宙統一政体になるには、帝国内部で解決しなければならない問題もあります。私たちの生物としての寿命を考えれば、『宇宙統一政体となった帝国の経済面での第一人者』となりうる人材の育成と、しかるべき立場を用意することになるかもしれませんが......」

伯もティーカップを口元に運び、紅茶の香りを楽しみながら私の問いかけに応えてくれた。『宇宙統一政体となった帝国の経済面での第一人者』か、彼が言わなければただの夢想に思えるが、確かに目指し甲斐のある頂きのひとつだろう。

「帝国と叛乱軍が、停戦、ないし和平する可能性は無いのでしょうか?過去にも疑似的な停戦状態となった時期がありましたが......」

「私の口からは何とも......。可能性が無いとは言いませんが、帝国内でそれを言って無事でいられるのは皇帝陛下ぐらいでしょうね。ただ、政府と軍部は全力で反対する事になると思います。叛乱軍の政体は民主主義でしたね?既に戦争状態に突入して150年近く経ちますから『親しき人たちを失った恨みを捨てて、和平を!』という主張より『犠牲を無駄にするな!悪逆なる帝国を打ち倒すまで闘い抜こう!』の方が、多数の支持を集めるのではないでしょうか?
あと1000万人も戦死すれば状況は変わるかもしれませんが、そうなると戦況は圧倒的に帝国優位となります。『和平』ではなく『敗戦講和』でないと、今度は帝国が受け入れませんし、そこまで行くなら、将来の禍根を断つ意味で完全征服したほうが良いかもしれませんが......」

「確かにそうですね。フェザーンにいると、どうにも両国の犠牲を数字でしか把握しておりませんでした。その向こうにある感情にまでは思い至りませんでした」

「それで良いのです。貴方は投資家だ。汗水たらして稼いだ1万帝国マルクも、賭け事で得たあぶく銭の1万帝国マルクも、同じものとして見なければ務まらない稼業ですからね。そういうのは政治家に任せてしまえば良いのです。そういう意味では、適性が『投資家』向きなのですから、私としては尚更RC社に来ていただきたいくらいですよ」

元気づけようという意図もあるのだろうが、伯はすこし茶化す雰囲気だった。確かに余計なことは考えずに、成果が数字で明確になる道の方が性に合っているだろう。

「どちらにしても、お子様が5歳になるまでは星間移動は控えたほうが良いのは変えられぬ事実です。定期的に比較的大きめの投資案件に関しては、事前にご相談させて頂きたいですね。担当は、現在、RC社を実質的に仕切っているケーフェンヒラー男爵が後継者と見込んでいるシルヴァーベルヒに担当させます。まだ大学を出たばかりですが、少なくとも帝国全体を見て物事を考えられる人材なので、貴方にも鍛えてもらえれば幸いです」

確かに答えを急いで出す必要はないのかもしれない。初めての経験になる子育てをしながら、色々と考えてみれば良い。少なくともRC社の幹部になれる人材だとお墨付きは得たのだから。 
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